二十数年前の新人記者時代、警察担当の「サツ回り」は苦手だった。
入社から半年もたたない休日、ある新聞の朝刊地方版に「県内初のピッキング被害」と特ダネが載った。金属製の特殊な棒を使いドア錠を開錠する犯行が都市部で増えていたが、私が配属された東北地方にまで及んだのだ。
後追い記事を書かなければと急いで県警本部に向かうと、窃盗などの犯罪を所管する捜査1課長が出勤していた。各社の警察担当記者も続々と集まってきた。
「捜査情報が漏れた。漏らしたやつは処分対象だ」。いら立つ課長は「容疑者を追っている最中なので、書かれると困る」と繰り返す。1時間近く押し問答の末、ようやく事実関係は認めた。だが、紙とペンを取り出すと、達筆な行書で報道各社あての依頼文をしたためた。「捜査中の案件のため報道は控えていただきたい」。各社とも納得しないまま、依頼文を持って退散した。
新人だった私は判断が付かず、上司の支局長に相談した。支局長は迷うことなく書くべきだと言う。それでも私が尻込みしていると、「書きたくないなら書かなくていい。これも勉強だ」と、それ以上求めてこなかった。
翌日の新聞朝刊。他紙は全て後追い記事を出していた。私だけが翌々日の新聞に記事を書くことになり、一人恥じ入った。
読者に事実を早く知らせることが記者の仕事だが、取材先の役所と衝突することはよくある。「書くな」と言われても、書かなければいけない時もあると、苦い勉強となった。
結果的に警察に配慮する形になったのだが、その後に感謝されたことも、優遇されたこともない。「特ダネ」もほとんど書けなかった。
別の捜査幹部を庁舎内で取材しようとした時のことだ。「マスコミは聞いた話を全て書くんだろ」と言われ、正直に「はい。記者ですから」と答えてしまった。「だから話せないんだよ」と幹部は吐き捨てるように言って、立ち止まらず部屋に消えていった。
書かなければ話せることもある、と言いたかったのだろう。こちらは当然ながら書くために取材するのだが、取材先との間合いは昔も今も悩ましい。
2月初め、荒井勝喜元首相秘書官が同性婚を巡る差別発言で更迭されたことを機に、取材のあり方に世論の関心が集まった。
取材方式にはおおよそ①実名を明示して報じるオンレコ②実名を伏せて報じるバック・グラウンド・ブリーフ(背景説明)③内容を報じないオフレコ(完全オフレコ)――がある。一般には②③が区別されずいわゆる「オフレコ」と呼ばれるが、小泉政権で「総理番」、第2次安倍政権で首相官邸キャップを務めた筆者の経験に基づくと、官邸では②の方式が長年の慣例となっている。
首相は記者会見やぶら下がりなど①の公式取材しか応じない。それを補うため、秘書官への非公式取材が半ば制度化されている。明文化されたルールがあるわけではないが、書かれることを前提に政権の考えを記者に説明する場だ。秘書官ならば「首相周辺」「官邸関係者」などのクレジットで記事に引用される。
自宅や官舎で記者が待ち構える夜回り取材もある。単独や少人数でのやりとりなら非公式感が増し、どこまで書いていいかを取材先との信頼関係を踏まえて測ることになる。
だが、官邸という公の場で報道各社がそろう取材は「限りなくオンレコに近いオフ」と言える。…
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