ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】   作:タク@DMP

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第82話:ヨイノマガン

「何だよ……これ」

「ねぇー、さむいですよぉ、おにーさぁん……ひっく、早くお湯をかけてくださいよぉ」

 

 そうしてメグルは──彼女の受けてきた扱いを漸く理解した。

 

「ッ……お前」

 

 くるり、と振り向いたアルカが不思議そうな顔でメグルの顔を見やる。まだ意識がぼんやりとしていて、自分が何をしているのかも分かっていないのだろう。

 

「どうしたんですかぁ……? いきなり黙っちゃって。こわいですよ……」

 

(俺は……何にも分かってなかった。俺の元の世界での孤独なんて可愛いもんだ)

 

 がくり、と彼は力が抜けそうになる。

 

(こいつは一体、向こうでどれほどの……傷を受けて……それなのにずっと、平気そうな顔で笑ってたのかよ……何で笑ってられんだよ……!!)

 

「おにーさん……?」

「アルカ」

 

 メグルは決意する。

 絶対に元の世界になんて戻って堪るものか、と。これ以上彼女を傷つけさせて堪るか、と。

 

「……おにーさん……?」

「お前はもっと……自分を大事にしろ」

「えっ」

「お前がへらへら笑ってる影でこんなに傷ついてたら……こっちは心配で、幾つ心臓あっても足りねえよ!!」

 

 しばらくよく分からない様子でメグルの目を見つめていたアルカだったが──ふと、我に返ったように「おにーさん!?」と叫ぶ。

 メグルの言葉で、ついでに湯冷めで酔いから醒めたらしい。

 

「ななななななな、何でおにーさんとボク、お風呂に!? 変態!!」

「オメー二度とあんなに酒飲むんじゃねえぞ」

「いだだだ、ほっぺひっぱらないでくだひゃい……」

 

 事情を説明すると、完全に湯立ってしまった顔で彼女はいそいそとタオルを身体に巻くのだった。すっかり正気に戻ったのか、気まずそうに彼女は目を逸らす。

 

「えーと、じゃあ……見苦しいもの、見せちゃいましたね」

「……」

「もう、昔のことなんです。ずっと昔の傷ですから。叔父から……その、暴力を」

 

 そう言って、彼女は前髪を掻き上げる。

 額に、割れたような傷痕が残っている。

 それを隠す為に、今までずっと前髪を伸ばして見えないようにしていたのだろう。

 

「……ずっと辛いのガマンしてたのか?」

「今はガマンしてないですよ。ただ、こんな形で見せることになっちゃうなんて、お恥ずかしい……」

「ッ……あのなぁ、俺は……」

「ごめんなさい。びっくりしましたよね。つい、おにーさんたちの前だから気が緩んじゃって、お酒飲みすぎちゃって。ボク、お酒飲むと……辛いこと忘れて楽しくなっちゃうんです」

「……」

「それで一回失敗して、それからは飲むの控えてたんです……」

 

 ふにゃり、と力の無い笑みをアルカは浮かべてみせる。

 それを見てメグルはやるせない気持ちになる。

 

「此処で親切な人たちに出会って、優しさを教わって……メグルさんやノオトのようなお節介さん達と出会って……ボク、昔の事なんて忘れちゃうくらい今が一番ハッピーなんです」

「強いよお前は。俺だったら二度と立ち直れなくなりそうだ」

「もう、何でおにーさんが泣きそうになってるんですか」

 

(うるせーうるせー……どうしたら良いのか、分かんねーんだよ……俺だって……!!)

 

 どうしてどいつもこいつも、自分を顧みないのか。

 そして、どうして自分はこんなにも──弱く、ちっぽけなのか。

 唯一人、彼女を縛る百鬼の呪いを解くことすら出来やしない。

 

「……風邪引くんじゃねーぞアルカ。俺はそのまま寝るから」

「あっ、おにーさん……!」

「後、深酒も禁止! お前、俺だったから良かったけど他の男だったらどうするつもりだったんだよ!?」

「それは本当にすみませんでした……」

 

 ただひたすらにメグルは悔しかった。 

 自分では、彼女の過去の痛みを取り除けやしない。

 彼女の心の傷は、背中の傷と同じ。一生癒えることはない。思い出さないように蓋をしているだけだ。

 だからせめて、これから降り注ぐ痛みからは何が何でも彼女を守ろうと決めた。 

 それが──惚れた弱みだった。

 

「俺……もっと強くなるからっ。月並みだけど……お前をヒャッキの奴らから守れるくらいに、強くなるからっ!」

 

 そう言ってメグルが立ち去った後。

 アルカは大きく溜息を吐き、座り込む。久々にやってしまった。

 自分の気持ちを誤魔化すために酒を使うと、大きなツケを払うことになるのである。

 

(最近はお酒無しでも昔の事忘れられるようになってたから……油断してたなあ。それくらい、おにーさんとの旅が楽しかったんだ)

 

 目を伏せる。サイゴクに来た頃、最初の頃は酒が無ければ、よく眠れなかった程だった。それでも、サイゴクの人々との交流を続けていくうちに、辛い記憶よりも楽しい記憶が積み重なっていくうちに、アルコールに頼らなくても彼女は自然に笑えるようになっていた。

 

(大丈夫になったって自分では思ってたけど……自分の事は自分が一番分かってないって話は……本当だったんだなあ……)

 

 背中の傷は今でも疼く。恐ろしい記憶は今でも襲ってくる。

 だがそれでも、自分がどうして此処に立っているのかを思い出す。

 幼い頃に見た夢を。そして、ヒャッキとサイゴクの間に伝わる真実を。

 この目で確かめる──それが彼女の生きる目的だ。

 

(……違うんだ。本当はボクだって、守られるだけは嫌なんだ。何か、恩返ししたいんだ)

 

 メグルは強くなった。

 きっと、今の自分を追い越す程に。

 トレーナーとしての腕も、手持ちのポケモンも強くなっている。

 

(ベニシティで再会したころが懐かしいよ。あの頃に比べたら見違えたよ、おにーさんは)

 

 彼の成長を喜ぶ一方で、自分自身は成長できただろうか、とアルカは自問した。

 守ってもらうだけは情けない、と常々彼女は感じていた。

 ナカヌチャンを捕まえたのも──そんな自分から抜け出すためだ。

 しかし、結局今もこうしてメグルに心配をかけてしまったことをアルカは恥じていた。

 

(今だって、あんな顔してほしかったわけじゃなかったのに)

 

 無意識に──アルカはメグルに甘えてしまっている自分に気付きつつあった。

 それほどに彼に心を許している証左でもあった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──修行でござるか? こんな夜遅い時間まで……」

「!」

 

 

 

 ルカリオと並び、座禅を組んでいたノオトは思わず目を見開き、振り返った。

 柱の影には、和服を着た金髪の少女・ゴマノハが恥ずかしそうにこちらを覗いていた。

 

「……ゴマノハさん! 何でまた」

「え、えーと、クワゾメの夜は冷えるでござる。だから、お体に障ると思って……温かいお茶、持ってきたでござるよ」

「ああ、かたじけねェッス!」

 

 礼をすると、ノオトはそれを受け取りごくり、と飲み干す。

 身体の芯から温まるようだった。

 

「……キャプテン・キリが、メグル殿に色々と無理な事を言ったようで……申し訳ないと伝えておいてほしいでござるよ」

「なーに、そんなにヤワなタマじゃねーッスよ、あの人は」

「……そうでござるか?」

「本当に本当! 確かに実力はまだまだッスけど、必死に強者に喰らいつこうとする姿、あるもの全部で戦おうとする姿、見習いたいくらいッス」

「なら、良かったでござる。頼もしい旅の仲間と出会えたんでござるな」

「ところでゴマノハ殿。やっぱり柱から出てこないんスか?」

「ひゃいっ!! 申し訳ないでござる!! ……顔を合わせるのは恥ずかしいでござるよ」

 

 何度かノオトとゴマノハは顔を合わせている。互いに見知った仲だ。

 尤も、彼女の人見知り癖は尋常なものではなく、ノオトが相手でも隠れてしまうほどであるのだが。

 しかしそんな中、彼女の足元からごろごろと何かが転がってきて、ノオトの前に浮かび上がる。

 

「しゃらららららっ」

「わっ、メテノ!?」

 

 現れたのはメテノ。

 ノオトも見たことがあるが、キャプテン・キリが相棒としている、硬い殻に身を包んだエネルギー体のポケモンである。

 

「ああっ、勝手に出て来ちゃダメでござるよメテノ!」

「しゃららららんっ」

「キリさんのメテノッスよね?」

「わっ、私がお世話を任されていて……」

 

 くるくる、と回転しながらメテノはノオトに顔を擦りつける。人懐っこく、(ヒメノ以外の)キャプテンにもこのような仕草を見せるのだ。

 

「もう、ダメでござるよ……うっかり殻が割れたりしたらどうするでござるか」

「しゃららん」

 

 浮いているメテノを引き離し、ゴマノハは申し訳なさそうにノオトの顔を見上げる。

 そして、自分が彼と目が合っていることに気付き、すぐさま顔を真っ赤にして逃げていってしまうのだった。

 

「とととととにかくっ!! 明日の試練、ノオト殿も見るのでしょう!? 早く寝るでござるよーっ!!」

 

 それを眺めながら──ノオトは息を吐く。心配には及ばない。自分の身体の管理くらい自分で出来る。彼女に心配をかけるまでもない。

 

(それにしても)

 

 ルカリオと座禅を組みながら、ノオトはゴマノハの事を思い返す。

 

 

 

(ゴマノハさん、良い人だし可愛いんだけど……なーんか()()()()()で見られねーんスよねぇ……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──大砂丘。

 ”よあけのおやしろ”がある砂地であり、クワゾメタウン屈指の観光名所でもある。

 と言うのも、高いところから大砂丘を見渡すと、地上絵のようなものが描かれているのだ。

 さじんの屋敷の窓からも、その地上絵を見る事が出来るのでメグルも一度目にしていたが、場所的には鳥取砂丘のはずなのに地上絵があることに違和感を禁じ得なかった。

 しかも、その姿はメグルが元の世界でも見たことがあるナスカのハチドリにそっくりであったのである。

 一度、このふざけた代物が何なのかを、砂丘への道中で「なあノオトよ。あれって古代人が残したのか?」とノオトに問うたところ、

 

「いえ、描かれたのは最近ッスね。しかも描いたのはポケモンッスよ」

「何だよそりゃあ。あんなデカい絵を描けるポケモンなんているわけねーだろ」

「シンボラーッスよ。砂漠に飛んでいる変な鳥みてーなポケモンが目からビームだして砂地に線を刻むんス。1匹だけじゃなくて数匹掛かりで地上絵を描くんスよ」

「シンボラー!? これまたよく分からないのが出てきたな」

 

 そうして出来た地上絵は、すぐに消えてしまうものの、またすぐにシンボラーが線を刻んでしまうのだという。

 

(あの異国情緒溢れる街並みと言い、砂丘と言い、忍者と言い、魔改造されすぎやしねーか鳥取)

 

「ところでアルカさん、今日は来ないんスかね? 朝起こそうとしたら”良いの! 今日ボク寝てるからぁ!”って言って布団の中にくるまって悶絶してたッスけど」

「……別に良いだろ」

「ふぅーん? あの後オレっちが居ない間にナニがあったんスか?」

「……何でもねーよ」

 

 思ったよりも塩対応だったメグルの態度にノオトはふと疑問を感じる。

 どう考えても距離が縮まる流れではなかったのかアレは、と。

 

(何があったんスかね、マジで……)

 

 考えていても全く思いつかない。あの後酔ったアルカがメグルに迫って、そこからラブコメ的展開があるだろう、とノオトは踏んでいた。

 というのも、まともに飲酒をしたことが無いメグルは”酒を飲んだら眠くなる”程度の認識であるが、ノオトは”酔っ払いの眠りは却って浅くなる”ことを親戚一同の酒盛りで熟知していたからである。

 だからわざわざ席を外したのだ。しかし、結果的にはあまり良い方向には向かわなかったらしい。

 

「──んで、此処が集合場所か」

「そのはずっスけど」

「今度はおやしろの外でやるんだな、試練。一体全体どんなポケモンなんだ? カバルドンか? バンギラスか? いやでもリージョンフォームだし何が来てもおかしくねーか」

 

 ──向こうには砂地に立ったおやしろが見える。そして、おやしろを背にして──キャプテン・キリはその姿を現した。

 

「──定刻通り、でござるな」

「……キリさん……!」

「おやしろまいりは4つ目の試練からが過酷とよく言われるでござる。多くのトレーナーがヌシの強大さに屈するからでござるよ」

「へっ、こっちだってデカいポケモン相手の年季は長いぜ! 一発でクリアしてやりますよ!」

「……その意気込み、何処まで続くか見物でござるな。ああそれと、そこから一歩も動かないように」

「?」

「死にたくなければ、でござるよ」

 

 そう言うと、キリはひとっとびで後ろまで下がる。

 そして指を組み──何やら唱え始めた。

 

 

 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前──ッ!!」

 

 

 

 ゴゴゴゴゴ、と何処からともなく音が鳴る。

 

「何だァ!? 何事だァ!?」

「この試練はヌシ様と御神体の御前で執り行う神聖なもの。厳正な態度で挑むように、でござる」

「いやいやいや待て! 何なんだこれって!? 何処からヌシってくるんだ!?」

「口寄せの術……”ヨイノマガン”ッ!!」

 

 次の瞬間、目の前の砂が盛り上がった。

 その上にキリは飛び乗る。物凄い音を立ててそれは砂地の下から現れ、空に飛びあがった。

 

 

 

「……ケェェェーレェェェースゥゥゥーッ……!!」

 

 

 

 

「何じゃ、こりゃあああああああああ!?」

 

 それが羽ばたくだけで砂嵐が巻き起こる。

 それを見上げれば、無力感に打ちのめされそうになってしまう。

 その全長はざっと20メートル以上。そして、身体は全て塗り固められた砂で構成されており、今も砂が表面から流れ落ちている。

 球体のような身体には、アンテナのような突起に丸い眼球が埋め込まれている。

 更に表面にはアンノーンに酷似した象形文字が幾つも刻まれていた。

 言ってしまえば、シンボラーの形そのままをした、巨大な生ける砂の遺跡と呼ぶのが相応しい。

 

 

 

【ヨイノマガン みょうじょうポケモン タイプ:岩/飛行】

 

 

 

「な、何メートルあるんだ、あいつ……ッ!?」

「周囲の砂を吸うことで、更にデカくなるッスよ」

「デ、デカすぎだろ幾らなんでも……!? つーかコイツ、シンボラーの形してるけど……ッ!?」

「左様。サイゴクのシンボラー達の元締め、それがヨイノマガンでござる」

 

 ヨイノマガンの周囲には同じような形状をしたポケモン・シンボラーが3匹ほど集ってくる。その色はメグルの知る者とは異なっており、メグルは思わず図鑑でスキャンした。こちらも砂を塗り固めたような姿をしている。言わば、ヨイノマガンの子機のような存在なのか、ぴったりとヌシの周囲を守るようにして付き従っている。

 

「ええい散れ、お前達。今は試練の時間。お前達まで加われば、乗り越えられる試練も乗り越えられなくなるでござろう」

「ふよよよーん」

 

【シンボラー(サイゴクのすがた) ざんこうポケモン タイプ:岩/エスパー】

 

 キリの一声で、シンボラー達は大人しく散っていく。野生の個体だが、キャプテンの言う事はよく聞くように躾けられているのだろう。

 

「……リージョンフォーム、だったのか……地上絵を描くシンボラー! 自分の主の姿を砂丘に落書きしてたんだな、要は!」

「そう言う事ッスね。深い意味があるのかどうかは諸説ッス」

「ルールは簡単。たった今、ヨイノマガンの身体3か所に特大ヌシールを貼り付けたでござる」

 

 マスクに拡声器の機能でも付いているのか、ノイズ混じりのキリの声が聞こえてくる。

 見ると、ヨイノマガンの両羽根の付け根、そして巨大な球体のような胴にシンボラーのイラストが描かれたシールが貼られている。

 瞬きせぬ間に貼り付けられていたので、とんでもない早業であった。

 

「今の間にシール貼ったのか!?」

「他の忍者がやったんスよ。いずれにせよ早業には違いねーッス」

「手段は問わない。特大ヌシールを全て剥がすことが試練でござる。挑戦者は手持ちのポケモンのうち2匹までを一度に繰り出すことが出来る」

 

 つまり、2対1の形ではあるがダブルバトルのノウハウが生きる試練となる。

 

「ヨイノマガンの攻撃を乗り越えヌシールまで辿り着いてみせよ!」

「……倒しちまっても、構わねえんだな?」

「出来るものならば」

 

 にやり、と笑みを浮かべるとメグルはシャリタツとヘイラッシャを繰り出す。

 水タイプと言えばやはりこの2匹。そして、ヨイノマガンのタイプは岩と飛行タイプ。

 一致技の弱点を突かれる事もない。

 

【シャリタツの しれいとう】

 

 がばぁっ、とヘイラッシャの口が開き、そこにシャリタツが飛び込む。

 しれいとうで全能力が跳ね上がり、これで特殊技が来ても耐えうるだけの耐久をヘイラッシャは手に入れた。

 

「ラッシャーセーッ!!」

「スシー!!」

「俺は最初、この2匹で行きますッ!」

「偽竜の怪か……いざ尋常に……勝負ッ!」

 

 キリが叫ぶと共に、ヨイノマガンの頂点にある巨大な一つ目が妖しく輝く。

 そして、いきなり勢いよく怪鳥は羽ばたき始めるのだった。

 

 

 

【ヌシポケモン・ヨイノマガンに勝利し、力を示せ!】

 

 

 

 その様を見て──ノオトは息を呑む。

 相も変わらず、強大で何を考えているか全く分からないヌシポケモンだ。

 そもそもシンボラーに表情というものが無いので当然であるのだが。

 

(やっぱやべーッスね……コイツ。今のメグルさんじゃあ、勝てねーかもしれねェッス)

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