俺の人生は何処で間違ったのだろうか。そう考えた時俺は間違いなくあそこで悪魔に出会ってしまった事だろうと晩年の俺は言うだろう。
あの時の俺はジャラジャラと首に巻きついた鎖が煩いことに苛立ち、自身に迫っている危機に気づいていなかった。いや、正確には危機は危機だが余程のことではない限り大丈夫だろうと考えていたのだ。俺を買うやつなんてそこらへんの貴族だろうし逃げ出すでも脅すでも殺すでもいくらでもやりようはあるだろう、と。貴族や王族などの考え方はよく知っていたから。
そして同じ釜の飯を食った奴隷仲間達がドンドン落札されて行く中、俺の番が回ってきた。性格はともかく俺の容姿はそれなりにいいから何処ぞの令嬢やら婦人が買うだろうなと当たりをつける。
必死に盛り上げる
そして、予想通りでは無かったのはその女が発した「3億」という言葉とその女がシャボンのマスクをつけていたことだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
力とは様々な種類がある。
暴力、財力、魅力、精神力、胆力、判断力、権力。
他にも大量にあるがその一つでも強ければ色々と便利な生き方が出来る様になるだろう。
そして、俺の目の前にいるのはおそらく先ほど挙げた力の中の二つ「財力」と「権力」において世界最高の強さを持っているだろう天竜人だ。
「ねぇ、ガリム?」
目の前で天竜人の女が話しかけてくる。
俺の名はガリム。それなりに有名な海賊をやっていた。懸賞金1億2000万の前半の海ではかなりの大型ルーキーだった。「だった」ってのは俺の海賊団は違う海賊に殲滅されたからだ。そして
「…………はい、なんでしょうか」
何が楽しいのか分からないがニコニコと笑っている天竜人の女。名前はシャルリアらしい。
「なんで!奴隷の貴方が!立っているのかしら!なぜ!私が見上げないと!いけないのかしら!」
グリグリとハイヒールの踵で俺の足の甲を踏みつけながら語気を荒げて行くシャルリア。強烈な痛みで顔を歪ませるとシャルリアはニヤァと楽しそうに気持ち悪く笑う。
「ッ……!すみません………」
すぐに無表情に戻す。こいつを喜ばせるのは絶対に嫌だからだ。それにこいつの笑みを見ると言いようにない不安にかられる。
俺はお前が椅子に座ってるからそんなに見上げることになるんだろ!と心の中で悪態を吐きながら、両膝を床に着ける。
「なーんか、反抗的な眼ですわね」
「……………」
「何か言いなさい、ガリム」
「…………すみません」
「私、貴方を買ってから「すみません」しか聞いてないのですけれど」
「…………すみません」
チッとシャルリアが舌打ちする。
シュタと椅子から立ち上がり、ガッと俺の顎をハイヒールの先で蹴る。
「グッ…………!!」
「…………これでも、喋らないんですわね。悲鳴の一つでも聞けると思ったのですけど」
「…………」
俺は何も喋らない。それがこれから行く地獄での唯一の抵抗。
射殺さんばかりに睨みつけていた俺を見てフフッと楽しげに笑い、パンパン両手を打ち鳴らすシャルリア。
すると黒服でサングラスを着けた世界政府の役人だろう人間が2人ほど焦ったように部屋に入ってくる。
「なんでございましょう、シャルリア宮。我々に出来ることとあらばなんでもいたします」
2人のうち年をとっている方が綺麗な礼をシャルリアにする。だが、シャルリアはそれを一瞥すらせずに命令をする。
「こいつに今すぐ、ここで焼印をするアマス」
「「「!!?」」」
首輪は既に繋がれている。もう俺は逃げようがないのだ。わざわざ天竜人が乗っている船を襲う海賊などいない。ゆっくりとマリージョアの地下牢でするのが通例なのに、この女はわざわざとここでしろという。
驚きは黒服達にもあったのかもう一人の若いが身を出してくる。
「で、ですが!まだ準備も何も出来ていませんし!何よりシャルリア宮の御耳にこの男の汚い悲鳴が聞こえてしまいm
-----ドォン!ドォン!ドォン!
………す?」
その男が最後まで喋りきる事は無かった。シャルリアが即座に懐から銃を抜いたからである。ドサリとうつ伏せに倒れる青年。じわりと真っ赤な血がトマトを潰したかのようにひろがっていき、薬莢と血の匂いが部屋に立ち込める。
「申し訳ありません。今すぐ用意いたしますので少々お時間を」
「急ぐアマス」
未だにピクピクと全身を痙攣させる青年を無視して、中年の黒服男は部屋を急ぎ足で出て行く。
「ねぇ、ガリム。喋ればいいの。喋ってくれさえすれば首輪だけでいいのよ?」
「……………」
「そう。まぁ、最初から従順なのも面白くないわね。でも、いつか跪かせて足の裏を丹念に舐めさせてあげる」
「……………ッ」
恍惚な表情を浮かべるシャルリアにぞっと背筋が凍る。
綺麗な顔、煌びやかな服、艶やかな雰囲気、全てが男の本能を燻るものだがシャルリアの瞳はどこまでも濁っていた。
光が無い瞳など海賊生活をしていれば嫌でも見る。数多くの男に輪姦され無様な姿で路地に横たわる少女、不治の病に犯され手足の先からジワジワと腐り落ちて行く老人、人生を掛けた大博打に失敗した青年。数多くの光が無い瞳を見てきたが、あんなにも色々な激情が入り混じった正しく濁った瞳を見るのは初めてだった。
「フフッ、怖いの?私が?それとも焼印の痛みが?」
「……………やめてくれ」
「あらあら、意外と折れるのが早いわね。もう少し強情だと思ってたのだけど……。でもいいわ。最高よ。貴方の声。ゾクゾクするわぁ……」
ブルリッと全身を震わせながら、震えた声で歓喜の言葉を口にする。
-----気持ち悪い。
それが俺のこの女に対して感じた率直な感想だ。得体の知れない不気味さが俺の背筋を凍りつかせる。
「それでなんだったかしら?」
「………やめてくれ」
「何を?」
「………焼印はやめてくれ」
「……ふぅん、そうねぇ。私としてはやめてあげたいんだけど…………ねぇガリム貴方自分の立場が分かってないんじゃない?私は世界貴族たる天竜人ロズワード家の長女シャルリアよ?対して貴方は何処の馬の骨とも分からない一海賊の元船長で現奴隷……。頼み方ってものがあるんじゃないかしら?」
ニヤニヤと本当に愉しそうに笑う。早く土下座をしろと急かすようにコツコツと足を何度も床に当てて催促する。
-----どうする。ここで土下座するのは簡単だ。だが、一度屈したという事実が弱みになる……。
こいつの邪気に当てられて俺の心が弱くなっているがわかる。ここから先俺の人生は地獄なのだから諦めるなら早い方がいいんじゃないか?という考えが頭によぎる。
と、そこでコンコンとノックの音が響き、先ほどの黒服の中年男が部屋に入ってくる。
「準備は完了いたしましたシャルリア宮。ここで行ってもよいのでしょうか?多少の熱が発生するのですが」
「許すアマス。今は気分が良いアマスの」
「ありがとうございます。寛大なお心に感謝の念が尽きません」
そう言って部屋のすぐそばに置いていた器材らしいものを持ち込む。
既に焼印は熱されているのかかなりの熱を感じる。焼印の周りがゆらゆらと景色が揺れているし、部屋の温度もグングン上がっていく。
「最後アマス。奴隷に相応しい姿を見せるアマス」
「……………」
その言葉には悦びが満ち満ちていた。どう俺が媚びるのだろうという期待やワクワクがグルグルと回った瞳に溢れている。
黒服の中年男は俺が何も行動しないのを確認してから焼印を持ち上げる。そして俺の背中押し当て用としたその時俺は口を動かした。
「……、………マ」
俺の小さな声が聞こえたのだろう。ニイィと口の端を歪めるシャルリアと動きを止める黒服。
「なんザマス?大きい声で喋るアマス」
「……、……アマ」
「……なんて言ったアマス?」
俺は床に向けていた顔を持ち上げ、大声で叫ぶ。
「死ね!クソアマ!」
同時にペッ!とたんを吐きかける。
俺が吐いたタンはシャルリアを守っていたシャボンのマスクをすり抜けて頬を当たる。
かぁ〜と真っ赤に染まるシャルリアの顔。対比のように真っ青になる黒服。
「早くやるアマス!」
黒服はシャルリアの命令が下るとほぼ同時に俺の背中に真っ赤に熱せられた焼印を押し当てる。
「ガァァァァァァアアアァァアアアアッッ!!!!」
ジュウッと肉が焼ける匂いが部屋中に広がる。永遠と言えるような時間の中、俺の悲鳴を聞きながら身体をクネらせるシャルリアのことはよく見えた。
「イイ……、イイわぁ」
両頬を手で包むようにしながら淫靡な表情をするシャルリア。もともと綺麗な顔立ちのため普通ならば見惚れるところだが俺にとっては悪魔にしか見えなかった。
「………そろそろいいアマス。印もちゃんと付いたころアマス」
ようやく、終わる。強張っていた身体から力が抜けて床に倒れ伏す。
そして、ゆっくりと瞼が重くなり意識も遠くなる。クソクソクソと内心はシャルリアへの罵倒が止まらないのに身体は言うことを聞かない。意識が闇へと落ちる寸前、シャルリアの「貴方は私のモノよ」なんていう巫山戯た言葉が聞こえた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
シャルリアにとって世界は詰まらなかった。陳腐で安っぽい表現だが世界に色がないように感じさせた。どれだけ美しい景色も、どれだけ貴重な名画も、どれだけ価値のある宝石も全て心に響く事はなかった。
生まれた時からだ。何をするにしても障害がなく、何をしても意味がないく、何をしても価値がない。その生まれから全てを与えられてきたシャルリアにとって貧困や困窮に身を震わせる人々の気持ちが理解できずにいた。
だが、シャルリアは賢かった。天竜人自体に権威があっても権力が無いのは知っていた。天竜人が何処の国へ行っても横柄な態度ができるのは世界政府を作ったという政府の絶対性の象徴であったからと海軍の軍事力がそれを後押ししていたからだ。
だからこそ、賢かったシャルリアは見下していた。下民はもちろん、自身以外の天竜人を。世界政府を作ったにも関わらず世界政府の後ろ盾が無ければ何もできない天竜人を。
そのような塵芥で有りたくないため自立できる努力をした。例えある日突然下界へと放り出されても1人で生きられる努力をした。が、政府はそれを認めなかった。政府はわざと天竜人を無能にしていることに気づいたのはこの時だった。天竜人達が政府を飼っているのではなく、飼われていることに気づかせないため800年をかけて世界政府を作り上げた英傑たる天竜人たちをただの塵芥に仕上げたのだ。
だからシャルリアは諦めた。見下していたその他の天竜人と同じように語尾にザマスやらアマスなんてものをつけるアホな喋り方を始めた。
今思えばその時からかもしれない。ただでさえ面白くなかった世界から色が抜け落ちたのは。
生まれてから10数年。馬鹿な親兄弟に合わせて生きてきた。上辺だけの笑顔を向け、「お父上様」「お母上様」「兄上様」なんて使いたくもない呼び方をして。
だが、今日ばかりは心からの感謝を同じ血が通っていることを認めたくもない豚のような
「レディース&ジェントルメェェェン!!!皆様!ようこそおいでくださいました!!本日は目玉商品ばかりですのでご期待ください!!さて一番初めにご紹介いたしますのはーーー」
派手な格好をした
そのうちの一人、列の最後にダルそうにしている男。
ソレをみた瞬間、パァァアッとソレを中心に世界に光が満ちる。余りの眩しさに目眩を起こすがそれでも目を逸らせずにいた。
一目惚れ。
シャルリアの始めての恋であった。
その男の姿を網膜に刻みつけようと目を見開いて見つめる。小汚い格好だった。ボロ布を身に纏い、死んだような目をしている。顔立ちはそれなりに整っているが、その煤けた姿をから見劣りしてしまう。
ーーーまずは綺麗にしなくちゃいけないわね。いや、調教する方が先かしら?
既にシャルリアの中では買うのは確定になっていた。買わないなんて手はない。誕生日なのだから例え何億円使ったって買ってやる。
そう決意しながら最後になっている男の競売が始まるのをドキドキしながら待つ。途中何度か父親に「誕生日なのだから遠慮せず何か買いなさい」と言われたが、今は男を見つめることに忙しくて適当な返事で終わらせる。
「では!最後にある目玉商品の前座としてこの男を紹介いたしましょう!!」
そうして、男の説明が始まった。
情報の一つも聞き逃さないために無言になる。今はいつもつけているシャボンのマスクすら邪魔と感じていた。
「この男の名はガリム!聞いたことのある人は少なからずいると存じ上げます!」
ザワザワと騒がしくなる場内。
あの男は割と有名らしい。後で詳しく
「うるさいアマスね」
大きくない声で言う。それだけでシーーンと静まり返る場内。この場にいるのは富豪や何処ぞの貴族、中には王族すらいるというのに小娘の一言で息を飲むように黙りこくってしまう。
「何?珍しくもシャルリアが言うほどうるさかったか?普段ならば気にせんのだが、せっかくの娘の誕生日に不快にさせたのなら全員殺すか?」
私に伺うように父であるロズワードが聞いてくる。その言葉にゴクリッと唾を飲み込む貴族や富豪達。顔を真っ青にしている。
「いいアマス。それの方がうるさいアマス」
ホッ息を吐く奴らを見ながら、競売人を睨みつける。早くしろ、という意思を込めた視線に気がついたのか焦ったように喋り出す競売人。
「えー、っと!では!この男のことを知っている方が沢山いることはわかりましたが、知らない方の為に説明させて頂きましょう!」
気を取り直して説明する。先ほどよりも静かになった場内に満足しながら聞き及ぶ。
「この男は
3000万ベリー。
高いと周りの貴族達が驚く。人種の男の最低金額が50万ベリーに対してこの男は3000万ベリー。確かに懸賞金が1億2000万ベリーであることを考慮すれば妥当かもしれないがそれでも高いと言えるだろう。
「3億」
だが、私にしたら安いどころの話ではなかった。3000万ベリー?彼の価値がその程度な訳が無い。
だが、私は3億と言った。
3000万なんてはした金で買いたく無かったのだ。3億ですら安いと感じる。
「シャ、シャルリア宮?よよ、よろしいので?私の聞き間違いで無ければ3億と聞こえたのですが……」
「足りないアマス?」
足りないとはこの競売人は彼の価値がよく分かってるなと思いながら聞くとブンブンと首を振る。
「い、いえいえいえ!では、3億ベリー!もう居ませんか!!いないのでしたらシャルリア宮の落札となりますが!」
シーーンと静まり返る場内。
どうやらいないようだ。
「では、シャルリア宮の落札となります!お金はオークションが終わった後でお願いいたします!」
「ふぅ………」と安心したように息を吐く。
「よかったのか?シャルリアや。目玉商品はこの後だそうだぞ?人魚の女と聞いたのだが欲しくないのか?」
「それは本当かえ!?お父上様!?わちしが欲しいんだえ〜!!」
すると
「チャルロス、今日はシャルリアの誕生日なのだ。それにお前は最近無駄使いが過ぎる」
「嫌だえ〜!!欲しいんだえ〜!!無駄使いというならあんな下民に3億も付けたシャルリアの方が無駄使いだえ〜!!」
ーーーあ"?無駄使い?
ギロリとブタを睨みつけると「ヒッ!」小さな悲鳴を上げる。
「う、嘘だえ!い、いい買い物だと思うんだえ!」
「船長というのがいいアマス。その下にいる数多の海賊も支配した気分になれるアマス」
「まぁ、シャルリアが良いと言うのなら構わないが、人魚はどうする?」
「今回はチャルロス兄様に譲るアマス」
「ほ、ホントだえ!?シャルリアはさすがだえ!よく分かってるだえ!」
ピョンピョンと飛び跳ねながら喜ぶブタを見ながら、これからガリムとどう接するかを妄想する。取り敢えず私のために死ねる、私がいないと死ぬ、ってくらいには忠誠と依存をさせようと考える。