ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
※※※
「……どんなところだったんスか」
「え?」
「あんたの住んでた元の世界ってヤツッスよ」
「ああ、そういえばノオトはまだ知らなかったんだよね、おにーさんの故郷がどんなところか」
「ちゃあんと知りてえッス」
──その日の夜。
豪華な海鮮料理を前にしながら、ノオトは真剣にメグルに問うてきた。
「そうだなぁ……難しいけど……一言で言えば、ポケモンが居ない世界だ」
「ポケモンがいない!?」
「そう。動物はボールの中に入らねえし、ポケモン程凄い力を持ってるわけじゃない。人間の力がとても強い世界だ」
「考えられねえッスね。ボールに入らない生き物、か……同じ異世界でもヒャッキとはまた様変わりッスね」
「ヒャッキにはポケモンは居るし、小さくなる習性を利用する文化もあるからね」
アルカが言っているのは、テング団が用いている瓢箪の事だ。
彼らはポケモンが弱ると、瓢箪の中に吸い込んで格納するのである。
結局のところ、メグルの世界と彼らの世界で異なるのは、小さくなる性質を持つ不思議な生き物が居ないことであった。
「人は普通に生活してたぜ。開発も進んでて、ビルと車ばっかさ。人間中心の文明が発達してる」
「成程ぉ、サイゴクよりもよっぽど便利は良くなってそうッスね」
(便利なだけなら良いんだけどな……)
メグルは目を瞑る。
まだ数か月も経っていないはずなのに。
もう、どんな街並みだったか忘れかけている自分が居る。
(俺はひとりだった。あの町で)
それほどにサイゴクでの経験は鮮烈で、そして強烈なものだった。
今ではこうして旅の仲間までいる。
しかし、元居た世界でメグルは──孤立していた。
(大学に入ったころ、入学式のすぐ後に風邪引いちまって……それで友達が出来なくって)
他にポケモンで遊んでいるような友達も居らず。
人付き合いが苦手だったメグルは、バイトもすぐやめてしまい、気が付いたら家と大学を往復しているような生活をしていた。
家から大学も遠く、実家にそうそう帰る事も出来ない。
だから、彼の心の支えはいよいよポケモンだけになってしまっていた。
友人もおらず、ぼっちのままだ。それでも一人でのめりこめてしまうものがあるので、メグルは一人のままだった。
「……元の世界に帰りたいって思ったりしないの? おにーさんは」
「思う時もあるよ。だけど今はやるべき事があるし……それに、どうやら長居し過ぎたみたいだ」
だがそう思う一方で──メグルはいつか帰らなければいけないことも薄っすら感じていた。
(親も置いてきてるし……そもそも、何で此処に来たのかも分からないなら、何時どんな理由で向こうに帰らされてもおかしくねーんだよな……ゲームだとあるあるだろ)
「メグルさんはいつまでも此処に居たら良いんスよ!」
そんなメグルの葛藤を他所に、ノオトは明るく言った。
付き合いは短い。しかし彼はすっかり、年上の兄貴分としてメグルを慕っていた。
ポケモントレーナーとしての年季はそこに関係無かった。
ノオトにとって実姉のヒメノは畏れ恐れる存在だったが、メグルは気の置けない兄弟のように無意識中に思っていた。
「異世界人だとかそんなのオレっちには関係ねーッス。オレっちは歓迎するッスよ」
「そうですよ! おにーさんは此処で暮らせば良いんです! あ、でも、家とかは……必要ですよね。ずっと旅をしている訳にはいかないし」
「それはアルカさんも同じッスね」
「あ、そうか……」
「まーでも、問題ねえっしょ」
にしし、と笑ってみせるとノオトは言った。
「いっそのこと、二人で暮らせば良いじゃねえッスか」
一瞬、時が止まったようだった。
メグルもアルカもだんだんと顔が逆上せていき、すぐに慌てたように怒鳴る。
「それは……いきなりすぎるだろ!」
「からかうのはやめてよ! 何でおにーさんとボクが、その、け、結婚みたいな……」
「結婚!?」
「ち、違う! 例え話ですよっ!」
「うーん、お似合いだと思ったんスけどねー……」
「変な事言うんじゃねえよ!」
「そうです! 大体こんな意地悪な人と、どうしてボクが……」
「あんだとコラ、誰が今まで助けてやったと思ってやがる」
「砂漠の時でトントンですよーだ!」
ぷいっ、と二人はそっぽを向いてしまった。
こうでもしなければ、意識してしまい、二度と互いの顔を見られなくなってしまうからだ。
(何でコイツ、こんな態度取るんだよ……! まさか、本当に気があるのか俺に……!?)
(も、もももももーッ! ノオトったらぁ何言ってんの……! 顔が熱いよ……! 別にボクはおにーさんの事なんて、何とも思ってないし──)
(この二人……めんどくせーッスね……大体メグルさんの押しが弱いからなんスけど。これだから恋愛童貞は……)
空気が微妙になってしまい、そこで会話も止まってしまった。
そんな折に、救世主は現れた。
「──ナナシのみのお酒をお持ちしましたー」
仲居さんが徳利を膳に乗せて持ってくる。
メグルとノオトは思わず顔を見合わせた。
二人はまだ未成年。酒が飲める年齢ではない。
となると、頼んだのは一人しかいない。
「……あっ、ボクが頼んだんですけど」
「お前、酒飲めるのか!?」
「意外ッスね。今までそういうところ見た事無かったんで」
「いやぁ、あんまり飲まないだけだよ。ライドポケモンにも乗るしね。おにーさんこそ、飲まないんですか? いっつもお酒頼まないですけど」
「俺19だからまだ飲めねえんだよ……」
「えっ」
「えっ」
アルカとノオトが顔を見合わせる。
「つまり、ボクが最年長だったってことォ!?」
「知らなかったんスか今まで!?」
「互いの年齢聞く機会なんて無かったからな……」
【メグル 19歳】
【ノオト 13歳】
【アルカ 20歳】
「つーか、お前こそ今まで酒なんて飲まなかったじゃねえか!」
「気心の知れない人の前でお酒飲んだりしませんよ」
尚、逆説的にメグルやノオトに気を許していると白状していることに、この時アルカは気付いていない。
「酒ねぇ。俺も飲めるようになるのかね。正月のお屠蘇とか苦手だったなぁ」
「ふふーん、おにーさんは意外と子供舌なんですねー。あ、でもこれ美味しいですよ。くぴくぴジュースのように飲める」
「ちょいちょい、ペース速過ぎたら良くないって言うッスよ、アルカさん」
「大丈夫大丈夫! ボクこれでも強いんで!」
そう言ってお酒を呷る彼女を見て、メグルはほっと一息。
気まずい空気が、お酒の話題で書き換えられたからである。
あのままでは、次の日になっても話せなくなっていたからだ。
だが問題は、アルカも同じことを考えていたことであった。
(顔が熱い……ボク多分今、耳まで真っ赤だ……そうだ、お酒の所為にしちゃおう。お酒で酔ったって事にすれば良いんだ)
何かを誤魔化す為に酒を利用しようとした酒飲みの寿命は短い。
味わうのではなく、酔う事を目的とするので普段よりもペースが速くなり、あっという間にアルコールが回っていく。
「おかわり!!」
「おいオマエ、大丈夫か!?」
「これくらい普通ですよ。どうせ向こうの好意ですし、甘えちゃえばいいんですよ」
「いや、果実酒って結構度数が強いって聞いた事があんだけど……」
「はぁー!? ボクをそうやって子ども扱いして! ボクはこれでも、おにーさんよりぃ、お姉さんなんですよ!?」
「もう既に酔ってるッスよこの人……」
「酔ってないもん! 二人は子供だから!」
──数十分後。
彼女の周囲には徳利が何個も転がっていた。
「くかー……えへへへへへぇ、おにーさん……」
「ほら言わんこっちゃねえ」
「明日起きれるんスかね、この人……」
そこには涎を垂らして突っ伏すアルカの姿があった。
恐らく、こうなることが薄々分かっているので、彼女自身も飲酒を自重していたのだろう。
「取り合えず布団に運び込むか、このバカ」
「全く、こんなんじゃ全然、最年長って感じじゃねーッスね」
「本当だ全く、コイツより年下ってのが一番納得行ってねーわ俺は」
二人掛かりでアルカを、用意された布団の中にぶち込み、メグル達は再び夕食に戻る。
他愛のない話は続いた。
旅の事。互いの故郷の事。身内の事。
そして、明日の試練の事。
「……ヨイノマガンはサイゴクのヌシの中でも、最強クラス。そもそも旧家二社が恐れられていた理由の大半はヌシにあるッスから」
「アケノヤイバがあれだけ強かったんだ。対になるヨイノマガンが強くてもおかしくないわな」
「強いて言うなら、水タイプのヘイシャリが鍵になるッス」
「水弱点……岩か地面だな」
「つーか、ひぐれのおやしろが司るタイプは”岩”ッスから」
岩タイプ。
弱点こそ多いものの、防御力が高いポケモンが揃っているタイプだ。
脆さはあるものの、同時に鋭さも併せ持ったポケモンが多数存在しており、油断すれば寝首を掛かれてしまう。
(すながくれ忍軍って言うくらいだし、砂嵐も戦法の中に入れて来る可能性が高い。それも加味すると、ヘイラッシャが重要だな……)
岩タイプは砂嵐の下では特防が高くなる。
例え弱点を突いても、特殊技では倒せないこともザラだ。
結果的に水タイプの物理アタッカーで攻めた方が倒せる可能性は高い。
(岩ならアブソルもきっと役立つ……! 逆に古参3人組は今回、あんまり出番は無さそうだな……バサギリに至っては弱点突かれるし)
考えれば考える程、技構成の候補は幾つも上がってくる。
なまじスマホロトムのボックス機能で手持ちの技を管理できるだけに、戦略の自由度は高いので悩んでしまう。
「……俺、もう1回風呂入ってくるわ」
「あり? 何でまた」
「さっきは砂だらけで、シャワーばっかだったからな。もう一回、ゆっくり風呂を楽しむとするよ。明日の事考えながらな」
「お疲れさんッス。オレっちは夜風浴びてくるッスから」
「あーい」
メグルが部屋から出て行ったのを見届けた後──ノオトはふと呟くのだった。
「やっぱあんた達は……お似合いッスよ」
そして、ルカリオの入っているボールを握り締め、外に出て部屋の電気を消した。
後に残るのは布団で寝息を立てるアルカだけだった。
「……オレっちも……あんた達を守れるくれーに、強くならねェと」
※※※
「何ィ!? 野生のポケモンが侵入してきた所為で、男風呂と女風呂が砂塗れェ!?」
現に両方共「使用禁止」と立札が立てられ、鍵まで掛けられている。
「そうじゃなぁ。男湯も女湯もやられちまったべ。たまにあるんだべ、温泉に浸かりに来る厄介者が空から飛んでくる」
温泉担当の爺さんが申し訳なさそうに言った。
「大抵朝まで復旧に時間が掛かる。申し訳ねえべ」
「そっスか……」
因みに問題の野生ポケモンは既に捕獲された後らしい。
どうやらかつて、旅館が廃業の憂き目にあったのも、度々野生ポケモンの襲撃ならぬ入浴を受けたからなのだという。
「幸い、奥の混浴風呂は使えるべ。屋内じゃからあそこ」
「……んじゃあ、そっちで」
「おう、すまんなぁ、お客様。因みに脱衣所は男女別々だべ」
「はーい」
(さっきはゆっくり温泉を堪能できなかったからな……この際何でも良いや)
──他の客も居ない一人っきりの温泉。
そこに浸かると、疲れが一気に流れていきそうな気がした。
「はぁーあ……疲れたぁー……」
主に、キリとの対談だ。
姿が姿なだけに、向き合っているだけで緊張で疲労してしまったのである。
(明日は試練、か。ヨイノマガン……一体どんなポケモンなんだ……?)
例によってどのような相手なのかは敢えて調べていない。
だが、話が通じない相手だ、とノオトは言っていた。
(……だけどここに来るまで、俺達だって手持ちを鍛えたんだ)
五社の架け橋だとか、テング団の三羽烏を倒せるかだとか、遠い話の事は分からない。
しかし、今目の前の試練の事ならば全力で闘志を燃やすことが出来る。
(……絶対に勝って、4つ目のあかしを手に入れる)
そしてその先。
5つ目の試練で待つのは──ユイだ。
彼女がキャプテンになっているか、メグルには分からない。だがきっと、彼女ならば自らに試練を与える立場となって現れるだろう。
それほどに彼女は気高い心を持ったトレーナーだからだ。
(あいつの試練を乗り越えることで……あいつに、成長した俺の姿を見せてやるんだ……!)
そう意気込んでいた時だった。ガラガラガラと扉が開く。
メグルの視線は思わずその方向へ向いた。そして、頭がフリーズした。
「あれぇー……おにーさん……だぁ……えっへへへへー」
パッと目に飛び込んできたのは、たわわに実った両の胸。綺麗にくびれた腰。そして、月明かりに照らされて、真っ白に輝く肌。真っ赤に熟れ上がっている頬。とろんと蕩けた甘ったるい声。
思わず夢なんじゃないか、夢であってくれ、と目を擦ったが事実であった。
酔っ払い・襲来。
(何でだァ!? 寝てたんじゃねーのかぁ!?)
「えーへへへへぇー、おにーさーん、うりうりー」
がばぁっ、と彼女はメグルを見るなり湯舟に飛び込んで来る。
完全に酔っぱらったままだ。
涎を垂らしたまま、彼女は飛びついてくるのだった。
頭がフリーズしてしまったメグルは逃げることも出来ず、彼女の抱擁を受けたが、すぐさま引き離そうとする。
しかし、普段ジャケットに押し潰されて目立たない弾力のある巨峰は腕から離れない。
「ま、待て待てアルカ!! 身体!! 身体まだ洗ってねーだろが!!」
「えぇー? それじゃあ、おにーさんが洗ってくださいよぉ……」
「洗わねーよ!! テメェで洗え!! さっさと出ろ!」
「ええぇ……なんでぇ。おにーさん、ボクの事、嫌いになったんですかぁ……?」
(こ、このバカ……! こんな状態で風呂場に放置したらしたで溺れ死んでしまいそうだし、どうしたもんか……!)
やはり自分のカンは間違っていなかった、とメグルは確信する。このアルカという女、一人にしておくといつか絶対に死ぬ。普段は気丈に振る舞っていたが、抜けているのだ。酔っている所為で、更にそれが悪化しているのである。
さっきの爺さんは酔っ払いの客が風呂に入るのを止めなかったのか、と彼を呪うメグルだったが、よくよく考えれば野生ポケモンの後始末に向かっていたのを思い出す。
詰みだ。止める者が誰一人としていなかったのだ。
(コイツの名誉の為に、俺が何とかするしかないか……!)
下心からではない。本心からの心配である。
結局彼女を無理矢理洗い場の前に引っ張っていく。大人しく洗ってやるしかないようだった。
「ほら、此処に座れ──」
出来るだけ
背中がはっきりと見えて──メグルは絶句した。
(ッ……)
傷はあるな、と最初に背中を見た時思っていた。
だが、できるだけ彼女の身体を見ないように目を背けていたので気付かなかった。
こうして面と向かうまでは。
(どうして、何をどうやったら、
──アルカの背中には、数多もの悪意の痕跡が刻まれていた。
「あれぇ……おにーさん……いきなり黙ってどーしたんれすかぁ……?」
刃物で切り裂かれたような切り傷。
熱く硬い鉄を押し付けられたような火傷。
打ち付けられたような痣。
いずれも最近付けられたものではない。何年も前の古傷ではあったが、それでもメグルが思わず言葉を失い、立ち尽くすには十分な痛々しさであった。