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労働力として家族が多いほうがよかったからです。 なお、「孤児」という名称でひとくくりにして定着していますが、孤児よりも遺棄、売却、譲渡のほうが多かったのです。もちろん、幼子を連れて日本へ帰るのが大変だったからですが。親としては負い目があるためなかなか名乗り出られなかったのです。 実際、満州から引き揚げてきた人に聞いた話です。敗戦後の引き揚げで運よく列車に乗れたのですが、日本人の子供をもらおうとして、あるいは買おうとして中国人が各駅に群がっていたそうです。親は簡単に、当然のように中国人に引き渡していたそうです。もちろんそのほうが子にとっては幸せだと考えてのことです。
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その他の回答(4件)
小姨多鶴という中国の連続ドラマがあります、もし本当に興味があるなら探して見てみてください あくまでベースは小説であり、なおかつテレビドラマですので、それが中国人の捉え方のすべてとは言いませんが、少なくとも中国人の書いた小説で中国で作られたドラマですから、日本人の想像で書いた回答よりも質問の趣旨に近いものが得られると思います 私はこのドラマを見ましたが、中国人ではないので回答は差し控えたいと思います、すみません
一言で言えば「盟約」でしょうね。 満州に入植していた日本人と中国人が 良好な関係を持ち、家族単位で付き合う事もあったそうです。 終戦後のソ連軍侵攻で着の身着のままで逃げるのに 小さな子供を連れて逃げるのは大変な困難を伴いました。 そこで付き合いのあった中国人に預けるケースがあったようですが、 律儀で義理堅い中国人の場合は日本人孤児を責任を持って 育ててくれたみたいですね。 良好な関係を築き上げ、固い信頼があったからこそ、果たされた盟約です。 まあ、コレは幸運なケースですけどね。 ヘタすりゃ人買いに売り飛ばされたり、日本人の子供だと言う事を 知らされずに亡くなった方もいるでしょうね。
ID非表示さん
2013/9/19 21:17(編集あり)
まず、日本との戦争で若い人の多くが命を落とし 人手不足なところが多かったのです 当時の日本人は今の大学生みたいに遊びまくったりせず とても勤勉だったので 働き手として期待されました。 ほかにも蒋介石は戦後、捕虜にした日本兵の多くを国民党軍に引き入れました ベテランの日本兵が欲しかったのです、