仕事は”こなす”ものではなく、巻き込み巻き込まれる”お祭り”
STORY
# 37

仕事は”こなす”ものではなく、巻き込み巻き込まれる”お祭り”

アニメーション作家
山田遼志(やまだ りょうじ)

King GnuやMillenium Paradeなど、日本における新世代の音楽シーンでトップランナーとして活躍するアーティストのMVを手掛ける、山田遼志さん。昨年テレビ東京系で放送され、映画化や舞台化も話題となったアニメ「ODD TAXI」でもオープニング映像を制作されました。 「数回観ないと理解できないような風刺や比喩」を映像に込めるという彼の作風は、見る人にどことなく不安や恐怖を感じさせながら、強いメッセージを届けます。そんな、次世代のアニメーション作家として活躍する山田さんに、新宿近くのご自身のオフィスにて、話を訊きました。

山田遼志さん

山田遼志さん

絵は“裏”で描き続けていた青年時代

父が若い頃映画制作の仕事を志していて、その延長で音楽や絵も好きだったので、自分も物心ついたころからその真似ごとで絵を描いたり、ギターを弾いたりしていました。ギターは才能がないと感じてすぐに辞めてしまいましたが。 当時は手塚治虫や白土三平、つげ義春などの社会的なメッセージ性の強い漫画が好きでよく読んでいて、自分なりに漫画を描いてみたりしていました。

しかし中学生くらいになると、「男は外で遊んで男性らしく。美術は女性がやること」みたいな風潮を感じてきて、絵を描くことが途端に恥ずかしくなり、学校など外では隠すようになりました。小中高とサッカーをしていたので、表では普通の、と言いますか、世の求めるような元気な少年に映っていたと思います。 でも裏ではこそこそ描き続けていて、辞めようとはなりませんでした。 そういう世の「男らしさ」とか「集団行動」みたいなところにずっと苛立ちを感じていたので、今思うと、絵を描くことがそういった感情のはけ口のようになっていたのかもしれません。

そんな中で高校に進むと、それまでまわりにいなかったような、生き方や社会的なことを話す友達ができました。 「進学校に通っているけど美容師になりたい!」とか、「生きるってことがよくわからず悩んでいる!」とか。彼らと話していて、「こういうのってしゃべっていいんだ」とドキドキしながらも、心が軽くなったのを覚えています。 そんな友達に絵を描いていることを打ち明けたら、「いいじゃんいいじゃん」って肯定してくれて。初めて自分の気持ちが表の世界に出てきたような感覚でした。

「これからどうやって生きていくんだろう?」とか「働くってなんなんだろう?」って話していくうちに、「仕事にするなら好きなことやった方がいい」と思うようになって、自分は絵で生きていくんだという決心が固まっていきました。

(好きなものや魅了されたものはそばに置いておきたいという山田さん。都内オフィスには数々の書籍や、過去の作品などが並んでいる。)

アニメーションの魅力に惹かれて

元々は画家を目指していたのですが、アニメーションに興味をもったきっかけは、銀座で開催されていた、多摩美術大学(以下多摩美)のグラフィックデザイン学科のアニメーション作品を含んだアニメーション上映展です。高校卒業後の進路に迷っていた僕は当時、展示やイベントによく足を運んでいました。そこで、今では世界でも活躍されている水江未来さんの細胞を動かすアニメーション作品や、”動く絵画”で知られる加藤龍さんの作品に触れて、こんなに尖っていてカッコいいものがあるんだと衝撃を受けました。 そんな作品たちに触れ、作風や製作方法などにものすごい層の厚みを感じ、これらのクリエイターを教えている多摩美の先生からアニメーションを学ぼう、多摩美に入ろうと決意しました。

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改めて絵とアニメーションの違いを考えると、絵という二次元のものに”時間”という3つ目の要素が加わることで、表現が一気に複雑化しているところかなと思っています。

もちろん厳密にはそんなことはないという前提での話ですが、極端に言うと、絵は二次元の世界に収まるので完成させることができるんです。少し悪い言い方をすると、自分の悪い癖としてもあるのですが「それっぽくできる」といいますか。画材は最小限でもいいし、極論「棒人間を描いて終わり」って言っちゃえなくもない。どのように終わらせるかはクリエイター次第ですし、そこが逆に絵の奥深さになっている点でもあります。 でもアニメーションって簡単にはそれっぽくできないんです。そもそも動かさなくてはいけないし、さらにクオリティーを求めてやろうとすればするほど、機材や知識など、現実的な工程が膨大に必要になってくる。

「現代の新しい方法よりも、むしろ昔のやり方の方が生き生きと撮れるんじゃないか?」とか、「その違いってなんなんだろう?」とか。考えたり、手を動かしだすとキリがなくて。 いつまでも突き詰めきれないところに面白さを感じていて、うまくいかないから今もずっとやってる、という感覚があります。

仕事は、まわりを巻き込んで楽しむ”お祭り”

でも、大学に入学すると、アニメーションよりも人に会うことばかりやっていたんです(笑)特に多種多様な人と集まって飲みながら話すのが好きでした。 美大の飲み会では「何が油絵か?」「何が彫刻か?」「お前はわかってない!」みたいな授業中にはできないそんな討論を、先輩も後輩も含めてみんなでするのが楽しかった。 美大には、芸術の話ができる人たちはもちろんですが、本格的に音楽活動をしている人も多くて、自分の専門外の話も聞いたりしながら刺激をもらっていました。

社会人になっても、そうやって出会った友達からVJ(ビデオジョッキー)やフライヤーデザインを頼まれたりして、さらに友達の輪も広がっていって、自然と音楽やファッション界隈の仕事も多くなっています。

(この日着用されていたのは、ご友人でもある東研伍さんの手掛けるファッションブランド『Azuma.』とのコラボアイテム。背中のイラストは山田さんが製作したもの。)

そして僕は、そんな制作や仕事の全てを、”お祭り”だと思っています。 元々仕事を仕事と捉えていなくて、まわりのクリエイターや友人と、一緒になって大きなものをつくっていくのが好きなんです。

そもそも自分の作品づくりで「深さを追求する」というのが根底にあります。例えば先ほどと同様に、棒人間を描いたらそれは絵として完結できてしまうんですが、「それはかっこいいのか?」「かっこいいとはどういうこと?」「どういう意味があるのか?」を考えて、作品に込めないと面白くない。 表層的なものだけをつくって、簡単に消費されていくことに、僕は懐疑的なんです。わかりやすいものが必要になる場面ももちろんたくさんあるので、否定するつもりはないのですが、自分がやることではないなと。 数回観ないと理解できないような風刺を込めるという僕の作風は、その思いから来ています。

様々なメッセージや意図や信念を、作品の内側にこめることを考えて、初めて楽しい”お祭り”になる。 「こういう意味があるんだ!」「違うんじゃないか?」「なんでだ?」「こっちだろ!」っていう、その制作の過程こそが”お祭り”なんですよね。 仕事と思ってこなすのではなく、「今、お祭りができているか?」という意識を忘れないようにしています。

「ライスワーク」「ライフワーク」「アクション」のバランス

自分の中で、様々な活動を「ライスワーク」と「ライフワーク」と「アクション」という3カテゴリーに分けて考えています。 「ライスワーク」が自分が食べていくために必要なもの。いわゆる消費しやすくてわかりやすいもの、と言いますか、対価をもらうための制作物をつくっていくこと。「ライフワーク」はMV等も含め自分の作品と呼べるものを作り出すこと。「アクション」はチーム作りや展示など、多数の他者と取り組みながらする活動としています。 これはドイツの哲学者ハンナ・アーレントの代表的な著書『人間の条件』で唱えられていて、この3つのバランスがあって初めて、人間は分別のある社会行動や判断ができる、という内容です。

約2年前に設立した会社には、他にもディレクターやプロデューサーやアシスタントがいて、僕ひとりではない。食べていかなきゃいけない以上、やっぱり100%採算度外視にはできない。「ライフワーク」を思いきりやったら補填のために「ライスワーク」をやろう、というように、3つのバランスを常に考えていて、日々に没頭しながらも自分の活動を俯瞰しないとと思っています。

ただ、「ライスワーク」と言っても、つまらないと思って”こなす”のではなく、「こういう部分にこだわってみよう」とか「時間制限を設けてその中でどんな表現にできるか試してみよう」とか、チームで共有できる楽しみを見つけるようにしています。 先ほど話したように、3つともちゃんと”お祭り”にしたいんです。

スーツのもつ”匿名性”

普段はスーツを全く着る機会がなくて、今回こうやってちゃんと着るのも就職活動ぶりくらい。オーダーするにあたって、なかなか具体的な完成形が思い浮かばなかったので、イメージを膨らませるためにイラストを描いてみました。 スーツやサングラスといったアイテムは、自分の過去の作品にも多く登場させていて、身につけさせることで”匿名的”になると考えているんです。僕の中で、”モブ(=大衆)”を示す象徴です。

(山田さんが思い描いたスーツイメージ)

僕は、自分も”モブ”であり、大衆に紛れているんだということを忘れたくないと思っています。「自分は大衆ではありたくない」と思って”モブ”から離れすぎていると、逆にいつしか気付いたら”意識を持たない本物のモブ”になってしまう気がするんです。自分の意思、感じている違和感や怒り、そういったものを抱えながら敢えて自ら”モブ”として大衆に紛れることで、自分という唯一の存在を大衆に取り込まれないでいたい。 学生時代からもやもやしている「集団行動」や「全体主義」の話から繋がって、今はそのように考えています。

今回のオーダースーツは、「カチッと感はありつつ、手足がビヨーンって伸びていきそう」なイメージ。黒いスーツという”匿名性”があり、強さもあるが、大衆に紛れている。紛れているんだけれど、伸びたり、異色な存在で、なにかが違う。そんな絶妙な違和感や怖さがイメージの根底にあります。

実は、今年の秋に開催される、新千歳空港国際アニメーション映画祭のGIF部門の審査員を務めることになりました。新調した、このスーツを着ていけたらいいなと思っています。こんなに決まった自分の姿はなかなか見慣れないので、ちょっと緊張しますが(笑)

気合いを入れて服を選んだ思い出といえば、社会人になってからアニメーションを学ぶためドイツに留学したくて、その留学の審査会のため文化庁に行ったことがありました。気合を入れて一張羅のコートを買って、「これは将来有望っぽく見えてるんじゃないか?」なんてうきうきしながら行ったら、建物の中に入った途端「コートをお脱ぎください」って。 中は普段着ているニットを着ていたので、ただのいつも通りの自分になってしまって、「こんなはずじゃなかったのに……」と苦い思いをしました(笑) 今回の映画祭では、あの時の二の舞にならないようにしたいですね。


Ryoji Yamadaウェブサイト:http://ryojiyamada.com/ 新千歳空港国際アニメーション映画祭公式ホームページ:https://airport-anifes.jp/


文:海達亮弥・井上南 / 写真:新井裕加

PROFILE

山田遼志

山田遼志(やまだ りょうじ)

アニメーション作家

1987年生まれ。東京在住。クリエイティブハウスmimoid立ち上げに参加。多摩美術大学大学院グラフィックデザイン専攻修了。株式会社ガレージフィルムでアニメーターとして勤務後、2017年にフリー。文化庁芸術家海外研修員としてドイツに留学。手描きアニメーションを中心にコマーシャルやミュージックビデオ、イラストレーションなどを手掛ける。現代社会の抱える不安や恐怖などをモチーフとし、狂気的で風刺的な作風が持ち味。自主作品は国内外でも高く評価されており、数多くの国際映画祭で受賞、上映歴がある。代表作にKingGnu「PrayerX」、Millenium Parade「Philip」、「Hunter」など。


編集後記

インタビュー前、山田さんは有名アーティストとの取り組みであったり、カルチャーの最先端をいくような作品が多い(イケイケな?)印象だと感じていました。 しかし実際にいたのは、ひたすらに絵を描き続け、文書を読み漁り、様々な技法で試行錯誤を繰り返し、作品づくりに没頭し続ける、まっすぐで泥臭いアニメーターでした。 「仕事に行き詰まったら、よくオフィスの屋上で黒酢を飲んでます(笑)そのまま朝を迎えてしまった時も、ここで吸う空気は最高です。」そんな山田さんの休憩場所にもなっている屋上で、晴天の中撮影ができました。

インタビュー / FABRIC TOKYO 井上 南

山田さんから事前に頂いていたイラストのイメージに合わせ、シルエットは伸びるようなルーズな雰囲気に。生地はブラックですが、ヘリンボーンというさりげない織り柄の生地を提案しました。 また、登壇などのフォーマルシーンはもちろん、柄シャツやスニーカーなどと合わせたカジュアルシーンにも着用したいとのことでしたので、雰囲気の出るダブルのスーツを提案しました。 ゆったりとしたブラックのダブルスーツはクラシックでもあり、モードでもあり、ストリートでもあり、様々な着こなしを楽しみたいという山田さんにぴったりのスーツに仕上がったのではないかと思います。

採寸者 / FABRIC TOKYO 菅 勇希

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