なぜ日本は遅れている? ジェンダー不平等、偏見が阻害する企業のセクハラ対策
ハラスメント専門家。東京都の2022年度「ハラスメント防止対策推進事業」アドバイザー。今話題のパワハラ・セクハラ・カスハラ・フキハラなどを、テレビの報道番組で解説。TBSテレビ「ひるおび」「news23」、日本テレビ「news zero」「news every.」、フジテレビ「めざまし8」、テレビ朝日「グッド!モーニング」などに出演歴あり。ハラスメントをテーマにしたテレビ番組では数多くの事例提供や再現ドラマの監修もおこなっている。著書(共著)に高等学校家庭科の副教材『生活デザインガイド2024』(大修館書店)。
SDGsの17目標の中で、以下の三つは日本で社会問題となっている「職場におけるハラスメント」と密接につながっています。
目標5 「ジェンダー平等を実現しよう」
目標8 「働きがいも経済成長も」
目標10 「人や国の不平等をなくそう」
この記事では、三つの目標を踏まえつつ、多様なハラスメントの中でも特にジェンダー平等の実現を妨げる「職場のセクハラ」をテーマに、ハラスメント専門家である日本ハラスメント協会代表理事の村嵜要が解説します。
1.セクハラとジェンダー平等の観点
セクハラ(セクシュアルハラスメント)とは
職場におけるセクシュアルハラスメントは、「職場」において行われる、「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり、「性的な言動」により就業環境が害されることです。
職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれます。
また、被害を受ける者の性的指向や性自認にかかわらず、「性的な言動」であれば、セクシュアルハラスメントに該当します。
(出典:厚生労働省「職場におけるセクシュアルハラスメント」)
はじめに日本におけるセクハラの歴史について、触れておきます。
世にセクハラという言葉が知れ渡るきっかけとなったのが、1992年に日本初の「セクハラ裁判」で原告の女性が勝訴したことです。その後、2007年に男女雇用機会均等法が改正されたことにより、男女労働者へのセクハラが法律で禁止されました。法律が施行されたことにより、企業においてはセクハラ対策が義務化され、セクハラ相談窓口の設置や研修の実施などの対策をしなければならないとされています。
一方、ジェンダー平等に向けた取り組みが進みつつある現在の日本において、人々の意識がまだ時代に追いついていない実態も一部散見されます。
例えば、LGBTQにかかわる記事がYahoo!ニュースのトピックスに掲載されると、コメント欄の書き込み数は多く、議論が飛び交い、炎上状態となることがたびたびあります。
2023年に東京・新宿の「東急歌舞伎町タワー」が開業したとき、性別にかかわらず誰でも使用できるジェンダーレストイレが話題になりました。しかし、「怪しい人がウロウロしていて使用しづらい」といった声が一部の人から上がり、結局ジェンダーレストイレは閉鎖されてしまいました。
このように、男女だけでなく、性的マイノリティも含めたジェンダー平等の意識がまだまだ根付いていない実態が見受けられます。
セクハラ対策単体で考えれば、「自社は進んでいる」と胸を張って言える企業は増えていると思いますが、ジェンダー平等という観点が加わるといかがでしょうか? 対策がなかなか難しい、と悩んでいる経営者、人事担当者、ビジネスパーソンも多いかと思います。
2.なぜジェンダー不平等に? わかりづらいセクハラも混在
まずジェンダー平等という広い概念と、多くの人がイメージするセクハラを切り分けて考えていきます。わかりやすいセクハラ、わかりづらいセクハラの例をそれぞれいくつか紹介します。
●わかりやすいセクハラの例
男性から女性・女性から男性へのセクハラ発言
「●●ちゃん」など「あだ名」で呼ぶ
「モテるでしょ?」
「彼氏いるの?」「彼女いないの?」
「男らしく」「女らしく」
「美人だね」「イケメンだね」
男性から女性・女性から男性へのセクハラ行為
「肩をさわる」
「手をさわる」
「ハグをする」
「距離が近い」
「足元から頭まで全身を眺める」
このようなわかりやすいセクハラに対しては、全従業員を対象とした、ハラスメント基礎研修を年1~2回定期的に実施するほか、以前からセクハラの傾向があると会社が把握している従業員に対してはハラスメント更生プログラムなどの個別研修を実施するといった対策が有効です。
しかし、経営者や管理職の男性の割合が高くセクハラ被害者の立場に寄り添えていない、プライベートへの干渉と受け取られる、女性を男性のサポート役とみる意識が残っているなどの理由で十分取り組めていない企業も少なくありません。
女性から男性へのセクハラは割合的には少ないものの、実際にはあります。女性から男性へのセクハラは気づかれにくく、男性側に被害に遭った自覚がなかったり見過ごされたりすることもあります。
今の日本では男性の管理職のほうが圧倒的に多いことから、セクハラは男性が女性にするものと誤って認識している人は多いと思います。女性がセクハラ行為者だと、指摘しづらい、指摘する側が何か勘違いしているのではないか?と思われてしまう不安や、適切に対処されないという課題があります。
日本では女性管理職を増やす動きがあるため、今後ますます女性もセクハラの知識を得て、防止に努める意識改革が必要です。
●わかりづらいセクハラの例
男性として生まれ、女性として生きる人(トランスジェンダー)へのセクハラ発言
「おまえ、本当は男だろ」
「女みたいな服装するな」
「声が気持ち悪い」
女性として生まれ、男性として生きる人(トランスジェンダー)へのセクハラ発言
「男性が多い会社に転職したらいいのに」
「まだ女性の面影が残っている」
「化粧しないの?」
トランスジェンダーの人へのこうしたセクハラもわかりづらい面があります。トランスジェンダーの人へのセクハラは、性的指向・性自認に関連したハラスメントである「SOGIハラ」の一種です。また、アウティング問題にも気をつける必要があります。アウティングとは、本人の同意なく、面白おかしく、相手の性的指向や性自認を第三者に暴露することです。
「周囲に話しておいたほうが、周囲にとっても本人にとっても働きやすいと思って言った」など、本当に善意だったとしても言い訳は通用しません。たとえカウンセラーのような専門職ではなくても、守秘義務があるという意識を持つことで、アウティングの防止につながります。守秘義務とは業務上、職務上知り得た秘密情報を第三者に漏らさない、秘密を守る義務があるという意味です。
このようなわかりづらいセクハラもなくしていかなければ、ジェンダー平等は実現できません。それでは企業はどう取り組めばよいでしょうか。ポイントは、性的指向・性自認が尊重されるような職場環境を整えることです。たとえば、誰でも使えるトイレや更衣室、ジェンダーレス制服の導入といった施策が考えられます。
企業側の対応が難しいのは、少数派であるLGBTQ当事者の人からの職場環境配慮の要望を受け入れたとき、多数派と意見が対立してしまうケースです。企業は従業員への安全配慮義務がありますから、どちらの職場環境も守る必要があります。
ジェンダー平等にかかわる話が出たときに上がるネガティブな声は、安心して働けない不安から来る切実な声もあれば、偏見の声もあります。経営者は少数派、多数派どちらか一方の言い分が正しいというより、どちらの言い分にも一理あると捉えたうえで様々な声を集約、調整しなければなりません。
多種多様な人材と共に働く、ダイバーシティを掲げる企業であれば、このような取り組みはジェンダー平等だけではなく、「働きがいも経済成長も」の実現も視野に、避けては通れない道と言えるでしょう。
3.ジェンダー平等の実現に向けて方針を定める
多数派が、セクハラ被害者やLGBTQ当事者の気持ちを完璧に理解、把握するのが難しいのは事実です。だからこそ、セクハラ被害者、LGBTQ当事者が就業環境に支障を感じているときに、躊躇(ちゅうちょ)なく相談できる企業の体質を維持することが重要です。
企業側の注意点として、相談したことによる差別、不利益取り扱い、セカンドハラスメントは絶対にあってはいけません。相談できる体制を整えたら、相談者の悩みに耳を傾けて、何に困っているのか、何らかの配慮の要望があるのかを確認。配慮の要望があった場合、企業として配慮できること、配慮できないことをはっきり区別しておくことが大切です。できないことはできない根拠を明確にして、丁寧に相談者に説明すれば問題ありません。
LGBTQ当事者は、自分の要望が通らないからといって、それがすぐにハラスメントになるわけではありませんので、ハラスメントを拡大解釈しないように理解することが大切です。配慮の要望と、セクハラなどのハラスメントとは切り分けて考える必要があります。ただし、配慮の要望が通らないとセクハラなどのハラスメント被害に遭うようなケースであれば、企業は必ず相談者に配慮しなければなりません。
セクハラは周囲にたくさん人がいる時に起きる性的な冗談だけでなく、周囲に人がいない外や密室で起きることもあります。そのため、セクハラ被害に遭ったことの証拠が残りにくく、立証することや、相談したところで信じてもらえないのではないか?と被害者が不安に思い、悩んだ末に誰にも打ち明けることなく表沙汰にならないことも多くあります。これは海外に比べて、ジェンダー平等が遅れている日本の実態をあらわしていると言えます。
このような背景もあることから、企業においては確たる証拠がなかったとしても、被害者からの訴えに対して柔軟にセクハラ調査をして、行為者として名指しされた人には迅速に事実確認、改善指導をおこなうことが望ましいでしょう。
企業がセクハラに迅速・的確に取り組むことが、ジェンダー平等の実現に欠かせません。企業には、対策の方針を定めて社内外に公表する決断力が求められます。