「漫文駅伝」第42回 ジャック豆山
苦肉祭ファンの皆様、ご無沙汰しております。そして僕を全く知らない人は、はじめまして。顔はそら豆、心は乙女、ジャック豆山と申します。苦肉祭には以前、2回ほど出演させて頂いた事があります。
今回ありがたいことに、居島一平さんから「漫文駅伝」の執筆依頼を頂きました。実はその時、偶然にもMー1グランプリ決勝をテレビで見ていた時でして、勝手ながら「錦鯉のことを書こう!」と導かれるような感覚になりまして、文才の無い僕で恐縮ですが、一生懸命書かせて頂きます。
錦鯉の二人とは、約17年前に今の事務所がお笑い部門を立ち上げた時からの付き合いで、今回は長谷川さん=まさのりさん、渡辺=たかしで話を進めさせて頂きます。当時まさのりさんは「マッサジル」、たかしは「桜前線」という別々のコンビで活動していました。そしてそれぞれのコンビ解散、その後のそれぞれのピン芸人時代を経て、錦鯉を結成してから今までの9年間を、僕自身もトリオやコンビの解散を繰り返しながら真横で見て来ました。
そんな中でも、僕が強く印象に残っているのは今から6年ぐらい前に、僕が住んでいるアパートにまさのりさんが引っ越して来た事です。
その経緯を説明しますと、当時まさのりさんが元々住んでいた立川のアパートが老朽化で取り壊される事になって退去しないといけなくなり、大家さんから退去費用はもらったんですが、家賃を半年以上滞納していたまさのりさんは、滞納していた家賃を退去費用で払いました。よって退去費用自体が底ををつき、途方にくれていたところをマネージャーが「敷金・礼金ゼロで入居させてやってくれ」と知り合いの不動産屋に話を通し、引っ越して来たのが僕が住んでるアパートだったのです。
僕だってまさのりさんにエラそうな事は言えません。僕も同じような理由で先に引っ越して来たのですから。そしてその後、他の一般の住人が引っ越して部屋が空くごとに、マネージャーが僕らと同じような理由で困っている芸人をそのアパートに引っ越しさせて、なんと8部屋ある内の4部屋になぜか同じフォルム(ハゲ・おじさん・売れていない芸人)が住む事になりました。
そんな中でもまさのりさんは前向きで「このアパートを、お笑い界のトキワ荘にしよう!」と言い出して、ネタ会やエピソードトークの練習みたいな事をやったんですが「ツッコミと仕切りが出来る奴が一人もいない!」という事に気付き、その会合はそれ以降一切やらなくなりました。
そんなまさのりさんを、いや錦鯉自体を一番客観的に見ているのがたかしで、まさのりさんのそんなエピソードを聞いて、ボロクソにツッコミつつも、なぜか嬉しそうにしていました。本当に「まさのりさんの面白さをどうやったら伝えられるのか」を考えて今までやってきたと思います。
錦鯉は結成当初から、周りの芸人やライブを見たお客様に「面白い!」と言われ続けていましたが、9年かけてM-1優勝でついに全国に「面白い!」と認めさせたのです。それはある意味「まだまだ、世に出ていない面白いおじさん芸人はいるんだからな!」と言ってくれたような気がします。
まさのりさんは、バイトをしながら50歳まで芸人を続けた理由を雑誌の取材で「やめ時を逃したから」と話していましたが、僕はそれだけが理由ではなく、やっぱり人との巡り合わせの「縁」があった事と、まだ続けてもいいんだと思える「場所」があったからだと思います。
ここから急に僕自身の話になりますが、僕が今から3年前に「まめのき」というコンビを解散した後すぐ、居島一平さんから声をかけてもらって、苦肉祭に初めて出させて頂きました。出させてもらって気付いたのですが、あの出演者の層の厚さとギラギラ感。僕は当時ピンになりたてで、自分のネタに対して不安しかありませんでした。でも、なんとか開き直ってネタをやったらお客さんが笑ってくれて、居島さんにも「面白かった!」て言われた時は、不安が一気に快感に変わりました。
居島さんとの「縁」があり、初めて出させてもらった苦肉祭は僕にとってピンになっても続けていこうと思えた「場所」でした。
また出させて頂く機会があれば、その時はぜひよろしくお願いいたします。
追伸、感謝している居島一平さんにお願いです。僕が最近他のライブで、芸人を辞めたくなるぐらいネタがスベる時がたまにあるのですが、その時に追い討ちをかけるように楽屋でボロクソにいじってくる「しゃばぞう」という芸人がいます。居島さんのほうから注意して頂けると助かります。



コメント
1有名人のジャック豆山さんだ♥🐹
M-1アナザーストーリー見ました!
2月2日に新宿で行われる。
【しゃばぞう単独ライブ】
のお客の入り具合で、ジャック豆山さへの風当たりが違ってくるのではないでしょうか💙🐯