郷愁
あるいは夢
初めては悲鳴と恐怖だけだった。
始めたばかりの頃はいつだって殺される側で。
いつしか慣れ始めた誰かに害されるようになって、最初は身を守る為に。
いつ頃だった? 正直覚えていない、だが少なくとも最終的に……最終的に、人が獣に咀嚼される光景をゲラゲラ笑いながら見ていたのは確かだ。
◆
首だけで振り向くべきではなかったと、後悔していた。感じた気配に逆らう事なくさっさと身体ごと動くべきだった。鼻梁を削り、目元からこめかみに抜けた弾丸が左の視界を眼球ごと潰し抉る。
「ぁ、が、ぐぅ……!!」
だが捉えた。
この小さい身体は隠れるだけが能じゃない。結局無駄になるとしても環境から身を守る最低限の筋肉すら放棄した体躯はこの密林の中じゃあアスリート体型よりも小回りが利く。
「見つ、け、たぁ……!!」
俺の左目をぶち抜いてくれやがった男の舌打ちと、幼い少女の手で握ってようやく普通のハンドガンサイズに見える小型拳銃の発砲音が響くのはほぼ同時だった。
「盾に、したな……!!」
「レア物なんだけどねぇ……!!」
知るかボケ、御託はいいから死ね。左目の礼は熨斗つけて大盤振る舞いだ。
どいつもこいつも銃、銃、銃。ここの鯖から遠征してきた奴らが鬱陶し過ぎたもんだから。
軽く皆殺しに来たけれど、他の奴らは皆死んだ。マスケット、この「孤島」に流れ着く武器の中じゃ大砲を除けば最長射程の長銃でどいつもこいつもヘッドショットされた。
「死ね……!」
「怖いね、怖いよμ-skY。だから死んでくれ……!」
背中にショットガンを隠してやがったか、脇腹が抉れたがまだイケる。
「チッ……的が小さ過ぎる……!」
発砲。奴の頬が弾け飛んで損傷を示す血霧の下で嫌に白い奥歯が見える。
デリンジャーは全銃の中で最低火力であると同時に最小反動でもある。息すら吐かせないと右手に握りしめたサバイバルナイフを真っ直ぐに差し込む。
「げうっ」
「ふぎゃっ」
こ、この野郎……抉れた脇腹に拳を叩き込みやがった。ナリはチビでも体力は大人に遜色なければとっくに死んでてもおかしくはなかったぞ。
「この、ヤロ……!!」
「ひゅっ、ひゅふっ……ガキ、が、ぁ……!!」
脇腹から熱が逃げていくようだ、もう長くはないだろう。距離を離せば死ぬ、この島にいる奴が喉から空気が漏れる程度で狙いを誤るとも思えない。
「………」
「………」
片や潰れた左目と脇腹から泥のような血を涙の如く流し、片や喉に突き刺さったナイフを引き抜きながら弾丸とナイフを何度も叩き込まれ完全に破壊された左肩にかろうじてくっついた左腕を力なくぶら下げている。
だが、互いに笑顔だ。残った右目に奴の片側だけ引きつった笑顔が見えていて、自分の頬が吊り上っていることは自覚している。
必勝パターンは出し尽くした、五十人くらい仕留めたテクがこいつには通用しない。悔しい、ムカつく、だがそれ以上に……楽しい。
バーナーで今尚焼かれているような激痛すらもが今は気にならない、脳が危ない感じにスパークしているかのようだ。
どう殺す? こちらは目が、あちらは腕が使えない。脇腹を抉られたが喉を裂いた。ここじゃなきゃとっくに死んでるが……まだ戦える、まだ殺せる、まだ楽しめる。
残弾二発のデリンジャーとラスイチのサバイバルナイフを構えて前へ、低く、そして速く。
対する相手は拳銃、直線上に止まったら死ぬ。というかドラッグでもクイックでも何でもいいがあの化け物じみた照準から逃げるには動き続けなければ話にならない。
「4、3、2……」
「ひゅ、ひゅはっ……何、発……でしょ、ふ?」
クソが、リロードしやがった。薬指と小指だけでホルスターから弾丸を掴み出すとかどんな曲芸だっての、何発入れた? 最低一発、流石に五発は無いと思うが……こちらの手持ちが少ないのが仇になった。ナイフを投げておけば決着だったかもしれない。
「…………」
「…………」
僅かな沈黙、互いの呼吸における「間」が全く同じタイミングで来たからこそ一瞬だけ静かになり……そして動き出すのも同時だった。
発砲音。奴の持つリボルバーから二発、対してこちらは左右にフェイントを入れつつ跳躍。
結果、数秒前まで俺の左足があった場所と右目があった場所を鉛玉が通過する。残り二メートル。
踏み固められた腐葉土の上を駆け抜ける、再びの発砲二発。
結果としては一発掠った、問題は無し。残り一メートル。
「───っぐ」
だがここで脇腹に空いた穴が悪さをした。蓄積したダメージによって身体から力が抜ける、一瞬霞んだ視界が次に焦点を結んだ時、見えたのはこちらへと迫る奴の足……
「ぐ、ぷっ……!?」
「ひゅはは」
爪先が俺の鳩尾に刺さる。視界が明滅し、猛烈な激痛と吐き気を伴って身体が吹き飛ばされる。
「もら、った」
「ぎゃっ!」
遠のいた意識が後頭部の激痛と胸への圧迫で強引に引っ張り戻される。どうやら仰向けに踏みつけられた上で動きを止められたらしい。
「ひゅ、ひゅ」
どうやら奴も奴で切羽詰まっているらしい。顔色が青い、酸素が足りてない判定でも出てるのだろうか?
振り抜こうとしたナイフを持つ右手が撃ち抜かれる。だがそれはブラフ、デリンジャーを投げ捨て使用可能回数が著しく低い代わりに威力は他を寄せ付けないボロい自動拳銃を手元に喚び出して突き付ける。
「死ね」
「ひね」
右手に気を取られたが故に後手で構えた俺と奴の銃口はほぼ同時に互いの顔に突きつけられて。
引き金を引く指に力を込めて、込めるのが見えて。互いに笑みを浮かべて、殺すことに喜びを、殺されることに楽しみを、今この瞬間を噛みしめるように──────
そこで何もかもがプツンと真っ黒になった。
はて、どっちが勝ったんだったか…………
だってゲームだから