龍よ、龍よ! 其の四十九
三行前の文章を書いた覚えがないくらいテンションで書いてる
あれこれまさか……
◇
戦場が、凍りついたように静まり返る。
文字通り海をぶち抜いて現れた機械仕掛けの一角鯨の姿に、何もかもが動きを止めて視線をそちらへと向ける。
『──────』
それは、ジークヴルムすらも例外ではなかった。
驚愕に染まった目でその動きが止まり、爬虫類じみた目がこれ以上ないほどに見開かれる。
龍王の遠い遠い記憶、掠れぼやけていても今なおジークヴルムの記憶に確かに残る星の海を泳いでいた巨大な鋼の魚。
あるいは、記憶に残るそれの実物が目の前に現れた事で忘れていた記憶の数々が蘇ったのか、単純な感情に揺さぶられたのか。
動きを止め、思考すらもショートしたジークヴルムを目撃した秋津茜の脳裏で、スタートを知らせる空砲が鳴った。
『行きます!!!!』
秋津茜はジークヴルムしか見ていなかった。何か海の方で大きな音がして、皆がそちらに視線を向けていることは分かったが……それを知ってなお、秋津茜はジークヴルムを、ジークヴルムだけをずっと見ていた。
───何が起きてもジークヴルムから目を逸らすな
それがここにいないサンラクからのメッセージ。自分が起こす「注意逸らし」を、ジークヴルムすらをも惹きつけた何かを傍目に、それでも前を見ろと、お前なら見ることが出来るだろう、という信頼。
そしてそれは、秋津茜にとっては日常茶飯事とも言っていいものであった。
『ふっ!!』
限界まで研ぎ澄ました集中力を肉体に映し、弓から矢が放たれるようにその脚に込めた力みを解き放つ。
前へ前へ、人が邪魔……跳躍。
着地できる場所を探す、遠い、スキル「ヘルメスブート」で宙を駆けて距離を稼ぐ……着地。
しかし人が多い、でも通れないほどじゃない。時に左右に、時に跳躍して前へ、前へ!
『───貴さ』
『ドラゴンブレス! 重ねて【竜威吹】!!』
視認された、もう一度姿をくらませる為に秋津茜は大きく口を開く。
奥義としての竜の息吹に今の姿としての特性を重ねた二重螺旋の大光咆。
黒と黄金の二重螺旋がジークヴルムの下顎に直撃し、認識はしたとはいえ虚を突かれたジークヴルムはアッパーカットを食らったかのように強制的に真上を向かされる。
『ぐ、猪口才、な………っ!!?』
「……ん、いいアングル」
『グゴァァァア!?!?』
泣きっ面に蜂とは言うが、ジークヴルムの左目を襲ったのは蜂の針ではなく朱雀の鉤爪……魔を断つ焼却刃である。
視認はした、されど障壁の展開はジークヴルムが意識して展開するが故に。気づき、対応するまでの僅かな空隙を炎の羽が飛び抜ける。
ぞぶり、と翼から最大出力の炎をふかしながら飛び蹴りのポーズで天から地へと飛翔していた艶羽朱雀の踵、ヒールのように展開された刃が深く突き立てられ、そのまま肉を裂いて通過していく。
左目から類を見ないほどのダメージエフェクトを噴き出しながら龍王が絶叫する。
龍の眼を断った炎の鳥であったが、その代償は大地への激突で贖うこととなる……筈だった。
◇◇
「ああ……ルスト、超低空まで落ちてからの切り返し、得意だもんね」
「……凄い、ぺしゃんこになる感覚まで超リアル。ネフホロ2もこれくらいってマジでございますか?」
「企画発表段階だから僕からはなんとも……」
ちょっと気持ち悪い感じに饒舌になったルストを適当にあしらいつつも、モルドは稼働の光を失いつつある朱雀を眺める。
「……うぅ、朱雀ぅ〜お疲れ様〜」
『オ疲レサマデス、マタ貴女ト飛ベル時ヲ……待ッテ…マス………』
「……可愛すぎる、ヤバイ、ヤババイ」
「最上級でヤバババイになるの?」
そのままでは戦場のど真ん中で頬ずりをしかねない。モルドは一気に骨抜きになってしまったルストをどうにかこうにか説得して最前線から離れるのだった。
◇
ジークヴルムの左目が潰された、やったのは朱雀……ルストだろう。
だが秋津茜の意識はそれを主題として思考の中心に持ってこない、あくまでもジークヴルムただ一つを見据えて行動する。
一先ずジークヴルムの背後へと回ったはいいが、逆鱗は喉元……即ちどう足掻いても前に回りこまなければならない。
『…………』
限界まで集中した秋津茜は驚く程無口になる。それはリアルでの陸上で走りながら喋る事が無いように、そういう風に秋津茜の身体が定まっているからであり。
『………!!』
再び駆け出す。右回りに円を走り抜け、ジークヴルムの潰れた左目の視界から逆鱗へと迫る。
『グァア!!』
『うぐっ、』
だが、突き出した短刀が逆鱗に至るよりも先に、ジークヴルムの全身から放たれた衝撃波が秋津茜の全身を叩いて吹き飛ばす。
そしてジークヴルムもまた、残った右目で吹き飛んだ秋津茜を認識する。
『竜と! 人が! 共に我を討つか!! 良かろう! それこそが人の選ぶ道ならばァ!!』
『引導を渡してくれるわジークヴルム!!』
喋らぬ秋津茜に代わりノワルリンドがその口を借りて叫ぶ。
ここでようやく秋津茜の感知せぬ「何か」に気を取られていたプレイヤー達がジークヴルムへと視線を戻した。
「く、注意逸らしすぎだろ……全員正気に戻れ! タイムリミットは近いんだぞ!!」
「秋津茜ちゃん! スイッチ!!」
吹き飛ばされた秋津茜と前衛を切り替わるようにカローシスUQが前へと飛び出す。男はほんの一瞬だけ名残惜しそうに己の剣を見つめ……次の瞬間にはジークヴルムだけを見据えてその言葉を叫ぶ。
「我が半身を捧げ、破滅を齎す契約の儀を!!」
過酷な私生活の中でコツコツと作り上げてきた儀霊剣に致命的な亀裂が走る、だがそれは使い手自身が選んだ結末。
全てを捧げ、ただ一度の超火力を実現する───
『くぅぅう………! 【奉壊契約】!!』
儀霊剣が砕け散り、消滅しつつある握りから漆黒の魔力刃が杭撃ちの如くジークヴルムへと突き込まれた。
「押し込めぇぇぇ!!!」
愛剣を犠牲にした大火力を合図に、プレイヤー達の一斉砲火がジークヴルムへと叩き込まれる。
『ぐ、が、ぐぉぉぁああああ!!!』
『おいそこのシィックルとかいうやつ!』
「それまさか拙者で御座るかぁ!?」
『こやつからだ! 道を作れ!!!』
その言葉を正確に耳にした者達は「竹……?」と首をかしげるが、当人達にはしかと通じていた。
「承知! ぬぅう! 大盤振る舞いのぉ……【タケノミカヅチ】!! 」
大地がジークヴルムを中心に円を描いて隆起する。人と、竜と、龍に幾度となく踏み固められた地面を突き破って青々とした竹が壁の如く屹立する。
それは前衛達とジークヴルムとを隔てるように龍王を包囲し、されど槍の如き先端をジークヴルムへと向けた円錐型の道としても機能する。
『っ!!』
再びの疾走、竹の斜面を駆け抜け逆鱗を……
『甘いわっ!』
『あぐっ!?』
ジークヴルムの握り拳が秋津茜を叩く、再び制御不可能な推進に吹き飛ばされる秋津茜は、されど空中で無理やり身を捻って虚空に「着地」する。
『まだだっ!!』
二度目の二重ブレス、しかし今度はジークヴルム側からもブレスが放たれる。
『ふぎっ』
あっけなく押し返され、かろうじて回避こそできたが致死圏から逃れ損ねた秋津茜の左腕が光に呑まれて灼ける。
だが、もはや秋津茜は止まらない。そして状況もまた、止まらない。
「ようさっきぶり! 今度ぁ助太刀に来たぜ!」
「合わせろ天首領!」
「よっしゃ!」
二本と、六本。合計八本の従剣劇が宙を飛翔してジークヴルムへと肉薄する。
タイムリミットまで……残り、十秒。
カローシスUQの二週間が消し飛びました