龍よ、龍よ! 其の四十四
ガチャピンさんがいたからここまで戦えてきたんだよなぁ……初日は三十連金月一つでした
◇
「ペナがねーから割とガチでやったんだがなぁ……いやはや、まさか持ちこたえるとは」
「う、く……」
秋津茜は、地に這いつくばっていた。
無理もないことだった、クラン【天ぷら騎士団】団長天首領はかのサイガ-100とも鎬を削って渡り合った「修正前剣聖」である。手動制御可能な従剣劇の上限こそサイガ-100に劣るが、こと「対人」に関して言えば、練達のPKにすら劣らない。
そんな彼を含めて対ノワルリンドのプレイヤー全員を足止めしようとすれば当然こうなる。未だ死んでいないのは天首領すらをも軽々と凌駕するレベルによるステータスがあってこそだ。
「普段なら赤じゃねー奴は適当に削って放置だが……あんた、誘い素股だかなんかの側の勢力だろ? どっちもペナ無しでキルできるのはありがてぇよな? お互いに、よ」
「そ、そうですね……憂いなく、戦えますから……」
だが趨勢は覆しようがない程に決している。もはや秋津茜のHPは風前の灯……だが、それは諦める理由にはならない。何せ己の憧れの一人たる男は、自ら風前の灯となる上に水をかけても消えないような業火となって戦うのだから。
だが、威勢だけを良くしたところで結果は変わらない。憧れだけで何もかも解決することはない。
天首領が剣を振り上げ、笑みリアは何故か驚きに目を見開き……
次の瞬間、秋津茜達を影が覆い……爆音だけが響いた。
『ぬぅぅぅ……』
「うおっ、ノワルリンド!?」
『退け』
「おぶっ」
あっけなく天首領の身体が弾き飛ばされ、秋津茜は九死に一生を得る。
首から大量のダメージエフェクトを噴き出しながらも、ノワルリンドは秋津茜が何とか立ち上がったのを確認すると笑みリア達へと……己を弑するべく結束した者達を静かに睨みつける。
『群がる虫どもめ……我が首を求めるなど実に不遜なる奴らめ』
「ノワルリンド……!!」
『だが残念だったな、この首を我が貴様らに差し出すことはない………だが、全てが終わった後に浅ましく骸を刻む事は許してやろう……』
「え?」
『ふん、単なる気分転換……だ!!』
翼を大きく広げ、ノワルリンドが天高く飛翔する。そのまま上空高くまで昇り詰めた黒の巨体が宙返りを経て下へ下へと勢いよく落ちる。
「あん? なんか取れた?」
ポツリと呟かれた天首領の言葉は誰にも拾われる事はなく、誰もが天より堕ちる黒い流星を見上げ……
『───!!!』
声にならぬ咆哮と共にノワルリンドの巨体がジークヴルムに迫り……
「あぁっ!!」
秋津茜の喉から悲鳴が漏れる。
ジークヴルムの眼前で肥大化を続ける光の球体からレーザーが再び放たれ、ノワルリンドの身体を貫く。そして……
真上に掲げられた龍王の右手、そこから平坦に広がる力場が物理的な障壁となってノワルリンドという大質量の落下エネルギーを受け止める。
ジークヴルムが踏み締めた地面に亀裂が走り、その巨体が誰の目から見ても明らかなほど沈んだことから完全に防御できたわけではないだろう。
だが、それでも。ノワルリンドによる渾身の特攻は……「失敗」と言っていい結末に終わった。
「うおっ、首からイった……」
「あれ……首どころか全身の骨が折れてない?」
「自滅?」
ノワルリンドの突然の行動に、プレイヤー達は状況を掴めぬままに反発力を失ったボールの如く地に転がった黒竜へと視線を向ける。
仰向けにひっくり返ったノワルリンドはピクリとも動かない……というか舌をだらりと口の外へと溢れさせ、瞳から光を失ったその姿は、全身の関節や首が妙な方向に折れているその姿は……もしや、死ん───
「え?」
秋津茜の思わずと言った様子で漏れ出たのだろう疑問符に、天首領は無理もないと心中で同情する。
まさかここまでやって支援してきた黒竜が自滅で死亡などと、流石に同情もしたくなるというもの。なにせ反ノワルリンドを掲げるプレイヤー達も素直に喜んでいいものかと困惑しているのだから。
「……まぁ、なんだ。変なパターン引いちまったって事で……っていねぇ!?」
「───アナウンスが無い」
天首領の驚愕と、笑みリアのつぶやきはほぼ同時。そして、少し離れた場所を駆ける秋津茜の傍には……
『行くぞっ! むぐぐ、なんたる屈辱か……っ! 歩幅がっ、歩幅が余りに小さい! 視点が低い!』
「ノ、ノワルリンドさん………」
『……ふん、これも我が策りゃ』
「凄く痩せましたね?」
『たわけ!!』
ギャンギャンと吠える大型犬サイズのモンスターが狐面の忍者と共に笑みリア達から離れるように駆けていた。
『これこそ我が究極の秘奥……「無影感情」の応用、本来は大地のマナを吸い上げ分身を生み出して運用するものだが、我が威容に目を眩ませた虫を欺くこともできるのだ!』
「えーと、あの凄く強い剣聖の人……追ってきてませんか?」
『………クク、よもや我が欺きを見抜くものがいようとはな』
「あのっ! 多分私もノワルリンドさんもワンパンされませんか!? 私、控えめに言って大ピンチですけど!!」
『ええい走れっ! 翼の矮小さに慣れぬ! まだ速く飛べんのだ!!』
わぁぎゃあと鬼ごっこを行う奇妙な人と「竜」に周囲の視線は否応にでも集まって行く。
それを追う天首領はまずは逃げる足を止めるべく従剣劇を展開し……
「天丼くーん!」
「あーそーぼっ!」
「お覚悟死ねコラァーッ!」
「何っ!?」
まさしく奇襲。人混みの中に紛れ、射程圏内へと天首領が踏み込んだ瞬間、武器を構えて飛び出すプレイヤー達。
何故突然、と目を剥く天首領は……襲撃者達が、皆一様にレッドカラーでPNが表示されていることに気づいた。このゲームでそのような処理がされるプレイヤーは「とある罪」を犯した者のみだ。
「PKerだと……!? っつーかテメーらまさか、いやだが何故ここに……!!」
「嫌われてナンボのPK稼業!」
「足を洗うならド派手にな!」
「我らが偉大なる先駆者様からの情報提供、もはや躊躇う理由もなし!」
「ティーアスたん俺がケジメつけるとこ見てて……」
彼らは、妙な装備と貧相な武器という印象が強い。
彼らは、ファステイアから出てこないという印象が強い。
彼らは、共食いばかりで無害という印象が強い。
笑止。
彼らは、未だ現役の罪人である。
彼らは、出れないのではなく出ないだけである。
彼らは、あくまでも手段として共食いしているだけである。
そしてペナルティから逃れるために隠され続けてきた彼らの本気の得物が久方振りに日の目を浴びる。
そう、彼らは……プレイヤーを殺す事に喜びを見出している。
◇◇
「ククク……サンラクめ、確かにどっかしらで足を洗わねぇといけなかったが……まさか与太話をマジでやるとはと思うまい、どんな顔してっかな……?」
新大陸に新装開店された知る人ぞ知るカフェ「蛇と林檎」の出張店舗「蛇と青林檎」。その中で一人の女が優雅にティータイムを楽しんでいた。
尤も、紅茶を一気飲み干し肉にかじりつく姿は一般的なティータイムとは大きく異なってはいるが。
「ま、晒しスレに名前が載ったら宴会開くような馬鹿どもだしなぁ……くく、派手に散るにゃあ丁度いいってわけだ」
誰も知らない、強いて言うならサンラクが縁を持つその女の名はサバイバアル。現在二人目のプレイヤー仇討人であり…………クラン【ティーアスちゃんを着せ替え隊】を始めとした数多のPK達との繋がりを持つプレイヤーである。
仇討人となってシステム上は「足を洗った」サバイバアルであったが、プレイヤー間の繋がりまでもが切れたわけではない。
そして今、嬉々として生還放棄の戦いへと繰り出しているのは、サバイバアルの「頼み」を快諾した着せ替え隊のメンバー達である。
「何やらかそうとしてんのかは知らねーが、アトバードの奴から面白そうなネタが飛んできたからなぁ」
勘違いされがちだが、ティーアスちゃんを着せ替え隊はファステイアにしかいないわけではない……というか、ほとんどのメンバーは新大陸第一陣として既に新大陸に足をつけている。
新大陸までたどり着いた上で「こっちでカルマ高めてもティーアスちゃん来ねーじゃん!!」と一切の未練なくファステイアに戻った剛の者達であるからこそ、現役のPKでありながら彼らはある種の尊敬を集めているのだ。
いつだったか(ティーアスにご飯を奢りすぎて)素寒貧になったサバイバアルを見かねて金貸し兼雑談を行った際にぽつりとサンラクが言った「どうせ死ぬなら晒しスレ殿堂入りくらい派手に暴れたら面白くね?」という冗談を大真面目に実行したサバイバアルは、こびりついた肉すら無くなった骨をプッ、と吐き出し不敵に笑う。
「狙うは「笑みリア」と「天ぷら騎士団」……馬鹿どもが一花咲かせるにゃあまぁまぁの相手ってな」
「サバイバアル」
「あん……? ルッ、ルッタててテルルルルティアたん!? 嘘だろ隠されしご尊顔が露わに……!?!?」
PK達の黒幕としての顔が一瞬で剥がれ落ち、キョドりにキョドるサバイバアルの肩にぽん、と賞金狩人ルティアの手が載せられる。
「少し、お説教」
「え、嘘、やだ、え……お説教? 待って、録画アイテム用意させて……」
結論から言えば、彼にとっては何もかもがプラス収支なのであった。
無影感情
魔力で構成した分身を作って攻撃する。分身のAIが低いのでジークヴルムの龍王機関の下位互換のようにも思えるが最大の特徴としてはノワルリンドのコアを譲渡する事で「本体」を切り替えることができる。
戦闘中はコアだけを高速で射出するなどリスキーな方法を取るが、今回のように小型分身にコアを入れて「本体」になることも出来る。ただしこの場合は能力が軒並みダウンするので逃亡用の最終手段であるとも言える。
ちなみにノワリンの「災害状態」はまた別に存在するけど秋津茜が野生値を高めすぎたせいで多分日の目を浴びることはない