龍よ、龍よ! 其の六
現時点で、戦場は白竜、緑竜、赤竜の三つに分かれ、混沌を極めていた。
ジークヴルムは龍法律を張ったきり降りてくる事はなく、ジークヴルムしか狙わないノワルリンドもまた現時点では脅威にカウントされない。
であれば、まず優先して対処すべきはいずれの竜か。
無尽蔵に小竜を生産し続けるブライレイニェゴか?
大地からマナを吸い上げ、地形を歪める攻撃を放つブロッケントリードか?
否、否である。
人というものは時に合理を捨てて感情を優先する。そしてその感情こそが、時に合理をも超えた結果を出すのだ。
即ち
「「「「あのクソ赤竜を墜とせぇぇぇ!!!」」」」
単純に「性格がウザい」という一点において、最優先で狙われたのは赤竜ドゥーレッドハウルであった。
「魔法撃てぇ!!」
「外れた! ホバーうっぜぇ!」
「あの脚に攻撃は通じないのか!?」
「少なくとも刺突は相性最悪よ! 下手すればこっちが折れるわ!」
「斬撃も微妙、刺突は最悪……打撃は! 打撃はどうだ!?」
「あら、じゃあ私の出番かしら?」
「おっしゃマッダイさん! マッダイさんが来てくれたぞ! 脳筋の星!! STRバッファー集まれ!!」
「というか、【黒剣】……! 前線に上がって来たの!?」
「そういう事だ……! 動きを止める、行けるか草餅!!」
「あんまり期待はしないで欲しいけど了解……!!」
錚々たる一団、かつて【黒狼】と名乗っていた……今は【黒剣】の旗を掲げる開拓者達が動き出す。
先頭に立つサイガ-100が魔法詠唱を開始すると同時、周囲から集まって来た他者強化の魔法を持つプレイヤーが筋骨隆々の重戦士へと次々に魔法を付与していく。
そして最後に、黄金の輝きを放つ弓を構えた男がギリギリと天に鏃を向けて弦を引き絞る。どうやら弓を引きながらもスキルを発動しているようで、強化の嵐となりつつあるマッシブダイナマイト程ではないがそれでもいくつかのエフェクトが男の身体を包み込む。
「最近は動き回る的にも当てる練習をしていてな……【バイオレンス・サンダー】!!!」
かつては冥王の盾に喰らい尽くされた暴虐の雷。その最大の特徴は座標指定をプレイヤーの視界に依存している事、そして……
発射点が上空である事。
『あ? なん……グゴァ!!?』
如何にジェット推進によるホバー移動で空中を機動するにせよ、認識外からの雷光を不意打ちで避けられるほどドゥーレッドハウルの体躯は俊敏ではなかった。
一瞬で獣の形を取った雷光がドゥーレッドハウルの横っ面に着弾し、赤い体躯が空中で硬直する。
「叩き込め!!」
「ご了解! 頼むぞフェイルノート!!」
その男、名を草餅と言う。
クラン【黒剣】のサブリーダーであり、かつて【黒狼】であったクランの創設にも関わる最初期メンバーたる彼はもう一つ、特筆すべき事がある。
聖弓フェイルノート。剣、槍、槌、杖に続く五つの勇者武器の一つ。
通常弓と魔法弓、二つの弓種を使い分け時に組み合わせることすら可能な聖弓より放たれた矢は、まるで矢が鎧を纏うかのように黄金の魔力に包まれている。
下から上へと昇る矢が減速した瞬間、矢を包む魔力が弾けて芯となっていた実体矢を再加速させる。
「ジェット系を手っ取り早く堕とすならやっぱ噴射口に何か突っ込むのが楽だわな」
聖弓フェイルノートの能力によって威力が増した「仕掛け鏃」が起動する。
矢という消耗品でありながらゲーム開始直後プレイヤーの財布程度なら一瞬ですっからかんにしてしまうその鏃は、命中すると……
『グォァアアア!!?』
爆発する。
人間で言えば長時間正座していた脚にローキックを食らったようなもので。バランスを崩したドゥーレッドハウルの巨体がガクンと落ち、制御を失ったのかそのまま地面へと叩きつけられる。
「いっけぇマッダイさん!」
「うふふ、年甲斐もなくはしゃいじゃうわね……さぁ、行くわよぉ……「ハーキュリー・ブラスター」!!」
不特定多数からの莫大なバフと、己の全てを筋肉に捧げた開拓者の鉄鞭、レベル上限を解放した三桁スキルによるSTR参照の極大打撃。
ゴシャアッ!!! ともゴボォン!!!!とも言えぬ凄まじい音がドゥーレッドハウルの胸部を叩き据え、その巨体が一瞬ではあるが確かに再び浮き上がった。
異形と言えどドラゴン、生物を鈍器で叩いたとは思えないその音は直接食らったわけではない周囲のプレイヤー達ですら思わずびくりと震えてしまうほどの圧を放ち。
「……残念、【最大火力】は獲れなかったわねぇ」
『ォ、ゴカぁ……っ!?』
ドゥーレッドハウルの全身が硬直し、明らかに無視できぬダメージを受けたことは誰の目から見ても明らかであった。
「畳み掛けろっっ!!」
サイガ-100が裂帛の気合を込めた号令を叫ぶ。言われずともと言わんばかりに周囲のプレイヤー達は各々の武器を構えて悶絶するドゥーレッドハウルへと殺到する。
「ここで決める必要はない! とりあえず攻撃を叩き込んだら離脱しろ! 復帰攻撃の可能性を警戒!!」
どうもシステム的には「レイドモンスターではない」らしい色竜ではあるが、残存体力をトリガーとする特殊行動が無いという保証にはならない。
ピンキリではあるものの、新大陸まで進出したプレイヤーは皆ある程度のプレイヤースキルを備えている。
『ぐ、ぉ……の、』
「全員退けーっ!!」
「俺はあえて残るぜ! 俺の屍から奴の情報を集めてくれーっ!」
「ようし逝ってこい!」
「遺影なら任せなーっ!」
『こん、の……虫どもがぁぁぁぁああ!!』
「お゛こマっ!?」
「ちょっ」
「独楽かよ!?」
全身の突起から炎を噴き出し、誰かの悲鳴通り独楽のような挙動で暴れ始めたドゥーレッドハウルがプレイヤーを幾人も吹き飛ばして行く。
しかしながら直前まで果敢に戦っていたのが功を奏したのか、あるいはマズかったか、至る所に下向きの矢印アイコンが表示される。
「マッシブさん! 狙われてるのは貴女だ! リスポンアイコンから距離を離して!!」
「あらあら困ったわね……私、鈍足なのは知ってるでしょう?」
マッシブダイナマイト、パラメータのほとんどをSTRとVITに注ぎ込んだその身は極端なビルドの宿命と言うべきか短所もまた顕著だ。
踏ん張りと膂力は他に類を見ないほどの強さを誇る戦士は、代償に速度と体力が極端に低い。
カスダメージであればVITでほぼゼロにまで軽減できるが、大質量に撥ね飛ばされたならばHPの全損は免れない。
であれば、打たれ弱い大砲に必要なものは、敵より砲を守る盾に他ならない。
「タンク一号参上!」
「二号!」
「時間がないので以下略! SF-Zooからきました!」
「ごめんね! 五号の飼ってる犬が散歩に行きたいって言うから!」
「夜の散歩が好きなゴールデンレトリバーなんだうちの子!」
斜行陣に並ぶ五人のプレイヤー、皆一様に過剰とも言える重武装に見るからに鈍重な盾を構えて。
そして完全に息のあったタイミングで発動したヘイト奪取のスキルが回転するドゥーレッドハウルの挙動をマッシブダイナマイトから逸らす。
「「「「「ファランクス!!」」」」」
同スキルを同時発動する程にアーマー値が増加する防御スキルが発動し、五人の盾とドゥーレッドハウルが真正面から激突する。
僅かな拮抗……そしてパワーバランスが傾く。
連続して発動されたカウンタースキルによって自身の運動エネルギーを跳ね返されたドゥーレッドハウルの身体が勢いよくひっくり返る。
『おぐぁ!?』
「うっそだろ止めたぞあいつら!」
「流石動物園のタンク衆……安心感が三倍くらい違う」
「だってあいつら、カウンタースキル以外で攻撃スキルほとんど持ってないんじゃなかったか」
「タンクの鑑かよ」
構成員の殆どが後衛というピーキーなクランの中で、ヘイトを一手に引き受けるタンク五人衆はこの場におけるマッシブダイナマイトの護衛としては最上級と言っていいだろう。
まるでボールをパス回しするかのようにドゥーレッドハウルを釘付ける最良の盾達に守られて対赤竜戦は加速する。
そして、混沌とした戦場の中で頭一つ抜け出した戦局の一つが竜災の渦をさらにかき回すことになる。