龍よ、龍よ! 其の三
「こんばんは、状況は?」
「カローシスか、レイドにしても強すぎる……恐らくパラメータが決戦フェーズ用に調整されている。モーションに関しては手空きの奴に聞いてくれ」
「ん、わかった……例のお客様は?」
「向こうからも連絡はない、何か問題が起きた可能性もあるが単純に色竜の出現が順番という可能性もある」
「青竜ってのが予想通り海棲だったらと考えるとぞっとしないね……よし。老鬼さん、前線指揮を頼めますか?」
「後方指揮官にも飽きたところだ、任せろ」
ある意味では彼の戦場から、普段からは考えられないほどの速さで帰還したカローシスUQがログインしたことで午後十時軍もまた本格的に動き出す。
代理としてクランリーダー達の作戦本部に来ていた老鬼が前線へと戻り、それと入れ替わるようにして別のプレイヤーが転がり込んでくる。
「やべぇ、やべーぞ!!」
「どうした!」
「赤だ! 赤竜……あー、なんだっけ?」
「ドレッドノート?」
「いや違う、ドゥームズデイホールだろ」
「ボケんなツッコんじゃうだろ、ドゥーレッドハウルだ……って、来たのか!?」
「そうそれ! あの野郎、樹海の入り口を焼き払ってご登場しやがった!」
しょうもない掛け合いに興じていたプレイヤー達も、エリアの形を広範囲に変えて登場した新たな赤竜に緊張が走る。
「森から逃げて来たモンスターがこっちに来てやべー、どうする!?」
「焼け野原か? だったらバトルフィールドそのものが拡張されたと考えていいだろう、押し込めないか?」
「いや、ブロッケントリードは言わずもがなだがブライレイニェゴも大概動かないタイプだぞ」
「いや、ここはプレイヤーの何割かを遠回りさせて囲もう」
クランリーダーと言えど、その本質は剣を振り魔法を行使する開拓者。一時間ごとに集まって会議を行うというアバウトな取り決めこそ交わされたが、誰も彼も前線で戦いたいとウズウズしている。
トントン拍子で作戦が決定されると、各自プレイヤーは自身のクランへと作戦を通達する為に駆けていく。
時刻は午後九時ジャスト。それの出現はまるで時間が決まっていたかのようで、その実は「出現した色竜の数が三体以上」をトリガーとしていた。
『おぉ、人よ……英傑よ、今宵こそがその輝きを示す日と知れ』
叫んでいるわけではない、ただシステム的に他の全ての音声よりも優先されたその声は前線拠点全域にいる全てのプレイヤーに等しく響く。
声の主は天、月光が喋る……否、黄金の月光を背に黄金の龍が静かに語る。
『我が名はジークヴルム、神代の守護者にして世界を灼くモノ。来たる災禍にて英傑を待つ者……おぉ英傑よ示せ、示せ。煌めくが如き英傑の行いを、戦禍においてただ一つの輝きを!!』
この場にいる誰もが、色竜達すらもが天を見上げてその姿を見る。
四枚の翼を輝かせ、左に二本と右に三本と不自然な数の角を持つ輝ける黄金の龍王。遠く、高い空にて下界の全てを見下ろすジークヴルムの翼が輝きを増す。
『我が律はこの地を覆い、万象を圧し潰す。英傑に喝采を、愚者に罰を……これ即ち、龍法律……!!』
まるで翼がその大きさを更に広げたかのように、天上のジークヴルムを発生源として広がった黄金の光が薄いドームのような形となって前線拠点を、のみならず焼けた樹海や海すらをも含めた広大な範囲を覆っていく。
『悪性増大重力圏!!』
瞬間、黄金のドーム内にいた全てのプレイヤー及びNPCが真上から潰されるかのような重圧を僅かな間だけ感じ……ただそれだけだった。
「なんだ! 何が起きた!?」
「バフか! デバフか!?」
「とりあえずモーションに影響するようなものじゃないっぽいが……」
ユニークモンスターによる謎の行動、それは警戒するに十分な理由であり、戦いの中で小竜を吹き飛ばしていたアージェンアウルもまた、何が起きたのかを調べ……ステータス欄にそれを見つけた。
「特殊状態「B.I.G」……?」
そんな風に気を取られていたせいか、プレイヤーの困惑など知ったことではないと言わんばかりに小竜達が立ち尽くす二人のプレイヤーへと襲いかかる。
「げっ」
「危ない!」
自身にも襲い掛かってきた小竜を軽く処理しつつもアージェンアウルは見た。結果としてはどちら共に小竜に群がられて死んだものの……片方は相方を盾にしようと動き、もう片方は相方を守る為に前へ出ようとしたのを。
だが、問題はここからであった。
「……カウントダウン?」
小竜が群がった為に具体的にどこで二人がデスしたのかは分からないが、おおよそ死んだであろう場所に二つのアイコンが出現しているのだ。
一つは180から一秒ごとに一つずつカウントを減らしていくアイコン。そしてもう一つは下向きの矢印と15のカウントダウンを兼ねたアイコン。
「……まさか」
全米一のミーティアス使い、即ち全米で最もヒロイックなロールプレイをしているアージェンアウルだからこそ思い至ったとある予感は、15カウントのアイコンがゼロを示した瞬間その場に先程の二人の内、相方を庇った方がリスポンしたことで確信に至る。
「ロールプレイ!!」
「は、なんて?」
「ケィッツォ! ロールプレイよ! これ、ヒロイックじゃないアクションをするとデスペナルティが加算されるのよ!!」
数秒ほど怪訝そうにその言葉を噛み砕いていたオイカッツォであったが、その言葉が意味する状況を理解したのか顔を強張らせてジークヴルムを見上げる。
「マジかジークヴルム……! レベル制限や強制性転換以上はないと思ってたけど、そう来るか……!!」
ロールプレイの強制、それはある意味ではパラメータの変化以上に厄介な制限である。
恐らく減点条件はジークヴルムの言葉からして英雄的ではない行為が該当する。だがタンクを盾にするだけでデバフが入るのであるならば、大混乱が起きるのはまず間違いない。
「賢く生きず、愚かに死ねってか……!!」
安定とは英雄的という概念とは真逆と言っていい。危機のない英雄譚に人は憧れない、少なくともジークヴルムはそうではない。
だが英雄的な効果であれば逆になんらかの恩恵も付与されると見える。
しかし、しかしだ。
自分を殺した死因がいる場所で十五秒後にリスポンしたとしてどうしろと言うのだろうか。座標のリセットは何も冒険のやり直しだけを突きつけるわけではない。
「これはまずいぞ、悪いアージェンアウル。俺はちょっとクランメンバーと合流して来る!!」
「私はもうちょっと遊んでよっかなー……あら?」
ふと、アージェンアウルは空を見上げた。ジークヴルムを見たのではない、全米一のゲーマーとしてのフルダイブVRでの「直感」にも似た何かが、月と重なった黄金ではなく、昏い暗い夜闇に視線を向けさせた。
『───ゥゥウ……』
満点の星空、その一部分が真っ黒に切り取られている。違う、それは動いていた。高く、速く、月まで届けと言わんばかりに。
そしてそれは、叫んでいた───!
『ジークヴルムゥゥゥウウウウ!!』
『ぬぅお!?』
次の瞬間、限界まで加速した黒竜ノワルリンドの全身全霊のタックルが黄金に巨大質量として叩きつけられた。
そして同時刻。地上にて森人族、魚人族に続く第三の種族が現れた。
「え、私が号令ですか? えーと……じゃあ、よーいドン!!」
スカーフを、腰帯を、鉢巻を。着ける場所こそ違えど、皆一様に黒い布を巻いた蜥蜴のごとき人型と竜のごとき人型が戦場へと躍り出る。
その先頭に、狐面の少女を戴いて。
「黒竜忍軍」、それは秋津茜の説得でノワルリンドすら把握していないうちになんかいきなり自身への好感度が上がった竜人族やなんか知らんうちにいた蜥蜴人族を中心として結成された謎の集団である!
なにせ本人ならぬ本竜が一切関知していないうちに結成された上に活動方針が「自由に色々やります」なので何をするのか全く分からないのだ!!