日本人を相対的に貧しくした円安 日銀のわずかな利上げでは効果なし

編集委員・原真人

 日本銀行が19日、政策金利を0.75%に引き上げた。30年ぶりの高水準になった。とはいえ、これでは足元の物価高に対してまったく迫力不足だ。

 金融市場でも「0.25%幅の利上げでは小幅すぎる」「今後の利上げペースは相変わらずで、ゆっくりとしか進めそうもない」と見透かされた。利上げ発表直後から円安ドル高が進み、さらに同日に開かれた植田和男総裁の記者会見中に、あらゆる通貨に対して円がみるみる売られる異常な展開となった。

 一般的には「利上げ」は「円高」をもたらす。その市場のセオリーとは逆になってしまった。

 すでに円は、実質実効為替レートという、いくつもの通貨で算出する指標で、半世紀ぶりの円安水準だ。さらに円安が進むと国内物価はますます上昇する。国民生活にとって受け入れられない事態である。

 「物価の番人」のはずの日銀はどうしてこれを止められないのか。物価を冷やすはずの「利上げ」の効果がないのはどうしてか。

主要通貨すべてに負ける円

 世界インフレが本格的に始まったのは、ロシアのウクライナ侵攻があった2022年2月だ。それ以降、円は他の主要通貨に対して独歩安が続いてきた。

 対ドルでは、22年1月に1ドル=115円ほどだった相場は、最近は155円ほどまで安くなった。円の価値は対ドルで26%も減価した計算になる。

 円は他の主要通貨に対しても軒並み下がった。スイスフランに37%、欧州ユーロに29%、英国ポンドに26%、豪州ドルに21%、中国人民元に18%……といった調子で下落した(グラフ参照)。

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 その影響で、日本人は世界で相対的に貧しくなってしまった。外国人旅行客の急増がそれを象徴する。

 もちろん日本はもともと各国で人気の海外旅行先だったが、超円安で日本の高級ホテルや温泉旅館、高級レストランが外国人から著しく割安に見えるようになり、客数増加に拍車がかかった。今年の外国人訪日客数は4千万人突破が確実な情勢だ。

 一方で、日本人が海外旅行に行くと、高くてホテルに泊まれない、レストランが高くて食事ができない、という事態に陥ることが増えた。

 内外の価格差を定点ウォッチしている東短リサーチの加藤出社長によると、日本の定食チェーン「大戸屋」のしまほっけ焼き定食(とろろ付き)は11月、ニューヨークで7145円(チップ込み)だった。東京の店なら同じメニューで1240円で、米国値段は日本人には日本値段の5.8倍の高さに感じられるという。

 こうした事態をもたらしている最大の要因は「円安」である。日銀の19日の利上げ後、さらに円安が進んだことで、日本人の「相対的貧しさ」はさらに悪化しそうだ。

主要中銀でダントツに低い実質金利

 物価高対策はいま政府も進めている。国会で16日に成立した補正予算では8.9兆円の物価高対策が決まった。総額2.7兆円のガソリン減税や所得減税も決めている。

 だが、今回の経済対策のように、ピンポイントで低所得者の生活支援をするような施策ではなく、巨額の歳出と減税によるバラマキになる場合は、むしろ景気を刺激して物価を上げる要因になってしまう。結果的に逆効果の政策になる可能性すらある。

 本来、物価高対策として最も有効なのは、中央銀行の利上げだ。日本以外ではそんな基本に沿って政策が運用されてきた。

 世界インフレが激しくなった22年以降、他の先進国の中銀はいずれも急ピッチの利上げを進めた。米中銀FRB(連邦準備制度理事会)はピーク時に政策金利を5.25~5.5%まで引き上げた。ECB(欧州中央銀行)もピークに4.5%とし、ユーロ誕生以来、最高水準の利率にした。英イングランド銀行もピーク時は5.25%まで引き上げた。

 いずれもインフレ率を抑え込んだ後、利下げに転じ、すでにほとんどの中銀は景気を熱しも冷ましもしない「中立金利」付近に達している。

 各国の直近の「実質政策金利」を見ると、各中銀の物価に対する姿勢がわかりやすい。これは中銀の「政策金利」から「消費者物価上昇率」を差し引いた値だ(グラフ参照)。

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 実質政策金利は米国(1.15%)と英国(0.55%)がやや引き締め気味だ。韓国(0.1%)、カナダ(0.05%)、ユーロ圏(マイナス0.2%)の3中銀はほぼ中立金利に達している。

 これに対し、日銀は政策金利を0.75%に上げた後でも、実質政策金利はマイナス2.15%となり、いまだ緩和状態が続く。

 植田総裁もこの日の記者会見で「政策金利の変更後も、実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持される」と述べている。

利上げに足踏み アベノミクスの呪縛

 なぜ日銀だけが物価高に対して、「物価を上げるための金融政策」をいまだに続けているのか。これは第2次安倍晋三政権で黒田東彦・日銀前総裁の下でおこなわれたアベノミクスの呪縛が大きい。

 財政と金融政策で世の中にお金を大量にばらまけば「物価と賃金の好循環」が回り始め、デフレは脱却できる、というのが安倍政権と黒田日銀の政策の目的だった。

 物価高下でもいまだに「物価を上げる金融政策」を続けるのは、「デフレ脱却」という問題意識に執着したアベノミクスのブレーンたちがいま、高市早苗政権のブレーンとして再び影響力を及ぼし始めていることと無縁ではないだろう。

 植田日銀は政権や与党などからの批判を警戒し、高市首相が自民党総裁になった10月の政策決定会合での利上げを見送った経緯がある。

 今回、わずか0.25%幅とは言え日銀が利上げできたのは、政権も無視できない「市場の警告」が関係しているだろう。

 関係者たちの最近の主な発言の表を見てほしい。

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 10月に来日した米国のベッセント財務長官によるXへの投稿は、まるで高市政権に「日銀の利上げを認めてやった方がいい」と助言しているような内容だった。

 ドル安を志向するトランプ米大統領にとって、現在の円安ドル高水準は本来、許容できない水準だろう。市場重視のベッセント長官は高圧的な是正要求はせず、やんわりと高市政権を牽制(けんせい)することで日銀の利上げを促し、ドル高是正を期待しているように見える。だがこれでも円安相場の流れは変わらなかった。

 その後、三村淳財務官、片山さつき財務相が相次いで円安を止めるための口先介入を連発したにもかかわらず、相場は反転しなかった。

 これはかなり珍しい事態だった。財務相や財務官の発言には一時的でも投資家が反応するのが、いわばマーケットの「お決まり」だからだ。

 口先介入には高市首相自身も乗り出した。今月9日の衆院予算委員会で、首相は円安について「過度な変動や無秩序な動きについては必要に応じて適切な対応をとっていく」と述べた。それでも円安は変わらなかった。

 首相や財務省首脳による牽制も効かない円安と、日本国債売りによる長期金利高。足元でじりじりと進む市場の反乱が、高市政権に財政・金融政策の軌道修正を多少なりとも促した可能性がある。

 そのおかげで、植田日銀は遅きに失したとは言え、なんとか30年ぶりの政策金利水準0.75%までたどり着いた。

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この記事を書いた人
原真人
編集委員|経済担当
専門・関心分野
金融、財政、エネルギー、経済地政学