❻円金利セールスヘッド
NYで大成功し、華々しく日本に帰って来たならまだ良い。実態はその真逆である。しかもそんなディーラーあがりの人間が、いきなりセールスヘッドに就く。居心地はあまり良く無かった。ただ皆、大人である。表立っては言わない。それに助けられた。
私が若い頃は昇進・昇格できなかったから辞める、あの人が部長や課長になるんなら辞める、という事例が多々有った。それがいつの時代からか非常に少なくなった。あっても30代前半までだろう。口ではそう言っていても、いつしか皆、辞めなくなった。家庭もあるし、先は不透明だし、それなりに貰えているのを自覚している。だが私はそれを実践した。しかし、現状である。皆のその判断は正しいのである。。
就任してから数ヶ月後だっただろうか。チームの若手が外資に転職するという話を持って来た。もう本人の中では決まっていて、ひっくり返る事は無いのだろうから、素直に「おめでとう」と言ってしまった。普通ならまず引き留めるでしょ、とその時ばかりはチームの人間から酷く怒られた。まあそりゃそうだわな、と。
外債営業時代とは異なり、担当先は各業態の大手どころばかりである。またチームも30−40代で構成されており、「管理」する事も殆ど無かった。ディーラー勢も知っている人間が殆どであり、気も遣ってくれていたのだろう。仕事は非常にやり易かった。
30代半ばで改めてセールスを経験した事で、良い部分も悪い部分も見えた。良い部分はポジションが無い、という事である。損を出す事が無いのである(人件費や固定コストは当然掛かっているが)。安眠出来るし、夜中に相場が気になって起きる事も無い。身体には間違いなくセールスの方が良い。また既存のポジションが無く、マーケットを中立の立場で見る事が出来る。セールス時代の国債入札予想は、かなり精度が高かった気がする。
悪い部分は自分に主導権、裁量権が無いという事だろう。引合を持って来た時点では何もポイントが付かない。Doneになって初めて評価となる。ただそのプライスを自分で決める事は出来ない。言い方は悪いが、あくまでもディーラーのポジション、気分次第なのだ。
ではセールスとして普段何が出来るのか。これは日々のアップデートしかないのだろうという結論。自分が担当している顧客の考え方(相場観)やポジション状況、オペレーションニーズを常に把握しておく。それを把握する為には日々のコンタクトが欠かせない。引合データを整理しHit ratioを管理する、決算を見る、電話で聞けない話は外交で聞きに行く、この繰り返しなんだろう。要はディーラーに対して、自分が担当している顧客の重要性を説く、必要性をアピールする、という事だ。突発的に引合を持っていき、良いプライスを出してくれる可能性はかなり低いのである。
時代が変わり、投資家サイドでも売買シェア管理が非常に厳しくなっている。大昔の様に強烈な接待の見返りで1社でシェア5割超、とかはまず有り得ない時代だ。業者との癒着を疑われない為にも、管理を徹底している投資家が殆どだろう。裏を返すとセールスがどれだけ頑張っても、フローを全部取れる訳ではない。ただ重要なフローというのは間違いなくある。Ask-bidが大きいフロー(サイズ、喫緊性、流動性等々)も間違いなくある。それを如何に自分のところに出して頂くか、そんな時代なんだろう。もしかしたらこの1−2年で大きく様変わりしているかも知れないが。
さて本題に戻ろう。円金利セールスを経験し一番大きかったのは、SwapやSwaption市場を勉強出来た事だ。JGBディーラーはSwapを正直殆ど使わない。先物と現物の流動性で大抵事足りるからだ。ASW(特に超長期)がそれなりにメジャーになって来たので、流石に昔ほどではないだろうが。ただSwapディーラーは流動性が高いJGBを、以前からそれなりに利用している。双方の経験が有った方が良いのは間違いない。
マイナス金利導入から10年債がnegative(マイナス水準)に突っ込み、超長期金利がゼロへ向かうという中で、終局金利(UFR)の議論や超長期社債市場の活発化という激動も、セールスとして経験させて頂いた。買いたくないが買わざるを得ない状況に陥り、20年が0.2%クーポン、30年が0.3%クーポンで発行された時代だ。おそらくもう2度と見ることは無いんだろう。
その様な混乱からYCC政策導入を経て、完全に落ち着きつつあった2018年後半、意外なタイミングで異動の辞令が出て、JGBのトレーディングデスクに戻る事となる・・・。


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