俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち   作:残雪侍

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決闘者の章・第五幕

 

 

 

 曰く、稲妻の小さな島には、剣鬼が住むという。

 

「祟りじゃ、祟りじゃあ! 西の方向から来た者達が、ワシらに祟りを運びおった!」

「やっぱり異国人は信用するべきじゃなかったんだ! 殺せ! 」

「やめてくれ! 僕達は何もしていない! ぐっ……ルド、逃げろ! 」

「父さんッ!」

 

 父さんは俺と母さんを逃がすために村の人に斬られた。

 

「ルド……私たちの宝物。貴方が生まれた時から手に握っていた神の目が、きっと貴方を生かすわ。どうか、幸せに……」

「母さん……?」

 

 母さんは俺を船に乗せたあと、海に沈んだ。

 何が悪かったのか、どう悪かったのか。俺には分からなかった。疫病、飢饉、盗難に口減らし。あらゆる不都合は外からやってきた者のせいになり、ただそこで育っただけの俺は家族を失った。

 

 蝋燭の灯りが揺れる洞窟には、剣鬼が住んでいる。

 

「かか、小僧……いい目だな。この世の理不尽を受けてなお、復讐心すらその目に映らんとは」

「俺には神の目がある……これを使って俺は幸せにならないといけないらしい。どうしたら俺は幸せになれる?」

「ほう、ほう……良かろう。お前に剣を教えてやろう……時に速く、時に強く。流水の如く変幻自在の剣。名を──」

「聞かなくていい。それがあれば俺は幸せになれるんだろ。技だけ俺に教えてくれ、師匠」

「……かか、ははははッ! いいだろう。今からこれはお前の流派だ。好きに呼べ」

 

 蝋燭が揺れる。遅れてやってきた二つの影が、俺を囲んで笑っていた。

 

 それから十年。曰く、稲妻の戦場には剣鬼が住むという。

 

「俺はルド! 『無銘』のルド=ウィーク! 我が流派、我が剣技に敵は無し! ははははッ!」

「鬼だ、剣鬼が出た! 戦場に現れる鬼が……ッ」

「道を開けてください」

「しょ、将軍様!?」

「将軍……神! いいな。それに勝てば俺はさらに幸せになれる。父さん、母さん。見ていてくれ! 俺は……ぁ?」

「──終わりました。彼を稲妻城へ」

 

 俺に剣を教えた師匠はいつの間にか居なくなって、代わりに俺は傲慢とも言える自信を手に入れた。

 戦って、戦って、戦った。俺は最強で、斬り合うことが俺の幸せなのだとあの時は何故かそう思っていた。

 戦場を敵も味方もなく暴れ回っていた所を、この国を治める神に退治されたのは、言うまでもなく自業自得だったと思う。

 

「貴方の目には良くないものが住んでいる。このまま私に斬られてください」

「……斬られたら死ぬだろ。俺の命はどうでもいい、でも俺に託された願いを殺させる訳にはいかない」

「ふむ……では貴方自身の願いとは?」

「俺の? 父さんは俺に逃げろと……、母さんは俺に生きろと言って、俺は、俺の願いは……ッはは、我が願いは流派を絶やさず永遠に斬り続けること。俺の身体はそのために……っ」

「……良いでしょう。今から我が無想の一太刀で貴方を斬ります。それを生き延びることが出来たのなら、この国を出て故郷に戻ることを許します」

「──はははッ!『鬼神演戯』ッ!」

「稲光──即ち永遠なり」

 

 呼び出した分身はハッキリと怪物の形をしていた。

 俺の身体を強引に癒し、その後限界まで体力も気力も搾り取って現れた鬼と天狗が歓喜を現すかのように高らかに宣言する。少し遅れて現れた翁はそれを静観するだけだった

 

「ははははッ! これぞ我が流派。名を『無銘』……は? なんだこの名は……! 翁、貴様ッ! 小僧に名を教えなかったのか!」

「かかかッ! 聞かなくていいと言われたのでな。好きにしろと言うたのよ」

「馬鹿な! これでは身体の主導権を──ッ」

 

 急に意識がはっきりとした。それと同時に今までしてきた愚かな行動を客観視する。しかし今はそれを悔いる時間もない、俺の命は俺の預かり知らぬ所で終わりかけていた。

 鬼が、天狗が溶けて翁の面だけが残る。師匠のからからと笑う声が頭に響いた

 

(卒業試験だ。武神の一太刀、見事受け流して見せよ)

「あぁああぁあ!!」

 

 そうだ。あの日自分の過ちを自覚して、落ちてくる雷光を見て、俺の目は真っ黒な雷雲の如き濁りに覆われたのだ。

 そこからどうやって自分の故郷に辿り着いたのかは殆ど覚えていない。ただ、無くした神の目の喪失感を噛み締め、折れた刀を見る度に己の弱さと傲慢さを酷く後悔し、恥じた。

 結局、俺の願いはなんだったんだろうか

 

 

 1.フォンテーヌ廷 メゾン・ド・フォンテーヌ

 

 

 …………私、死んだはずなのに生きてる。なぜ

 ここは、俺の部屋か。天井のシミに見覚えがある。おかしいな、俺は確か闘技場の医務室で死んだはずなのだが

 

「……うぉ」

『…………』

 

 なんか眩しいなと横を見ると、そこには水元素で構成された謎の元素生物が光を放ちながら鎮座していた。彼女(?)から伸びる泡のような光が俺に繋がっている。俺が助かったのはこいつのおかげか……?

 そういえば、左手が暖かい。もう朧気にしか思い出せないが、夢を見た気がする。その時も俺は左手に熱を感じていたはずだ。

 身体を起こしてみると、そこにはベッドの縁で俺の手を握ったまますやすやと眠るフリーナがいた。彼女がここにいるということは、この精霊はフリーナが神の目を使って出したということになる。

 俺が身体を起こしたことに気づいたのだろう。フリーナが目を開けて寝ぼけ眼で俺を見た。

 

「……ん。あれ……ルド、おはよ」

「あ、あぁ。おはよう。よく眠れたか?」

「んー……君が心配で、やっと状態が安定した所だから……まだ眠い。か、も……」

「……えーと、こほん。フリーナ、ごめんな。心配かけた」

「〜〜〜──ッ!」

「ぐぇッ!?」

 

 いいタックルだ! 俺の腹に飛びついたフリーナの勢いを受け止め切れずに後頭部が壁に激突する。痛みに悶える暇もなく胸に顔を埋めたフリーナの腕が背中に回された。そのまま鯖折りにする気か!

 

「──馬鹿っ!ばかルド! このままずっと目を覚まさないかと思ったんだぞ! どれだけ僕を心配させる気なんだ……っ!」

「ごめんっ、ごめッん! 揺さぶるな頭がッ割れるッッ!」

 

 ゴンゴンと後頭部で壁殴りしながら俺は誠心誠意謝罪した。お隣さんに迷惑だろ! お隣はこいつだった

 かなりの強さで頭を打ち続けているが、その度に痛みがすぐ引いていく。この精霊相当回復力が高いんだな。こんなしょうもないことで知らなくても良かったのだが

 病み上がりかつ寝すぎらしいこの身体は体力が落ちきっていて、フリーナも徹夜続きで珍しく息があがる。この不毛な争いはひとまず中止になった。

 

「はァ……はぁ、とりあえず……ただいま。フリーナ」

「ふぅ、ふぅ……おかえり。ルド……すぅ」

 

 死にかけたり隣人を泣かせまくったり一回死んでみたりしたが、どうやらやっと俺の戦いが終わったのだと、糸が切れたように寝落ちしたフリーナの寝顔を見てそう思った。

 

 

 2.フォンテーヌ廷 レストラン『湖の光』

 

 

「よーし! 皆グロシは持ったな!? 持ってないやつは右手を掲げろおぉ!!」

「わああぁぁ! ルドにあのことを教えたのは旅人か! 彼にだけは秘密にしてって言ったのに! 」

 

 フリーナの奴、そんな面白エピソードを持ってたとかなんで早く教えてくれなかったんだ!

 俺が意識を取り戻してからさらに数日。俺達は晴れて審判にて無罪を勝ち取ったおやっさんの勝訴祝いとパイモンさんとの約束。オマケに俺の快気祝いとして今回協力してくれた人達を集めて食事会を開いていた。

 そう。俺が呑気に死んでいる間に審判は開かれ、見事秘境の奥から帰ってきた旅人さんの決定的な証拠により、おやっさんの無実が証明されたのだ。

 事件の真相は皆さんお察しの通り。まずレシピを盗んだのはおやっさんではなく社長の方で、盗みの実行犯は今回の被害者にあたる従業員。その従業員を殺して証拠を偽造したのが、社長の息がかかった警備隊員だった。ややこしいなおい。

 

 大手食品開発メーカーの社長で、数々のグループ経営のレストランを持つ彼は、フォンテーヌ廷の景観を損なうおやっさんの店をフリーナが贔屓にするのを許せなかった。そこで『湖の光』を営業停止に追い込みフリーナの贔屓を得るために元宝盗団の従業員を使って新作のレシピを盗み出させた。

 その後、レシピの引渡し場所に設定したおやっさんの仕入れルートにて、先に待機させておいた警備隊に彼を殺させて被害者に仕立て上げ、レシピを書き写して証拠の血痕を滲ませたあと、本物のレシピは近くの秘境に捨てて、偽物のレシピをあたかも今見つけた物として取り出したのだ。

 秘境にはかつて似たような手口で潰れさせられた店のレシピが捨ててあったらしい。

 つまり最後まで余罪たっぷり! 調べれば調べるほど刑期が長くなることだろう。

 今までの被害者達が発見されなかったのは……証拠隠滅にフォンテーヌ人らしい特徴を利用していたからとだけ言っておく。

 彼らの誤算は入り組んだ秘境に散らばった本物のレシピを見つけてくる凄腕の冒険者がいた事だった。さすが数々の国の問題を解決してきた旅人さんである。ちなみに、社長が土下座をして最高審判官様に許しを乞う様子は、ぜひ旅人さんの伝説任務をご覧ください。

 

「ん〜っ美味い! こんな店があったなんて全然知らなかったぜ!」

「だろう! 知る人ぞ知る名店ってのは雑誌にも載らない物なのだよパイモンさん」

「ルドくん」

 

 パイモンさんに俺おすすめのメニューを片っ端から食べさせていると、おやっさんに声をかけられた。

 

「今回の審判では本当に、本当に君に迷惑をかけたね。私達家族を救ってくれてありがとう」

「よしてくれおやっさん。こんな事じゃ返しきれないくらいの恩があんたにはあるんだよ。これくらいのことは当然だって」

 

 おやっさんは俺がフォンテーヌにたどり着いた日、食う物もなく行き倒れていた所に暖かい食事を振舞ってくれた。

 俺は飯の恩に報いる男。こんな俺の事を本当の家族のように接してくれる彼等を助けることになんの躊躇いがあるというのだ。

 

「舞台に上がった時、君の決闘の結果が知らされたんだ。その時まであった刺すような視線が驚く程減った。あれは君が頑張ってくれたからなのだろう?」

「いやー、はは……日頃の行いが良かったって事で」

 

 いつも依頼人の性格を真似してふざけていた結果ですとはとてもじゃないが言えない……。

 ともあれ俺の作戦も上手くいったようだ。何もしていないのに疑いと侮蔑、嫌悪の目で見られるというのは中々辛いからな。経験者は語る

 

「今日は好きなだけ食べていってくれ。私も腕によりをかけて作らせて貰うよ。リクエストはあるかい?」

「──なら、あの日と同じ料理を!」

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。約束を破って無茶をした事をナヴィアさんに怒られて両手剣の重撃モーションで振り回されたり、クロリンデさんに壁に追い込まれながらいつ闘技場に復帰するのかと聞かれたりはしたが、そのどれもが今まで生きてきた中で一番良い思い出になったと思う。走馬灯フルコースのメインディッシュはこれでよろしく!

 

 

 2.フォンテーヌ廷

 

 

 日が落ちかける夕方まで続いた食事会は終わり、俺とフリーナは皆と別れて帰路に着いていた。

 

「フリーナ、フリーナよぅ……ちょっとお前の昔話に興味でてきたんだ。もっと聞かせてくれよ」

「馬鹿っ! 僕の恥ずかしいエピソードとか聞き出そうとしても無駄だぞ! ていうか自分で言うわけないだろ!」

 

 ちっ、さすが500年間秘密を守り抜いただけはある……彼女の口から面白エピソードは聞き出せ無さそうだ。やはりずっとくっついてその時を待つしかないのか。

 フリーナが怒って少し前を歩く。そういえば、彼女の髪はあんなに長かっただろうか?

 そうだ、あの時はお互いバタバタしていたし、ちゃんと彼女に謝罪を伝えていない気がする。また信託が下る前に気づけてよかった

 フリーナを呼び止めると彼女は怒りながらも振り返ってくれる

 

「なんだよ、僕から情報を聞き出そうなんて百年早いぞ! 」

「フリーナ、改めて心配かけたな。すまなかった」

「え……っ!? そこは過去を聞き出そうとしたことに対しての謝罪じゃないのか!?」

「死にかけた所で色んな奴に怒られたよ。よく覚えてないけど、俺は隣人泣かせすぎ罪で有罪なんだと」

「…………ふふん、本当にねっ! この僕を何回泣かせるつもりなんだ君は」

「安心しろ。最高審判官様に許しを得ているからな。隣人泣かせすぎ罪の罰は誠心誠意の謝罪でいいらしい」

「どこが安心できるんだっ! や、やめてよ……? 謝ったら泣かせていいとかそういう意味じゃないと思うんだ……!」

 

 冗談だ。本当だぞ? 本当にフリーナは打てば響くから話しやすい。それと、せっかく二人で色々考えていた神の目の使い方を結局俺を助ける方向で形にさせてしまったことも謝った。彼女の想像力ならもっと沢山の可能性があったかもしれないのにそれを俺が潰してしまった。

 それを聞いたフリーナはそれはもう得意そうに、ニヤリと笑った。

 

「こほん。この僕を誰だと思っているんだい? この国の大スター! フリーナ・ドゥ・フォンテーヌがそんな小さなスケールに収まるわけがないだろ!」

 

 ──お披露目だっ! と彼女が指を鳴らすと、水元素で作られた生物が三体飛び出してきた。これは……

 

「ちゃんと目に焼き付けていたんだよ。君の生きてきた人生……失敗だらけで嫌なことばかりだったのかもしれないけど、それでも君は今日まで生きてきたんだ。その積み重ねは僕にちゃんと引き継がれたのさ」

 

 もちろん君のように無茶な使い方はしないとも! と自慢げに言うフリーナの周りを元素生物達がやいのやいのと盛り上げる。

 ……あー、これは敵わないな。どこまでも自分本位で、愚かで弱い俺の、それでも捨てられなかった修練の成果を、ちゃんと彼女は参考にしてくれたのだ。少し泣きそう

 

「……ルド?」

「あー、いや。なんでもない……危なかったな、もう少しでお前も隣人泣かせの罪にかけられるところだったぞ」

「えぇ!?」

 

 それより紹介とかしてくれよ。お前のことだしきっと名前とか役職をつけて可愛がっちゃったりしてるんだろ? ほうほう……このカニさんはクラバレッタさんというのか。ははは、メイド? このハサミで物を持ったら間違えて切っちゃいそうだな!

 よろしくと握手をしようとするとクラバレッタさんが子気味のいい音を立てて俺の手首の関節を外した。何しやがる

 

「クラバレッタさんはちょっとドジな所があるからなぁ」

「ド!? まぁ、ドジなら仕方ないよな。で、こっちの……何? この、何?」

 

 手首の関節をはめ直しながら次の紹介を待つ。可愛らしいが彼女のモチーフが全くわからん。馬? 水元素の馬だから……あぁ、そういうこがぼぼがぼ

 俺は彼女の出した水鉄砲を顔に浴びて陸の上にいながら溺れた。

 

「彼女はアワアワタツノコのシュバルマラン婦人。僕の頼れるマネージャーだよ。ちなみに、馬と言われると溺れさせてくるから注意してね」

「げほッ! ごほッ……! そういうことは早く言ってくれ」

 

 息を整えたあと最後の紹介に移る。まぁ彼は……見たまんまだろ。

 名前を聞く前にそう判断したのが良くなかったのだろう。目にも止まらぬ速さで顎を打ち抜かれ俺の脳がシェイクされた

 

「あー……ジェントルマン・アッシャーは礼儀作法に厳しいから……」

 

 そりゃ俺が悪いよな。どうやらサロンメンバーの皆様がたとのファーストコンタクトは失敗に終わったようだ。ま、フリーナとの初対面だって大体こんな感じだった。焦らずやっていこうぜ

 平衡感覚が死んでまともに立てなくなった俺は、フリーナに手を引かれてメゾン・ド・フォンテーヌに帰るのだった。

 

 

 




次回、恐らく終幕の予定です
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