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【瀧井朝世さん・『死んだら永遠に休めます』評】絶望的な真相の先にある希望

遠坂八重さんによる<限界会社員>ミステリ、『死んだら永遠に休めます』。そのあまりの壮絶さと予測不能な結末がSNSで話題沸騰中!  早くも3刷の重版が決定しました。
「小説トリッパー」2025年春季号に掲載された瀧井朝世さんによる書評「絶望的な真相の先にある希望」を公開します。

遠坂八重著『死んだら永遠に休めます』(朝日新聞出版)

絶望的な真相の先にある希望
瀧井朝世

 怖い。決してホラーではないのに心底ぞっとする。過酷な状況下で働いた経験のある人なら、この真相に絶望するのではないか。それが、遠坂八重の『死んだら永遠に休めます』だ。二〇二二年に『ドールハウスの惨劇』で第二十五回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し小説家デビューした著者の第三作である。
 神奈川県・川崎市にある大溝ベアリング川崎事業所。二十八歳の青瀬は、入社時から総務経理統括本部に勤めている。仕事内容は端的に言うと、会社の雑用係。専門性のない、単純で付加価値の低い事務処理全般を請け負っているという。青瀬いわく、〈だからできて当たり前だと思われるし、感謝されることもないし、スキルが身につくこともない〉。
 毎日膨大な量の雑務が舞い込み、残業は当然、同僚の中には会社に連泊している者もいる。明らかなキャパオーバーだが、それ以上に青瀬を苦しめているのが、部長・前川の存在だ。何をどう報告してもこちらの無能さを指摘してくる彼のパワハラに青瀬は疲弊しきっている。外面のよい前川の部下への極悪ぶりは、他部署には知られていない。また、他部署から青瀬に任される雑務は一件一件はさほど難しくない内容のようで、相手に「なんでこんな簡単なことがすぐできないのか」と思われているのが辛いところ。
 部内の異色の存在が二十二歳の派遣社員、三井仁菜で、青瀬は彼女の教育係である。仁菜はいたって暢気で仕事でミスしても悪びれず、青瀬が過労のため車を運転したら事故って死んじゃいそうだと話すと、あっけらかんと、「死んだら永遠に休めますよ~」と言い放つ。
 ある時、前川が突然「失踪宣言」メールを残して姿を消す。さらに数日後彼から届いたメールには、「私は殺されました」とあり、容疑者として総務経理総括本部の正社員、つまり仁菜以外の五人の名前が並んでいた。警察の任意の事情聴取を受けた総経本部メンバーは不安に苛まれるが、そこで意外な動きを見せたのが、仁菜である。自ら「名探偵ニナ」を名乗りだした彼女は、青瀬を連れ出し調査を開始する。普段の仕事とは異なり、探偵としての彼女はなかなか優秀で、二人は少しずつ前川の失踪に関して、手がかりを見つけていくのだが――。
 それにしても実に奇妙な謎である。ミステリとしては魅力的な謎というべきか。前川の生死は不明である。殺されたとしたなら死人にメールは打てないはずであるし、殺されると察してメールを打ったのだとしたら、それはどんな状況だったのか。あるいは自殺なのか、もしくは生きていながら、なんらかの意図があってそのようなメールを送信したのか。読者の想像も膨らんでいく。
 一方、平日の業務に変化はない。前川の不在により青瀬も気分がラクになるものの、それは一瞬だ。前川のメールは事業所の他の部署の人々にも送られており、容疑者とされた青瀬たちは他の社員から冷ややかな、もしくは怯えた目を向けられる。精神的に追い詰められながら、仕事を続けなくてはならなくなるのだ。
 前川の失踪前から、過重労働とパワハラで追い詰められている青瀬の心身の状態が実に気の毒。会社に行くことはできるのに家事をする気力はわかず、めまいもひどく、目の前の雑務に追われるうちに記憶が抜け落ちている。頼まれた仕事を忘れて責められ、さらに追い詰められていく。このあたり、読む人の立場によって受け取り方が異なるかもしれない。作中でも巡査が青瀬に指摘するが、ごみを捨てに行く気力もないのに毎日通勤できるものなのか、と疑問を抱いた人はいるだろう。「それはありえない」と思う人もいれば、「いや、自分も似た経験があるから分かる」と言う人もいるはずだ。青瀬にどれくらい感情移入できるかによって、終盤の展開の受け取り方はまったく変わってくるはず。
 というのも、終盤、それまで見えていた景色が一変するのである。事件の真相はとんでもなく残酷だ。冒頭でも述べたが、個人的には、心底ぞっとした。
 真相についてじっくり語りたいところだが、もちろんネタバレになるので具体的なことは書けない。ただ、なぜそこまでぞっとしたのか説明すると、自分は青瀬の立場にも、青瀬を追い詰める側の立場にもなりうると感じたからだ。ここまでのパワハラを受け、周囲から軽んじられれば、自分だって心身に不調をきたしてしまうと思う。一方で、作中の他部署の人間のように、自分も相手の置かれている状況を考えず、「この人は仕事ができない」と判断してしまったことは、正直、ある。その時、苛立ちを態度で見せてしまい、相手を傷つけたこともあったのではないか――と、不安になった。
 主軸とは別に語り手不明の回想らしきシーンも挿入されていく。最後にそこで何が語られていたのかが判明した時、きゅっと胸がしめつけられる。効率よく仕事ができるかどうかで、その人のすべてが決まるわけではない。さらにいえば、仕事がその人のすべてではない。そう思わせてくれるところが救いだ。
 どん底に叩き落とされるような展開だが、だからこそ最終的に青瀬が選んだ決断には、希望が残される。

【書籍情報】
■『死んだら永遠に休めます』
■遠坂八重/著
■2025年2月20日刊行
■1700円+税
■ISBN: 978-4-02-252017-3
■内容紹介
 死んでほしいと思っていたパワハラ上司が死んだらしい。容疑者は――部下、全員。
 無能なパワハラ上司に苦しめられながら毎日深夜まで働き詰めの生活を送る28歳の主人公・青瀬。突然失踪したパワハラ上司・前川から届いたメールの件名は「私は殺されました」。本文には容疑者候補として「総務経理本部」全員の名前があった。
 限界会社員・青瀬と妙に頭の冴える派遣社員・仁菜は二人で真相解明に取り組むのだが……。

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