2 船内見学

 イェルテルと別れた後、俺は更衣室で制服に消えるべく、狭い船内通路を歩いていた。

 どうしたって船の通路は狭い。誰かとすれ違う際は、どちらもが平べったくなって避けねばぶつかる。

 基本娯楽の少ない生活であるから、船乗りは昔から、些細なことで喧嘩をしていたらしい。当然、すれ違いで何かあれば、最悪殴り合いである。


 ハンドラー──ウルリーケと呼び捨てにしろと言われているが、なかなか慣れない──は、階級が特務大尉であることがわかっている。礼装制服の肩に縫い付けられている肩章エポーレットからわかるのだ。

 この西エルヴァスティア地域――セレスティアル・エリアでは駅逓局は……官公庁であり実質的な復興政府の支配者である中央駅逓局も、ブルムストを含む民間の駅逓局組合も、同じく武装した軍事組織である。


「富める者には分別を、力ある者には責務を、貧しき者には施しを」


 ウルリーケがそう言った。


「知っているかポーター」

「中央駅逓管制局が統括している、セレスティアル・エリアのスローガンですか」

「そうだ。そして、近い将来国是となる。

 ……民間といえどやっていることは郵便だ。切手と荷物を運んでいる。わかるな」

「はい」俺ははきと応えた。狭い通路に声が反響する。


 剥き出しの鉄、配管、消化器に赤く塗られたファイアーアックスの類。


「乗員数はポーター、おまえを入れて一八四人。いずれも同じ仕事仲間だ。早いうちに顔と名前を覚えておけ」

「覚えるのは得意です」

「よろしい。配達時、字の書けないものからの手紙の場合は人相書きが宛先となることもある。あるいは、口早に告げられた特徴から。その高度な人探しを我らは心得ねばならん」


 文明が崩壊して、三〇〇年余りと言われている。旧時代では識字率はどこの地域でも八、九割近かったが、今では字が読めない者の方が多い。

 俺は更生施設で読み書き計算を覚えたから、そこは、怪我の功名と言えるかもしれない。

 無論、それまでに散々に迷惑をかけ、間接的に行なった殺人行為の罪が拭われるなどとは、一切思っていないが。


「ブリッジへ行くぞ。何はなくともまずは船長に挨拶せねばな」

「質問をしてもよろしいでしょうか」

「よろしい、許可する」

「この船はビークロイドですよね。船長が、〝ミタマ〟というわけですか?」

「その質問に答える権限を私は持っていない。『知る必要ニード・トゥ・ノウ』だ。駅逓の不文律だ。覚えておけ」


 俺は「わかりました」と答えた。

 駅逓には階級にごとに「知る必要のある情報」が割り当てられている。セキュリティ・クリアランスである。

 クリアランスに応じた情報しか与えられないのは駅逓の規則ではっきりと決められている。


 知らなくていいことを伝える義務を上官は持っていないし、それを聞く権利を、部下は持っていない。

 正しいから正しい。そのトートロジーを受け入れろと言うのが、往々にして、こう言う組織の暗黙の了解である。


 俺は頑丈な作りの、鉄のような鈍い黒灰色のフロックコートと、長ズボンに身を包んでいる。

 先程まで着ていたのは、この制服を真似た、俺の模造品である。明確に模造とわかるように、色は明るい茶色にしていた。

 素材にケブラーとカーボン・ナノ・チューブCNTを用いた防刃装備で、弾除けに軽装甲を取り付けるのが通例である。

 本来船内でこんな格好はせず、ラフな姿での業務が許されているが──さらに言えば、配達だってこんな布切れで行うはずがない。この上からさらに、CNT装甲スーツを用いる。


 だが船長に会うのにシャツとジーパンで会うわけにもいかないのは、俺でもわかることだ。

 ウルリーケは糊の効いた第一種駅逓礼装である。様々な、軍装を模した飾りが取り付けられている。迷彩というものを度外視した、式典用の衣装であった。


 ひょっとして、彼女なりの歓迎なのだろうかと自意識過剰めいた感情が湧いてきて、俺は、自分の能天気さに呆れる。十五分かそこら前、死にかけたばかりだというのに。

 そしてふと、うなじのあたりに金属の繊維が絡み付いているのを見て、彼女がアンドロイドであることを察した。


 ブリッジは平時でも、ロックが掛けられている。当然だ。船長に副船長、操舵手──即ちこの郵便踏破船の乗り手だ──がおり、つまり首脳陣が集っているのである。何かの間違いがあってからでは遅い。当然の備えと言える。


 ウルリーケは頑丈な耐爆仕様の扉の脇に、エーテルを練り込んだ薄い半透明のカードを滑らせた。

 塩分による人体通電機能を利用した、接触式の個人認識カードキーだ。


「ウルリーケ・ギース特務駅逓大尉、以下、出勤してきた新人です」

「入ってちょうだい」


 声がして、俺は船長も女性なのかと思った。てっきり、こんないかつい船の音頭取りは男だとばかり思っていた。

 開いたドアを抜けると、円形のブリッジ内部に入る。

 全面をモニター化できるようで、現在はフルスクリーンではないものの、前後左右をぐるりと見回せる。

 索敵範囲に死角が無い。

 中央の座席プレートには「アンブレイカブル」とあり、あそこに、操舵手が座るのかもと思った。


「おい、名乗らんか」

 ウルリーケに小突かれて、俺は慌てて敬礼。水兵式の敬礼である。

「ロダ・アイアンハーツ・ポーター駅逓一等兵です。本日より、当船ブルムスト・アンブレイカブルでの勤務に励むべく、やってまいりました! よろしくお願いいたします!」

「素直でよろしい」


 女船長はプラチナを糸にしたような、美しい髪をボブヘアを揺らし、微笑んだ。船長の証である白い制服と、白い帽子が、黒灰色の制服の中で特別な異彩を放つ。


「私はドレーク。ドレーク・ブルムスト。ようこそ、私の城へ」


 ドレーク船長はブリッジを歩き、軍靴を鳴らして一頭高い位置にある己の椅子を撫でる。


「当船アンブレイカブルの名の由来はは知っているかしら」

「百折不撓。受けた郵便の仕事は、絶対にやり遂げる。倒れない、倒されない者」


「そう。だから募集をかけてやってくるのは天狗になった馬鹿どもが大半……天狗ってしってる? 東の果てのマモノ? なんだけど」

「……いえ」

「そう? 今度図書室で読んでみなさいな。全部和深かずみ語だけど、まあ絵本感覚で」


 これは何かの面談試験なのだろうか。

 俺からどのような言葉が出るのかを待っているのか、それを、ここにいる首脳陣は試しているのだろうか。


「仕事は何をしたらいいですか」

「あら、勤勉。そうよね、そう。だからここへきたもの。けれどすぐには出せない」

「力不足だからですか」

「それもある……んだけど、まあうちはスパルタでやるからあんま関係ないかな……。あなた、相棒の状況を忘れたの」

「そうだ、エンジンブロックに被弾……」

「ガレージに行ったら? ウル、案内してあげて」


 ウルリーケは短くピッと敬礼し、踵を揃えて回れ右すると歩き出す。俺も同じく敬礼し、回れ右して去った。


 船長、赤髪の副船長(この人物も女性だった)、それから操舵手(男だった)。

 航海士に加え、別室にいるエーテル通信士とペアである通信士が一人。

 ビークロイド――すなわち、この船は全ての機動を自律して行うため、この規模のを数名で操舵できてしまう。


 ブリッジを後にすると、ウルリーケは「ガレージは第一層にある。道を覚えておけ。そこが出撃ゲート、帰還ゲートも兼ねている」と言った。


「さっきのリフトは緊急用ってことですか」

「そうだ。テツウツボの生息域を抜けるまでおちおちしてられないだろう。しかし、まさかなすりつけられるとはな」


 俺は頬を掻いた。皮肉ではないのだろうが、まあ、船の方だってまさかあんなのとやり合うとは思うまい。


「イェルテルの案でしたが、実行したのは俺です。始末書なら俺が書きます」

「いや、別に気にしていない。ドレーク船長もそのつもりで主砲使用を許可していたからな」


 だからって撃つか普通。文句を言いかけてやめた。


「これで一気にガレージに出られる」

「ダストシュートじゃないですか。落ちて骨とか……」

「怖気づくな。ただの滑り台だ。先に行け」

「……わかりました」


 駅逓局は事実上の軍隊。上官反逆罪はその場で厳しい処分が降る。

 俺はダスト──いや、滑り台に身を躍らせて、滑っていった。

 かなり角度がきつい。滑るというか、擦過しながら落下していると言っていい。

 これで壁に叩きつけられたら大怪我じゃ済まないぞ――。


「いでっ」

 と、体がボスっとクッションに沈んだ。


 起き上がって周囲を見回すと、そこは船内というよりは整備工場のようなエリアだった。ここがガレージだろう。

 続いてウルリーケが着地し、すっくと立ち上がる。


「私は仕事がある。帰りはギークと呼ばれている男と行動しろ。いいな、迷子になってくれるなよ」

「わかりました」


 ウルリーケはさっさと階段を使って上がっていく。

 最初から階段を──と思ったが、階段で降りてはシュート台の説明ができないから、こういう順序で実行したのだと、遅れて理解した。


 辺りを見ると、知らないビークロイドが二機。

 男性型と女性型で、エーテル・コーヒーを片手に駄弁っている。


「おーい、ミスタ・ポーター! こっちだ!」


 俺を呼ぶ声がして、そちらに歩いていく。

 そこにはエンジンを保護するケージボックスを修理されているイェルテルがバイク状態で安置されており、「変なところに触ったら怒りますよ」と険を放っていた。


「初めまして。もう知っているだろうけど、僕はギークと呼ばれている。階級は技術大尉だ」

 ギーク。そう呼ばれている技術屋の青年が微笑み、作業手袋越しに握手を求めてくる。

「よろしくお願いします」俺も、すぐに握手に応じるのだった。

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武装駅逓 ─ The Porter's ENGINE ─ 夢河蕾花 @VvYyRr89

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