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竜剋のブラッドサージ ─ Prelude ─

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5分

隻眼の軍神

 鉛のような曇天の空の下に、白雪の冠を戴く竜牙大連山が見えた。人の世と、異形の世を分け隔てる境界であるそれは、近年機能を喪失しつつあった。  下に視線を滑らせると、積もった雪に、赤いものが散っている。  それは血潮だった。転がっているのは我らが同胞の死体。 「…………」  そして──。 「ちっ、穢れ腐った魔物どもめ」  質のいいレンズを用いた遠眼鏡で、部隊が待機している急峻な斜面の眼下を睨んでいる騎士がいた。右目を、兜のスリットの奥で眇めている。  体格はいかにもといった巨躯。上背は二〇〇センチを余裕で越え、装いは重装騎兵のそれ。背中には大戦斧を背負い、全身を甲冑で覆っている。種族や容姿はわからないが、その地鳴りのように低い声は、どう聞いても男のものだ。  現在、ノースモント高原の東にある高台に展開している部隊は、総数百の騎馬。すなわち、騎士百人隊である。 「ヴァルグスですか」部下の一人が聞く。体は小刻み──いや、かなりわかりやすく震えていた。 「ああ」大戦斧の騎士──隊長は頷く。そして続けた。「仇討ちだ。親父さんの」 「この時を待っていたんです」武者震いで、甲冑がガチガチ鳴っている若い騎士は、頼もしく歯を剥いて獰猛に笑む。「やってやりましょう、クラヴィス隊長!」  大男──クラヴィスは兜の奥で片笑んだ。頼もしい部下だ。それが、こんなにもいる。  戦に確実はないが、負けると思って挑む馬鹿はいない。だが、勝ちを妄信するのはもっと馬鹿だ。  勝つ条件を拾い集め、そのための装備と兵を用意し、有利な場へ敵を誘導し、そして討つ。  それでも確実はないが──我らが星の神、ステラミラ様を微笑ませるための努力をつくしたなら、あとは意志で勝ち取るだけである。  揃っている。条件も、意志も。故に、──慢心も油断もしない。  眼下、距離は目算一三〇〇。  敵の数はおよそ三〇〇。すでに雑兵が、そして傭兵が激しく切り結び、あるいは銃砲をぶっ放す。  この戦場には魔法使いなんていう贅沢なやつはいない──いけすかない、学者気取りのあの連中は戦場にはいらない。クラヴィスは戦慣れしているが、それゆえに古臭く、頑固にそう考えていた。 「敵陣左翼から奇襲をかける」  部下に異論はない。それが最善手だ。  クラヴィスは騎馬に跨った。  同じく、鎧を着た重馬がいななく。去勢さえしていない牡の荒馬である。それを左腕一本、手綱で強引に従える。剛毅なこの男を、部下たちは信頼していた。 「いくぞ、続けえ!」  咆哮した。部下も鬨の声を上げて続く。  魔物──忌むべき赤鬼、ヴァルグスめがけて高台を駆け降りて、敵陣左翼──まるで警戒していない側面へと、真一文字に突っ走る。蹄鉄が雪と泥を巻き込んで跳ね上げた。  雑兵か傭兵か、誰かが、  ──「第八山岳竜騎兵団だ!」  と叫んだ。  然り。クラヴィス率いる百人隊は第八山岳竜騎兵団と呼ばれる、モントレスト公国が誇る最強の竜騎兵団である。  厳冬の地に、いっそ蒸気さえ上げんばかりに興奮した騎士が迫る。  味方に勇気を、敵に恐怖を与える──まさに、竜。  距離が縮まる。  有効射程圏内。陣形はすでに五騎ずつに分かれて鶴翼展開、さらにその五騎が鶴翼に展開。 「構えッ!」  クラヴィスの命令を待って、全員が手綱を手放し、馬にくくりつけていた大筒とすら言える鉄砲を構える。 「狙えぇッ!」  怒号、叫喚、悲鳴。魔物の、人様の言葉を真似た汚らしいカタコトの大声が入り乱れる戦場に、クラヴィスの咆哮が竜の如く轟く。 「撃てええッ!!」  火を吹く竜を思わせる銃砲炎が上がった。咆哮の如き銃声が連続し、弾に穿たれた魔物の群れがばたばた倒れていく。  弾込めなどいちいちしている暇などない、騎士たちは銃を投げ捨てて得意な武器を抜き放ち、魔物に対し切り掛かっていく。  騎士道において複数人で一人をいたぶるなど、あってはならない。  しかし、相手は邪智暴虐たる魔物であって、人ではない。畜生にも劣る、滅すべき蠹害(とがい)だ。  五騎組は連携して魔物を各個撃破、隊長も大戦斧を片手で振り回す。恐るべき怪力である。一度その鋼鉄が唸りを上げれば、一人で複数のヴァルグスどもを討ち取っていく。  常識はずれの強さに、にわかに負けの空気が滲んでいた雑兵らも気勢を取り戻し、士気を燃やした。 「ギィィイイ! クソニンゲンドモ!」 「キサマラ、イズレ、ホロビル!」 「マオウサマ、メザメル!」  クラヴィスはまとめて魔物の首を刎ねた。 「魔物の鳴き声はわからん。俺は人である故な」  第八山岳竜騎兵団の奇襲により魔物を殲滅した戦場に、歓声があがる。  そして、神々がそれを祝福するかのように、分厚い雲から日差しが差し込んだ。  クラヴィスが兜を脱ぐ。  驚くべきことに、彼は特別な亜人ではなく、純粋なヒューマンであった。おそらくは山岳生まれのスノウファゴットと呼ばれる人種だろう。  顔は、なるほど歴戦の騎士だ。精悍で、鉄を打ち固めたような厳つさ。顔よりも、首の方がなお太い。  その左目は、深くいびつな──爪で抉ったような傷で潰れている。 「下馬しろ」  低い声で命じるクラヴィスに、部下は黙って応じた。そして皆、兜を脱ぐ。 「神の御許へ旅立った、気高き英霊に」  そう言って、胸元で五芒星を切る。  しばし冥福を祈ると、クラヴィスはテキパキと「魔物の遺体はひと所にまとめて焼け。瘴気が出る前にだ」と指示。それから歩兵部隊に向かって、「動ける者は戦死者を弔ってやれ。遺髪と、遺品をわかるように揃えておくように」と言った。 「……あれ、隻眼の軍神だろ」  ある傭兵が呟く。 「ああ……マジだ。クラヴィス……。聞いたぜ、ほら、二年前に竜を倒したんだろ? 人間じゃねえよ」  隻眼の軍神クラヴィス・ビレイグ・ブロムハルト。  農民の出でありながら、のちに現人神として祀られるクラヴィスは、最後まで戦仕事に身を置き、この世を去るまでに一万を超す魔物を屠ったともいわれ──。  その代表的なこの戦は、「ノースモント高原の戦い」と呼ばれ、クラヴィスの死後十年経っても、吟遊詩人らに歌われる定番の詩になるのだった。

 ブロムストをかけなくなった理由の一つに、入院以前の作品に触れると精神的なパニックを思い出すという反応が出たためです。  多数の反応、応援をいただけたのに不甲斐ない結果に終わり、本当に申し訳なく思っています。  こちらのブラッドサージに関しては、過去の反省も踏まえてポイントをいただくつもりがないことをここに断言しておきます。

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初回投稿日時:2025年12月17日 11:48

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