鉛のような曇天の空の下に、白雪の冠を戴く竜牙大連山が見えた。人の世と、異形の世を分け隔てる境界であるそれは、近年機能を喪失しつつあった。
下に視線を滑らせると、積もった雪に、赤いものが散っている。
それは血潮だった。転がっているのは我らが同胞の死体。
「…………」
そして──。
「ちっ、穢れ腐った魔物どもめ」
質のいいレンズを用いた遠眼鏡で、部隊が待機している急峻な斜面の眼下を睨んでいる騎士がいた。右目を、兜のスリットの奥で眇めている。
体格はいかにもといった巨躯。上背は二〇〇センチを余裕で越え、装いは重装騎兵のそれ。背中には大戦斧を背負い、全身を甲冑で覆っている。種族や容姿はわからないが、その地鳴りのように低い声は、どう聞いても男のものだ。
現在、ノースモント高原の東にある高台に展開している部隊は、総数百の騎馬。すなわち、騎士百人隊である。
「ヴァルグスですか」部下の一人が聞く。体は小刻み──いや、かなりわかりやすく震えていた。
「ああ」大戦斧の騎士──隊長は頷く。そして続けた。「仇討ちだ。親父さんの」
「この時を待っていたんです」武者震いで、甲冑がガチガチ鳴っている若い騎士は、頼もしく歯を剥いて獰猛に笑む。「やってやりましょう、クラヴィス隊長!」
大男──クラヴィスは兜の奥で片笑んだ。頼もしい部下だ。それが、こんなにもいる。
戦に確実はないが、負けると思って挑む馬鹿はいない。だが、勝ちを妄信するのはもっと馬鹿だ。
勝つ条件を拾い集め、そのための装備と兵を用意し、有利な場へ敵を誘導し、そして討つ。
それでも確実はないが──我らが星の神、ステラミラ様を微笑ませるための努力をつくしたなら、あとは意志で勝ち取るだけである。
揃っている。条件も、意志も。故に、──慢心も油断もしない。
眼下、距離は目算一三〇〇。
敵の数はおよそ三〇〇。すでに雑兵が、そして傭兵が激しく切り結び、あるいは銃砲をぶっ放す。
この戦場には魔法使いなんていう贅沢なやつはいない──いけすかない、学者気取りのあの連中は戦場にはいらない。クラヴィスは戦慣れしているが、それゆえに古臭く、頑固にそう考えていた。
「敵陣左翼から奇襲をかける」
部下に異論はない。それが最善手だ。
クラヴィスは騎馬に跨った。
同じく、鎧を着た重馬がいななく。去勢さえしていない牡の荒馬である。それを左腕一本、手綱で強引に従える。剛毅なこの男を、部下たちは信頼していた。
「いくぞ、続けえ!」
咆哮した。部下も鬨の声を上げて続く。
魔物──忌むべき赤鬼、ヴァルグスめがけて高台を駆け降りて、敵陣左翼──まるで警戒していない側面へと、真一文字に突っ走る。蹄鉄が雪と泥を巻き込んで跳ね上げた。
雑兵か傭兵か、誰かが、
──「第八山岳竜騎兵団だ!」
と叫んだ。
然り。クラヴィス率いる百人隊は第八山岳竜騎兵団と呼ばれる、モントレスト公国が誇る最強の竜騎兵団である。
厳冬の地に、いっそ蒸気さえ上げんばかりに興奮した騎士が迫る。
味方に勇気を、敵に恐怖を与える──まさに、竜。
距離が縮まる。
有効射程圏内。陣形はすでに五騎ずつに分かれて鶴翼展開、さらにその五騎が鶴翼に展開。
「構えッ!」
クラヴィスの命令を待って、全員が手綱を手放し、馬にくくりつけていた大筒とすら言える鉄砲を構える。
「狙えぇッ!」
怒号、叫喚、悲鳴。魔物の、人様の言葉を真似た汚らしいカタコトの大声が入り乱れる戦場に、クラヴィスの咆哮が竜の如く轟く。
「撃てええッ!!」
火を吹く竜を思わせる銃砲炎が上がった。咆哮の如き銃声が連続し、弾に穿たれた魔物の群れがばたばた倒れていく。
弾込めなどいちいちしている暇などない、騎士たちは銃を投げ捨てて得意な武器を抜き放ち、魔物に対し切り掛かっていく。
騎士道において複数人で一人をいたぶるなど、あってはならない。
しかし、相手は邪智暴虐たる魔物であって、人ではない。畜生にも劣る、滅すべき
隻眼の軍神
ブロムストをかけなくなった理由の一つに、入院以前の作品に触れると精神的なパニックを思い出すという反応が出たためです。 多数の反応、応援をいただけたのに不甲斐ない結果に終わり、本当に申し訳なく思っています。 こちらのブラッドサージに関しては、過去の反省も踏まえてポイントをいただくつもりがないことをここに断言しておきます。
コメント
もっと見る
同じジャンルの新着・更新作品
もっと見る-
転生勇者ちゃんは千年後の世界を漫遊する〜ゴブリンの魔王をしたり、勇者となり世界を救う英雄譚〜
魔物になった勇者が仲間を集めて魔神を倒す
2.7K
6.3M
349.4K
異世界ファンタジー
長編
371話
805,262字
2025年12月19日更新
伝説の勇者アベルは、女ながらに魔王を倒してこの世界を救い、そして王になった大英雄である。 それでも一度目の人生で夢が叶わずに、未練を残したアベルは神の言葉に従う事にする。 曰く「転生し、大きな戦いに備えよ」と言う言葉なのだが。 これを好期と捉えたアベルは、自分が子供の頃から持つその夢を叶えるために、千年後の未来に転生した。 これは、小妖精〈ゴブリン〉に転生した勇者が夢を叶える道中で、仲間達とともに、再び世界を救う物語である ※ざまあ、追放、スキルなし、途中からチートあり無双ありシリアス〈のつもり〉作品ですのでご注意ください 初作品で勉強しながらの投稿になります。 感想でこうしたら良いよ、などのアドバイスがもらえたら嬉しいです。先に行くに連れて読みやすくなるはず……ですよ。
読了目安時間:26時間51分
-
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~戦闘力ゼロの追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と送る甘々ライフ~
【四人連続プロポーズ】でラスボス撃破!?
1
696
1
異世界ファンタジー
短編
19話
36,298字
2025年12月19日更新
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
読了目安時間:1時間13分
-
あまりにも地味なチートというもおこがましいアイテムをひとつ持つだけの異世界転移者である俺は、それでもこの世界でなんとか冒険者をやっていた。のだが、そのアイテムが原因でちょっとした命の危機に見舞われてしまう。
読了目安時間:8分
-
「愛しい陛下。貴方はただ、その玉座で綺麗に微笑んでいてくださいな」 隣国帝国の八万の大軍が迫る国家存亡の危機。 震えながらも民のため城に残ることを選んだ美貌の国王テリオンに対し、王妃サリィナは優雅に扇子を開いた。 かつて「人形のように退屈」とテリオンに婚約破棄された彼女は、実家公爵家による苛烈な『再教育』を経て、毒を以て毒を制す冷徹な謀略家へと変貌を遂げていた。
読了目安時間:24分
読者のおすすめ作品
もっと見る-
-
日間3位 週間6位 ありがとうございます。 【ネタバレ最小版】 彼が“魔王”になった日、世界中に突如【レベル】というゲーム的概念が発生した。空から降ったメタルナ・アイーツは、潰した者に超人的な身体能力と異能を与える。 その力を奪い合い、世界は日に日に地獄と化していく。 ――最悪の魔王が嗤う、地獄の群像劇がここに開幕。 【ネタバレあり】 世界を憎む引きこもりの男は、超常の力を得て【全人類が争わせよう】と企む。 暗躍を選択した魔王はただ抗争の種を蒔き、頭角を見せた黒木影人は国家と対峙する。その光景に情報屋が微笑み、名前の無い娼婦が一般人を傀儡にして弄ぶ。 ーー彼らには破滅の色がよく馴染んだ。 【人物紹介】 ・黒木影人、 冷徹な男。統率力に秀で聡明。手を介さず鉄の棒を操る異常能力が確認されている。 ・名前の無い娼婦 感情の読めない人形の様な女性。人を操る風な異常能力が確認される。 ・世道虚 飄々とした情報屋。どこにでも現れ、誰とでも取引をする。異常能力は不明。よくイチゴミルクを飲んでいる。
読了目安時間:36分
-
機械の四肢で空を駆けるメカ娘『奉姫』が人を支える空中世界『カエルム』 空の底、野盗に捕えられた奉姫商社の一人娘『アリエム・レイラプス』を助けたのは奇妙なAIと奉姫のコンビだった。 『奉姫の神』を名乗るタブレット、カミ。 『第一世代』と呼ばれた戦艦級パワーの奉姫、レミエ。 陰謀により肉体を失ったというカミに『今』を案内する契約から、アリエムの冒険が始まる。 カエルムと奉姫のルーツ、第一世代の奉姫とは? 欲する心が世界の秘密を露わにする、蒼空世界の冒険譚。 ・強いて言えばSFですが、頭にハードはつきません。むしろSF(スカイファンタジー) ・メカ娘を率いて進む冒険バトル、合間に日常もの。味方はチート、敵も大概チート。基本は相性、機転の勝負。 ・基本まったり進行ですが、味方の犠牲も出る時は出ます ・手足武装はよく飛びますが、大体メカ娘だ。メカバレで問題ない。 ※2020.3.14 たのの様に表紙およびキャラクターデザインを作成いただきました。 ※2020.8.19 takaegusanta様にメカニックデザイン(小型飛空艇、十二姫装)を作成いただきました。 ※2021.9.17 Gen様にキャラクターおよびメカニックデザインを作成いただきました。 ※2022.8.17 ドズミール様にキャラクターおよびメカニックデザインを作成いただきました。 ※2023.2.15 なないち雲丹様にキャラクターおよびメカニックデザインを作成いただきました。 ※2023.1.15 ドクロ改様に第1部17話『アノソラのメサルティム』に挿絵を作成いただきました。 ※2023.9.15 鉄機様に第1部35話『メズラク決戦』の挿絵を作成いただきました。 ※2023.11.24 鉄機様に第2部5話『スカイレイダー(2)』の挿絵を作成いただきました。 ※2024.7.15 なないち雲丹様に第1部18話『航空警備隊24時』他の挿絵・キャラクターデザインを作成いただきました。 ※2024.12.21 takaegusanta様に第3部1話『奉姫転生』他の挿絵・キャラクターデザインを作成いただきました。 ※2025.1.7 鉄機様に第1部35話『メズラク決戦』の挿絵を作成いただきました。 ご協力いただきましたクリエイターの皆様、この場を借りて感謝申し上げます
読了目安時間:35時間14分
-
アーデーン──それは、地球から分割支配されている、一つの異世界の名前だ。ある都市で治安維持組織の一人として働いている少年ヨウマは、植民地を統括する総督から、娘を護衛するように依頼される。だが、その総督は、暗殺されてしまった。悪の手は娘にも及び……。 その出来事が、彼の運命を大きく変え、終わりなき戦いの日々へと導いていく。開拓地「フロンティアセブン」に渦巻く犯罪組織の陰謀。悪しき魔法使いたちの襲来。それでも、ヨウマは仲間と共に立ち向かう。 剣と魔法と血のファンタジー、開幕。 毎日20:00更新
読了目安時間:4時間7分
コメント投稿
スタンプ投稿
筑紫 次郎
※ 注意!このコメントには
ネタバレが含まれています
タップして表示
筑紫 次郎
2025年12月17日 23時23分
夢河蕾花
2025年12月18日 5時45分
※ 注意!この返信には
ネタバレが含まれています
タップして表示
夢河蕾花
2025年12月18日 5時45分
ゼンラーマン
※ 注意!このコメントには
ネタバレが含まれています
タップして表示
ゼンラーマン
2025年12月17日 12時41分
夢河蕾花
2025年12月17日 12時44分
※ 注意!この返信には
ネタバレが含まれています
タップして表示
夢河蕾花
2025年12月17日 12時44分
すべてのコメントを見る(2件)