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【全編公開!】時代の気分を伝えることば/からだ――岐路に立つ小説家たちの「新しい文体」(町屋良平×山内マリコ×笠井康平)

はじめに

今年の3月にいぬのせなか座が刊行した笠井康平さんの作品集『さみしがりな恋人たちの履歴と送信』には、小説家の町屋良平さんと山内マリコさんから推薦文をいただきました。
そのおふたりをお招きし、笠井康平さんが司会をつとめた鼎談が、2025年10月10日に収録されました(会場:ゆる学徒カフェ)。

テーマは、現代小説の「文体」。
小説を書くときの身体感覚から、フィクション/アーカイブの倫理、日本語による現代文芸の未来まで、幅広く意見が交わされました。

小説を書くときは「書いたものを忘れる」ようにするという町屋さん。睡眠を挟んで身体感覚を「更新」するために、その日に思いついたことをなるべく書き切るようになったといいます。
折しも収録日は、批評プロジェクト「小説の死後――(にも書かれる散文のために)」をめぐる論争がひと段落したばかり。現代小説の方法を新発明した作品について、時代のアーカイブを残す難しさも語ってくださいました。

山内さんは、時代ごとのリアリティラインを大切にし、無名の声を丹念に拾いながら、丁寧な取材・調査のもとで作品を書きつづけています。
山内さんは依頼に応じて「引き出し」を巧みに使い分け、自作をとことん「読みやすく」する日々に誇りを抱きながらも、己のすべてを使い果たせる小説は「圧倒的に疲れる」、ただそれでももっとも「元気で、楽しい」もののひとつだといいます。

鼎談後半では、おふたりから『さみしがりな恋人たちの履歴と送信』の感想も伺いました。
町屋さんは、笠井さんが「膨大な情報」を強い意志で取捨選択し、「普通の小説家が飛びつくことに全く飛びつかない」と驚いていました。
山内さんは、純文学の制約からも、エンタメ小説の制約からも「自由度が高い」書き方で、インディーズの最高峰と商業出版のメインストリームを「いいとこ取り」していると評価します。

つづいて、現代小説の「文体」について話題になりました。
町屋さんは2015年を境にトレンドが変わり、作家たちに文学とエンタメの両立が求められるようになったと感じていて、その変化を象徴するのが2015年の又吉直樹『火花』と、2016年の村田沙耶香『コンビニ人間』だったのではないかと予想しています。
それを受けて笠井さんは、ケータイ小説ブーム以降の「第三勢力」として、ウェブ小説やインフルエンサー文芸が躍進し、別個の生態系を育んできたと指摘。川端康成の文芸時評にふれながら、おふたりに「現代小説の将来はどうなると思いますか」と問いかけました。

意外にも、3人の問題意識は大きく重なっていました。
韓国文学が日本市場で存在感を持った2010年代後半のトレンドは落ち着き、女性作家を中心に日本の現代小説が世界で評価されるようになった一方で、次なる「新発明」はいまだなされず、いくつもの「伸びしろ」が未開拓ではないか。

新刊書店の「文学」市場が縮小するなか、これからの小説家に求められる役割とは何か。あらゆるフィクションが情報を「面白く」してしまう時代に、「良心的な嘘つき」であるには、どのような正しさがありうるのか。
日本語による現代文芸の行方を前向きに展望した約3.4万字。動画版もYouTubeに全編無料公開しているので、お好みの形式でぜひ最後までご覧ください。


動画版


出演者プロフィール

笠井康平:1988年生まれ。作家・編集者、東京大学大学院博士後期課程(文化経営学)。主著に『私的なものへの配慮No.3』、『さみしがりな恋人たちの履歴と送信』(いずれもいぬのせなか座)。近著に「作者再評価のダイナミクス:ジャパンサーチを用いた近世日本文学史の時系列分析」(人工知能学会)。

町屋良平:1983年生まれ。小説家。2016年に『青が破れる』で文藝賞。2019年に『1R1分34秒』で芥川賞。2021年『ほんのこども』が注目される(野間文芸新人賞、9月に文庫化)。近刊に『生きる演技』(2024年、織田作之助賞)、『私の小説』(2024年、川端康成文学賞・芸術選奨文部科学大臣賞)、『生活』(2025年)、「小説の死後――(にも書かれる散文のために)――」(書肆侃侃房ほか)など。『クイック・ジャパン』で「発光する、ら」、『文學界』で「無限水晶」連載中。

山内マリコ:1980年生まれ。2008年に「女による女のためのR-18文学賞」読者賞。2012年の『ここは退屈迎えに来て』が注目される(2018年に映画化)。『アズミハルコは行方不明』『あのこは貴族』が映画化された。近刊に『一心同体だった』『逃亡するガール』『結婚とわたし』など。『すばる』で「アンダーステア」連載中。日本文藝家協会常務理事。


目次



現代小説の「文体」について

笠井:こんにちは。私が笠井康平です。今日は『さみしがりな恋人たちの履歴と送信』の刊行記念として、町屋良平さんと山内マリコさんにお越しいただきました。

町屋・山内:よろしくお願いします。

笠井:この本の刊行記念という名目で、これまで4組の方にお話を伺ってきました。小説家の青木淳悟さん詩人の文月悠光さんSF作家の樋口恭介さんヴァーバル・アート・ユニット「TOLTA」の河野聡子さんと山田亮太さん。そして、本日が最終回です。

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ラストを締めくくるのは、この本の推薦文を書いてくださったおふたりです。

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せっかく現代文芸の最前線で活躍されるおふたりをお迎えしましたので、今回は(小説家が出演するYouTube動画で)よくある「純文学とは何ですか?」とか「小説家の私生活とは?」といったトピックではなく、小説を読み・書く技術と感覚に踏み込んだ話を伺えたらと思います。
シンプルに言えば、今日のテーマは「文体」です。

曖昧な言葉ですから、私から辞書的な意味をざっくりと話しますと、まず第一に、言葉の「ドレスコード」を指すことがあります。敬体(です・ます)か、常体(だ・である)か。文語か、口語か。小説家の丸谷才一が歴史的仮名遣いを使い続けたように、フォーマル/カジュアルの選択でもあります。

また、「スタイル」の使い分けも文体だと言われます。日記、書簡、対談、演説、論文、物語など、場面に応じて意識して/せずに使い分けられています。文体は「キャラクター」の形容でもありますね。「村上春樹っぽい」とか「太宰治っぽい」みたいに、有名作家の文章論や、AIによる模倣といった場面で使われます。

より文学部っぽい話をすると、時代ごとに流行った表現の「モード」を指すこともあります。もはや僕らには想像しづらいですけど、かつてはひらがなと漢字を混ぜて書くこと自体が新しい文体でした。20世紀初頭には「言文一致体」と呼ばれる新たな表現が模索されました。第二次世界大戦後には、「昭和軽薄体」――喋り言葉っぽさを狙った、特徴的な語尾の書き方なども生まれました。

書き手(個人)の文体という言い方もします。書き手の身体性を、「私らしさ(自分らしさ)」をどう作り上げるか。そして、それを「どう見られたいか」。サイコグラフィック(心理的)なアイデンティティも、文体という言葉で語られます。……と、このままいくと込み入った話になりすぎるので、今日はおふたりに共通する質問を投げかけて、現代小説の「文体」についてお話を伺います。


「小説の死後」をめぐる論争

笠井:本題へ入る前に、山内さんは町屋さんをご存知でしたか。

山内:初めてお会いしたのは、安堂ホセさんが『DTOPIA』で芥川賞を受賞された際に、授賞式の後に版元主催の二次会へ連れていってもらったときですね。著作は文芸誌でよくお見かけしていて、すごく働いている方だなと思っていました。ちょうど私が『マリリン・トールド・ミー』を『文藝』に連載していたとき、『生きる演技』が一挙掲載されて(編注:『文藝』2023年秋号)。それが衝撃的だったのを覚えています。今回の対談がきっかけで、芥川賞を受賞された『1R1分34秒』をはじめ、過去作もさかのぼって読ませていただきました。

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町屋:ありがとうございます。私も山内さんのことは、すごく活躍されている方だと思いつつ、ちゃんと追いかけられていなかったんですよ。今回こういうきっかけをいただいたから、網羅的に読もうと思っていたんですけど、その途中で論争が起きてしまって――私が書いた批評に対して批判が寄せられたんです。それで読書が「切断」されて。

山内:そんなことがあったんですか。悔しいな、全然追えてなかった。

町屋:でも、かつての(文芸誌で公表される)ような論争ではなくて、X(Twitter)とnoteの狭いところで議論していたんです。だから(山内さんがご存知ないのは)むしろありがたいくらいで。論争中は自分の底意地の悪さに向き合う作業だったので、論争相手のこともあまり関係なく自分というものがよく分からなくなるような精神状態だったんです。だんだん相手が素敵に思えてくるぐらい。山内さんの(著作の)印象も、「切断」以前/以後で変わりました。

山内:1回お時間いただいて、(経緯を)追いかけてもいいですか?(笑)

笠井:少し補足しますと――

山内:ぜひお願いします。

笠井:町屋さんは昨年秋から、書誌侃侃房を起点に「小説の死後――(にも書かれる散文のために)」という批評プロジェクトを始められました。ざっくり2000~2015年代の小説批評です。その当時新しいことを試みていた作家たちを再評価することで、いま、文芸誌で書かれる小説のあり方について論じ直す企画です。それに対してある方が強めの言葉を投げかけて、論争が終わったのが先月のことですね。

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山内:私もXはけっこう見ているつもりなんですけど、全然気づかなかった。

町屋:いまの論争って、自ら覗きに行かなくてはならないものになりましたからね。

山内:何人ぐらいで論争していたんですか。

町屋:主だった批判はおふたりからいただいて、1回目が批評家の矢野利裕さん。2回目が小説家の金子薫さんでした。ちょうど2回目の論争がつい先日あったので、その返答を考えるために資料を集めたりしていて、今日の対談に向けた読書が中断されたという。それだけの話なんです。

笠井:とはいえ僕は、小さいけれど重たい主題を扱った、大事な論争だと受け止めていました。小説を書くときに「何を/どのように書くか」という論点には長い議論がありますけど、文芸書のコミュニティが陰に陽に要請する「何を書くか(主題論)」や「なぜそのように書いたのか(効用論)」といった問いに対して、町屋さんは書き手としてどう応答できるのか模索されていて、その姿勢に励まされていました。


その日に書き切る、なるべく忘れる

笠井:ただ、「小説の死後」をめぐって起きた議論では、主として小説の構造と展開が問題にされていたように思うんですね。文体はあまり争点にならなかったような気がする。

町屋:そうかもしれません。

笠井:ごく大まかには、時代とともに移り変わる「スタイル」と、言葉と身体の「結びつき」――両極の「文体」論がありうると思います。まずは後者のお話を伺えたら。きっかけ質問は、シンプルです。町屋さんは、「どのように小説を書いていますか」と聞かれたら、何て答えていますか?

町屋:最近気に入っている答えは、「書いたものを忘れる」ですね。一度書いたことは、どうしてもその後ずるずると考えたくなっちゃうんですけど、(書きつつあるものの)先が見えないところまで書き切って、意識的に忘却するようにしています。

ひとは睡眠を挟むと、ある種「別の身体」になると言うじゃないですか。しっかり睡眠がとれて、身体の調子が良い――いわば(身体として)「更新」された状態になると、忘れたはずの、それまでに書いたものが「塊」として一挙に思い出せるような感覚になるんです。睡眠によって身体が整理され、変容されているとポジティブに捉えていて、決まってそうなるような生活をしています。

それまでに書いたものを身体が「塊」で思い出せると、「次に何が起きるか(物語の展開)」も同時に思い浮かぶようになる。その状態の召喚に100%集中する。そのためになるべく「書き残さない」ように気をつけていますね。

逆のことをおっしゃる方もいます。たとえば川上弘美さんは、「あともう少し書ける」ところでやめるというコツをエッセイにお書きになっていた気がします。翌日に材料があるところから始められる、書き続けやすい方法です。私もエンタメ小説をエンタメ小説として書くことがあるんですけど、その際は川上さんのような方法を取ります。

モチベーション(動機づけ)にはこちらがいいんですが、そうすると、いまの私の方法で得られるジャンプアップ(更新)の感覚は弱くなる。いわゆる文学と呼ばれるものを書くときは、翌日に書き残さないで、ジャンプアップしたものだけを取っています。この方法が結果的に自分の考える「文体」というものと重なるのかなと思いますね。

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どの機種で書いてますか?

笠井:この状態なら「小説が書ける」という「身体(文体)」のコンディショニングに気を使われていて、睡眠が「切断」にもなっている。

町屋:そうですね。だから(睡眠時間は)ある程度の長さが必要になります。

山内:「たくさん寝ないとダメ」ですか。

町屋:端的に、睡眠に失敗すると、もう新しいところは書かないようにしていますね。

笠井:「その日に書き切る」ときは、小説の中身的にはどこで終えるんですか。

町屋:その日に思いついた展開までは書いちゃいますね。最大でも1日で5000字から7000字までしか思いつかないんですが。

山内:400字詰め原稿用紙でいうと――?

笠井:12枚から18枚くらいですか。

山内:けっこう(分量を)書きますね。

町屋:すっごく書くときはそれぐらいです。いつもはおおむね2000字ぐらいをベースに、スマホで書いています。

山内:昔どこかで、「純文(学)の人は1日5枚が限界で、エンタメは10枚書かなきゃ仕事になんない」と聞いた記憶があって――ちなみにいま、スマホで書いてるっておっしゃいました?

町屋:はい。

山内:すごい! 何のアプリですか。

町屋:あ、ごく普通の――

山内:なんか、私が驚いたら(カメラの向こうにいる笠井さんが)くすくす笑いしてる。

笠井:山内さんは何で書かれていますか?

山内:パソコンだよ! そりゃパソコンだよ。(町屋さんのスマホ画面をみて)え、何これ?

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町屋:普通のメモアプリです。買い物メモなんか書くような。10万字まではスルスル動くんです。10万字超えると(動作が)詰まるので、次のメモを作成してます。

山内:入力方法はフリックですか?

町屋:キーボードで、ローマ字入力です。記号とかも、傍点の場合は「*傍点」みたいに書いておいて、Wordに変換するときにアスタリスクで検索して、一括で点をつける。

山内:機種は何ですか。

町屋:Galaxyですね。韓国製スマホでして――

山内:画面の動きはiPhoneより全然なめらかな気がする。

町屋:ああ、それはそうかも。

山内:いきなり話がそれちゃうんですけど(笑)、日本人はブランド志向だからApple製品が大好きだけど、実はSamsungやGoogleの方が高性能で、カメラもいいって聞いたんです。

笠井:世界の市場シェアに比べると、日本はiPhoneが異様に売れた国なんですよ。Appleも日本市場を大事にしていて(話者注:直近10年は60~80%台の市場シェアでした)。

山内:だからこの間、ティム・クックが来たんだ、銀座に。

町屋:お互いにWin-Winの関係。

笠井:山内さんはMacですか。

山内:Macです。なんか恥ずかしいぞ、逆に。

町屋:こんなに世間はAppleなのに(笑)。


添削が文体に与える影響とは

町屋:長編小説を書いているときって、物語の後半はどうしても分かっちゃうじゃないですか、次に何が起きるか。

笠井:自分が何を書こうとしているかも、物語や登場人物がどっちに行こうとしているかも――

町屋:分かっちゃうと、かなり根を詰めて書かなきゃいけない羽目になる。円城塔さんがnoteで「この文字数ならこれくらいの内容が書ける」という分量感覚を書かれていたように、普段は2000字しか書かない人間からすると、5000字とか書くと翌日使い物にならなくなっちゃう。だから1日2000字ぐらいで刻むのが一番いいんですけど、次の展開が分かると、翌日にもう書き残せなくなっちゃいましたね。

山内:ちなみに『生きる演技』のときは、どのぐらい先まで見越して書いていたんですか。

町屋:かなり先(の展開)なら分かってもいいんですけど、直近のことが分かるとまずいんで、なるべくそのとき書いたことまでしか分からないようにしていました。でも、『生きる演技』くらい長いと(物語の)終盤は精神的にきつくなる。(次の展開が)分かっているけど、(その日の執筆を)やめなきゃいけないときもありました。

山内:一挙掲載じゃないですか。どのくらいの期間で書いたんですか。

町屋:2〜3年は作業していたと思います。でも、断続的です。編集さんと改稿のやり取りを密にしていたのと、長編をいくつか並行していたのと、途中で断念しようかと悩んでいたこともあって。

山内:「文藝春秋+」のエッセイで、編集さんから鉛筆(編注:添削・感想・提案などの総称。赤入れともいう)がすごく入ったと書かれていましたよね。

町屋:すごかったですね。

山内:じつは私、鉛筆をそんなに入れてもらったことがなくて。唯一、めっちゃ鉛筆が入って、その精度も高いと思ったのが「群像」でした。それはもう、原稿の隙間を埋めるほどの勢いで鉛筆が入って。

私がデビューした賞はエンタメ系なんだけど、作風はザ・エンタメではなかったから、純文(学)の媒体の方も興味を持ってくれて、「書けると思うから書いてみて」と依頼が来たんです。後々になって気づいたんですよ。あの鉛筆の入れ方は、文学賞にワンチャン引っかかる目があると思われていたのかもしれない、と。

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小説における鉛筆の文化史

町屋:それはいつ頃でしたか?

山内:2014〜15年ですね。

笠井:カフカの『変身』をオマージュした短編(「悪夢じゃなかった?」)のあたりでしたっけ。

山内:そうそう。講談社から出た『かわいい結婚』に、「群像」掲載作が収録されています。

町屋:山内さんは鉛筆を大量に入れられた前後で、何か感覚的に変わったことはありますか。

山内:そんなに変わっていないつもりだったんですけど、その依頼に応じて書いていたときが人生で一番忙しくて。もう、乾いた雑巾を絞りに絞るような状態で書いていたんです(苦笑)。町屋さんもそうだったと思うんですけど、デビュー後に原稿依頼がワーッて殺到すると、速攻で雑巾が乾くんですよね。

町屋:もう、枯れますよね。

山内:枯れ切った中で絞り出して、何とか書けたと思ったらめっちゃ鉛筆入れられて、「ハァ…」とため息をついた記憶があって。

『生きる演技』の鉛筆がすごかったのも、おそらく受賞が見込まれて、編集者がそのブラッシュアップに注力してくれたわけだから、素朴に羨ましい。私は後にも先にも、そんなに鉛筆が入ったことがないから。

町屋:僕は「鉛筆の文化史」を知りたいくらい、このテーマに関心があるんです。書き手も編集者も、初稿と完成稿を比べたら、十人が十人、鉛筆を入れたほうがいいと言うに決まってるわけですよ。

でも、(赤入れで)確実に何かはなくなったはずだし、何かが加わった。添削の良し悪しではなくて、鉛筆を入れることで何が・どう変わるのかは、誰かが考えたほうがいいんじゃないかと思うのです。


『火花』と『コンビニ人間』のあいだで

町屋:山内さんのご経験は2014年頃とおっしゃっていましたけど、2016年には村田沙耶香さんの『コンビニ人間』が発表されます。あの作品は文学としても、エンターテインメントとしても素晴らしかった。

山内:面白いですよね。

町屋:『コンビニ人間』の実際の創作過程は存じ上げないですが、実際あのクオリティのエンタメと文学の両方の達成を人間が(単独で)書くのは、非常にきついと思うのです。

山内:うんうん。

町屋:助力者が必要になります。もちろんこれまでも編集者は助力者であったんですけど、一方では「文学者が書いたものに手を入れてはいけない」という文化も部分的に少し、残っていたようです。

ところが『コンビニ人間』がエポックメイキングとなって、(純文学の書き手も)その水準を目指さなきゃいけなくなると、書き手一人でそれはできなくなった。

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僕はやっぱり2015年に「断絶」があったと思っているんです。『コンビニ人間』は2016年上半期の芥川賞でした(第155回)。2015年に芥川賞を受賞した『火花』は、それまでの日本文学のモードを多分に含んでいて。

笠井:『コンビニ人間』はフェーズを変えましたね。

山内:『火花』には(文学の)ゴリっとした感じが残っていて。『コンビニ人間』は、もちろん村田さんの良さが出ているけど、ストーリーのドライブ感があるんですよね。

町屋:そうなんです。それ以前のモードとの大きな違いとして、『コンビニ人間』はどこを読んでも面白くて、質感の凹凸があまりない。こんにちの日本文学ブームって、実はその2作(が象徴する「切断」)で固まったなと思う。

そして、それより前に(新しい表現の)型を作った人って、歴史に残らないんですよね。その後に型を引き継いで、発展させた人が残る。僕は文学にもそういうところがあると思っていて、最初に「書き方」を発明した人って残らないんですよ。

しかし批評というのは、最初の発明を「発明だ」と指摘しなきゃいけないんじゃないか。そういう気持ちがどうしてもあったんです。ただ、やっぱり時代のアーカイブを残すのは難しくて、苦労しています。

笠井:明治時代に言文一致運動があったときも、「最初だ」と見なされた作品(例:山田美妙「夏木立」)って、あまり評価されていないんですよね。教科書的な文学史では二葉亭四迷や夏目漱石に関心が偏って、パイオニアは埋もれがちです。


デジタル化する原稿と「赤入れ」の保存法

笠井:作家の直筆原稿も細々と研究されているんですけど、それは書き手自身が(時間が経って)読み手となって赤を入れたもので、まったき他者の赤入れではない。

最近、東京大学が「大江健三郎文庫」を開設しまして、自筆原稿をデータ化して保存しているのですけど、大半は孤独な作業の中で大江健三郎に何が起きていたかを研究する資料で、作家と編集者が共同作業として何をしていたかはほとんどブラックボックスです。何かできるといいのですが。

町屋:すごくもったいない気がしますね、現場で(ゲラのやり取りを)普通にやってると。

山内:町屋さんって、赤字が入ったゲラ、どのくらい保管してますか。そもそも保管してます?

町屋:私はスキャナーを導入していますね。

山内:私もスキャンして、それをPDFにして編集さんに送るんですけど、たとえば単行本の入稿ゲラみたいに、自分が直筆で書き入れた生原稿って、手元に残さないですよね。

町屋:残さないですね。不安すぎて、キンコーズでコピーを取ったりしていたんですけど、「届いた」と分かったら捨てていました。

山内:私も、生原稿は一切残してなくて、赤字もPDF化したデータになっちゃって。自分の原稿に自分で鬼のように赤字を入れた、手書きの生原稿は印刷所にお送りするから、手元に残らなくて。

昔の作家なら生原稿が残っていて、資料的価値があるじゃないですか。うちらはどうなんだろう。将来ね、我々のことを研究する後世の人がいなければ別にいいんだけども、毎回の入稿ゲラも「きれいに赤字入れしたんだけどな」と思いながら、捨てていて(苦笑)。

町屋:山内さんは、文献調査や取材を反映した小説が多いじゃないですか。赤字も他の人とは違う可能性があって、そういう意味でも貴重ですよね。

山内:その作家とこの作家は赤字を入れるポイントが全然違うなとか、調べたら面白いし、残しておいたら資料的価値もあるんだろうけど――全員に言えますね、手書きじゃない世代は。何も考えずにどんどん捨てている。でも、しょうがないのかな。断捨離の時代に生まれたから。

笠井:僕の本は、Googleドキュメントで書きまして……。

山内:もうすべてが新しいんですよ、笠井さんは。

笠井:版元の担当編集(というか、山本くん)とはコメント機能でやり取りをしながら原稿を直したので、履歴が残っているとすると、コメントなんですよね。円城塔さんをはじめ、GitHub(話者注:コンピュータ・プログラム共有サービス。テキストの変更履歴も自動保存できる)で管理する方が稀にいらっしゃいますけど、文芸の世界に普及したわけではなくて。

山内:うん、初めて聞きました。

笠井:アスリートでいうトレーニングの仕方や指導履歴、コーチとの面談記録みたいなデータが、作家は残りづらいのでしょうね。

山内:私は出身地が富山で、富山出身の作家はあまりいないから、地元の文学館の方から「ちゃんと残しておいてくださいね」とさらっと言われたんです。でも、ゲラってデカくて、重いじゃないですか。編集さんに「印刷所から引き上げてください」と伝えても忘れられたりするから、「ま、いっか」と思ったり。届いたゲラも結局捨てちゃったり。

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町屋:取ってらんないですよね。

山内:取ってらんない。

笠井:漫画の原画をどう残すかは議論されていますけど――

山内:最近はタブレットで描くようになったから。

笠井:そうなんです。手描き世代の原画は、アーカイブやミュージアムを設立して「残そう」とする動きが広がっていますけど、作業のほとんどがデジタルで完結した世代にとって、漫画の描線をめぐる「文体」論は難しくなる気がします。

複数のアシスタントが共同作業する現場で、彩色もデジタル化され、背景はもうAIで描こうと決めた方もいる。書き手の身体と言葉の関係って、そういう物理的な条件で変わっていくのでしょうね。


小説モードは、楽しい!

山内:作家同士でこういう情報共有する機会って、本当にないですね。

町屋:ないんですよね。

山内:執筆って時間取られちゃうから忙しくて、時間にケチになるんですよ。プライベートでゆっくりお茶することもあまりなくて。こうして仕事としてセッティングしてもらえたときに――

町屋:まとめて話して。

山内:ついでに仲良くなろう、と。(手元の資料を見つつ)せっかく進行台本をきれいに作ってくれたのにね(苦笑)。

笠井:ちなみに山内さんは、町屋さんがおっしゃった「小説モード」の感覚を作るのって、お忙しいなかでどうされていますか。

山内:長年悩んでいます。小説に集中したいんだけれど、たぶん私は小説だけでは食えなくて、他のいろんな依頼仕事に――単発のエッセイとか――わりと時間を取られています。それと並行して小説も書かなきゃいけなくて、1日の間で切り替えるときもあれば、それらを全部片付けて「締め切り前の追い込み!」みたいに数日取って、集中して仕上げるときもあります。

1ヶ月で新作原稿に使える日数は、正味1週間も取れなくて。そんな中でベストを尽くしています。

笠井:美術館のエッセイ(『山内マリコの美術館は一人で行く派展』)だとか、『地方女子たちの選択』のようにノンフィクションに近いものまで、多彩なジャンルの本を書かれていますけど、フィクションを書くときの感覚と、それらを書くときのちがいは?

山内:小説書いてるときの方が、うーん。「いい」ですね。「いま、いい」と思う。

笠井:ああ〜。

町屋:元気?

山内:元気で、楽しい。私、雑誌のカラーと注文に合わせて自分の中の引き出しを開けているときの、「プロとして仕事してる感」に酔いしれるのも好きなんですよ(笑)。

依頼仕事には場面ごとのニーズがあるわけじゃないですか。それに対する私は多面的な存在で、純然たる「私」というものって、あるようでない。いろんな扉をノックしたら、それぞれに開いて出てくるものがある。

だから「編集:そんな引き出しもあるんですか!?」「作家:あるんですよ(微笑み)」みたいに、難しい注文に応える伝統工芸の職人になった気分でやっていて。そういう意味では、小説は文章表現として「私」を全部出せる。蕩尽というか、己を使い果たせる。

笠井:全身を投げ込める?

山内:そうそう。


だけど小説は、異様に疲れる

山内:陸上競技でいうと、マラソンに近いですね。普段は短距離、ハードル走、三段跳び――といろんな競技をやるんだけど、小説は作家の全部を使い果たせるものというか。

小説以外の仕事も私は好きで、何でもなんぼでも書くんですけど、小説を書いているときが、己のポテンシャル(潜在能力)を一番使っている感じがある。

だからその分、疲れるは疲れるんですよね。エッセイは書いても消耗する感じがしないけど、小説は、書くと疲れる。

町屋:同じ文字数でも?

山内:同じ文字数でも。エッセイなら「うまく書けた」「ニーズに応えられた」「きれいに収まった」「いいオチがついた」みたいに、「上手く書けたか」の判定がわりと分かりやすいんだけど、小説はそれがわからない。自分でも「これで面白いのかな」と思うし、誰がどう読むのか分からない。それもまた「いい」んですよね。

町屋:「いい」ですよね。たしかに私も、小説以外の短い仕事――書評とか批評と比べると、やっぱり「小説をやる」となった時の方が、身体もつらいし。

山内:つらいよね。

町屋:疲れますよね。

山内:疲れるんです。

町屋:小説って、異様に疲れる。

山内:圧倒的に疲れる。

町屋:(僕らは)小説家になりたくて、なったわけじゃないですか。なのに「小説、疲れる」って言いづらかったけど――

山内:本当にそうなんですよ。

笠井:書き出すまでも疲れるし、書いているときも疲れるし、書き終えると、どっと。

山内:その割に、ライブの打ち上げみたいに「Yeah―!!」とかならないから。

町屋:そう!

山内:「……終わった。」みたいな(苦笑)。

町屋:虚無感がすごいですよね。

山内:達成感も薄くて。編集さんからも「書き上げましたね!」みたいな祝電が入るわけじゃなく、そこまでねぎらいもないし。

町屋:小説は(生産量が)「1日5枚」の世界じゃないですか。

山内:それで「マラソン」やるんですよね。

町屋:特に長編だと300枚とか400枚になるから、「何日やってんの、これ?」と思う。毎日毎日自分を更新して、「今日もまた俺はやった(革命を起こした)……!」みたいな気持ちなのに、周りには何の変化もない――

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山内:(精神的に)けっこう来るんですよね。

町屋:新人の頃はまだ分量も短いし、それこそ公募賞に応募するときも「終わった!」って感じがあるじゃないですか。でも小説家になると、この小説が終わってもまた次の小説を書くし、同じ日でも小説作業が終わっても小説じゃないものを書いたり。だから「毎日虚無なのだが?」とか思えてきて(苦笑)。

山内:アハハ(笑)。本当にそうなんですよ。

町屋:これは大きな課題だと僕は思いますね。みんなどう乗り越えているのか。

笠井:音楽ライブみたいに、スポットライトを浴びながら、拍手を背に去ることはできないから。

山内:でも町屋さんは、いくつも賞を受けているから、授賞式でちやほやされるじゃないですか。

町屋:それがじつは、乖離感がすごくて。いまもそうだけど、取材を受けているときは、だれか別の人が褒められている感じがすごくて。「この人は頑張ったが、いつもの私ではない」というか。社会的な別人格がいて、私の代わりに、その人がいいところだけ持っていく。

山内:その人だけがちやほやされている、と。

町屋:正直、普段の日常には還元されない。

山内:(日常は)ただただ、地味ですよね。

町屋:もちろん賞をいただけることは、(社会から)「書いてもいい」と言ってもらえている感じがするから、大変勇気づけられます。すごく、本当に。

山内:私なんか何の賞にも引っかかったことがないから、誰にも目をかけてもらえないまま、励まされもせず。虚無よ、すごい虚無。

町屋:励まされないのがつらいですよね。


書き手にも操りきれないフィクション

笠井:マラソンと違って、「42.195キロ走ったら終わり」じゃないですもんね。

町屋:走り終わったら、また走るんです。

山内:乳酸がたまらないようにその辺をトコトコ歩いて、そうしたら「次のレースが始まるから、こっちに並んで」と呼ばれて。

町屋:山内さんは、次に何を書くのかも、かなり先まで予定が入っているんじゃないですか。

山内:それで厄介なのが、『すばる』の新連載は、それこそコロナ禍前から取材を始めたのに、なかなか書く順番が回ってこなかった。それがようやく書けるから、ハッピーなはずじゃないですか。でも不思議なもので、いざその連載が始まったら、次に書くものにもう心が動かされていて。いつも途中地点で、次のマラソンのことを考え始めている。

町屋:分かります。いま僕も『文學界』で連載しながら、全然違う小説を書いているので。

山内:連載を書きながら、違うやつを?

町屋:連載はある程度のところまで作っておいたんですよ。それで「よし、これをブラッシュアップするぞ」となったときに、違う小説を書き始めちゃって、いまはそのことで頭がいっぱいで。こんなこと言っていいのか分からないですけど。

笠井:『チェンソーマン』の作者・藤本タツキさんが、中学生のころに頭の中で連載を7本くらい掛け持ちしていたと言いますね。

山内:すごっ。

笠井:脳内でやりくりしていたそうです。

山内:そのシミュレーションができていたから、いまも(並行するストーリーを)描き分けられるんだ。

笠井:小説家もそうですけど、フィクション作家って、形あるものを作る仕事とは違って、目の前の・ひとつのことに集中できないのでしょうね。社会的な肩書きと自分の感覚のずれもさることながら、「書いている自分」をどのフィクションの連なりに置くかって、自分ではコントロールしきれない気もする。


未経験の「結婚生活」を描く

笠井:町屋さんの『生活』には、「書」を書く人物や、文章を書き始めるイラストレーターのように、「生活を書く」という小説の中に、さらにいろいろな「書き手の生活」が出てきますよね。書きながら、どんなことを考えていましたか。

町屋:かなり長いものなので、その時々の関心に引っ張られていろんなことを考えていましたが、良くも悪くも「雑駁」になった感覚があります。

『生きる演技』は(編集の)鉛筆もしっかり入ったから、「まとまり」を作らなきゃという意識が途中から非常に強くなったんですけど、こちらは『生活』というタイトルなのもあって、なるべく「まとまらない」方向に行かないといけない感覚があった。

本作の大きな特徴として、語り手(かれ)は(著者の)自分からかなり遠い人物として書いたのです。外見や身体的な特徴は近いんですけど、マインドが違くて。何しろ僕の小説の中では、おそらく初めて、結婚してしまった。

つまりは自分が経験していないこと、考えてもいなかったことを語り手に考えさせなきゃいけない。そうなったときに、かれの人生にある程度まで寄り添って書くことにもなった。それで第二部の雑駁さ、複雑さが要請された感じがあります。

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笠井:清少納言『枕草子』っぽいというか、和文の文体――文を切らずに助詞・助動詞でつなぎながらセンテンスを長くして、段落として成立させる書き方を、わりと意識的になされていると思います。これは新しい試みなのでしょうか。この小説を書きながら獲得されていったのですか。

町屋:『生活』は意外と初期から――それこそ『1R1分34秒』を書く前から書き始めたもので、当初からこの書き方を採ろうと思っていたんです。この文体が「生活」という主題とマッチしていくんじゃないかと期待したところも大きい。ひとつの文体意識と言えると思いますね。

笠井:構文の雑駁さと、次にどこへ行くか分からなさが混ざって、ほどよく「疎」な感じがあって、風通しがいいなと思いました。

町屋:ありがとうございます。


登場人物が追体験するリアリティ

笠井:翻って山内さんは、新連載も取材から間が空いたとおっしゃっていましたけど、近作である『マリリン・トールド・ミー』も、いろいろな調査をして書かれていますよね。取材対象と書き手の距離をどう扱われているのでしょう。

たとえば『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』は、どのように書かれたんですか。存命の芸術家を歴史化しつつ、少女小説の型を崩さず、それでいて(歌詞の淡い本歌取りなど)ノンフィクションとしてのリアリティラインをさりげなく揺さぶる、超テクい書き方をしていますよね。

山内:これは、松任谷由実(ユーミン)さんに取材日を数日いただいて、1回4時間くらいを計3日、トータルで12時間ほどのインタビューを元にしています。

でも、何十年も前の、子供の頃の思い出を聞いているので、断片的にしか覚えていらっしゃらないこともあったんですね。たとえば、「一番小さい頃の記憶は何ですか」と聞いたら、「田舎の方に行って、ヤギのミルクを飲んだのよ。みんなヤギのミルクは臭いから嫌いって言うけど、私は飲めたの」とおっしゃって。

そこから、山形県の左沢(編注:同県西村山郡にあった町。荒井家の女中〈秀ちゃん〉の出身地)をリサーチして、ヤギミルクの味を調べたりして。母乳に近いんですって。

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『山びこ学校―山形県山元村中学校生徒の生活記録』のことも調べたかな。ユーミンから聞いたエッセンスを1とすると、基本的には文献をもとにその背景を書き込んで、物語が組み立てられるように9を用意していきました。

それで完成作をユーミンに読んでもらったら、「私の子供の頃って、こういうことだったのね」とおっしゃったんです。私、そのときちょっと怖くなって。ご本人がおっしゃった1をもとに、私が膨らませて10にまとめたら、ご自身の人生が腑に落ちてしまう。「小説って怖いな」と思った本でした。

笠井:あくまで「小説」なんだけど、被写体(モデル)である松任谷さんがお読みになって、書き手には知り得ない形で何かを追体験されて、何らかのリアリティを感じたと。

山内:人間の記憶って、たやすく書き換えられちゃうじゃないですか。もしかしたら私、書き換えたのかもしれないと思って。(政治の世界で)歴史の改竄が長らく問題になっていますけど、(被写体となった)ご本人ですら物語にさらわれてしまうことがあるとしたら、小説を書く者は、その技量・スキルをちゃんとコントロールしないと、悪用されかねないぞ、と。

町屋:本当にそうですね。

山内:小説って嘘なんだけども、私は良心的な嘘つきでありたいと思うんです。本質がどうあれ、実は真っ黒であれ、倫理観のある小説家でありたい。だから『マリリン・トールド・ミー』を書くときも、ラストをどうするかで悩みました。

ネタバレになっちゃうんですけど、私は主人公にできるだけ幸せな道に進んで欲しいから、彼女がワーキングホリデーでオーストラリアに行くと決めたとき、ワーホリ協会の人に現地事情を問い合わせました。「仕事がないという話も聞いたんですけど、本当ですか?」「こういう場合には、そういうことも起こりえます」と。

この小説を読んで「私もオーストラリアに行きたい」と思った子を騙すことにならないように、出来うる限りの確証というか、「大丈夫、この子はオーストラリアでも幸せになれる」と思えたことを書いています。


「面白さ/正しさ」の岐路に立つ

町屋:いまのお話ともつながると思うのですけど、僕が最近悩んでいるのは、小説って「情報」を加工したものじゃないですか、どんなものでも。そして小説家って、言い方は悪いが伝統的に「情報」を面白く捏造してきた人物なわけですよね。

山内:そうですよね。

町屋:だけど時代が経つにつれて、「情報」を面白くするか、正しくするかの「岐路」が書き手、読み手にも分かるようになってきた気がするんですよ。後者は「倫理」を選ぶ道ですよね。

「面白くする」を選んだ人は、これまでは何ら咎められなかったけど、これからどうなるかわからない。数年前から僕が小説の中でちょこちょこ書いてきたのは、そもそも「面白くする」ことが厳しくなっているということでした。『マリリン・トールド・ミー』は、面白くしてはいけない情報は、絶妙に面白くしてないんです。そこが勉強になって。

山内:ありがとうございます。

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町屋:だから『マリリン・トールド・ミー』の結末が『小説ユーミン』の経験ともつながるといういまのお話は、ちょっと感動的でした。これからの小説家には、時には「情報」をあえて面白くしないと選択すべきときが必ず来るんですよ。

そして、才能ある人ほどこれに苦労する。「情報」を面白くすることが当然の人にとって、その当然ができなくなるから。山内さんがおっしゃった技術は、しっかり継承しないといけないな、と私はいま思いました。

笠井:「いかにキャラクターを苦しめるか」で工夫したり、読者の期待を裏切るためにあり得ない事件・事故が起こったり。フィクションの面白さって、そのちょっとした「塩加減」で変わりますからね。

とにかく味が強い・パンチの効いた・やみつきになるフィクションをみんなが喜んで受け入れた時代は、それでよかったのでしょうけど。フィクションの――とりわけ小説の「外」の世界で、いまなお国家レベルでお互いが「嘘つきだ」と罵り合って、その陰で人が死に続けている。ただ楽しい嘘をつくわけにはいかなくなっていますね。

町屋:これからの小説家の役割がもしあるとするならば、「情報」というものはそっち(面白さ)の方にも行くし、こっち(正しさ)の方にも行くということを、読者に分かってもらえるようにすることも大事なんじゃないか。正味の話、そこまで余裕を持って勉強して、取材して、書けるかというと、それもまた難しいのですけど。

「情報」を面白く加工する技術にひと区切りをつけるとまでは言わないにせよ、「これからも技術開発は進めますが、別路線にも価値がありますよ」という両義性を伝えていくことが大事だし、(読者には)もう伝わり始めてるんじゃないかと思いますね。

笠井:山内さんはこれまでの作家活動の中で、たとえフィクションではあっても、きちんとしたエビデンス――書き手として納得できる根拠を丹念に集めて書かれています。リアリティラインをコントロールする際に、こだわっていること、決めていることはありますか。

山内:自分の中に「これ以上は嘘の度が過ぎるぞ」みたいなラインはありますね。いまでは危険なほどリアリティラインを下げられた時代も、かつてはあったじゃないですか。私もそういう小説をかっこいいと思って読んできたんですけど、いまの自分にフィットしない、しっくりこないリアリティは書かない。それだけかな。

笠井:小説なんて「せんぶ嘘」だと言われがちですけど、書き手ごとのリアリティラインが読み手と重なるところがあって、時代の流れの中で、求められるさじ加減が変わっていくんでしょうね。濃い嘘なのか、薄い嘘なのかという。


捨て犬時代におやつをくれた人

笠井:前半では町屋さんと山内さんが、どのように小説を書いているのかざっくりと伺いました。やや強引なまとめですが、時代の空気が変わるなかで、「小説をやる」という身体のモードをどう作るのか。フィクションの書き手として、いかなる倫理を大切にするか。これらの問いへの向き合い方が、現代小説の「文体」に対する感覚を変えつつあるのだろうと思います。ここからは、刊行記念に託けて、おふたりから私の本『さみしがりな恋人たちの履歴と送信』の感想を伺えたら。まずは山内さん、いかがですか。

山内:お先に私と笠井さんとの関係から話してもいいですか。ついこのあいだ、朝日新聞のウェブ媒体「Re:Ron」で書いたんですけど、私には新人賞を受賞してから単行本デビューするまで丸4年くらいの空白期間があって。担当の編集者さんとの相性が悪くて、全然相手をしてもらえなくて、話が前に進まなかったんです。

膠着状態のまま、見捨てられた犬みたいな日々を過ごしていたときに、この世で唯一私のことを見込んでくれた人物が、突然現れるんですよ。それが笠井さんだったんです。

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笠井:僕が大学4年のときでした。Amazon Kindleが上陸する前で、国産の電子書籍市場を作ろうという動きが高まって、オンライン文芸誌や電子書籍レーベルの立ち上げが流行っていた時期です。とある出版社にいた方が退職して、新設された編集部で働くことになったんです。

学生アルバイトだったんですけど、「若者なんだから何か〈新しいもの〉を考えろ」と言われて、R-18賞の小特集を組むことにし、そこでお声がけしたのが始まりですね。

山内:私はいまでも覚えてます。私たちって、何歳差でしたっけ。

笠井:僕は88年生まれで――

山内:8歳差って大きいじゃないですか。当時の私はもう30近くて、紀伊國屋書店の前で待ち合わせたのかな。「アラサーが大学生の男の子とサシで会っていいのだろうか。なんかごめんね、でもありがとう」みたいな気持ちだった記憶がある。なんだかやたらと私を買ってくれるから、捨て犬時代におやつをくれた人というか、「君だけだよ、そんなこと言ってくれるの」みたいに思って。あのときは本当にありがとう。

私がデビューしてからは立場が逆転して、大学卒業後の日々を遠くから見守っていたんですね。(笠井さんは)器用なのか不器用なのか分かんないみたいなところがあって、私の捨て犬時代よりも長い間、実力を出し切れない、苦しい時間が続いた。ようやく形になった本が「これだ!」って、自分のデビュー作が世に出たときの気持ちをちょっと思い出しました。ピカピカの大学生だった笠井さんが、30歳を過ぎてこの本を出して、感動しかない。

町屋:かなり古い付き合いだったんですね。

山内:この先どういう活動をしていくのか私は全く知らないんですけど、「芥川賞とってほしい!」と勝手に思っていて。「推してこ」って。

町屋:外からね。

山内:頼まれてもいないアドバイスとかしちゃって。「こういうの、書いたらどうだ」みたいに(笑)。

笠井:ちなみに、プロットはできました(笑)。

山内:さすが!

町屋:じゃあもう、先生と弟子のような関係だ。

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物語の「裏面」で書く人たち

山内:小説には(著者の)人柄と人生が、そのまま出る部分があるなと思っていて。この本は、器用なのか不器用なのかわからない小説なんですよ。でも、器用なだけの小説って惹かれないし、不器用なだけの小説は、読んでいてしんどい。その間の、すごくいいところを突いてくる。

小説を読むときに大事なことって、書き手のことを信頼できるか、コアの部分で愛情を持てるかだと思うんです。「上手くても嫌い」って、あるじゃないですか。

町屋:ありますね。

山内:なんか腹立つな、みたいな。この作品集には本人らしさが出ているし、いろんなものが詰まっているし、いろんな書き方を実験している。商業誌の編集者の、賞狙いの下心がありそうな鉛筆が入っていない、純度の高いものが詰まっていて、「こういうのがいい本なんだよ〜」と思う。新人賞を取ってあちこちから依頼が来たら少しずつなくなっていく、その前の状態が、こうして1冊に。しかも、この装丁見てよ。

町屋:めちゃくちゃかわいいですよね。

山内:すごく凝った、素敵な装丁で。こんなにいい本になったのなら、長らく世に出ずにいた甲斐があったなと思いました。町屋さんとの関係はどうだったんですか。

町屋:いぬのせなか座の山本さんや、いまはミステリーを書いている大滝瓶太さんとか、同時期に新人賞へ応募していた共通の知人がいて、交友関係が埋まっていった最後のラストピースみたいな感じでお目にかかりました。ある日、突然「いぬのせなか座に入ります」と発表されたのがファーストインパクトでした。長年、謎めいた人物でしたね。

山内:Xのアイコンも、ずっとこの子(ひつじのぬいぐるみ)ですからね。

町屋:小説はというと、この本の巻頭作「漢字が苦手なその子の宿泊と郵便」が、Twitter(X)のDMでいきなり送られてきたんですよ。

笠井:5~6人ぐらいの若い男たちのDMグループがありまして。

町屋:いや、そことも別のDMに間違って送られてきたんです。笠井さんは別の人に送るつもりだったのが、私がそのDMグループにいたことに気づいてなくて。感想を送ったら「間違って送った甲斐がありました」というお返事で、「間違って送ってたんだ」と思った(笑)。それと、私は青木淳悟さんの作品をずっと批評的に読み続けてきたんです。そんな折りに、青木さんと笠井さんがトークイベントをなさったんですね。

笠井:青山ブックセンター本店で開催された、刊行記念トークの初回でした。

町屋:そのときに青木さんは「同志がいた」とおっしゃったんですね。「なるほど!!!」と思いました。というのも、青木さんの書くものは「私の裏面だ」といつも思っていたんです。私が書かないことを青木さんは書く。そもそも青木さんって、他の小説家が書かないことを書くんです。明らかにストーリーテラーなのに、他の物語作家が書かないことを書くから、ストーリーテラーだと思われない。そこに独特の面白さがある。

この本を読んだとき、笠井さんも「私の裏面」にいるなと思いました。書き始める前に膨大な情報があると伝わってくるじゃないですか。その入念な準備をものすごい倫理観で取捨選択して、普通の小説家が飛びつくことに全く飛びつかずに、「そっちを書くのですか?」と驚くことの連続。

『小説ユーミン』の話にも少しつながるんですけど、私は子供の頃から何でも物語にして生きてきた、「物語に呪われし者」みたいなタイプなんです。青木さんや笠井さんって、その真逆なのかなと思う。
もちろん、近いところもあるんですよ。実は、キラキラやときめきもすごく含まれた本ですし。そこがね、「俺には不可知だ……」と感じるというか、そういう小説が好きなんです、私は。自分のような技術で書かれた小説への同族嫌悪みたいなものがあって、その裏面のような人の書く小説がずっと好きで。とりとめない感想なのですけど。

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商業出版とインディーズのいいとこ取り

山内:巻頭作の「漢字が苦手なその子の宿泊と郵便」は、私が笠井さんにオファーされて書いた「昔の話を聞かせてよ」(『さみしくなったら名前を呼んで』所収)からインスパイアされた小説だと聞いて、感慨深く読みました。

この小説って、演劇でいえば舞台美術を一切置かない、テーブルと椅子が1個だけあって、そこで明治生まれの人たちが出てきてお芝居が始まるというか。緻密な知識の裏打ちがあった上で、時代背景はあまり書き込まずに、余分なものはすべて削ぎ落としてある。すごくミニマムで、明治時代を描いているのに、その時代の匂いをさせない、不思議な感覚です。それでいて少女小説のいいところ、キュンとなるところも押さえていて。

町屋:私は今回再読して、「オキナワ医療観光公社」が印象に残りました。本文に「2058年9月16日の沖縄」とあるので、いわゆるSFですよね。このリアリティの手触りはうらやましいと思いました。迷子さんの漫画『プリンタニア・ニッポン』を初めて読んだときのような。

生体プリンターから出力された「プリンタニア」という生き物と暮らすSF漫画です。その感覚は小説だとしばらく難しいだろうと思っていたんですけど、本作には近い感覚がしっかり書き込まれている。

山内:不思議な感覚ですよね。

笠井:この作品は「Anon Medical Sci-Fi Competition」に匿名で応募したもので――

町屋:えっ、匿名……?

笠井:入選したあともずっと黙っていたのです。

町屋:そうだったんですね(笑)。

笠井:読者からは賛否両論あって、「設定しかない」という方も「超リアルだ」という方もいて。

山内:私も1回ゲラで読ませてもらったときに、全然わかんないやつがあったと率直に伝えて(編注:「よものよのもの」でした)。そうしたら、自作解題を書いてくれて。あと、猪瀬直樹が出てくる話も。

笠井:「じゃないけど、似たもの」ですね。

山内:これもよかったです、面白かった。書き出しに「2013年7月13日土曜日よる7時からTBS系列局で放送された番組「ジョブチューン あの職業のヒミツぶっちゃけます!」のなかで、猪瀬直樹と橋田壽賀子が同じ画面に映って嚙み合わない談笑を交わす場面が数分ほど地上波で流れた。」とあって、絶対リアルタイムでテレビ観てたんだろうなと思った(笑)。

笠井:観てました(笑)。

山内:(視聴者に向けて)こういう小説っていま、一般の出版社さんから出せますか? いろんな形式のものが入っているじゃないですか。私の本だと、男性を主人公に書いた『選んだ孤独はよい孤独』という作品集では長いものから短いものまでばらばらに収録しました。でも(『さびしがりな恋人たちの履歴と送信』には)それ以上の遊びがあって。詩もあれば、ふつうの短編小説もあれば、すごく変わった形式のものもある。これを出せる商業出版社があるかというと、良くも悪くも書き換えられちゃう、下手するとスポイルされちゃう。

いま、文学フリマが力を持ってきて、インディー・マーケットも広がって、商業出版との境界が曖昧になっているじゃないですか。純文学の部数と文フリで売れる本の部数がどんどん近づく中で、この本は文フリの最高峰と商業出版社のクオリティの真ん中にあって、本当にいいとこ取りというか。

店頭で見たら大手出版社とも遜色ないし、違いはわからないじゃないですか。それで手に取って、よく見たら「不思議な・かわいい出版社名だ」「何これ、素敵」と思える。若い頃に文学にぼんやりと憧れていたときの「何だかわからないけど、すごいもの」が広がっていると予感させる。そういうものって、もう一般書では出せないんですかね。

町屋:たしかに、体験の質は大きく変わったかもしれないですね。我々ぐらいの年代からすると、懐かしさも感じるところがある。

山内:「昔、こういうのに憧れたわ」みたいな。

町屋:まさに憧れたものですよね。

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文学からも、エンタメからも自由な

山内:最初に純文系の雑誌からお声がかかったときに、「純文学って何ですか」って率直に聞いたら、「何でもありなんですよ〜」って言われたんです。「エンタメに乗らない、エンタメっぽくないものは本当に何でもOKなんで、全然気にせずに、伸び伸び好きなの書いてください」って。

それで書いたら、そのわりにめっちゃ鉛筆入れるから「聞いた話とちがうぞ」と思った(苦笑)。(編集部が)私をどうしたかったのかは具体的に聞いてないけど、何らかの思惑を感じるというか、知らないところに巻き込まれている感じもして。部数じゃなくて、賞を意識していたのかな。

町屋:きっとそうでしょうね。

山内:編集者さんがどこまで具体的に「この賞を狙いましょう」と言うのかはわからないけど、純文学の世界には文学賞がいっぱいあって、受賞のために(作品の)形が変えられることも多かれ少なかれあると感じる中で、笠井さんの本はすごく自由度が高い。「文学って、こういうことだったはずなんだけどな」と思えて来て、「いいなぁ」という感想しかない。

町屋:たしかにな。純文学とエンタメの編集方針が混ざってきた結果、どちらも自由度が少なくなっているのかもしれない。エンタメはエンタメで難しいと聞くんですよ。いろんな商業圏からの参入が際限なく来て、それこそ本屋大賞という大きな賞がある一方で、昔ながらの直木賞も、当然セールスという目標もあって、書き手は「どこを目指せばいいのか」と。

文学は文学で、日本文学には短編の良さを大事に「せざるを得なかった」歴史があったところへ、いろんなエンターテインメントからの技術流入が無自覚に行われた結果、たとえば同じ枚数の文学賞の候補作でも、長編的な構造がはっきりある小説と、そうでない小説とが混在している。それらを「どう競わせればいいのか」と。

文芸批評も読まれなくなったから、実はみんな「何となく」その場で処理しているのではないかという問題意識はあります。エンタメとは何かも、文学とは何かも、もう誰も分かっていないのかもしれない。そんな中で、強い意志を持った創作物は、この本のような形になっていくのかなあ。

山内:風通しはいいんだけど、手触りは悪いというか。ゴツゴツしているんだけど、それは大事なコアの部分。それを整形しすぎずに、剥き出しに出来ている。しかもそれが、「本」の形になったことが重要ですね。

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作家が生の認識に向き合える時間

笠井:10年ぐらいかけて書き継いだので、この目次を作った時点で読み返すと、昔の自分は「下手だな」と思うところも(苦笑)。

山内:でも、あえて削りすぎずに残してる。

笠井:なんなら、わざと下手になるように直したりもして。

山内:えっ、聞きました?(笑)

町屋:そうなんだ。

山内:いまはそういうことが、許されなくなって来ていませんか。

町屋:どうなんだろう。率直に言うと、「新人賞の受賞作のほうが面白いな」という感覚はありますね。

山内:新人賞が一番、かぶいてるみたいな?

町屋:かぶいてて、均質化されていないから、いいところも悪いところも両方残っていて。その作家の生の認識が見られる。(文芸書の)出版文化的に、昔は2作目、3作目がそういう場だったんですよ。むしろデビュー作よりも、作家の独創性が発揮される。だけどいまの新人は、2作目から商業的にほぼ完成されたもので出てくる。

山内:すごくソフィスティケートされて。

町屋:これは「小説の死後――(にも書かれる散文のために)」にも書いた問題提起なんですけど、書き手が2作目、3作目で、自分自身の生の認識や独創性に向き合う経験をしないと、その後いろんな意味で苦しいんじゃないかと思うのです。でも、当時はもっと作家の評価はゆっくりだったから、そういう初期作品って、評価されていないんですよ。鹿島田真希さんや荻世いをらさん、滝口悠生さんなども、2作目とか3作目の批評的な評価は芳しくなかった。でも、たとえば滝口さんは、あの2作目と3作目がなかったらまた違ったんじゃないか。鹿島田さんの2作目は、いまの文芸誌に載るイメージが正直もうないが、しかしねぇ……とか。いろいろ考えちゃいました。それと、いまの若い人は、とにかく小説が上手くなっています。

笠井:まだ世に出ていない、僕より上手い人も同世代にたくさんいまして。

山内:へぇ〜。

笠井:怖い話なのか、いい話なのかわからないですけど。

町屋:本当は怖い小説業界――。


文芸書棚の外で育つ、別の生態系

山内:私が初期の頃からちらほらしている話で、書きたい人はたくさんいるけど、読みたい人はそこまで増えていないという問題もあります。小説が好きで、書く人、読む人のパイ自体を増やさないといけないんじゃないかという議論はあったものの、「ライトノベルを読んでいた人が、一般文芸も読む」みたいな動きは、そんなには起こらなかったのかな。

笠井:ライトノベルはライトノベルで歴史を持ちましたからね。ライトノベル史の中で入門、スタンダード、ハードコアがある。ウェブ小説や「インフルエンサー文芸」と呼ばれるジャンルも、そちらはそちらで独自の生態系を作ろうとしている感じがします。

山内:インフルエンサー文芸って、何ですか?

笠井:大手書店チェーンの店頭に行くと、文芸書棚とは別の、エッセイ棚などに並んでいる本です。チャンネル登録者数の多いYouTuberやフォロワーの多いインスタグラマーが、名言集やフォトエッセイ、詩集を刊行するようになって、ひとつの棚を占めるまでに至ったんです。もっとも、(かつてのサブカルエッセイや芸人小説のように)書き手が独立した1冊の物語を作るわけではなくて。

山内:あれを「インフルエンサー文芸」と言うのか(笑)

町屋:本を出すYouTuberは増えていますよね。(視聴者の)パイが大きいから、売れそうですし。その動きが棚一本になるほど広がった。

笠井:文学とエンタ―テインメントの混在が文芸書棚で起きる一方で、お隣では第三勢力が育っている。

山内:そりゃそうですよね。(かつてのサブカルエッセイや芸人小説のような)トレンドは刻々と変わる。本を出せば売れそうな人に飛びつくのも、出版社の大事な仕事。

笠井:この作品集を長らく書き継いでるときにも、その系譜がなんとなく頭にありまして。僕はケータイ小説がめちゃめちゃ売れた時期に学生だったんですよ。

ろくに本を読んだことがない子でも、ケータイ小説だけは「泣ける」と読んでいた。だけど大人になったその子たちが小説を読み続けたわけではなくて、僕が好きだった書き手たちも2作目、3作目で書くのをやめてしまって。

「日本語の文芸」という最も広いくくりで見ると、あの時代にありえたはずの新しいものが、盛り上がりきれずに、あだ花みたいになった感じはある。そういう、まだ本になっていない、下手をすると文章にさえなっていないものを、ひたすら落穂拾いし続けた10年だったなぁと。

山内:っていう話を聞くと、笠井さんの小説への解像度が爆増しますよね。だから自作解題があって本当によかった。こういう背景があって、こういうアプローチで書きました、みたいな記述があるだけでも、腹落ちする。自作解題のあともう一度読むと、景色が変わります。


他人の「文体」を受け入れがたい

笠井:今日は「文体」の話から出発しましたが、文学にせよエンタ―テインメントにせよ、ともすれば出版社・雑誌ごとに暗黙の「文体」がある中で、みなさんがそれぞれに切磋琢磨して、喜んだり悩んだりされている。その営みと、日々の暮らしの言葉がどういう関係にあるのだろうと最近は考えています。

川端康成が1931年(昭和6年)の文芸時評で、「私が物心ついた、自然主義文学の頃から後を見ても、その時々の主要な作家は、明らかに世間一般の文体を指導してきた。」と書いています。プロフェッショナルの文体を一般社会へ広げることが、作家の社会的役割だと自認していたような書きぶりです。

川端は「今日の世情にふさわしい文体、また明日の文体を生む文体は、芸術派の文壇にはまずないと断定して差支えないようだ」とまで書いています。文体の普及が起きなくなっているのではないかと、100年前にすでに言っている。

史実をめぐって迂闊なことは言えないんですけど、いまの私たちがフィクションライターとして書くものは、世の中にどう広がっていくのか。この問いは、山内さんが意識されてきたリアリティラインの問題や、町屋さんが話された「情報」を面白く/正しく扱う態度にもつながるかと思います。おふたりはご自身の文体と、世の中の言葉との関係について、どんなことを考えていますか。

町屋:私はちょっと独自の「文体」概念を展開しているので、それに関しては批評の方を読んでもらうとして。「書く」方の文体について考えると、「文体」が特権的に語られるときって、えてしてその固有性が問われていますよね。文学・小説の市場の衰退を考えると、最近は(個性的な)「文体」というものの(社会的な)需要が、そもそも減っているのではないかと思い始めています。

というのも、プロの書き手や読み手、一般の読者さんの声を聞いていると、自分が感情移入できる属性の書き手の文体になら入れるけど、自分にはわからない、遠い立場の人の文体には入れないという感想をたまに観測するんですよ。たとえば、年森瑛さんの『N/A』を「自分とは環境が遠い人だからうまく読めなかった」と公言する方がプロの中にもいたり。私が書くものに限らず、若い男性の内声的な文体が、まあ男性には限らないですが「ポエミーで受け付けない」と言われることも歴史的によくあります。自虐ではなしに。

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私は(小説を読むときに)異なる人の内的な固有性をやっぱり感じたいし、なるべく尊重したい気持ちはあるけれど、そこにジェンダーや年齢の垣根を感じることも正直ある。(現代小説の文体志向は)難しい状況に置かれていると思います。いま、悩みは深いです。

笠井:ちょっと劣勢にある気がしますね。

町屋:(オルタナティブな書き方を)文体として受け入れることが、難しくなっているんじゃないか。「受け入れられる文体/受け入れられない文体」という感覚が主流になると、もはやそれは文体と呼んでいいのだろうか、とも思う。

笠井:「和食が好き、中華は嫌い」くらいのレベルですもんね、そこまで行くと。

町屋:さらには「たまには中華も食べよう」みたいな発想が、なくなって行くんじゃないか。

山内:「声が嫌い」と言われてしまうと、その話はそれでおしまい、みたいなことかな。

町屋:声なら「好みがあるよね」とも思えるんですけど、書き手/読み手の属性による分断があるかも、と思っちゃうときがありますね。


私のOSをアップデートする

笠井:山内さんはいかがですか。

山内:私は、どんどん世の中に迎合しているかもしれない(苦笑)。細かく読み比べてはいないんですけど、10年前に書いた小説といまの小説は、やっぱり変わっています。若い年齢のキャラクターを描くならなおのこと、いまの子たちの喋り方を取材したり、SNSで言葉の変化を観察して。「〜まである」って何? みたいに。

とくにこの2冊(『マリリン・トールド・ミー』と『逃亡するガール』)は、大学生と高校生を描いているんです。40代のおばさんからすると、これはけっこうな挑戦で。私はデビューが30過ぎで、その直後くらいから、日に日に「若者成分」が抜けていくと感じていたんです。それでも、20代の小説家はほとんどいないじゃないですか。30代で「若手作家」だと思われながら書いてきて、40代になったときに、若い人の感覚が完全に分からなくなった。周りも中年だらけだし。

だから一回あえて若い子の声を入れて、考え方を刷新したいなと思って。それで頑張ったのが、この2冊でした。文体への意識は昔から変わらないんだけれども、いまの子のリアルな感じ、生の声(ボイス)は、その都度取り入れています。小説を書き始めたときのような、純粋な格闘みたいなものは、最近はそんなにしてなくて。町屋さんは、そこをめちゃめちゃ深く掘り下げているじゃないですか。

町屋:いまのお話を聞いて思ったのは、一度定着しちゃったら、それは文体の構築ではなくなって――

山内:OSができました、みたいな?

町屋:まさに町田康さんが「群像」新人文学賞の選評で、文体をOSに喩えられていました。(新しい文体が)作品として成立したら、殊更に新しい何かを意識することはなくなるから、「楽っちゃ楽」ですよね。

山内:デビュー作を書くという最も大きな山を登っているときが、「文体とは?」と一番考えていて、「自分の文体を作るってどういうこと?」という悩みも深かった。デビュー作でOSをメジャーアップデートしたんです。その後はマイナーチェンジだったんだけども、10年近く経って「このままだと老ける一方だ、文体も錆びていく」と思うようになって、1回大きくアップデートしようと。だから「自分が若者だった頃」じゃなくて、「現代の若者」を描きたかった。


生まれつき翻訳、ではないけれど

山内:ふり返ると、デビュー作を4年くらいかけてちびちび書き続けていたときは、文体にすごく悩んでいました。さっき町屋さんが、同族嫌悪っておっしゃったじゃないですか。その頃は私も、同時代の日本語作家の小説を受け付けなかったんですよ。「キィ〜」って思っちゃって。

好きな作家は読めるんだけど、年代が近かったりすると、嫉妬もあって素直に読めない。自分が自意識過剰だったから、文章から感じる(書き手の)自我に耐えられなくて。

海外文学の方がまだ読めた。日本語で書かれた、生きている時代も自分に近い人の文章は、なんだか「硬水」みたいで、飲みにくい。翻訳された文章は、「軟水」みたいにいくらでも入ってきた。さっき、休憩時間に話していたんですけど――

笠井:レベッカ・L・ウォルコウィッツが「Born Translated(生まれつき翻訳)」という概念を主張しています。村上春樹やカズオ・イシグロのように、自国語では書くけれど、世界文学の文体を執筆の段階から備えているから、各国で読まれやすい作家が現れているんだ、と。

山内:私はそこまで意識していたわけじゃないし、日本語で書いてはいるものの、自我の嫌なえぐみというか、文章から出てくる灰汁みたいなものを、メッシュの細かいお玉できれいに取って、透き通ったコンソメスープにしようと、ものすごく格闘していたんです。結果、自分の文体がどうなったのかは、逆に自分では意識できていないというか、意識しすぎると分かんなくなっちゃいそうで、あまり考えないようにしています。

笠井:『マリリン・トールド・ミー』は、若者の言葉遣いやネットスラングを取り入れるだけじゃなくて、登場人物の価値観や関わり方も――

山内:そう、アップデートしました。若い人たちの心性――心のあり方は、40過ぎちゃうと本当に分かんなくなっちゃうもんだなと実感して。たくさん取材したわけじゃないんですけど、「いまの子たちのことを知りたいな」という気持ちで書きました。


小説の文体はこれからどうなるか

笠井:おふたりとも、文体(スタイル)がしっかりできたら、あとはもう書き続けられるようになったとおっしゃっていましたね。ところで僕は、山内さんの『きもの再入門』をかなり変な読み方をしていて。

山内:私がアラサーの頃に趣味できものにどハマりして、40過ぎてからもう一度きものをちゃんと着てみたいと思った経緯を書いたエッセイです。

笠井:僕が文学史オタクなせいなんですけど、ファッショントレンドのアップダウンと、日本文学の盛衰史は、いくらか重ねられる気がしていて。たとえば、僕らは明治以降の作家ならまだ読めるけど、さすがに江戸時代の作家――滝沢馬琴や十返舎一九は、もはや外国語みたいで読めない。

山内:文語は私も苦手なんですよね。眠くなりませんか?(笑)

町屋:時間かかりますよね(笑)。

笠井:30年周期とか50年周期とかいろんな説がありますけど、時代ごとの文体には耐用年数があると思うのです。きもの文化も、少なくとも21世紀が全盛期ではないじゃないですか。その文化を支える人たちは、いろいろな思いを抱えながら「現在」と付き合っている。その姿が、すでに「終わった」とされる近代日本文学の、その「終わり」の風景と、何だか重なって読めて。

山内:すごい読み方。

笠井:またもや剛速球の質問になっちゃうんですけど、2025年は21世紀前半の折り返し点です。おふたりが2000年からこれまでを振り返ったとき、現代小説の文体は、将来どうなっていくと思いますか。

町屋:ちなみに『きもの再入門』と『地方女子たちの選択』は、同時進行で書かれたんですか。

山内:ちょっとずれてますね。

町屋:でも、連続性を感じなくもないのです。ある時代の、社会を記録するということの。『地方女子たちの選択』を書くときは、「やらねばならぬ」という意気込みがありましたか。

山内:もういろんな事情があって、「やらねばならぬ」だったんです。版元の桂書房さんは、富山県の地方出版社です。その社長さんが私と上野千鶴子さん(社会学者、フェミニスト)の講演会を聞きに来て、「おふたりの本を作りたい」とおっしゃってくれて。

しかも社内の代替わりのタイミングで、「20代の女性編集者に任せたい」と相談されました。新人編集さんに「仕事は楽しい」と思ってもらいたかったし、出版社にとっても盤石なコンテンツを持つことは重要だから、ちょっとでも売れる本にしなければと意気込みました。

その上で、上野さんと私に共通する問題意識であって、まだ本になっていないものは何かと考えたときに、「市井の女性たちの声」を残す千載一遇のチャンスだと気づきました。無名の女性の人生って、ふつうは全く本にならないし、身近な人にも話さないものなんですよね。親の人生ですらよく分からなかったりする。

それで、富山にゆかりのある女性たち14人のライフヒストリーを、ライターの藤井聡子さんに聞き書きしてもらったんです。私たちふたりの生い立ち語りも収録したんですけど、そちらはいわば「おとり」で。大事なところは、一般女性たちのオーラルヒストリーなんです。


時代と地域の座標を捉える

山内:おふたりがおっしゃる意味、ちょっと分かりました。(『きもの再入門』は)服飾の社会史としても読めるんですね。

町屋:はっきりそうだと言えるかは判断できないですけど、社会学的な意義もある本ですね。

山内:言われてみると、私はデビュー以来、社会が私にどれだけ影響を及ぼしているのか、大きな時代の流れの中で溺れている自分の立ち位置を捉えながら小説を書きたかった。私は地方出身で、2000年代を20代として生きてきた。その時代と地域の座標をちゃんと捉えた上で、自分の物語を描きたい、と。書き手が社会をどう認識しているかを書き込むのは、大事なことですから。

そう思うと、『きもの再入門』は『小説ユーミン』の副産物でもありますね。ユーミンのご実家は八王子の「荒井呉服店」で、おじいさんが大正元年に創業する前は、江戸城の衣装係を務めた家系だったそうです。戦後には「いとへん商社」(編注:布地系の商材を扱う卸売)の需要が高まって、すごく繁盛して経済基盤も築かれた。それにきものは生糸で作るから、明治政府が基幹産業として重視した紡績業の歴史にも行き着きます。

松任谷由実さんは、お会いするとすらっとした・あしながの女性なのだけど、そのルーツを掘り下げると呉服屋さんがあって、明治の国策にもつながる。そのユーミンは高度経済成長期に育った子供で、バブル期にポップスターとして世に出た巨大な存在となった――といったように、その人物をどのような歴史に位置づけるか。私はそれが面白いと思う方なんですよね。それでおのずと着物のことを調べていたら、じゃあ自分自身はどうなんだと思って、祖母と母と私の「三代きもの史」につながった。

笠井:表紙の印象からすると「着こなし」の本かと思いきや、内容は「時代精神」の話ですよね。

山内:私の祖母は昭和ひと桁生まれで、向田邦子くらいの世代なんです。最年長の祖父がギリ明治生まれで、私が高校生になるぐらいまで生きていたから、「明治の空気を吸った人と自分が重なるって、もう歴史やん?」と思って。中年まで生きると「あれもこれも、すごいことだったんだな」と気づくので、それらを書き残しておけたら、自分のきもの経験も、その背景にある和服の歴史も描けるなと。それで町屋さんがね、こんなにふせんを貼ってくれて!

町屋:貼りすぎて意味ないくらい。読んでよかったです。

山内:上野千鶴子さんの『女ぎらい』もお読みになったんですね。私はこの本で、後頭部をバールのようなもので殴られたくらいの衝撃を受けました。

町屋:バールのようなもの(笑)。僕も殴られましたね。

笠井:ちょうど認識の死角になっているところを、上手くね。

山内:おかげで目が覚めました。

町屋:文体という意味でも古びない、長く使える本ですね。読めてよかった。


19歳だった私にも読めるように

町屋:山内さんは、「どこまで読みやすくするか」で葛藤しますか。

山内:私は読みやすさを追求しがちなんです。灰汁はきれいに取りたいし、イガイガと引っかかるところはすべてバミって(目印をつけて)、きれいに磨きたがるんです。「小説を読むのは苦手で……」という方から「でも、読んだら面白かったです」と言われると、書いてよかったと思うんですよ。

どちらかというと、読書家の方よりも、本を全然読まない人に、ちょっとでも面白がってもらえるといいなって。自分自身も「世界文学全集を読破しました!」みたいな人ではないから。知らないことはたくさんあるし、難しい本は途中で投げ出すし、(物語に)入れなかったら「寝かしとこ」と思う(笑)。

難しい本でも根気よく読めて、咀嚼できて、自分でもお書きになる作家さんもいるじゃないですか。私はそうじゃなくて、自分の中の「普通」の軸を否定せずに、「私だったらここで挫折するな。疲れちゃうもん」と感じたら、なるべくそこは噛み砕いて、整えることもやぶさかではない。

町屋:自分で書いてはいても――

山内:「ダメダメ!」みたいに。そのホスピタリティが良いのか悪いのかは、何とも言えないんですが。

笠井:ユネスコが「リテラシー・スキルレベル」と言ったりしますね。作中で起きることのリアリティラインじゃなくて、その文章がそもそも読めるかどうか。

山内:きっと私は、その水準を下げるチューニングをするほうですね。だから、いろんな方からもらう感想は、第一声が「読みやすかった」なのです。内心では「よかった。だって俺、めっちゃ読みやすくしたもん!」とか思って。

町屋:コンソメが透明になるまで、ね。

山内:シェフとしては涼しい顔をしているんですけどね。(笠井さんのように)あえてゴツゴツを残すのは「いい」と思う反面、そこで挫折しちゃう方もいるでしょうから。

笠井:読者の方からも「読みやすそうでした」という感想をいただきました(笑)。

山内:一見すると読みやすいのに、ということね(笑)。いろんな本があっていいと思うんですけど、私の中では「19歳だった頃の自分」を想定読者にしています。「19歳の自分」が読めるかどうか、面白いと思うかどうかが、重要な指標かな。19歳は、いちばん批評眼が鋭い頃でもありますから。世の中のいろんなものを、上から目線のジャッジ精神で「こんなのダメだね」みたいに言えちゃう。

笠井:「大人の忖度」もしないですしね。

山内:(昔の映画に出てくる不良青年のように)「こころの煙草」を吹かしていた頃の自分が、「よかったよ。いいじゃん」と言ってくれたら、一番嬉しい。


次に「みんなで登るべき山」は?

町屋:10年単位の大きな時間軸で考えると、いまは「壁」に当たっていると感じています。僕個人もだし、小説というものも「壁」に当たってるんじゃないか。自分の話で言うと『生きる演技』や『生活』を書いたときのようなエネルギーで、同じようには書けないなと。

山内:町屋さん、おいくつでしたっけ。

町屋:83年生まれです。

山内:30代のやる気と切れ味で、40代でも根を詰めて書こうと思うと――

町屋:そうなんです。

山内:絶対無理かも。(私なら)病気になりますよ。

笠井:それくらいの「自分」を作らなきゃいけない。

町屋:『生きる演技』のときは、僕自身にもまだエネルギーがあった。それにいまは、若い人が書くハードルも上がっているんじゃないかと思いますね。空洞の時代というか、そもそも小説を作るのがきつい時代だなと。ここ2、3年は「一緒に苦しむしかないね」という気分もある。

いずれ「新しいもの」が来るのでしょうけど、僕の直感としては、2015年以前のモードを踏まえた新しいものが、また来るんじゃないかと期待しています。僕はデビューが2016年で、2000年(17歳)で文芸誌が自分の目に入り出したから、批評プロジェクトでは単にそこで区切ったのですけど。

とはいえ、だいたい10年おきぐらいで(現代小説のモードは)新陳代謝が起きている実感はあるんです。2010年代後半には純文学もエンターテインメントとはっきり合流していき、(編注:書き手の当事者性や政治的態度、歴史意識、表現の波及効果を重くみる)韓国文学などの影響も強く受けてきた。その流れがひと区切りついたのではないかと感じています。その道をひきつづき独自に掘り進められるひとはよくても、これから新規参入するのは、ちょっともう一工夫を求められるかもしれない。

そうなると、何か「新しいもの」がないと、小説というものが先へ進みづらく、重くなるというか。どういえばいいかな、書き手の掘り進める道が、『HUNTER×HUNTER』グリードアイランド編の修行みたいに――。

笠井:主人公のゴン=フリークスが、父親が作ったゲームの中で、念能力を使って巨大な山を掘り進める場面がありまして。

山内:あー私、少年漫画のたとえは『ドラゴンボール』までしか分からないです(笑)

町屋:『ドラゴンボール』で言うと、カリン塔を登り終えたというか。『コンビニ人間』などの成功によって、「この塔を登ればいいんだ」とみんなが気づいたけど、孫悟空たちはもう登り切っちゃった。次は「地球の神様」がいる神殿へ行かなきゃいけないけど、「そもそも、どうやって行くの?」と。

山内:すごく分かった。突破口が開いていない感じね、ありますね。

笠井:『コンビニ人間』の登場で、「次に登るべき山はこれなんだ」と一定数が気づきましたね。

町屋:そして、それに応答した素晴らしい書き手が何人も現れた。その大きな達成のひとつが、市川沙央さんの『ハンチバック』だったと思うんです。

山内:最高でした。

町屋:裏返すと、『ハンチバック』以降に何が書けるのかは、もう一度立ち止まって考えなきゃいけない気はする。

批評家の矢野利裕さんや、いぬのせなか座の山本さんが指摘しているのは、その方面の書き手は日記・エッセイに足を移していたり、(文体の)モードが同期しつつあるということですよね。

では、小説で何をするのか。「また、もう一回別のところを掘ろうか。みんなで頑張ろう」という感覚はあります。本当にきついんですよ、正直。私にもまだ別のとこなんて「ない」と思う。見つけられてないです。


日本の現代小説には「伸びしろ」しかない

笠井:みんなで登っていた山をひとつ登り終えたか、少なくともピークは越えただろう。これから次の山へ向かうのか、であればそれはどこにあるのか、と。

山内:まだ見つかっていないのでしょうね。みんなが迷子になっている。

町屋:思えば、1年前にハン・ガンさんがノーベル賞をお取りになったのも衝撃でした。毎年の受賞予想に上がる世代よりも数世代若いし、もっと後に受賞する方だろうと私は思っていたので。ちょうどいまは、とりわけ女性の書き手を中心として、日本文学が世界に広がっていますし、「これからやぞ、頑張ろうぜ」と思いつつ、正直つらいなという気持ちもあります。

笠井:救いがあるとすれば、みんなで「富士山」を登らなくてよくなった気がするんですよね。日本語の歴史のなかで「たったひとつの頂上を目指す」という競争だと、結局は「近現代文学史でいうと、あなたは何の流派ですか」ということを気にしなきゃいけなかった。

もちろんいまもその系譜はありますけど、最近になって「世界には、まだ見つかっていない山がたくさんあるんだ」と広く知られ始めた(話者注:『HUNTER×HUNTER』暗黒大陸編を念頭に)。それはいいことなのかなと。

山内:書き手の悩みは深いですが、読む人あってのものですから、読者を置いてけぼりにしてもいけない。実際の「19歳」に本を読んでもらうには、どうしたらいいんでしょうね。作家も「TikTokで踊る」しかないのかな。

笠井:友人の国語教師に生徒が何を読んでいるか聞いたら、「意外と流行は変わっていない」ようでした。たとえば、重松清さんはまだまだ読まれている。

山内:そうか。若い子はむしろ保守的というか、(現代文化の)流行の川下にいるんですよね。

笠井:まだまっさらな子たちが(世界にはどんな山があるのか)単に気づいていないだけなのかもしれませんね。ひとは生まれて初めて目にした文化を「親鳥」だと思ってついていく。かつてはそれが「実家の文庫本」や「有名な直木賞作家」だったのが、インフルエンサー文芸やウェブ小説が参入している現在でもある。そこへがんばって届けるしかないんでしょうね。

町屋:(物語の)届け方は変わっているはずだけど、出版業界のあり方はまだ大きく変わっておらず。

山内:悩ましいですね。

笠井:でも、進学塾の業界では、「できない」ことは「伸びしろがある」と言いますから。

町屋:あ、本当にそうですね。

山内:前向きで、いい。

笠井:日本の現代小説は、国内でも海外市場でも、まだまだ伸びしろがある。

山内:たしかにね。

町屋:そんな気がします。

笠井:といったところで、そろそろ会場のお時間に。本日はありがとうございました。

(了)
(構成:笠井康平、編集:山本浩貴)



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