Side14:上陸
◇
「ハァイ、ケ……じゃない、カッツォ〜」
オイカッツォは逃走した、しかし逃げられなかった。何故ならこの短期間でどうやったのか、既にLv.90の大台に乗った機動力重視のステータスはオイカッツォの逃げ足よりも速かったからだ。
「つれないわねー? ほらほら、海を越えて貴方に会いに来た私に何か一言あるんじゃないの? ね? ね?」
「お帰りはあちらでございます」
「Justice!」
「ほほをひっひゃるな!!」
そのプレイヤーは一言で言えば……「露出狂」だろうか。
肌を露出しているわけではないが、上位職業「破壊者」が装備可能な胴装備「無頼鬼の戦衣」と足装備「楔撃の下駄」に、上位職業「巡礼者」が装備可能な腰装備「青揚羽の腰衣」……要するに、「黒インナーに黒タイツ、腰に聖職者のスカートな戦う聖職者(薄着)」という見た目のためだけに防具の一式効果を放棄したちぐはぐ装備の女なのだ。
それは逆に言えば、「防具のアシストがなくとも戦える」という事実を示してもいるのだが……オイカッツォはこのプレイヤーの正体を知っている。人生初の黒星をつけられて尚、非公式なオンライン対戦とは言え、「軽くウォーミングアップ」と称して二日で百人抜きを達成して最高レートまで最速で登り詰めたこのプレイヤー……「アージェンアウル」の正体を知っている。
「はぁ……まぁいいけどさ、本当……レベル上げるの早すぎでしょ」
「ふふーん、私だって攻略サイトを調べるくらいするわ。今のトレンドは迷宮ツアーらしいわね! もうミノタウロスを殴り倒すのは懲り懲りね!」
アージェンアウル、銀と金……即ち「銀」と「金」である。
日本に余暇を楽しみに来た全米一位の格ゲーマーが今、シャングリラ・フロンティアの世界で遊んでいると知られれば相当の混乱が発生することは想像に難くないが、生憎今の彼女はリアルの肉体とは真逆の……どこか哀愁を感じずにはいられない豊満な肉体を持つインファイターである。
さらに言えば、どんな手段を用いたのかオイカッツォにはさっぱり分からないが、未だ実装日未定であるはずのリアルタイム翻訳システム「バベル」を先んじて入手しているがためにアージェンアウルの話す言葉は少なくとも流暢な日本語のそれである。
「で? ケイ……じゃない、オイカッツォのお知り合いは何処にいるのかしら? ねぇねぇ、ほら早く、ハリーアップ!」
「くっ……やっぱそれが本音か……! 生憎俺も知らないよ」
片や好き勝手に飛んでいく弾丸、片や世界の影で笑う黒幕である。少なくともオイカッツォが知る限りでは、ペンシルゴンは聖女イリステラの「神託」以降、何やら急ピッチで作業を進めているようだし、サンラクはそもそも連絡がつかない。
それなりに長い付き合いであるオイカッツォは、サンラクが連絡を返さないときは大抵クソゲーを集中的に攻略している時であると知っている。
だが、如何にアージェンアウルが顔隠しと名前隠しとの遭遇を望んでいるとしても彼ら二人のプライベートまで明かす必要はないだろう、とそれを告げることはない。
(風雲プレジ伝を買ったとか言ってたし、さては今週中にクリアするつもりなんだろうな……俺もやってみたいけど流通してる数がそもそも少ないんだよね……)
「まぁそのうち会えるだろうし、今はニューフィールドを楽しまなくちゃ! 行くわよケ…ッツォ!」
「おい待て今なんて言った!?」
「ケッツォケッツォ〜」
「ま、待て! 風評被害を撒き散らしながら走るんじゃない!!」
五分後、オイカッツォとアージェンアウルは大量のモンスターに包囲されていた。
「ワーオ、AIが旧大陸のモンスターとは完全に別物なのね。気づいたら囲まれちゃってたわ」
「あー……こいつ聞いたことがある、確か「一体一体は雑魚だけど総計すると最低レベル136以上はある群体モンスター」だっけ……?」
情報の提供元は言うに及ばず、見るからに一体二体倒した程度で逃げるような臆病者にも見えないとオイカッツォは皆伝の手甲を装備して構えを取る。
その背中に寄りかかるように同じく皆伝の手甲を構えたアージェンアウルが不敵に笑う。
「うふふ、背中合わせで構えるのってなんだか憧れない?」
「まぁ、否定はしないけどさ……!!」
ラプトルをさらに小型化したかのような恐竜化モンスター、ドラクルス・ディノトリアシクスが一斉に飛び掛かる。
余談だがドラクルス・ディノ系のモンスターが軒並み複雑な名前である理由には征服人形が関わっているのだが、この場においては関係のない事である。
「「スクラップアンドビルド!!」」
共に破壊者であるが故の、同一の始動。二個一組、二組の皆伝の手甲が砕け散り、二人の拳闘士が強化の光を纏いながら互いに前へと踏み込む。
「ん、まぁこの程度なら……って危なっ! この、ちょ、まだ出てくるの!?」
どこに潜んでいたのか、と問いたくなるほどに次々と木陰から、草むらから、木の上から現れ続ける小型恐竜の姿に悲鳴を上げつつも、オイカッツォは的確にディノトリアシクスに拳を放っていく。
「赤!」
色を唱える事で起動する修行僧系魔法【拳気】を行使しながらカラフルな戦闘を繰り広げるオイカッツォとは反対の方向では、立つ場所と同じくオイカッツォとは真逆のファイトが繰り広げられていた。
「数で圧せば倒せる程、私の名前は甘くないの……よ!」
超肉弾戦用スキル「インファイト」
自身の攻撃に体力回復効果を付与するスキル「グラップルドレイン」
跳躍の速度を加速させるスキル「ステップハイビート」
防具ではなく肉体に近い部分で受けるダメージを軽減するスキル「フルメタライク」
そして継続的に自身の体力を回復し続け、なおかつダメージを受けた直後の回復量をダメージ量に応じて増加させる「巡礼者」専用魔法【巡礼旅路】
これら全ての効果を一つの身体にのみ行使した場合どうなるのか、こうなる。
「無効ぅ! 無駄ぁ! 無意味ぃ!」
二の腕に噛み付いた小竜を肉ごと毟り取るかのように引き剥がし、スクラップアンドビルドの効果を帯びた手でその首を締め上げながら地面へと叩きつける。
背後から飛び掛かる二体、しかしその爪牙が振るわれる頃にはアージェンアウルの姿はステップで横へとズレており、勢いそのままに振るわれた回し蹴りが攻撃を空振りさせた二匹を吹き飛ばす。
「ジャンプに不満はあるけれど……いいね、思考が滑らかに動くわ!」
意図的に回避を行わない事で次々に被弾しつつも、その損傷すらをもアドバンテージに変えて女拳闘士が笑う。
その全身は赤いダメージエフェクトとスキルエフェクト、そして魔法の柔らかな緑のエフェクトが混ざり合って混沌の帯を描く。
「おっとアージェンアウル! デカいのがやってきたよ!!」
ドラクルス・ディノケラス。その角が良質な武器となる事で知られるが……それよりも、「やたらマッシブなサラブレッドボディでステップ刻みながら突っ込んでくる頭がトリケラトプスのやべーやつ」としての悪名の方が有名だろう。
最近になってSF-Zooの調査により馬ではなく鹿素体なのでは、という新説が浮上したりもしたが今この場においてはその戦闘力以外は意味のない情報だ。
「上等! へいかまーん!」
バベルの自動翻訳に引っかからない日本語的な英語が挑発となったのか、ディノケラスは真っ直ぐアージェンアウルを睨みつけて筋骨隆々の肉体を稼働させる。
ところどころにステップをいれつつも加速し続ける中型自動車ほどの巨体がアージェンアウルを吹き飛ばさんと迫る。
「えっ、余り物だからってこっちに総力注ぎ込む!? このチビトカゲ共、ちょっ、のわゃぁあ!?」
少し離れたところでなにやら愉快な気配が漂っているが、今のアージェンアウルの目にはディノケラスしか映っていない。
「ふふん……カースドプリズンと比べたら余りにヌルいのよ!」
アージェンアウルは各スキル、魔法をかけ直した上で追加の手札を切る。
瞬間的にリジェネの回復量を二倍にする代わりに持続時間を半減させる魔法【ハイドライブ・リジェネレート】
ダメージを継続して受ける程STRにバフを付与する魔法【ハイボルテージ・パワー】
物理演算を下方向に向ける魔法【スタンド・グラビティ】
瞬間的に「迎撃」の用意を全て整えた上で、アージェンアウルの右手に光が灯る。
「こーゆーのは、技名を叫ぶのがマナーよね?」
スキル名ではない。対カースドプリズンへの有効打として、ボクササイズ以外にも様々なバトルスタイルを模索し始めたアージェンアウルの新たな戦法。
「喰らいなさい……崩拳!!」
親指を縦にした握り拳がディノケラスの額に激突する。拮抗は一瞬、推進力に劣るアージェンアウルの身体が凄まじい勢いで後ろへと押し込まれていくが、吹き飛ばない。
ざりざりと地面に傷を刻みながらも、しっかと踏みしめた二の足を支えに拳を引かず、前へ前へと押し込む。
「クリーンヒッ……あびゃっ!?」
「レベル90ちょいで力勝ちできるわけないでしょうがー!!」
大樹とディノケラスにサンドされ、ジタバタともがくアージェンアウルに叫びながら、オイカッツォは駆け出すのだった……
アップデート内容
シルヴィア・ゴールドバーグに中国拳法Modがインストールされました!
上位職業「巡礼者」は聖職者派生の上位職業三種類のいいとこ取りですが対象が自分に限定されています