天より堕ちた星のような
ありがとうインベントリア、やっぱり君はナーフされるべきだと思う。
格納空間内で尻餅をつきながら、俺は安堵のため息を吐いて全身の力を抜いて弛緩する。
危ないところだった、あの青緑蠍め……まさか二連射なんて真似をしてくるとは。極太レーザーの連射はご法度だろうがよ……っ! そこはこう、排熱に一定時間かかるとかそういうデメリットを入れる事で浪漫という華を添えるんだよ。畜生……でもそれを差し引いても浪漫の塊だぜ蠍ビーム……
「さてどうしたもんか」
五歩目をあえてさらなる上昇に叩き込むことで遥か上空に退避、そこでインベントリアを使ったわけだが……まぁ、現実空間に戻ったら即落ちて死ぬわな。
まぁ臨界速のリキャスト待てばどうとでもなるが……問題は奴だ。これが普通のモンスターなら興味を失ってノンアクティブ化する事もあるかもしれない。だが奴は……いいや、奴らの執念は同胞を屍に変えてでも侵入者を許そうとはしないだろう。
つまり、最悪の場合蠍ビーム即発射可能な状態でスタンバイしている可能性が捨てきれない。というかほぼ確実にそうではないかと睨んでいる。
ただ、疑問点もある。
例えば俺を撃墜しにかかった新種蠍は一体しかいなかった。これが水晶群蠍なら大量に殺到して崖から落ちて下に素材の山が出来てもおかしくないし、奴らにビーム能力があったのならまず間違いなく戦列を組んで三段撃ちしてくる。奴らはそういう連中だ。
であればここで参考にするべきは水晶群蠍の方ではなく金晶独蠍の方ではないだろうか。
あのビーム蠍がオンリーワン個体だったりトランジェント個体であるならそれはそれでレアケースなので素材とお命を貰いに行けばいいが……いや違う、要するにこの水晶冠に棲む蠍達は割と個人主義なんじゃないか?
水晶群蠍最大の危険性はその自傷自滅フレンドリーファイアを一切躊躇わないひとかたまりの連携だ。
それが無いのであるならば……行けるか?
「プレイヤーの任意で連結解除できれば………」
ここに来て臨界速のデメリットが浮き彫りになったな……あれはドラッグカー一歩手前の改造車のようなものだ、ブレーキが取っ払われているから減速して小回りという概念を彼方に投げ捨てている。
そして水晶巣崖に近しい環境であろう水晶冠は……多分臨界速と相性が最悪と言っていい。
というかぶっちゃけ連結させない方が……いや待て俺、それは悪魔の思考だ。億単位で金が飛んでるんだ、意地でも活用しなけりゃ悲しすぎる。
「……スキルを縛って勝つ?」
そんなこと出来るわけ……なくもなかったりする。
そもそも封雷の撃鉄・災という最強クラスの加速アクセサリーがあるのだから、機動力という点では実はそこまでのハンデを負ったわけじゃない。
強いて言うなら空中ジャンプと不安定な足場での安定を失ったのが一番つらい。
「金晶独蠍の戦闘パターンを応用できるか? いや、あのビームに対応できない……少なくともスキル縛って初見突破はなぁ」
となれば、おおよその方針は決まった……か?
「セーブポイントの設営……か」
森人族オーダーメイドのインスタントセーブポイントと違って、従来のテントアイテムは回数制限がある。
手持ちは三つ、最大で三十回はリスポンできるわけだ……まぁ最大の問題はこのエリアに安全地帯なんてものが存在するのか、っつー真っ当な疑問を解決できてないことなんだがな。
とはいえここで瞑想しててもゲームは進行しない、格納空間から上空何メートルかも知れぬ上空という現実空間に戻らなければ何も始まらないのだ。
「っし……覚悟キメっか!」
多少無理してでも身体を動かせば心も付いてくるってもんだ。覆面越しに笑みを浮かべ、その場で宙返りして……
紐もなくパラシュートもないダイビングってなーんだ?
「ぃぃぃぃぃいいいいいい……っ!!」
飛び降り自殺じゃないかなぁ……そして今それを実践中だ。
背後で【ウツロウミカガミ】で生成されたデコイが紅い閃光に呑まれたのを衝撃で感じつつ、三歩分の加速で瞬く間に迫ってくる地面から目を逸らさない。
真界観測眼のエフェクトが涙のように真っ直ぐな軌跡を描く、タイミングをしくじれば地面のシミ、踏み出す足の制御をミスっても地面のシミだ。
大事なのはイメージだ、あやふやな想定では高確率で失敗する。確たる「こう」と言えるイメージが確実なモーションへと繋がる。特にフルダイブVRではなぁ……っ!!
「ここだっ!!」
左胸を琥珀が打ち据える。打撃点を発生源に全身へと漆黒の電流が迸る。
過剰伝達、その本質はモーションの倍加だ。であれば……過剰に振る舞ってようやく間に合うってもんだ。
紫紺の箒星が黒雷を纏う、そして渾身の力を込めた縦回転によるサマーソルトが俺の身体を二回転半させて天地逆転を修正し……下から上へ昇る四歩目を叩き込む。
「おぐぇ」
潰れたカエルみたいな声が出てしまったが状況的には似たようなものだ。樹海の時とは状況とか速度が違う、上から下への重圧と、下から上への抵抗が釣り合っていない。だから上からでかい手で叩き潰されるような感覚に襲われる。
だが、だがしかぁし! 切り札は最後まで取っておくもんだぜ! 全回復アイテムみたいになぁ!!
一、二、三歩の加速に重力まで加わった落下運動に、たったの二歩で挑む。だがその二歩はただの足踏みなんかじゃない、人の臨界に挑む二歩だ。
「ふぐぬぁっ!!」
壮絶に足の痺れァ!!!!!
ダメージに補正が入ったゲームで尚一瞬足の感覚が消失したかのような衝撃。あぁ、これは長時間椅子に座らされていた後にいきなり立ち上がったアレに似ている……もっと身も蓋もなく言えば洋式のトイレで腿に肘乗せながら前屈みに座っていた後の痺れ。
「ふ、ぐ……く、くくく……」
やばい、なんか笑えて来た。なんで俺空気椅子のポーズで硬直してんの……だがいつまでも大腿を鍛えているわけにもいかない。蠍の脅威をスカしたとしてもすり鉢ドーナツのフィールドでは大ボス二体が絶賛大戦争中なのだから。
「チィッ……消耗品風情がァ……!」
痺れの残る足を右手で引っ叩いて感覚を取り戻しつつ、左手でウィンドウを操作して傑剣への憧刃……を出そうとして逡巡、代わりに異なる二振りの勇魚兎月を取り出す。
「ふぅー……成分落とせやオラァァ!!」
金照を振り抜き、近づいてきた子蜘蛛へと叩き込む。パキン、と金照が切りつけた傷口からガラスが割れるように水晶のカケラが零れ落ちたが……あいにく拾っている暇がない。
くっ、蠍が群れないと思ったらてめーらが群れるんかい!!
ゾワゾワと数を増やしていく子蜘蛛。時折ビッグなママンから呼び出しを食らっているのか、数十匹単位で巨大要塞蜘蛛に向かっていくが、それでも十数匹以上の自爆能力持ちモンスターに囲まれている、というのはなかなかにスリリングだ。
冥輝は現状ただの短剣に等しいが、灼骨砕身を使っている暇はない。どうする? 無理やり突破するのも手ではあるが、大ボス達がぶつかり吹っ飛ばされ踏みつけている危険地帯を渡り切れるか?
「誘爆しやがれ!」
もうこれ以上ないほどに「今から爆発します」とアピールする、腹部が異様に膨張し始めた子蜘蛛を蹴り飛ばし、爆発の範囲から離脱しつつ他の子蜘蛛を自爆に巻き込む。
だが、フレンドリーファイア防止機能でもついてるのか、それとも同族の自爆に耐性でもあるのか……ゴロンゴロンと転がっていく子蜘蛛共にダメージが入ったようには見えない。
「ちょっと可愛いのが腹立つ……アーミレット・ガルガンチュラの成分結晶、成る程? それがてめーらの名前か」
あっちのでかい方はアーミレット、って見た目じゃないし……親子間で種族名が違うのか? いや、親子じゃなくて雌雄の可能性も? はいそこ後ろの方で自爆しようとしない! 廊下に立ってなさい!
とりあえず自爆しそうな奴は蹴り飛ばして、それ以外の奴は斬り伏せる……おおよその流れは構築できたが、それにしたって数が減らない。
子沢山過ぎか? どれだけいるんだこれ、コスモバスターを思い出すが……いいや、思い出すからこそ今戦えていると言うべきか。
「いいぜ、弾切れになるまで戦ってやるよオラァ!」
「ばかいってないでこっちきなさい!!」
「は?」
人の声? 振り返れば先程まで岩壁であったはずの場所にポッカリと穴が開いており、そこから顔を出す人影が。
「あほー! ばかー! は・や・く!!」
「お、おう!?」
だがその前にやらねばならないことがある。
うん、馬鹿みたいに落ちた成分結晶を拾わせて? ノーリザルトはキツイっす。
謎のヘタレ少女、一体誰なんだ……(実はもう名前出てる)