助太刀為すは天機
◆◇
「……え、蟲人族と遭遇した? マジで?」
「えと、その……はい」
いつもの如く斎賀さんと登校しながら談笑していると、驚きの情報が齎された。どうやら俺がインしていない間にシャンフロもシャンフロで結構なイベントが起きているようだ。
「どうも、樹海を抜けた先にある、砂漠地帯に住んでいるようで……その、私が会ったのは……バッタ? の蟲人の方でして」
「へぇ……」
気になる、すごく気になる。だがここでさらに寄り道するとプレジ伝が積みゲーとなってしまいそうだ……ようやくストーリーに進展が出てきた今、モチベーションは維持しておきたい。
「それで、蟲人族の集落に辿り着いて………あ」
「ん?」
鼻っ柱にぽつりと雫が落ちた。それは次第に数を増して、ちょっと無視できない程の量と勢いを伴った雨に……げぇ、今日は曇りとはいえ降水確率低かったじゃん。まさか……乱数? おのれェ……
「参った、傘忘れたぞ……」
「あ、傘なら私持っ……もっ、ももももも…………相合傘?」
「斎賀さん?」
「あいっ!!?」
いきなり声をかけられて驚いたのか、手からすっぽ抜けて地面に落ちた斎賀さんの折りたたみ傘を拾い上げて手渡す。
「ひ、陽務くんっ!!」
「え、はい?」
「あいあっスィ!?」
あ、舌噛んだ。
しばし悶絶していた斎賀さんであったが、激痛から復帰するとなにやらバッサバッサと傘を開き閉じしながらこちらへと顔を向ける。
「そ、そののっ! 濡れると……そう! 濡れると大変ですね!」
「そっすね」
「で、であるからして!」
「であるからして」
「か、傘を共用するというのは如何でしょうか!!」
「え? 傘? あー……いいの?」
「いいんですか!?」
何故貸す側が……後戻りできないシーンでセーブするか念入りに聞かれるのを思い出した。マルチエンディング式だとむしろそこじゃなくてルート分岐前で聞けよ、とは思う。
とはいえ下校時なら多少濡れても構わないが、登校時はその後の授業に対するモチベーションに関わるので濡れ鼠を回避できるならそれに越したことはない。文字通りの意味でありがたく傘下に入らせてもらおう。
「…………っ」
ぷるぷるぷるぷる……
「あのー」
「はゃいっ!」
「俺が持とうか?」
「そんな、あの……はい、お願いします」
だって背丈の関係上、斎賀さんは結構腕を伸ばさないといけないし……まぁ俺が持った方が安定するよねという。安定大事、長時間RTAならチャート作成の基本だ。
「しかしこれは結構酷くなりそうか……?」
たたた、と傘を打つ雨の音がビートを上げていく。このまま雨が降るとなると下校時に止んでいるかどうかは微妙なラインだ。
うーむ、雨といえばやはりある種の風情あるものとして古来より詩の題材になったりもするが……あいにく現代人にとっては交通網に影響する厄介な天候でしかないのだ。風情の心は失われた……
だが大丈夫、ジャパニーズ風情は和風ゲーの中で確かに息づいている! まぁそれはそれとしてやっぱり天候:雨はウザいわ、滅べ雨雲。
「これは……夢……?」
「斎賀さん?」
「えにゃいっ! わらしは元気れす!」
「え? あ、はいそれはなによりです……」
やはり分からんな斎賀さん……妙なタイミングでバグるのは不特定タイミングでキリングスイッチが入るレイドボスさんを彷彿とさせる。
今回の討滅戦は凄かったな……ランカー九人の即興連携もだが、イキり姿がレイドボスさんのお気に召したのか、程よく半殺しにされて放置された京極の顔は思わずスクショしてしまうほどのインパクトがあった。
なんというか、しんなりしてた。三日くらい放置したほうれん草みたいな顔してたよ。
「あ、斎賀さんそこ排水溝の蓋外れてるから危ない」
「へ? あ、きゃっ!」
なんというか、あの一瞬で摺り足を用いてステップを入れられる人間がリアルでいるとは思わなかった。だが流石に雨降る中ローファーでやるようなことではなかったらしい。
足を滑らせた斎賀さんが体勢を崩し、咄嗟に俺は腕を伸ばす。
「うおぉ!?」
「はひゃっ」
重ねて流石というかなんというか……咄嗟に受け身の姿勢を取るために身体を捻れる人間がリアルで(以下略)
とはいえ、斎賀さんが身体を捻れば当然俺がキャッチする部位も背中ということになる。
「…………」
「…………」
ぱさり、と傘が地面に落ちる。
成る程、これは世に言うお姫様抱っこ一歩手前と言っていい状態なのだろう。
倒れかけた女性を抱えるような形で支える姿はその手のシチュエーションで言うなら壁ドンに匹敵するのかも、しれない。
でもね、現実ってやつがどうにも思い通りにならないからフィクションというものが生まれたのであってね……?
「………く、のぉぉぉお……!」
女性に対してこう言うのが大変失礼であることは重々承知だが、それでも言わせてほしい。
仮に受け身を取っていたとしてでもですね、高校生女子の体重をいきなり中腰で支えるとですね、えぇ。まぁ……なんだ、要するに……
───腰が、逝った。
「嘘でしょ……」
まだ二十歳にもなってない若さの権化ですよ? いや確かにそこまで体鍛えてる訳でもないけどさ……それが、そんな、重いものを抱えたせいで腰を痛める? 嘘でしょ?
「あの、斎賀さん……非常に言いづらいんですが、立ち上がってもらえると……」
「ひぇ……」
「あの、斎賀さん? そろそろやばいと言うか」
「あ、足に力が入らな……」
え゛。
視線を向ければ、そこには生まれたての鹿だってもう少し安定しているだろう、と言うレベルでガクガクと震える斎賀さんの足が……待ってやばい! 挙動が! 挙動がバグってる!!
「ちょっ、足ガックンガックンしてるけど大丈夫!?」
「わ、我が生涯悔いあるとすらば、志半ばに斃るる無念……ああでも成仏できそう……」
もう意地張らずに濡れた地面に膝をつけば何とかなる、と気づいたのは一分後のことであった……身体、鍛えようかな。
まさかこの歳で腰に貼るための湿布を買いに来ることになろうとは。
悲しみに彩られた眼差しで薬局で湿布を物色しつつ、なんとなくドリンクを取り扱うコーナーへ。
栄養剤に興味は特にないが、最近ライオットブラッド・トゥナイトが日本でも解禁されたとの情報を得たので一応……おっ、あんじゃーん!
「果糖ブドウ糖増えてる……効果量は七割、といったところか」
とりあえず四本一組のを買って……そういえば例の先行版リボルブランタンってどうなったんだろう。あれの即効性はどう見ても違ほ……いえなんでもないです、きっと合法なんだろう。
霊的要素は薬物検査じゃ検知されないからな……む?
「あれ、岩巻さん?」
「え? あら陽務君、こんなとこで会うなんて奇遇ね」
ばったりと岩巻さんと遭遇した。いやそりゃそうだよな、固定シンボルじゃあるまいしそりゃ岩巻さんにも日常生活があるわな。
岩巻さんは俺が手にエナドリの箱を持っていることで何らかを察したようだが、同時に持っている湿布に気づいたのか怪訝そうに首を傾げる。
「湿布? なんでまたそんなものを?」
「あー、まぁ色々あったんですけど……まぁ、端的に言うとSTRが足りてなかった感じでして」
流石に受け止めた女性を支えようとして腰痛めました、とは言えない。
「ふーん……ま、若いうちに身体を壊してちゃ世話ないんだから、自分の身体は大切にした方がいいわよ?」
「ウィッス」
と、その時。俺と岩巻さんの会話に新たな人物が参加する。
「おや、真奈……知り合いか?」
「あらあなた、胃薬は見つかったの?」
「ああ、最近出た新作が前々から気になっていたが、今度試してみることにするよ」
胃薬のソムリエか何かかこの人……いやそうではなく、会話の流れからしてこの人、アレか?
「もしや噂に聞くリアル乙女ゲーの末に攻略したと言う……うべっ」
「相思相愛の末の恋愛結婚、いいわね?」
「……ぁぃ。」
正中線を的確に打ち据えられた……
それはそれとして、この人が噂の岩巻夫さんか……岩巻さんはあまり多くを語らないが風の噂では壮絶な修羅場を経てのゴール、と聞いている。
ちょくちょく惚気話を聞かされるので岩巻さんの手料理が大好物で日々の激務を胃薬と愛妻弁当で乗り切っている、という事は会ったこともないのに知っていたりする。
「木く……じゃない、岩巻 境だ」
「え、あ、陽務 楽郎です。いつもロックロールを利用させてもらってます」
すごいな、今は私服だけどぴっちりとスーツを決めたら敏腕の仕事人、って感じがする。あとイケメンだ、流石は乙女ゲー攻略の重鎮……リアルですらその辣腕で勝ち組ルートをもぎ取るのか。
そんなこんなあって岩巻夫妻と別れた俺は、まだ痛む腰をさすりながら帰宅するのだった……くそ、今日は仰向けに寝転がりたくないからフルダイブVRはお休みだな。
何故楽郎が腰を痛めたのか、何故ヒロインちゃんが尋常ではないハイテンションなのかを恋愛アドバイザー岩巻が知るまで残り四時間
要するに恋愛ゲーのヒロイン側が主人公を攻略しようとしてるのがヒロインちゃん