Side6:ハンデを背負うスペードの1
要するに、喪服の女が派手に水切りして散ったあの日以前。森人族の里までのルートが確定せず、迷う内にモンスターに狩られていた頃、プレイヤー達は一種の停滞状態に陥っていた。
それが解決されたことにより、言ってしまえば今プレイヤー達の間では空前のティアプレーテン日帰りツアーブームが訪れていた。
その原因はやはり「サンラク」と「トットリ・ザ・シマーネ」にある。
第三騎士団々長ユリアンを鎧袖一触で片付けた喪服の女が見せた超機動の数々。宙を駆け抜け、刃の上に立ち、幾百もの閃光を一太刀で繰り出す様は強烈なインパクトを刻みつけていた。
風の噂(トットリのお漏らし)によればあれはレベルキャップを開放したことで取得した俗に言う「三桁スキル」なのだという。
ユニークではないレベルアップに伴って解放される、理論上は全てのプレイヤーが獲得し得るスキルの実演と、トットリ・ザ・シマーネが齎したティアプレーテンまでの経路を確定させるマップは、決して少なくない数の……というか大多数のプレイヤーがティアプレーテンに殺到するに十分な理由づけとなった。
そして、大統領ならぬ大棟梁笑みリアの台頭によって生産職の発言力が高まった現環境、葉っぱ一枚で修理と言い張るお粗末な文明力しか持たない森人族に変わってプレイヤー達が立ち上がるのも無理ない事であった。
「こ、これは………」
サイガ-0がサンラクから聞いた話ではティアプレーテンは長らく人の手が加わっていない、半分自然の中へと朽ちた場所であった筈だ。
だが今は、数百、下手をすれば千人超規模のプレイヤー達が騒々しく歩き回り、ちらほらとNPC達の姿も見える喧騒が里全体に広がっていた。
「ぶっちゃけ建築に関しちゃ素人だけど、葉っぱ一枚で壁の修理を主張するのは無理があるだろ……」
「おーい! 誰か木材アイテム持ってないか!? 柱が足りないんだ!」
「二万マーニで売るぜ?」
「ボッタクリすぎでしょ!!」
「なんか最近、剣握るより金槌握る方が楽しくなってきた」
「リアルで椅子とか作り始めたら君も日曜大工の仲間入りだ、歓迎するぜ?」
「骨系アイテムいるかー? 結構仕入れてきたけど」
「え、スカルアヅチ二号建てるの?」
「だったら別の城の名前にしようよ」
「スカルノイシュヴァンシュタイン」
「なげーよ、略してスカノヴ───ぶげぇ!?」
「あ、ごめん!」
「丸太が後頭部に……これは痛い」
レベルキャップ解放を目的としたプレイヤーが大半ではあるが、それとよりも目立つのはやはり木材や石材アイテムを用いて里の至る所で建築を進める生産職達だろう。
「……ディアレさん」
「任せてくれ、こと擬態の術の腕前ならばそう、私はエムルの師匠なのだからねっ!」
正直に白状すれば、そんなことで張り合ってどうするんだこの兎……と思ったサイガ-0であったが、エムルは言うに及ばず秋津茜と組んでいるシークルゥなどもマントに擬態するので、擬態の術はヴォーパルバニー的には必須技能の類であるのかもしれない。
「私の擬態の術はエムルとは一味違う、装備の装飾を加味してより衣服らしい擬態になることができるのさ……!」
「お、おぉー?」
ふんす、と背中に負ぶさった短めのマントの鼻息が鎧の表面を曇らせる。
未だヴォーパルバニーのパーティメンバー入り、即ちラビッツ兎御殿への入場権を持つプレイヤーは三人しかおらず、その一人たることが発覚するのはあまり都合の良いことではない。
「とりあえず、覚醒の祭壇を目指しましょうか……」
情報曰く覚醒の祭壇は家屋地帯の中心部に位置するらしい、であれば余程のことがない限りは迷うこともないだろう。そう見当をつけていたサイガ-0であったが……
「あの、これはもしかして……」
「うおっ、サイガ-0!? 本物か!?」
「あ、はい」
「まぁ第二陣なら同タイミングでもおかしくはないか……そうだよ、これは覚醒の祭壇待ちの行列さ。大体二十分待ちってところじゃねーか?」
「そう……ですか」
ティアプレーテンまでのルートが確立されたとはいえ、モンスターの脅威がなくなったわけではない。やはり到達にはある程度のステータスは不可欠ではあるが、それでも生産職が到達できるのであれば戦闘職が群れなして殺到するのも容易いことだ。混雑は当然であり、そして人目が多いという現状はサイガ-0にとっては都合の悪い状態であった。
「…………」
「あれ、並ばないのか?」
「思ったよりも、多かったので……」
「平日の昼とかなら割と空いてるらしいぞ?」
「……そう、ですか」
学生という身分上、サボることは困難でありどちらにせよ今この瞬間にレベルキャップを解放することは不可能であると判断したサイガ-0はそっと列から離れてさてどうしたものかと思案する。
「……並ばないのかい?」
「多分、ですけど……ディアレさんも一緒に入ると、バレます」
「くっ……我が擬態の術を看破するとは、さすがは神代文明の遺跡と言うべきか……」
それは関係ないと思う、とは言えなかった。
サイガ-0はアーサー・ペンシルゴンという人物を「苦手」のカテゴリに分類している。
姉の同級生、という絶妙に頭の上がらない立ち位置もそうであるが、数分会話しただけでも自分の内面を見抜いてきそうな、そんな悪寒を感じるからだ。
「やぁやぁやぁ、こんなところで奇遇だねぇサイガ妹ちゃん……いやホント、奇遇奇遇」
「は、はぁ……」
「ところで所在なさげにモンスター狩りをしてた辺り、やっぱり覚醒の祭壇には行けなかった感じかな?」
何故それを、とは聞かない。アーサー・ペンシルゴンの生態に詳しい識者曰く「何も知らないくせに五分くらいで情報を集めきって知ったかぶりを完成させる魔王」「一番最適な対処法は無言で仕留める事」と表現されるようなプレイヤーだ。
少なくとも少ない情報の中からおおよその顛末を割り出すくらいはあまりに容易いのだろう。
「んふふふ、背中にプラスアルファをくっつけてちゃ精密検査なんて受けられないよねぇ……でも大丈夫、私のプランに身を委ねれば万事上手くいく、だから……ね?」
「プラン……」
「そうとも、私はしっかり蒔いた種をしっかり育てるタイプさ……あー、そう考えると農家適性あるのか……いやいや土弄りして朽ち果てるにゃ私はまだ若い、うん! よし立ち直った……」
勝手に自己解決する様は自問自答でキレる想い人に通じるものがあるが、それはそれと脱線した話題を元に戻したペンシルゴンは聖杯の力で変貌した男の姿で眼鏡をくい、と指で持ち上げると不敵な笑みを浮かべる。
「私にとってサンラク君はババ抜き的な意味でジョーカー、カッツォ君はポーカー的な意味でジョーカーだけど、君はまごう事なくエースって奴さ……だからこそ最高に輝ける運用をしてあげる。その為に手伝って欲しい事があってさぁ」
「……一応、話だけは聞きます」
にぃ、と口の端を吊り上げたペンシルゴンは簡潔にそのお願いの内容を告げる。
「あるプレイヤーを探していてね……黒剣、元黒狼所属なら名前くらいは聞いた事があるんじゃない? 聖槌ムジョルニアの所有者、恐らく全プレイヤーの中でも最高峰の生産職……イムロンちゃんをどうにかして見つけたいのさ」
イムロンは正確には一目龍、つまり隻眼の龍でありひいては一目連、すなわち日本神話における鍛冶の神「天目一箇神」に由来する結構凝った背景のあるプレイヤーネームなのですがいくらその手の知識が豊富なゲーマーだからといって誰も彼もがそんな分かりづらい(そもそも日本神話の神をもじった上に読みが中国語)名前を察してくれるはずもなく、普通にスルーされている系のプレイヤーなので何が言いたいかというとちょっと感性がアレな根っからの生産職ですね