Side1:虎狩りパンクラチオン
◇
とある鳥面が別の世界で大統領としての偉大なる一歩を踏み出していたその頃。
「……なぁ聞いてくれよサイガ-0さん、風の噂で聞いたんだがエムルのやつまた凄まじい敵と戦ったらしいんだ。信じられるか? 神代の怪物だぞ? そんな相手に一歩も退かずに戦うとか私の妹凄すぎないか? ちょっと前まで背後から驚かすだけでも大慌てだったエムルがなぁ……やっぱりこのままじゃ姉としての威厳が損なわれてしまうと思うんだ。ここはひとつ強大な敵と戦って私も経験を高めるべきだと思うんだが、どうだろう」
(な、長い……)
「そう、ですね……?」
末っ子故にサイガ-0に姉の気持ちを理解することはできないが、妹を想う姉の願いを無碍にするのも忍びない。
そんな思いから受けたユニークシナリオ「ディアレの秘密特訓」であったが、ある意味では想定外の事態が発生したことでそのクリアは難航していた。
というのも、このシナリオのクリア条件が「蓄積経験値分も含めてディアレの総経験値量がエムルを上回ること」が条件なのだ。つまり……
差が埋まらない。
アキレウスと亀、というわけではないがディアレが経験値を稼ぐ最中にもエムルが経験値を高めているならば、その差を埋めるのはやはり時間がかかる。
しかも彼のパートナーとして様々な敵との戦いについていくエムルは一度に入る経験値の量が多い。
(とはいえ、今日の帰り道で「しばらくシャンフロにはインしないかも」と言ってましたし……そう、メールやSNSではなく。実際に会って、並んで帰るときに、聞いたんですよね……)
「えへへ……」
「む、どうしたんだい? いきなり笑い出して」
「な、なんでもないですよう? ええ、なんでも……」
とはいえ、サンラクこと楽郎から直接聞いた通りであるならば、最低でも五日……多くて二週間はシャンフロにはログインしない、もしくはしたとしても本格的な攻略はしないとのこと。
であれば同時にエムルの成長も一時的ではあるが止まるということであり、ユニークシナリオの達成条件を満たすにこれ以上の好機はない。
「えぇと、今回は……」
サイガ-0はインベントリから一枚の地図を取り出すと、現在位置と照らし合わせながら改めて進路を確認する。
それはクラン「ネイキッド・マッピング・マーケット」が現在シャンフロにて時の人となっているトットリ・ザ・シマーネの帰還により彼の蓄積していた樹海マップの六割を書き記したマップであった。
とはいえ整備された道が表示されるわけでもなく、あくまでも広大な樹海の中でランドマークになり得るものが記されている程度だ。
だがそのランドマークの一つが、この地図を完売にまで至らせるほどの効果を発揮していた。
「ええと、ディアレさん。今日は特訓もそうですが……私自身のレベルキャップを上げるためにこの、森人族の里……ティアプレーテンに、向かいたいと思います……」
「うん、分かった。道中の敵は任せておくれよ」
「頼りにしています」
この言葉に偽りはない。自身が前に立つことも視野に置いた魔法職たるディアレは、そのサイズの小ささとサイガ-0のアバターの体躯もあってか、どこぞの鳥頭砲台よりも機動力は落ちこそすれ、より安定性を増した戦車として機能する。
さらに言えば一応の攻撃手段こそ持つがサンラクのネックである防御面などに重きをおくエムルとは違いディアレは攻撃偏重だ。
元々火力と耐久を両立するサイガ-0がさらに移動砲台を獲得したことで、火力効率は大幅に上昇したと言っていいだろう。
「しかしエクシスには悪い事をした、こんなにもサイガ-0さんを借りてしまって……やれやれ、もし君があいつを鍛えるようなら、その時は私も力を貸すよ」
「は、はぁ………ディアレさん」
「うん、気づいてる……近いね」
地を踏む足音。人間の平均以上の大きさを持つサイガ-0の足音が風に吹かれ揺れる草花の如き小ささに思えるほどの巨大で、重厚な足音。
人のものではない、であれば現れるそれが友好的な道理もなし。
「ゴルルルルル……」
「と、虎……?」
「ディアレさん、私が前に出ます」
「お、おう! 相変わらず肝が据わってるな君は!」
なにぶん、サイガ-0にとって全ての獣型モンスターはリュカオーンと比較されてしまう。それ故にこと獣に対してであればサイガ-0が気圧されることはほとんど無くなっていた。
「属性は……特に持っていない、ようですね」
であれば単純な膂力頼りの獣か……否、その結論は早計であるとサイガ-0は頭を振る。
単純な属性……西洋でいうならエレメント、東洋ならば五行で示される属性を持つ事はこのゲームにおいて義務ではない。
リュカオーンのような影に関する力は属性には定義されないが、であればリュカオーンは膂力一辺倒かと聞かれればそんなはずはない。
初見のモンスターがどんな攻撃手段を持ち、それがどんな性質を持つのか……それはそもそもこのゲームにおいて「廃人」と称されるトッププレイヤーが最低限持つべき観察眼だ。
そして、サイガ-100というトップクラスの廃人と共に数多のモンスターと戦ったサイガ-0もまた、その観察眼を備えている。
余談だが、今現在大統領としてトマホークを振り回す某鳥頭はその観察眼をより広範囲に広げたものを持っている。
即ちゲーム的観点から「このタイプのエネミーが何を使うのか、この攻撃パターンはどのように派生するのか」を様々な作品で蓄積した知識を参照して対処しているのだ。
さらに言えばバグによる挙動の急激な変化にも慣れているからこその、立ち回りとも言える。
「っ! ディアレさん、口の前から避けてください!!」
「咆哮か……っ!!」
大きく息を吸い込み、肋骨を押し退ける程に膨張した虎の胸部。ただ吠えるだけで済むとは思えない明確な危機、もしこの場に真界を観測する眼を持つ者がいたならば、虎の口から放射状に迫るエフェクトの津波を視認できたであろう。
「グロロロァァァア!!!」
咆哮。放たれた爆音の「音」が大気を震わせ、その直線上にある全てを加熱する。
言うなれば口から電子レンジ、しかしてその効果は凶悪の一言に尽きる。
「き、木が爆ぜた!?」
「電子レンジのように水を振動させている……? となると、人体に対しては極めて有効……いえ、違いますね。だからこそ前に出るべき、ですね」
「はぁ!?」
「大丈夫、勝算はあります。ディアレさんは私が注意を引き付けている間に火力の用意を」
「ぐ……ぬぬ、わかった! だがそこまで啖呵を切っておいて私の前で破裂とかしてくれるなよ!?」
にこりと浮かべた笑みがディアレに伝わることはない、双貌の鎧は皮膚の露出が一切ない全身鎧である。
それ故に、人体へ直接作用する攻撃に対しては装備の能力に関係なく形状の特性として効果を発揮する。
「……内側を温める電子レンジがその外側を加熱することはありません」
即ち、物理的な障壁による防御は可能という事。サイガ-0は身の丈ほどもある今は漆黒の大剣……神魔の剣を構えると、虎の真正面へと立つ。
「虎狩り、です」
獣の摂理に反則はない。背中か死を晒す者こそが敗者であり、正面切って相対する限りその闘争は決着しない。
故にこそ虎……名をロア・タイガントと設定された流れ者のモンスターは大自然のルールに則り、目の前の人間との力比べに挑む。
「く……!!」
ガード系スキル「プロテクトチャージ」、盾系スキルではあるが一度習得すれば大剣の腹などを盾代わりとしても発動できる。前進する盾、とでも言うべき突撃とロア・タイガントの巨躯が正面から衝突する。
拮抗、否、若干サイガ-0が押されている。だがそれでもギリギリのところで踏ん張り、耐える。
「……っ!!」
話は変わるが、ネコ科の生き物というものは非常に柔軟な身体を持ち、軽やかな動きを繰り出すことができる。故にその皮膚は伸縮を前提としており、何が言いたいかと言えば軽自動車程のサイズともなれば皮をつかむことすらできるということだ。
「……「ハイエスト・ストレングス」!!」
裂帛の気合と共に、サイガ-0の膂力が瞬間的に跳ね上がる。上から覆いかぶさるようにのしかかっていたロア・タイガントの身体が弾き返され、その隙を逃さぬとばかりに伸ばされた手が虎の喉を掴む。
「斎賀式……護身術!!」
足腰を据え、確固たる土台を整えた上で己よりも巨大な相手を投げる。
瞬間的に投げのフォームを整え最速で投げ飛ばす見様見真似「大時化」とは異なる確実な対処に重きを置いた武術。
虎を一本背負いする鎧の騎士を少し離れた場所で魔法の準備を整えながら、ディアレはポツリと呟く。
「怪物かな?」
花も恥じらう十七歳です。
そのうち回し受けとか散眼とかやりだしそうですね