イルカの繁殖について研究 血液の測定で「恋の季節」が明らかに 妊娠診断で体調管理も

話の肖像画 鴨川シーワールドの獣医師・勝俣悦子<18>

バンドウイルカのスリムと(鴨川シーワールド提供)
バンドウイルカのスリムと(鴨川シーワールド提供)

《鴨川シーワールドでは、アシカやペンギンの人工哺育に成功した昭和50年代後半、イルカの繁殖について研究を始めていた》

鳥羽山照夫館長の指示で57年、バンドウイルカの繁殖生理学的研究を当時、東大の学生だった吉岡基さん(三重大元理事、現名誉教授)と共同で始めました。私を当館へ導いた、新宿駅に貼られたポスターに写っていた「スリム」、そして「スワン」「ヘレン」「スージー」の採血を隔週で3年間続けたのです。当時はまだ採血のためにイルカが尾びれを提示してくれる「受診動作」という技術や考え方はなく、落水して、あるいは網で捕獲して採血するという、なかなか大変な作業でした。

血液はまとめて吉岡さんが大学に持ち帰り測定してくれます。その4頭の「黄体ホルモン」値の変動から、バンドウイルカの恋の季節が明らかとなり、さらに妊娠診断ができるようになりました。

これは当時として大変大きなことです。おなかが大きくなるまで妊娠に気付かず、出産の兆候も分かりませんでした。しかし、この方法で早期に妊娠が判断できるようになり、母親の適切な体調管理もできるようになったのです。

61年6月、交尾を確認したスージーの黄体ホルモン値が上昇していたため、妊娠していることが分かりました。バンドウイルカの妊娠期間は12カ月。翌年6月に出産を迎えました。

《スージーは頰に白い傷があるのが特徴的だったという》

当館に搬入する前から頰の両側に左右対称のひょうたん形の白斑がありました。イルカの皮膚の深い傷は白く残ることが知られています。海でなぜこのような白い傷ができたか?は謎でした。イルカは好奇心旺盛なので、海の底に沈んだ難破船に顔でも突っ込んで?などと想像してみたものです。

スージーの出産は4時間と、通常の倍くらいかかる難産でした。ようやく生まれた赤ちゃんを、母親のスージーが口にくわえて潜ってしまいました。万事休すか、と息をのんだところ、2頭は浮上し、赤ちゃんが初めての呼吸。親子は無事でした。翌朝、親子を撮影して写真を見ると、赤ちゃんの頰に母親と同じような新しい傷があります。スージーがくわえたときの歯形に違いありませんでした。

もしかしたら、スージーの頰の傷も、彼女のお母さんがくわえたときの傷が白く残ったものだったのかもしれません。しかし、スージーの子供の傷はその後、消えていました。こちらは浅い傷で、白くは残らなかったのでしょうか。不思議なことがたくさんあるものです。

《スリムもお母さんになった》

スリムは私が入社するよりも前の46年から当館で生活し、見事な目力と食欲のイルカでした。他のイルカに向けて投げた餌を横っ跳びで奪い取り、ステージに餌の入ったバケツがあればひっくり返し、こぼれた餌を食べてしまいます。それだけ生命力の強いイルカで、「スリムさま」と呼ぶのがふさわしい風格でした。

スージーと同じく、スリムも育児に奮闘していました。しかしあるとき、子イルカの具合が悪くなり、容体は急激に悪化してしまいます。スリムは子供が呼吸できるように背中に乗せるようにしていました。イルカがこの状態になってしまうと、もう助かる見込みはほとんどありません。

治療のために子供を取り上げようとしたら、取られまいとスリムは暴れるかもしれません。慎重に取り上げを進めると、スリムは意外にもおとなしく、水面でじっとこちらを見ているだけです。スリムは私たちに子供を託してくれたのかもしれません。しかし、子供は亡くなりました。子供を引き離したときのスリムの姿を思うと、今でも胸が痛みます。(聞き手 金谷かおり)

会員限定記事

会員サービス詳細