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トレセン学園同時多発うまぴょい事件の発生経緯/Novel by おきてがみ(黒歴史)

トレセン学園同時多発うまぴょい事件の発生経緯

16,785 character(s)33 mins

おお、まともなSSの書き方なら知っていたとも。
だが、残念。
どこかに置き忘れてしまったらしい。

またいつの日か、気が向いたら投稿します。

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「空中ノンケ固定装置……本当に存在していたなんて」

 トレセン学園地下に存在する大空洞。
 日の光が届かない空間には等間隔に照明が設置され、いくつもの巨大な回転櫓《かいてんやぐら》を映し出す。
 櫓からは複数の棒が突き出ており、根性レベル6のトレーニングだと騙されたウマ娘たちがその棒を力いっぱい押し回すことで発電を行う。

 目を疑うような光景だが、本当の悪夢は櫓に囲まれた中央に存在していた。
 地下から天を穿つかのように高くそびえる黒い建造物。
 回転櫓を動力して稼働するそれは、ぐぉんぐぉんと巨大な怪物のように唸《うな》り声を上げる。

 空中ノンケ固定装置――それがこの怪物の名である。

 愕然とした様子でその名を口にしていたのは、照明が届かない崖の上から辺りを見渡す少女であった。
 長い髪はそのまま闇に溶け込むかのように黒が深く、その身を包む衣服もまた黒を基調としたものである。
 その黒と黒が、彼女の透き通るような白い素肌を強調し、見る者の目を焼かんばかりに輝かせていた。

 少女の名はマンハッタンカフェ。
 トレセン学園で起きている異常にいち早く気がつき、その原因を突き詰めるうちにこの事態にたどり着いてしまったのだ。

 異常とは何か。
 大気の構成は主に酸素(O2)・アルゴン(Ar)・二酸化炭素(CO2)、そしておよそ78%を占めるノンケ(N2)からなる。
 え、窒素(N2)の間違いじゃないかって? 窒素の綴りはTISSOだよ? どうしてNになるんだい? NはノンケのNだよ?
 
 ともあれ、大気の乱れは霊気の乱れにつながる。
 空中ノンケ固定装置は連日稼働を続け、大気中のノンケ濃度がコンマ単位ではあるが確かに低下した。
 これによりトレセン学園では、とある怪異が出現するようになる。

 阿部鬼だ。

 この怪異はノンケでも構わずに食っちまうため、カフェは何かと怪異に狙われやすい自分のトレーナーにクローゼットへ隠れるよう言い含めて、自身はその発生原因を探しに出たのであった。
 探していくうちにトレセン学園地下にて大空洞を発見し、そこで世紀末じみた光景があるとは予想だにしていなかったが……。

「これだけの規模となるとメジロ家、サトノ家、シンボリ家、ダイチ家のいずれか――いえ、地下とはいえトレセン学園の土地を利用しているんです。学園の関係者も組んでいると見ていいでしょう」

 最悪の場合、今あげた全ての勢力が敵になるかもしれない。
 その恐ろしい可能性にカフェは少しも怯《ひる》んだりしなかった。
 彼女は今、静かな怒りに包まれている。
 こうしている今もまた、トレーナーがクローゼットに隠れながら、ブルーベリーみたいな色の青いツナギを着たいい男に怯えているのかもしれないのだ。

「今度という今度は許しませんよ……タキオンさんっ」

 一連の事態を追ううちに判明した主犯格の名前を口にしつつ、彼女は闇に沈み込むように駆けだした。
 その軽《かろ》やかな走りは彼女の黒い衣服もあいまって、視界の隅に入る程度では気がつかれないだろう。
 しかしこの大空洞には岩石の形を模した監視カメラがいたる所に設置されていた。
 そのカメラの一つが彼女の姿を捉え、この大空洞の支配者に届けるのであった――。


※ ※ ※
 


「ふぅン……まさか最初の妨害者が君とはね、カフェ」

 壁に設置された大型モニターを前に、白衣を身にまとった少女がどこか楽し気につぶやく。

「大気に占めるノンケ(N2)の容積比はこの一週間で78.11%から78.09%に低下した。これに気がつき騒いでいるのは一部の化学者のみで、環境への影響は無いはずなんだが……」

 二酸化炭素は産業革命以前と比べ43%増加したとされる。
 それに比べれば78.11%から78.09%への変化は、いってみれば0.0256%の減少にすぎない。
 わずか一週間での変化とみれば大事件だが、では日常生活に影響があるのかと聞かれたら皆無である。
 化学者でもないマンハッタンカフェがどういった経緯で変化に気がつき、どのような理由で妨害に来たというのだろうか?

「やはりカフェの『お友だち』かな? 彼女はノンケ(N2)の減少に気がつき、さらに私が用意した計器でも感知できない問題が起きている事をカフェに伝えたと見るべきか」

 白衣を身にまとった少女――アグネスタキオンは、モニターに学友が映ったという一点のみで状況を正確に理解してみせた。

「問題が起きている? どうするんだいタキオン?」

 この部屋――空中ノンケ固定装置の二階には、タキオンとは別にもう一人、彼女のトレーナーもいた。

 今回の実験は周囲への影響が皆無という前提で始めている。
 その前提に疑問符が生じたからには、いったん実験を中止してカフェに何が起きているのか確認した方が良いのではないか?  
 トレーナーの問いかけには、言外にそういった意味も込められていた。

「どうする? どうするというんだいトレーナー君? モニターに映るカフェを見てごらん? 激おこだよ?」

「激おこなの?」

 トレーナーにはカフェが怒っているのかわからなかった。
 解像度が8Kの大画面モニターだが、暗がりの中を高速で駆け抜けるウマ娘の表情を読み取ろうとすれば一時停止と拡大が必要になる。

「激おこだよ。あれでは話を聞く前に簀巻きにされちゃうよ」

 しかしタキオンは断言してみせる。
 仔細な表情までは読み取れなくとも、付き合いの長いタキオンには彼女の走り方から静かだが確固とした怒りが感じられるのだ。

「仕方ない……この手は使いたくはなかったけど、こういう時のために用意したんだからね」

「タキオン……まさかっ」

「六棒《シックスゲイズ》の出番というわけさ!」

 シックスゲイズ――タキオンにより集められた、大気中のノンケ濃度低下に協力するカラテのタツジンたちである。
 しかし一癖も二癖もある彼らが胸にイチモツがある事をタキオンは察していたため、その扱いにはこれまで消極的だった。

 ある者はタキオンの予定以上にノンケ濃度を大幅に低下させ、ゲートイン可能な菊花賞を世にあふれさせるため。
 ある者はウマ娘コンテンツで最も叡智な師範代の師範代に師範代する機会を伺うための潜伏先として。
 ある者はウマ娘プリティーダービーをヒト息子プリケツダービーにするために。

 非常に強力だが危険でもある彼らには、空中ノンケ固定装置の三階部分に七日間監禁――もとい待機してもらっている。

「さあ、シックスゲイズの諸君! カフェを無傷で捕らえてくれたまえ! 特に足にはかすり傷一つ許さないからね!」

 怒れるウマ娘を無傷で捕らえる。
 無理難題に思えるが、彼らほどのカラテのワザマエにしてみればそう難しいことではない。
 ましてシックスゲイズは六人もいる。
 ベイビー・サブミッションとはこのことだ。

 ガチャンッ、という重い金属の音が鳴り響く。
 地獄の扉が開く知らせにトレーナーは自然と唾を呑み、タキオンはその瞳を好奇心と狂気で爛々《らんらん》と赤く輝かせる。

『……』

「…………おや?」

「…………出て……こないね」

 可能な限り快適な環境を用意したが、七日間も密室での待機を強制されていたのだ。
 勢いよく飛び出てくるとばかり思っていたため、二人は不思議そうに顔を見合わせる。

「ちょっと様子を見てくるね」

「嫌、ダメだ!」

「……タキオン?」

 三階へ向かおうとするトレーナーに、タキオンはすぐさま反応して止める。
 彼女はこの七日間、トレーナーとシックスゲイズがモニター越しであっても接触しないように細心の注意を払っていた。
 彼女の抱える不安と恐怖が、それを断固として許さなかった。

「……モニターの画面を待機部屋に変える。君は隣の部屋に行ってくれたまえ」

「う、うん」

 トレーナーも薄々ではあるが、タキオンが自分とシックスゲイズとの接触を嫌っていることを察している。
 とはいえここまで強い反応が返ってくるとは思っていなかったため、驚きつつもここは素直にタキオンに従うことにした。

「……さて」

 トレーナーが別室に移動したことを確認したタキオンはマウスに手を伸ばし、モニターの映像を空中ノンケ固定装置周辺からシックスゲイズ待機部屋へと変える。
 モニターが映し出したのは――



 男同士、密室、七日間。
 何も起きないはずがなく…


※ ※ ※


「タキオンッ、タキオンッ! しっかりするんだタキオンッ!!」

「お相撲……ラッコ鍋……ワノ国の歴史を知ってるか?……う、頭がっ!」

「……いったい何が起こったんですか?」

 タキオンさん許すまじ。
 普段のマンハッタンカフェらしからぬ勢いで開けた扉の先では、怒りが一瞬で戸惑いに変わるほどの奇妙な光景が待ち受けていた。

 大きなヒビが入って何も映さない大型モニターと、その足元に転がるキャスター付きの椅子。
 そして真っ青な顔で虚ろにつぶやく元凶と、それを懸命に抱きかかえる元凶の保護者。
 これを見てなお握り拳を作れる者は相当なバーサーカーだ。

「あ、マンハッタンカフェか。ごめん、ちょっと待っててくれるかな」

「待つのはいいんですが……いったい何が起きたんですか」

「……聞かない方が良い」

 タキオンをそっとソファに横たえるトレーナーの横顔には、地獄をのぞき込んでしまった苦悩が刻み込まれている。
 これ以上の言及などカフェにはできなかった。

「さて。君は空中ノンケ固定装置を停止させるために来たんだね? いったん装置は停止させるから、理由を聞かせてもらって『ダメだっ……実験は――継続する!』――タキオン!?」

 両者が和解のために歩み寄ろうとした時であった。
 地獄を見てもなお進み続ける狂気の声が待ったをかける。
 それはかすれ声ではあるが執念と恐怖も入り混じっており、警戒を解いていたカフェを一瞬にして臨戦態勢へと引き戻した。

「邪魔はさせないぞ、カフェ。たとえ君にどんな理由があろうとも、どんな大義を抱えていたとしても、どんな事情を背負っていたとしてもだ」

「タキオンさん……いったい何がアナタをそこまでさせるんですか?」

「何が……? 聞けば納得して引いてくれるのかい? だったら教えてあげようっ」

 ソファの背もたれに手をかけ、ふらつく体をかろうじて起こしたタキオンは血を吐くかのような勢いで絶叫する。



「私のトレーナー君をノンケにするためだよっっっ!!」



『……』

『…………?』

 意味を理解できず、カフェとトレーナーは顔を見合わせる。
 そこには自分と同じくらい困惑した顔があった。

「あの……タキオンさん?」

「カフェは良いよなあ! 自分のトレーナーがノンケで!
 私のトレーナー君だって負けてないんだぞっ、でもゲイなんだ!
 私に手を出そうとしないんだコンチクショウッ!」

「あの、いえ……その……とりあえずトレーナーさん」

「あ、はい」

 錯乱状態のタキオンとの会話をいったん諦め、カフェが一言も発せていなかったトレーナーに確認することとした。

「アナタはゲイなんですか?」

「違うよ。女の人が好きだよ」

 タキオンを通じてそれなりに交流があるが、カフェはトレーナーを同性愛者だと考えたことは一度たりともなかった。
 念のための確認にもあっさりと答えてみせる。
 嘘をついている様子はない、というより嘘をつける余裕が今は欠片もないため、正真正銘のノンケに違いない。

「はぁ!? トレーナー君、君はノンケだっていうのかい!」

「逆に聞くけどタキオン。どうして僕をゲイだと思うんだい?」

「私をたばかろうというのか! 遠出での宿泊先を私がこっそりダブルに変えた時も! デートの帰りに私がうまぴょい街に誘導した時も! 胸元のボタンを一つ外してソファで寝たふりをした時も! 君は君自身よりも大切にしている私に手を出さなかったじゃないか!! つまり君はゲイだと証明されているっ!!」

『……』

 再びカフェとトレーナーは顔を見合わせる。
 しかし今度は同じ感情を映し合わせることはできなかった。

 トレーナーはカフェに『助けて……っ』という懇願の表情を浮かべている。
 一方のカフェはというと『アナタの担当ウマ娘ですよ。アナタが何とかしてください』という疲れ切った表情で切り捨てていた。
 ショッギョ・ムッジョ。 

「あの……タキオン?」

「なんだいトレーナー君! 君が男を好きなのは、何も悪いことなんかじゃないさ! だが私の助手としては大問題だ! だから私は君に、ツェルブナイン純度のノンケ(N2)を大量に浴びせてノンケにしなければ――ッ」

「……ノンケです」

「……っ! だから私は騙されは――」

「タキオン。僕は、ノンケだよ」

「……でも君は、私に手を出さなかったじゃ……ないか」

 拗ねた子どものようにうつむくタキオンに、トレーナーは困ったように笑いながら片膝をついて目線を合わせる。

「タキオン。君がどうしてああいった行動をしたのか、僕には理由がよくわからない。あれが君のうっかりでも偶然でもなくわざとであったと、突然知らされたばかりだからね。けど当時の僕の気持ちはよく覚えているから教えてあげられるよ」

 ゆっくりと諭すように、あるいは愛を囁くように。
 自分の気持ちが確かに相手へ伝わるように選びながら、トレーナーは想いを言の葉でつむぐ。
 
「タキオンを傷つけてはいけない、タキオンを大切にしなければならない、タキオンの力にならなければならない。
 ……君に手を出すというのは、どれにも当てはまらなくて、全てに反することだった。僕が君に手を出さないのは、僕がゲイだからではないし、もちろん君に魅力がないからなんかじゃない」

「つまり……つまり!?」

 春の雪解けのように、かたくなであったタキオンの態度が少しずつ和らいでいく。

「つまり君は本当は私とうまぴょいしたいのに、それを必死になって自制していたというわけだね!」

「いや、そういうわけじゃ――」

「聞いたかい、聞いていたかいカフェ! 今の愛の告白を聞いていたかい証人よ!」

「……私を巻き込まないでください」

 意気込みながら怪しい建造物に乗りこんだ結果がこれである。
 カフェはやってられないという態度を微塵も隠すつもりはなかった。

「あの……トレーナーさんはゲイではなく、アナタのことが大好きだということがわかったんです。空中ノンケ固定装置を停止させて、固定化させていたノンケ(N2)を大気に戻してくれませんか?」

「いいとも、いいとも! 既にスポンサーに提供する分は確保しているからね。固定化させたノンケ(N2)の残り8割を放出するが、それで不満はないかな?」

「……取り合えずは。8割を放出しても霊気の乱れが続くようでしたら、残った分についてもお願いします」

「霊気の乱れ? そんなことが起きていたとは興味深い――ああ、わかってるさ。ちゃんと今から放出させるとも。それに残り2割についてもすぐに“使う”だろうから心配いらないよ」

「……」

 スポンサーが何者で、どのような目的で“使う”というのか。
 ツェルブナイン純度のノンケ(N2)を大量に使用すれば、ゲイであってもノンケになるらしい。
 では少量であってもノンケにそれを使用したらどうなるのか?

 そこでカフェは考えを止めることにした。
 権力者の想い人への独占力。
 それに進んで関わりたいとは思わなかった。

「さぁ、カフェ。見ての通り――と言いたいが、モニターがちょっとしたトラブルで壊れてしまってね。この計器を見てくれるかい?
 固定化させたノンケ(N2)は貯蔵庫01・02・03・04・05で保管しているが、01を除く4つの貯蔵庫から放出を始めたよ。数値が減っていくのを確認してくれたまえ」

 タキオンの言葉通り、02から05と表示された数字が勢いよく減少していくのを確認できた。
 この速さなら10分足らずで数値は0になるだろう。
 すごく、すごい速さだ。

「あの……タキオンさん?」

 ふと、カフェは猛烈に嫌な予感に襲われた。

「どうしたんだい、カフェ?」

 一方のタキオンはご機嫌だった。浮かれ切っていた。
 ゲイだと思い込んでいたトレーナーがノンケだとわかり、自分たちは相思相愛だったと結論づけている。
 その様子がカフェの不安をより一層深めるのであった。

「ずいぶんと勢いよく数値が減っていますが……このノンケ(N2)はどこから放出されているのですか?」

「もちろん、ここからだとも」
 
「……トレセン学園地下から、トレセン学園地上へ?」

「ああ、そうだよ」

「放出を開始した4つの保存庫全てが?」

「…………あれぇ?」

 軽い口調で首を傾げるタキオンの様子に、カフェとトレーナーは戦慄が走った。

「タキオンさん……?」

「とりあえずいったん停止っと。ははっ、停止を選択しても完全に停止するまで1分近くかかるんだよねぇ」

「なあタキオン。これって……大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫じゃないね」

 恐る恐る尋ねる二人に、タキオンはあっけらかんとした様子でとんでもない答えを口にした。

「試算はこれからするが、きっとトレセン学園に濃度85%超のノンケ(N2)が漂ってしまう。なに、風が吹けばすぐに霧散するよ」

「人体に……影響などの問題は?」

「問題かい? ノンケ(N2)の増大により酸素濃度は低くなり、富士山山頂よりかはマシという状態が数分から十分程度続くだろう。個人差はあるが、軽い目まいや脈拍が速くなったり等の症状が出るよ」

「そのぐらいなら……」

「問題無いだろう。酸素濃度についてはね」

 運動中に目まいを覚えて転倒するなどとなったら問題だが、幸い今の時間は16:30だ。
 多くのウマ娘はウォーミングアップを終えるぐらいの時間帯であり、肩で息をするほど追い込んでいる者はいない。
 大きな問題は避けられそうだとカフェとトレーナーが一安心する傍らで、タキオンはどこか楽しそうに付け加える。

「この時間帯ならば良い感じにウォーミングアップを終えたウマ娘たちと、それを見守るトレーナーが屋外にいて、濃度85%超のノンケ(N2)を吸ってしまうわけだ」



「うまぴょいが起きるぞ」


※ ※ ※


トレセン学園同時多発うまぴょい事件ケース①


「マスターッ!?」

 片膝をついた姿勢で、普段の抑揚がない声とは違った慌てた声が耳に入る。

 これは、まずい。
 何故こんなことになったのかわからないが、ブルボンが視界に入らないように地面を見ながら片手をあげ、近づかないでくれと制止する。

――ハロン棒がバカになる。

 別に妙なことを考えたわけでもなく、ハロン棒に刺激を与えられたわけでもなく、かといって暴走するほど溜めていたわけでもないのに、急にハロン棒が巨大化する現象だ。

 ヒト息子なら一度ならず誰もが経験した事がある現象だが、よりによって今――担当ウマ娘とのトレーニング中に発生するとは!
 とっさにうずくまってハロン棒の膨張を隠したが、いっこうに収まる気配がない。
 いや、それどころか慌てて駆け寄ってくるブルボンの気配にむしろ強まっていく。
 バカな……俺は、ブルボンをそういった目で見たことはないというのにっ!

「マスター、どうか私の手を握ってください。近くのベンチに移動することを提案――マスター?」

 うずくまる俺の様子を見ようと屈《かが》みこむブルボンから、首をひねって視線を逸らす。
 断固としてブルボンを視界に入れるわけにはいかなかった。
 ウォーミングアップをすませてほのかに汗をかいた肢体を隠すには、夏用の体育服の上から俺のジャージを羽織るだけではあまりに心もとない。

 ブルボンの……体育服姿……大きな胸が作り出すシワが、煽情的なラインを作りながら細い腰まで流れ、ハーフパンツからは瑞々《みずみず》しい太ももが姿を現す。
 その豊かな体つきとは裏腹に、その顔は整っているのにあどけなさがあり、俺に背徳感というスパイスを――

「~~~~~っっっ」

「マスター!? マスター大丈夫ですか!?」

「ハッ……ハッ……大丈夫、だから…少し……俺から離れていてくれ」

 まずかった。今のはまずかった。
 俺はいったい教え子に何を考えてしまったんだ。
 気がつけば肩を上下するほどに息が上がり、汗までかいてきている。
 もはや問題がないと言い張るのは無理な状態であった。
 ブルボンが俺をベンチなり保健室に連れていくために、体に触れて起き上がらせようとするのは時間の問題だ。
 その前に、その前にせめて――ッ

「ハッ…ハッ……ブルボン、頼みが……ある」

「はい、なんでしょうかマスター。ご指示を」

「上着を……返してくれないか?」

 今の俺は、上半身裸だった。
 もうかれこれ二年になるが上着をまとっていない。
 俺の一張羅は、ブルボンがキタサンブラックの特訓に付き合う際に貸してからというもの、彼女のお気に入りとなって返ってこないままだった。

 このままだとブルボンは俺に肩を貸すなりして移動させようとするだろう。
 直に肌でブルボンの感触を味わうわけには断じていかない。
 それに気安めだが上着の裾で膨張したハロン棒を隠せるかもしれなかった。

「上着を……ですか」

 不満気な声だが、今の俺は息も荒く汗までかいている。
 今まで何度となく『拒否します。この上着からはステータス「温もり」が得られます』と断られたが、弱った人間のささやかな願いを断るブルボンではない。

「わかりました。上着をお返しします」

 良し! と思ったのもつかの間のことだった。
 すぐ傍でしゅるり、しゅるりという衣擦れ音がする。

「……っ」

 視界の外、というのがかえって良くなかった。
 ただ上着を脱いでいるだけなのに妙な想像をかき立てられる。
 本当に俺はどうしたというのだろうか?
 盛ったガキじゃあるまいし、さっきから異常な状態が続いている。

「……それでは……ハッ……ハッ……マスター、上着を……肩に、かけますね」

 久しぶりの感触が肩から背中にかけてかかる。
 ようやく戻って来た上着に一安心した瞬間であった。
 がしりと、俺に上着をかけたブルボンがそのまま肩をつかんできた。

「ブ……ブルボン?」

「上着……私が着ていた上着を……今はマスターが。私の匂いが……マスターを包んでいます。
 私も……私もマスターの匂いに包まれたいのに」


――黒沼トレーナーは気がつかなった、気がつけなかった。

 ハロン棒の膨張を隠すためにうずくまってブルボンから目を逸らす彼には、異常が起きているのは自分だけでないとわからなかった。
 高濃度ノンケ(N2)の吸引はヒト息子にもウマ娘にも等しく影響がある。

 ブルボンにしてみれば、敬愛するマスターが肩を上下させながらうずくまり、何かを抑え込むように汗までかいている。
 それも、上半身裸という状態で。
 さらにそんなマスターの傍で服を脱ぐというのは、ブルボンの幼い情緒を著《いちじる》しく刺激した。
 いわんや、着ていた服を相手に羽織わせるのだ。
 羽織わせるために屈みこみ、マスターの首元から薫る汗をかいでしまったのはダメ押しか。



「ステータス『掛かり』を感知。
 ミッション『うまぴょい』に移行します」


※ ※ ※


トレセン学園同時多発うまぴょい事件ケース②


 鎖骨が見えていた。

「それじゃあキング。ウォーミングアップも終わったことだし、予定通り坂路に行こうか」

 今日のトレーナーからは鎖骨が見えているのだ。

「……キング? 坂路に行かないの?」

「……っ!? え、ええ坂路ね。もちろん行くわよ」

「……キング、体調に問題があるようなすぐに言ってね」

「大丈夫、少しぼーっとしていただけ。運動中に気を抜いたりはしないから安心なさい」

「うん、キングなら大丈夫だと知ってるけど、念のためにね」

 坂路まで二人並んで歩きながら、隣をひそかに見上げる。
 トレーナーの鎖骨が変わらずに見えていた。

 季節は五月。
 暦の上ではまだ春だけど、今日は日差しが強く夏日となった。
 トレーナーがワイシャツを脱ぎ肌着姿となるのも不自然ではない。
 ただ今日のトレーナーの肌着が、VネックのTシャツで首元を大きくさらすタイプであっただけ。

 別にトレーナーの鎖骨を見るのは今日が初めてじゃないというのに、どうしてこんなにも気になるのかしら。
 VネックのTシャツとの組み合わせが原因なの?
 さりげなく覗かせる鎖骨に色気をもた――

「色気なんかないわ!」

「キング!?」

「ちがっ……違うから。ただの独り言だからっ」

 トレーナーに色気を感じるわけがない。
 練習中にこのキングヘイローがそんなうつつを抜かすはずがない。
 とっさに口に出してまで否定していまい、隣のトレーナーを驚かせてしまう。

 それにしても独り言って何よ。
 もっとマシな言い訳はなかったのかしら。

「そっか。独り言に返すのは無粋だとは思うけど……キングは美人さんだし、大人になる頃には誰もが振り返るほど綺麗になってると思うよ」

「……っ! 当然じゃない! 私を誰だと思っているの? 既に美しいこのキングヘイローは、これからもさらに一流として磨かれていくのよ。おーっほっほっほ!」

 美人になるって言われた!?
 さらに綺麗になるとも言われた!!?

 キングが美しいなんて自明の理だけど、トレーナーがそれを口にするだなんて。
 それもトレーナーの鎖骨が気になって仕方ないというこのタイミングで!
 触れて確かめなくともわかるぐらい顔が熱くなっちゃう。
 とっさに高笑いをしてトレーナーから顔をそむけたけど、こんなみっともない姿を誰かに見られなかったかしら?
 
 幸いにして辺りに人はいなかった。
 ……そういえばさっきまではそこそこ人がいたはずなのに、どうしたのかしら。
 記憶を遡ってみると、トレーナーを引きずるように建物や物陰に移動するウマ娘の姿がいくつか思い出せ――

「いや~、それにしても今日は暑いなあ。キングも水分補給には気をつけてね。んっ……んっ……」

 そういえばアレはなんだったのかしら?
 などと思いを馳せていると、トレーナーがペットボトルの麦茶を飲み出した。

 私が――このキングが、鎖骨が気になって仕方ないというのに……横を歩くキングに見せつけるように、喉を艶めかしく脈動させる……ですって?
 ごくり、ごくりと。ペットボトルを傾けるために空を仰ぐトレーナーからは、否応なしに喉仏が強調される。

「おばかっ!」

「ぶほぉっ!」

 もはや反射だった。
 気がつけばトレーナーの背中を叩いていた。
 キング以外に辺りに人がいないからって、鎖骨だけで飽き足らずに喉をセンシティブに動かすなんてインモラルよ!

「き、キング……? え、どうしたの?」

「どうしたのってあなた! いったい――いったい?」

 いったいトレーナーが何をしたか。
 改めて考えてみると、VネックのTシャツ姿で麦茶を飲んでいただけである。

「……ごめんなさい。私、疲れているのかしら」

 額に手を当ててうつむく。
 本当にどうしてしまったのかしら……今日の私は。

「気温の変化が原因かな? それに心なしか、空気も薄いような気が……今日は無理せずに休もう」

「いえ、おかしいのは頭だけだから練習はできるわ」

「頭がおかしいのは一番ダメじゃないか」

「この程度で休むなんて一流じゃ――」

 言い返すために顔を上げて、そこで気がつく。
 気がついたらいけないことに、私は気づいてしまった。

――トレーナーの胸元が濡れている。

 麦茶を飲んでいる最中に背中を叩かれたせいだろう。
 濡れたシャツがぴったりと彼の肌に吸い付いている。
 それは裸であるよりも煽情的で、その胸板を指で――いえ、指なんかじゃなく手のひらや頬で触れたいという欲求を私に膨れ上がらせる。

「キング……? キングしっかりして!」

「――――――――――あ」

 間近で見るにはあまりに刺激が強い光景に、膝から力が抜けてしまった。
 くらりと傾く私の肩を、トレーナーが必死になって掴んでいる。
 私のために酷く取り乱す様子に、私の中で箍《たが》が外れるのがわかってしまった。

「ごめん、体調が悪いのに気がつくのが遅れてしまった。さあ、保健室に行こう」

 力が入らない私をしっかりと、それでいて優しく包むようにトレーナーは支えてくれる。

 保健室はダメ。
 あそこにはベッドがあるから。
 そこに寝かしつけられたら――トレーナーに優しく運んでもらったら、私はもう我慢できなくなる。
 今は力が入らないけど、その時が来れば猛獣の様な力でトレーナーを引き込む予感がする。確信といってもいい。

 でも――もうそれに抗う気力が、キングにはないの。



 トレーナーが悪いのよ。
 一流にあるまじき言い訳を口にしながら、彼女がトレーナーに覆いかぶさるまであと数分も要しない。


※ ※ ※


トレセン学園同時多発うまぴょい事件ケース③


 お兄ちゃんは童貞であった。
 小学生や中学生の時はもちろん、彼女をつくろうと必死だった高校生の頃も童貞であった。
 大学に入れば流石に彼女ができるはずだという縋《すが》るような願いは、キャンパス内でイチャつくカップルを童貞仲間と眺めるという最悪の形で叩き潰された。
 社会人となった今でも童貞のままである。

 恋愛に消極的だったから童貞という、どこにでもいる童貞とはお兄ちゃんは格が違った。
 高校生の頃は彼女をつくるためにあらゆる努力をした。
 あらゆる努力をした結果“必死すぎて怖い”“柵の向こうから眺める分には面白い。柵を超えてコッチに来んな童貞ヤロウ”などと女子たちに評される。
 こうしてお兄ちゃんはつい数ヵ月前まで家族以外からはバレンタインのチョコすらもらえないという快挙を成し遂げていた。

 顔は平凡だが頭は良く、何より愛嬌がある。
 それなのに年齢=童貞という闇は、森田直哉に次ぐ現代の異能といえよう。

 そんなお兄ちゃんだが、最近は童貞特有の悩みがあった。
 “もしかしたらあの娘は俺に気があるんじゃないか?”である。

 童貞とは何か。
 それは異性とのうまぴょい経験が無い人になる。
 それ自体は悪い事ではないが、異性とそこに至るまでの人間関係を構築できない――つまり何が異性からのサインなのかわからない人種なのだ。
 クラスの女の子がする愛想笑いを、自分に気があると勘違いしまうのは学生童貞あるあるだろう。

 さすがに社会人童貞ともなれば恥ずかしい勘違いを何度も経験しているため、良かった……行動に移す前に勘違いに気がつけて本当に良かったと、傷が致命傷一歩手前ですむ。
 まあようするに青臭い経験の数々によって、異性からの評価に臆病なぐらい慎重になるのだ。

 そしてお兄ちゃんはそんな社会人童貞であった。
 それなのに一年以上も“もしかしたらあの娘は俺に気があるんじゃないか?”という悩みを持ち続けているのだ。
 悩み過ぎである。
 それだけの期間があれば、相手が自分を好いているかそうでないか判断できるだけの材料はそろっているだろう。

 しかしお兄ちゃんにも言い分があった。
 相手の女の子――カレンチャンが、あまりにも“カワイイ”のだ。
 客観的に見れば童貞の勘違い以外の何物でもない。

 お兄ちゃんだってこれは童貞の勘違いに過ぎないと何度も結論付けた。
 しかしそれを見透かしてるかのようにカレンは心を揺さぶってくる。
 思わせぶりな態度で――いや、アレは思わせぶりどころじゃないのでは? やっぱりカレンは俺の事を好きなんじゃ待て待てこの早とちりで何度致命傷を負ったんだこの童貞野郎がしっかりしろ。

 このような具合でお兄ちゃんは日々、己の心と戦っていた。
 敵は童貞《おのれ》自身である。

 童貞か、童貞である事が原因なのか。
 自分が童貞からだこんな恥ずかしい勘違いを――教え子のささやかなイタズラを脈ありだと勘違いしてしまうのか。
 ならば俺は――童貞を捨てる!!

 お兄ちゃんは初ぴょいはロマンチックなムードの中で、互いに想い合う者同士で行うべきだと信仰していた。
 しかし事は一刻も争う。
 仕方なく、そうあくまでも仕方なく! お兄ちゃんはATMから3万円を引き下ろし、八割の興奮と二割の不安を抱えながら夜の街に飛び込んだ。

 そしてお兄ちゃんはカワイイ☆ユニバースに包まれて気がつけば自室で朝を迎えていた。
 その日は『お兄ちゃん……カレンが怒ってる理由、わかってるよね?』というカレンの機嫌を直すのに必死だった。

 もはやお兄ちゃんにできることは、童貞《じぶん》が勘違いからの間違いを起こさぬよう、日々お経を唱えて自身を律することぐらいであった。

 その自制心が今日、かつてないほどに揺れ動いていた――ッ!!

「な……なんだ、これは……?」

 最初は軽い目まいかと思った。
 しかし続いて脈拍まで速くなってきたため、念のため近くにベンチに腰掛ける。
 ここまでなら急な体調不良ですむ話だった。

――カレンに会いたい。

 無性に、脈絡も無く、唐突に。
 カレンに会いたくて会いたくて仕方がなくなったのだ。

 近くにカレンはいない。
 お兄ちゃんは資料整理があったので、カレンは一人でウォーミングアップまで済ませることになっていた。
 そのグラウンドへ向かう途中での出来事である。

「まずい……これは……本当にまずい」

 お兄ちゃんの理性は既に限界だった。
 あれほどカワイイ娘に何年にもわたって思わせぶりな態度をとられ、お兄ちゃんの理性はズタボロだった。
 自分は指導者、相手は未成年の教え子。そしてこれは童貞の勘違いだと、必死になって童貞《じぶん》に言い聞かせる事で何とか今日まで耐えてきた。
 コップからあふれそうな水が表面張力でかろうじて耐えているような状態である。

 もしこの異常な状況でカレンと会ってしまえば、水がコップからこぼれてしまう?
 その程度で済めばいい。
 コップ自体が砕け散って全てをまき散らしかねないほどに、今のお兄ちゃんは追い詰められているのだ。

「どこかに、逃げないと……そうだ、トレーナー室に」

 カレンと会うわけにはいかない。
 鍵のかかるトレーナー室で体が落ち着くのを待とうと、うつむきながらお兄ちゃんはえっちらおっちらと歩き出す。
 ハロン棒の関係で前かがみにならざるを得ないのだ。
 そんな牛のようにゆっくりと歩くお兄ちゃんに、猛スピードで接近する存在があった。

「おにいいいいぃちゃああああああぁんっ!!」

「……ッ」

 カレンチャンである。
 スプリンターとしての素質をフルにいかした脚力で、満面の笑みを浮かべながらお兄ちゃんへと駆け寄る。
 それはクリスマスイブに大きな靴下を用意する子どもような、約束された幸せを前に楽しさを待ちきれない笑みであった。
 
 カレンチャンはトレセン学園で何が起こっているのか察していた。
 原因――高濃度ノンケ(N2)がトレセン学園で蔓延していることは知る由もなかったが、他のウマ娘やトレーナーたちの様子から、今が好機だということを理解していた。

「あ―――――――――嗚呼」

 一方のお兄ちゃんはというと膝から崩れ落ち、それでも尻を地面で引きずりながら少しでも距離を取ろうとする。
 大の男がなんとも情けない姿だが、カレンは少しもそうとは思わなかった。
 カレンにしてみれば難攻不落であったお兄ちゃん城が、無血開城のために開門しているようなものなのだ。
 駆け寄る勢いのまま飛び込みたい衝動に駆られるが、それはカワイくないので何とか抑える。

「ねえ、お兄ちゃん。今日はとっても良い日だね♪
 何か……カレンに伝えたいことは無いのかな?」

 尻もちをつくお兄ちゃんに覆いかぶさりそうになるぐらい顔を近づけながら、カレンは期待を隠そうともせずに問いかける。
 お兄ちゃんの視界はカワイイでいっぱいで、カワイイに吸い込まれて目を逸らす事もできない。

 お兄ちゃんの中のどこかで、俺は今日までよく頑張ったとねぎらう声がした。
 そうだ、自分は頑張った。童貞にしては頑張った。
 だから、もう――



 もっとお兄ちゃんは耐えることにした。



「どうしてなのお兄ちゃんっ!」

 信じられないといった様子で嘆くカレンに悪いとは思いつつ、苦しいけどこんな日々が続くのも幸せだと思うお兄ちゃんであった。


――

――――

―――――――


 以上が私、樫本理子が把握できたトレセン学園同時多発ウマぴょい事件の発生経緯です。
 私も当日は学園にいたのですが、酸素濃度の低下に耐え切れずに気を失っていました。
 経緯を知る上で重要な情報を持ち、聞き取りにも協力的であったマンハッタンカフェに改めて感謝します。

 トレセン学園はあの日について、夏日での運動により学園生徒の何人かが体調不良を訴えたと発表しました。
 マンハッタンカフェに簀巻きにされて警察に突き出されたアグネスタキオンは即日釈放され、今日も今日とて彼女のトレーナーを意気揚々と発光させています。

 学び場として、何よりトレーナーとウマ娘として、あれ程までに許されない事が起きたのに何故誰も責任を取らずに事件がもみ消されたのか。
 義憤と責任感から調査を進めていくうえでわかったのは、今回の事件の背景にはトゥインクル・シリーズに大きな影響力を持つ名家が関わっており、さらにトレセン学園関係者も一枚嚙んでいる事です。
 彼女たちが警察とマスメディアに圧力をかけ、あの日は大した事件は起きていないと事実を捻じ曲げました。

 彼女たちはアグネスタキオンの研究にスポンサーとなる見返りに、高濃度ノンケ(N2)を入手している。
 それで何をするかは、先日トレセン学園で証明された効果からある程度は予想できます。

 私以外のトレーナーはというと、何かが起きた事を気がつけずに学園からの発表を信じている者もいれば、教え子とうまぴょいしたという罪悪感から行動できない者など様々です。
 ここは私が動かなければなりません。

 しかし事件の証拠をまとめた資料を匿名で国内の主要メディア各社に送りましたが――当日もそうであったように、彼らはこの件について報道する気がないのでしょう。
 送付してからもう一週間になりますが、どこからもこの件について報道はありません。
 残された手は海外メディアに頼るのみです。

 私一人だけの自室で、英語で作成した資料の最終点検を今しがた終えたところでした。
 あとはこれを海外の大手メディアに、何らかの妨害に備えて複数の手段で送付すれば終わります。
 いくら日本の名家といえど、海外メディアにまでは影響力を行使できないでしょう。
 それはトレセン学園関係者も同じです。

――トレセン学園関係者で今回の事件に関わっていたのが誰なのか。

 それは証拠はありませんが、目星はついています。
 恐らくですが、朝帰りまでしたのにうまぴょいには至らなかった事へ業を煮やした――

「……え?」

 私しかいない自室で、記憶にない緑色が視界をかすめる。
 そう、それは自室においては記憶が無い色。
 しかしトレセン学園でならば日常的に見る色。

「ドーモ、カシモトリコ=サン」

 驚いて視線を向けた先には、丁寧にこちらへオジギをする姿がありました。
 頭の上にある帽子から始まり、上着も、スカートも、爪先に至る靴までの全てが緑色。
 ネオフチュウの深緑の死神――

「トキノミノルです」


――

――――

―――――――


 こうしてウマ娘とトレーナーの仲を引き裂こうとする邪悪な企みは潰えた。
 しかしこの世にウマ娘とトレーナーの純愛がある限り、”指導者が未成年の教え子と恋愛など許されない”というお兄ちゃんみたいな思想を持ち込む邪悪もまた存在する。

 戦えトキノミノル、負けるなトキノミノル!
 カレンチャンがお兄ちゃんとうまぴょいするその日まで!


 
~おしまい~

Comments

  • Currella

    なんだこれはたまげたなあ 色々あって最後におにカレに収束するのがとても嬉しかった めちゃくちゃやん

    Dec 7th
  • D.W.

    だが世界にはH2O(ホモOK)という物質が幅を利かしているのですよねえ。

    Feb 23rd
  • シン

    ゴールドシップのスカートの中ではなく、続きがこんなところに転がってるとは……! カレンチャンのお兄ちゃん……もはや童帝名乗ってええよ……

    May 20, 2024
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