「気候変動は人権の問題」450人が国を訴える 「対策義務に違反」

黒田早織 編集委員・北郷美由紀

 日本政府の温暖化対策が不十分だとして、全国各地の原告452人が18日、国に1人あたり1千円の賠償を求めて東京地裁に提訴した。極端な高温や災害の増加などで健康や財産、持続可能な環境が脅かされているとして「気候変動は人権問題なのに、国は対策を怠っている」と主張している。

 原告は、北海道から沖縄まで全国から集まった。環境問題に関する活動をしてきた人のほか、原告側弁護団のサイト(https://climate-j.com/別ウインドウで開きます)経由で原告になった人もいる。東京大学准教授で思想家の斎藤幸平さんら、著名人も加わっている。

 日本は、世界の平均気温の産業革命前からの上昇を1.5度までにすることを掲げる国際的枠組み「パリ協定」を批准しており、温室効果ガスの排出削減に取り組んでいる。パリ協定の根拠となるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、2040年までに「19年比」で69%の温室効果ガス削減が必要だとしている。

 これについて、国が今年2月に閣議決定した地球温暖化対策計画は「40年度までに『13年度比で』73%削減」との目標を掲げた。19年ではなく、日本国内の排出量が最多だった13年を基準とした。

 原告側弁護団は、この目標を「19年比」で計算し直すと「40年までに67%」となり、IPCCの目標を下回るため削減義務に違反している、と指摘。さらに、法的拘束力を持つ温室効果ガス規制基準が明らかに必要なのに、国会が法整備を怠っているとも主張している。原告らはこうした対策の不備で、「平穏に生活する権利」が侵害されていると訴えている。

 今後の裁判では、政府や国会の温暖化対策に、賠償が必要となるような過失や違法性があるかが争われるとみられる。

 提訴後の会見で、斎藤さんは「猛暑で子どもたちが外で遊べない様子を見ていて心苦しい。このままでは取り返しのつかない事態になり、大きなつけを未来の世代に残してしまう」と述べた。

世界で相次ぐ「気候訴訟」

 司法を通じて気候変動対策の強化を目指す気候訴訟は近年、世界で急増している。

 起点となったのは、オランダ最高裁の2019年の判決だ。国際的な水準の温室効果ガスの削減は国の義務だとして、政府に削減目標の引き上げを命じた。

 その後も、ドイツ憲法裁判所の判決(21年)や、スイスを対象とした欧州人権裁判所の判決(24年)が、生命の安全や生活の質を保護するための政府の対策を不十分だと判断した。韓国でも24年、31年以降の削減目標がないのは違憲とする若者の訴えが認められた。

 こうした判決の背景にあるのは、気候変動は生命や身体の安全などを脅かす人権の問題だとする捉え方の高まりだ。22年には国連総会で「クリーンで健康的かつ持続可能な環境へのアクセスは普遍的な人権である」とする決議が採択され、日本政府も賛成した。

 今回の提訴はこれまでの国際的な潮流に加え、国際司法裁判所(ICJ)が今年7月に公表した「気候変動に関する国家の義務についての勧告的意見」にも依拠している。ICJは、各国は人為的な温室効果ガスの排出から気候システムを保護する国際法上の義務があるとして、各国に気候変動対策の強化を促した。

 特に、世界の平均気温の上昇を抑える温度目標について、「産業革命前と比べて1.5度」が科学的な根拠に基づく国際的な目標だと示した意義は大きい。「2度より十分低く保つとともに、1.5度に抑える努力を追求する」とするパリ協定よりも踏み込んでおり、現行の削減目標が不十分だとする根拠となりうるからだ。

 ICJの勧告的意見に法的拘束力はないが「世界法廷」としての権威があり、気候訴訟への影響が注目される。国連のグテーレス事務総長は勧告について「私たちの地球、気候正義、変化をもたらす若者たちの力にとっての勝利」と述べている。

 今回の訴訟では、良好な環境を享受する「環境権」を裁判所がどう判断するかもポイントになる。国連加盟国の約8割で保障されているとされるが、日本では範囲や内容などが不明確だとして認められていない。

 日本弁護士連合会は今年6月、国連総会決議で承認された人権としての環境権を環境基本法に明記するよう求める意見書を政府に出した。

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この記事を書いた人
黒田早織
東京社会部|裁判担当
専門・関心分野
司法、在日外国人、ジェンダー、精神医療・ケア
北郷美由紀
編集委員|SDGs担当
専門・関心分野
SDGs サステイナビリティ 市民社会
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    白川優子
    (国境なき医師団看護師・作家)
    2025年12月18日16時20分 投稿
    【視点】

    私自身も、この訴訟の原告の一人です。日々の暮らしの中で、気候危機の影響を肌で感じることが増えてきました。日本でも「気候変動が人権に関わる問題である」という認識が広がり、それが法律や政策にしっかりと反映されることを願い、声を上げる決意をしました。この訴訟は、未来を守るための、社会全体の対話の一歩だと考えています。誰もが安心して暮らせる環境を次の世代に手渡すために、法と科学に基づいた行動がいま必要だと考えています。これは対立ではなく、「どうすればともに未来を守れるか」を考える機会であってほしいと願っています。

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