Nobu Hayashi
Nobu Hayashi
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Nobu Hayashi
@NobutakaHayash9
超高齢化社会で古希なんて老人の初心者マーク。とは言え振り返れば様々なことがあったなぁ。我ながら長生きしたもんだ。いまは体も心も萎えきって、幼き頃から学んだ武術も所詮一炊の夢に潰えた。
そんでも、あと一つだけやりたいことがあるから、もうひと息頑張るべえか(笑)

ネンキンセイカツチュウデス
Nobu Hayashi’s posts
めぐる(當真あみ)は幼き日の選択に悔いを残していた。奏(上白石萌音)は、でもその選択があったからこそ私たちは出会うことができたと伝える。選択したことの本当の意味は、その後の自分の生き方が決めると…。
#ちはやふるめぐり は、かって青春だった多くの大人こそ見るべきドラマだと思う。
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御香典に入れるお札は、新券であろうと、一カ所折っておけばそれで良いよ。普通真っ二つに折るのでなく、片隅を三角形に折ってから拡げて忌み袋に裏を表にして入れる。

見ず知らずの相手に迷惑をかけても平気でいられるスキル。見ず知らずの相手の中から、断り切れぬ善意を見抜くスキル。そんなもの真剣勝負の世界では何の役にも立たない。
プータローになって図書館の本を読みあった方がまだましだ。

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本田勝一さんが「日本語の作文技術」で、前後の文字配分、例えば同じ言葉を、漢字が続いている時はひらがなで、ひらがなが続いている時は漢字で記載すると書いていた。出来るだけ平易に内容を伝えると言う意味合いでも、統一しない方が良い場合があると思う。


子供の頃、極真会で空手を習ったと言うとフルコンタクト空手だと思われる。俺の習った頃の極真は、ダイナミックな剛柔流といった感じで、今となっては伝統派の趣きに近い。


いつから生活保護も受けずに寒空に震えるおっちゃんらにひとときの休息すら許さん国になったのかな?昔は工事現場で怪我したニセ傷痍軍人さんと知りながら小銭を缶カラに入れる人たちが沢山いたのによぅ



俺が大山道場に通い始めたのは昭和39年の秋だったと思う。あの頃の組手は十人十色でみんな痛い思いをしながら創り上げた一人一流のもの。あれから半世紀以上が立った今は、競技派も身体操法派も公式が見出されているように感じる。空手の完成度としては今の方が遥かに高いだろうが、(続く)
今期テレビドラマ失踪人捜索班を見た。主演の町田啓太さまのような若いハンサムの顔はどれも同じに見えてジーサンには区別つかない。が、なんか声に覚えがあると思ったらドラフトキングで天才アマ選手を演じた役者さんだった!柔らかで誠実そうな声。これまた武器になるんだな。
#失踪人捜索班
人が死んでも俺には関係ないが。読売の西村賢太による石原慎太郎追悼文は読ませる。石原の作品をやや通俗であっても、大藪春彦とともに紛うことなき身体性を持った真物と論じている。石原自身が真物と言うより作品に顕そうとした志は真物だったのだろうな。


日本拳法空手道の創始者山田辰雄先生は、実際に当てて倒す事を追究した初期の空手改革者である。その研究は今日的に見れば未成熟な一面もあったかも知れない。しかし、キックボクシング隆盛に際し門下の大活躍により先生の方向性が正しかったことは証明されている(続)
学生時代、大東流を学んだ。護身柔術は、導く、つまり相手の欲するところを与えることで成り立つ、一般武術とは真逆の道を日々稽古する。この発想の転換は交渉事を生業するようになって大きく役立った。壮年期も終えようとする頃、陸合螳螂門を学ぶようになった。既に武術的な追求は難しかったが(続)
30年近く前、神保町の大雲堂に糸東流の初期本がずらっと並んだことがある。極美本だったので複刻本だと思いきや全部初版。コレクターが亡くなられたのだと確信し、しばし黙祷してから顔を上げると、店主が俺に黙礼した。

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裏庭映画保存会
@uraniwamoviecom
ヘビーコレクターほど同じ趣味人と交流せず表に出てこない事が多い。SNS等もせず。日夜承認欲求で盛んにやってるうちはマニアとして薄いかも。とんでもなく珍しいモノが出てくるとその手の隠れた収集家のモノである事が多い。オタクが社会の圧力に耐え苦労した頃を知ってるせいもあるからかもしれぬ
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空手を通じ、試行錯誤しながら達成することを学べたという意味では、昔の空手も捨てたもんじゃないと今でも思っているよ。


ガキンチョ空手家の頃、たまに父に連れられて明治神宮の駐車場に行った。澤井先生の稽古場。
理由あって自流道場に居場所を無くした猛者達が素面で殴り合う異空間。
当時太気至誠拳法も澤井先生も一般的には無名。殴り合ってもトロフィーがついてくる訳でもない(続)
空手も大東流も中途半端、あたしは弱い。
9歳で入門した時、あたしの手を握りしめて「強くなるんだよ」と言って下さった大山先生。
大学四年、可能な限り昼夜の稽古に日参するあたしに温情をかけ「林君ももう弐段だね」と言って下さった佐川先生。
恩情にお返しすることはとうとうなかった(続)
大学時代、大東流を習った。とても下手くそでよく怒られた。卒業近くになり、先生から「林君も二段だね」と言われたときは、後輩から「林さんは希望の星ですよ」と半ば本気で言われるくらい下手だった。才能がないのが一番の理由、ただ感覚的に思うのは空手を先行して学ぶとその癖が残る気もする(続)
19歳で大東流を習い始めた。松田先生の「謎の拳法を求めて」が出る前なので、すべての技が相手の様々な関節をへし折る危険な柔術だと思っていた。習い始めてすぐ、危険技は精妙な技法に暗蔵されていると知った。決して荒っぽくない地味で素朴でなお深遠な技の数々。先生だからこその大東流で(続く)
ちなみに、あたしが学んだ大東流にフリースパーリングはない。もともと空手から始まった探究心がそれに納得できるはずもなく。なのに辞めなかったのは今は亡き師の業前に心を揺さぶられたからだ。ひとつも得られないだろうがそれでも良い。この先生の膝下に身を置きたい。その思いただひとつ。(続)
武術をやる方がマスクをしたり、消毒や検査など過度に怯えることは愚かだとする先生がおられる。
もし未だ手の内に納まらぬ未解明の脅威を怖れることが愚かだと言うなら、俺は愚か者で結構だと思っているよ。


平安初段の鉄槌受けでしょうか?両手の円が僅かに時間差を付けており、より顔面に近い右手を庇い手にするとともに棒の打ち落としのように波のように力を伝えておられるように見えます。いわゆる四方投げも体の変更が素早い。勉強させて頂きました。押忍
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こむ
@housoubu_komu
ちょっとだけ総集movie
#今年も残りわずかですね
#武道
#Aimi
#Com
新宿駅西口では、空き缶を前に置いて座っているお乞食さんが増えている。ここしばらく全然見なかった光景。世の中が後戻りし始めている。

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裏庭映画保存会
@uraniwamoviecom
都内で超久々に雑誌売りを見た。JRホームのゴミ箱で雑誌を集める高齢者を何度か見ててどこかに細々と売り場が存在すると思ってたが。雑誌自体電車の中で読んでる人が少ないが漫画雑誌を読んでる勤め人も居なくはない。雑誌売りの最盛期は90年代後半頃なので懐かしビジネスレベル。結構女性が買っていた
大山先生とその仲間が千葉の漁師町に行った時、仲間が漁師と揉めてボコったら…報復に来た漁師軍団にみな袋叩きにあったのに、大山先生は二三人叩いて、二階の窓からあっという間に逃げ延びたとか。
「ひでえんだよ。大山の奴、自分だけ逃げちゃったんだから」と、これは仲間のやの字の体験談(笑)
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俺の母は、ろくでなしの男の子を宿し、中絶をしようとしていたところ、その男がふらっと来て有り金を持って行っちまって中絶すら出来なかった。その結果がこの俺だ。あの時、中絶されたら生まれることもなくて哀しいが、それでも母の人生のためにそれが必要ならオッケーするよ
正座礼。佐川道場では、両手同時に前につき、深々と頭を下げる。心から礼をするということはそういうことで、何の作為も用いない。それで後れをとるなら自分がそれだけの者だというだけのこと。他流の正座礼を批判する気持ちは毛頭ない。佐川道場ではそうだったというだけのこと。拝


うちの母も介護付きホームに入っています。月23~4万円かかります。惚けて欲しくないので高めのところにお願いしてます。でも私の将来は見えなくなっています。それでも私は人でなしですか?

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ちーの
@chiiinon135
実家の祖母がいわゆる老人ホームに入ることになったことを夫に話したら、「言い方悪いけど見捨てたんやね」と。少しずつ、でも確実に痴呆も進んで一人で歩くこともできないしトイレにも行けない。父や母も24時間見ていられるわけではない。どう思おうと勝手だけど育児と介護は当事者以外口出しするな。
学生時代通った小さな道場。先生は、私が生涯で出逢ったただ一人の名人。ご近所さんが通って一回6人くらいが平均だった。人の記憶は曖昧だから、白帯でも強い弟子ばかりだと言う人もいるけど、それは間違い(笑)黒になっても弱っちかった私が言うんだから間違いない(続)
大東流の道場に入門、半年もしないうちに俺には高度の合気など会得できないと思った。基本的に風一つない日に煙が立ち昇るように姿勢を正し技を施す。本気でやろうとすると至難の技。最も大東流には合気の他にも牙がある。(続)
独り言である。先の大戦時、剣道の高段者ほど白兵戦では役に立たず、死んでいったと言う回想があるそうだ。とても肯けない。当時の剣道は今の剣道とかなり違うし、また軍人は自己の剣道を戦技たらしめるために試し斬りなどの工夫を凝らしていた。中国大陸最強の剣士福田先生は国士舘剣道部出身だぜ

今は高齢になって空手を始める人も多い。あたしがガキの頃通っていた道場にも、一人だけ壮年入門者がおられた。父が聞いた話では、御子息の家庭内暴力から奥さまを護るために入門された方で、茶帯になった頃やっと抑える事が出来るようになったそうだ。空手は下手だったが彼こそ無冠の王者だと思う。
私は65歳ですが、幼少の頃は浅草辺りで、軍歌をハーモニカで吹く傷痍軍人さんを見かけました。その多くは建築現場などで大怪我をした「偽者」と知りつつ両親は私に小銭を持たせ、あげてくるように言っておりました。騙されたわけではなく、貧しいながら困っている人に対する同情心があった国でした。拝
もはや武術から完全リタイアしたので、他の方の動画へのイイネとか意見付リポストは極力しないつもりなのだが。指導者の自分より身長の低い相手の下に入って浮きあげる一連の動作がとても素晴らしい。実際にできる技術を追求し続ける道場だと思う。拝 x.com/koushinkan_w/s
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手を一回転するとき、同じところに戻していない。螺旋状に自分に近づけている。相手の防衛圏から、悟られずに引き出す技術力。流石です。拝


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白兎会合気道
@koushinkan_w
手元に頼り過ぎない練習
①
ゴム付き手袋で封印
手袋で皮膚感覚を隠し、
ゴムで皮膚操作を覆い、
接触点を流せなくする。
→滑らせて崩す方法が取れない
身体と技の使い分けを学ぶ
振り返りみて、大山道場では、道場破りの相手をするのは緑帯の仕事で軽く一蹴してたけど、あれだってもし手こずったら後で鬼より怖い先輩にしごかれる恐怖があったからこそだったかもしれない。逃げ道を塞がれた人間ほど強いものはないんだよな。

