竜よ、竜よ! 其の二十
哲学的ゾンビ、だったか。表面上は人間と全く変わらない反応を示しているとしても、内面では一切の感情を抱かない存在……あるいは貪る大赤依とはそう言った存在なのかもしれない。
だがそれでも、奴にとっても上から降り注ぐ地盤によって土葬されるという事態は焦るに値するようだ。
発生源が下に落ちたとこで自然と赤い竜巻もまた本体に追随する。そしてこの大穴に蓋をされ、圧殺されるまでの僅かな猶予に貪る大赤依が選んだ選択肢は極めてシンプルな力技であった。
「Ooiii」
赤い竜巻がこれまで分体を生み出していた時とは明確に異なる揺らぎを見せる、それは粘土をこねるかのように其の大部分を一点にまとめ上げるとそれを産み落とした。
「なんだ、そりゃ……」
色が赤一色なのは気にしないとして、生み出されたそれを一言で形容するなら……なんだ、パーツのサイズがめちゃくちゃな一つ目の巨人、その死体だろうか。
どうやらあのオイオイ言ってるのが鳴き声なのか、いやそれはどうでもいいとして……人に類似した配置の口からは明らかに殺傷に特化した刃物の如き歯が等間隔に覗いており、鼻や眉間といったパーツは一切存在せず馬鹿でかい眼球がでん、と配置されている。
だがそれらはまだ「サイクロプス」と言われても納得できる特徴だ。問題なのは奴の身体が最初から損傷しているという点、そしてもう一つが……あの「腕」だ。
「くっ……とりあえず上に……!」
目下の問題から目を離すべきではないか。
ここで大人しく待っていても生き埋めにされるだけだ、であれば残り僅かな隙間に活路を見出すしかない。
迫るスキルの効果時間よりも速く陥没した穴の壁面を登りながらも、チラと見えた謎サイクロプスについて思考を巡らせる。
あの赤い竜巻の大部分を用いて作り出されたあのサイクロプスは、産み落とされた段階で既に両足と左腕を損失していた。つまり右腕一本しか存在しないわけで、生まれた時から瀕死という哀れな存在……の筈だ。
だが奴の腕はまるで失った四肢の力を全て右腕一本に集約したかの如く、一目で「ヤバイ」と理解できる異様な肥大化が認められた。
何せ75%ダルマ状態の胴体よりもデカい、というかあれでは腕に胴体がくっついている、と言った方が正しいのではなかろうか。
「ぬ、おおおお!!」
くそッ、生き埋めにされんとする貪る大赤依の足掻きに気を取られすぎたか、既に土と石と岩の塊は大穴に蓋をしてしまうほどに地面へと近づいており、俺が僅かな隙間から差す夜光へ飛び込むには全速力でなお時間が足りない。
おのれディープスローター、あの野郎絶対天誅を……!!
「間に合わな……」
腕。
状況。
脱出。
切り札。
ふと、予感がした。
それは単なる勘であり、それは考察の中でたどり着いた一つの仮説であり、果たしてそれはこの詰み状況の中で俺にあえて下に行くという選択肢を選ばせるに至った。
「くっ……効果時間が……っ!」
だがそう長々とスキルの時間が続くはずもなく……来た道を逆方向へと駆け下りているな、かなまだ十数メートルは高さがある、このまま落ちては死ぬだけだが………ええい、死ねぇ!!
「隕星落蹴!」
セルフで高さを確保しなければならないが、落下ダメージをそのまま攻撃ダメージに転用してくれる飛び蹴りを貪る大赤依本体へと叩き込む。
え、今殴るの!? 大技出そうとしてるんだけど!? みたいな反応をしてるが甘えんなよテメー、予備動作中に殴って止めるなんざゲーマーの基本技能だぞ。あっやめて反撃レーザーはやめて、助けて「傷だらけ」!!
「だが、これで俺たちは一連托生だ……頼むぜ貪る大赤依サンよ……っ!」
既に脱出は不可能、つい数分前まで殺傷をコミュニケーションツールとしていた俺たちもこの状況下では呉越同舟だ。何故だろう、同じ種族で同じパーティのディープスローターより信用できる……この、なんでだろうね……
「OooOOoooooo……!!」
貪る大赤依によって生み出された腕サイクロプスがただ一つ残る異様なまでに肥大化した右腕へと力みをかけ始めた。
赤一色故に分からなかったが、運動エネルギーが溜め込まれていくことでさらに膨れ上がった腕を見て初めてそれが皮膚のない筋肉を剥き出しにしたのものであると気づく。
だがその露出は損傷によるものではない、あたかもその状態こそがデフォルトであるかのような。
ミチミチと……例えるならそう、雑巾を絞りながらもその質量をさらに増している、としか言いようのない様子で何かが起きようとしている。
「待て、いやまさか」
どういう原理か遂に帯電し始めた腕サイクロプスの右腕は既に胴体の二倍近くまで肥大化している。そしてその手が握り拳を作った瞬間、この瀕死の巨人が……貪る大赤依が何をするつもりなのかに気づいてしまった。
待て待て、俺は物理学とかそういうのは全然詳しくないし、物理演算だってプログラム的に理解しているわけでもないけど……アレに対抗するだけのエネルギーをこんな場所でぶっ放したら……!!
あり得るあり得ないはどうでもいい、ゲームの世界なんだから天地がひっくり返ったって不思議ではない。だからってまさか、何万トンかそれ以上はある地盤そのものを殴り飛ばすなど。
だがそれでも呆けて突っ立っているほど鈍っちゃいない、棒立ちが許されるのはイベントシーンとエンディングだけだ。
「防御……ダメだ、いや違うインベントリア!!」
力が開放されようとしている。傍目から見ても臨界点までエネルギーが込められた異形の腕は掘り穿たれた地の底から何かを吸い上げているようにも見える。
真紅の筋肉に光のラインが走り、さながらSFモノで120%稼働させられるマシンを見ているかのような。後を、先を、未来というものを一切考慮しない一発限りの破壊砲。
「iiiiiiIIIIII……!!」
ともすれば少し間抜けですらある鳴き声も、傍らで核弾頭が起爆しかけていれば笑みも吹き飛ぶ。つーか肉体が消し飛ぶ。
「【転送:格納空間】!!」
規格で推し量ることすら馬鹿馬鹿しい極限の暴力が解き放たれる。脆弱な人間は逃げる他に選択肢を持たない。
だからこそ
視界に映る景色が変わる寸前、それでも尚己の力をこそ信じて貪る大赤依へと襲いかかる「強者」の姿が、やけにはっきりと目に焼き付いた。
時間にして、約三分。カップ麺が完成するかどうか程の時間、それが俺がいないこの穴の底で経過した時間だ。
「……死んでもいいから実際の光景を見た方が良かったかもなぁ」
貪る大赤依の姿はない、恐らくこの「道」から地上へと這い上がっていったのだろう。
コツコツ、とあまりの熱量故か硝子化した地下空間にヒールの音が反響する。顔を上げれば、そこには地上まで斜め方向にぶち抜かれた巨大なガラストンネル。
下手をすればこれがプレイヤーに向けられていたのか、とこのゲームのバランス調整に苦笑しつつ、ガラスの床を進んで行けば探していたそれを視界に捉えた。
「「「…………」」」
「……炭、だな」
もしくはかつて「傷だらけ」だったもの、か。
あえて形容するなら爆心地に噛みつかんとしていたこいつは、周囲がガラス化するような膨大なエネルギーを至近距離で食らったわけだ。
一体どれだけの熱量を、破壊力をその身に叩きつけられたのか……ボロボロと崩れゆくその身体は、かつてプレイヤー達に死と敗北を与え続けていた怪物とは到底思えないほどに惨めだった。
「それでも、まだ残っている」
このゲームにおいて、プレイヤーだろうがNPCだろうがモンスターだろうが……死を迎えたものは等しくエフェクトと共に「消失する」。
要するに……非常にしぶといと言うべきか、これで死なないとかどう倒せと言うべきか、こいつはまだ生きている。
「…………」
この場で俺には二つの選択肢がある。ずばり生かすか殺すか、シンプルな生殺与奪の権利な訳だが……
「傷だらけ」のみならずこいつの種族はある種のエリアボスとしてこの大樹海に君臨している、と聞く。
こいつの種族、ドラクルス・ディノサーベラスはある程度樹海を進むとほぼ確実にエンカウントする、という説がプレイヤー達の間で流れており、その中でもこの「傷だらけ」はパーティメンバーが多い程……要するに数に任せた強行軍を確実に殺す為に派遣される飛びっきりの処刑者なのでは? と言われている。
そんなモンスターが今、目の前で死にかけているのだ、それにトドメを刺せるメリットは大きい。素材は勿論、今の俺なら経験値だって無駄にはならない。そして何より新大陸開拓における厄介な障害が取り除かれる。
「………」
簡単な事だ、もはや炭の塊なのだから素手で殴ったってトドメを刺せる。大部分のダメージは貪る大赤依が削ったものだが、トドメを刺したとなれば結構なリターンが来るだろう。
それに仇討人としての技能を得たからこそ分かる、こいつを倒す事で俺は仇討人としての実績を積むことが出来る。
上手いこと立ち回れば幼女先生からお褒めの言葉を貰うこともできるだろう、サバイバアル憤死作戦の材料がまた一つ増えるな……つっても「スク水姿でパフェを食べる幼女先生」スクショだけで致命傷まで持ち込めそうなんだが。
「まぁ、やることは変わらねーか」
取り出しましたは他ポーションとは異なり割合回復アイテムこと「ミスティック・ソーマ」。聖女ちゃんから前払いの一つとして貰ったアイテムを躊躇うことなく「傷だらけ」へと撒き散らす。
「寝ぼけてないでさっさと起きろよ。そいつは俺の奢りだ、どうせ今の俺には不要なもんだしな」
トットリのノリが伝染ったかな、まぁどちらにせよ火力貢献もせずにトドメだけ刺していく、ってのはヴォーパル的にはよろしくあるまい。
水晶群蠍? あんなんトドメ刺すにも命がけだわ、奴らと戦うだけでもヴォーパル極まるっての。
「お前が欠けると火力が激減するんだ、こんなところで野垂れ死んで貰っちゃあ困るんだよ」
じわじわと肉の色を取り戻す炭の塊を眺めながら俺は思わず笑みを浮かべる。
さぁて、これだけの大惨事を引き起こしながら「傷だらけ」も、貪る大赤依も、俺すらもキルできなかったあの変態をどう煽ってやろうか。
強いて言うなら「黒」さん、脳筋どころか骨まで筋肉で出来てる