竜よ、竜よ! 其の十八
「あはははははは! 見た!? 見たかいトットリ君! 何あの動き、きっもちわるいなぁ!!」
「やべー……」
トットリの目はその一連の動きを全て目撃したにも関わらず、全体の半分も理解しきれていなかった。
突然サンラクが性転換したかと思えば女児向けアニメのような変身と共に、全く女児向けアニメではないビジュアルになったかと思えばアレである。
「要するに……加速した、ってことなのか?」
「いーっひっひっひ……あーお腹痛い。まぁ要約すれば、そうなるねぇ……」
だがそれは完全な答えではない、とディープスローターは笑う。
「ボクも全部を把握したわけじゃないけどぉ……多分、空中ジャンプと物理演算のベクトル変更を組み合わせたんじゃないかなぁ」
「それって、グラビティゼロとかフリットフロートみたいな?」
「ま、俗に言う三桁スキルって奴じゃなぁい? にしたってあの速さのタネは謎だけどねぇ……」
種明かしをするならば、サンラクは封雷の撃鉄・災の発動に加えて莫大な量のスキルを起動していた。
これまでの身体能力を向上させるスキル群に加えて一定時間の経過もしくは被弾するまで空中歩行を可能とする「ヘルメスブート」。
足裏が接触している必要のあったグラビティゼロとは異なり、プレイヤーの思考で重力作用の方向を決定する「無重律の恩寵」。
足場が不安定であるほど、重力に逆らっているほどにその作用を軽減する「重律踏覇」。
そして「百閃の剣」及び「鋭結点睛」の火力を高めるための限界まで強化された「戦極武頼」。
連続で攻撃を当てることで発生するコンボ数が多い程に火力が高まり、さらにコンボ数を重ねていくほどに行動で消費するスタミナが軽減されていく「剣舞【無尽紡】」。
残存体力10%を境界線として、それ以上とそれ以下を往復する度にステータスに強化補正がかかるという特殊な方式の強化スキル「死線上足踏」。
そして攻撃の予兆を可視化し、神速の世界を観測するための眼を齎すスキル「真界観測眼」。
あとは単純明快、上下左右、地面も重力すらも無視した動きで貪る大赤依の身体の上すらも走り抜け、尻尾を終着点として切り刻んだだけである。
「うふふ、フフフフフフフ……!!」
「楽しそうっスね」
「そう見える? そう見えちゃうよねぇ………くくくく」
攻撃スキルも含めれば実に九つに及ぶスキルの超連続起動、それは普通の頭では到底できない筈の芸当だ。
だが、
だがもしも、それを人の頭で実現するとするのであるならば……それはまさしく、思考をホットケーキでも切り分けるかのように分割する並列同時処理を使う他には存在しない。
尤も、サンラクが行っているのは思考を切り分けて別のことを考えるような完全なる並列ではなく、思考をさながらレーンの上に乗せたボールを連続で流していくかのように高速で切り替えることでスキルとスキルの発動間隔を極限まで縮める芸当なのだが、どちらにせよそれは並列同時処理に繋がる技術ではある。
そして、ディープスローターが笑う理由がそこにあることをトットリは知らない。だからこそ「ディプスロさんサンラクのファンか何かかな?」とあっさり片付け、自身も戦線に復帰すべく回復や補充をしつつも改めてサンラクの方へと視線を向ける。
「……ユニークモンスター倒せるようなプレイヤーって、あんくらいしないと駄目なのか」
「さてどうだろうねぇ……俺だってユニークモンスターがどういう戦闘を強いてくるのかなんて知ったこっちゃないしぃ……」
まぁ少なくともあの機動力に特化した、特化しすぎた構築が必要な敵ではあったんだろうねぇ。
その背中で吹き荒れる赤い竜巻から噴き出した赤い靄によって再生した尻尾の猛攻をかわしつつ再びアタックを仕掛けるサンラクを眺めて言いながら、小杖を仕舞い込んだディープスローターは一本の長杖を取り出す。
トットリはその現物を見たことがあるわけではない、だが「賢者」の職業に到達したプレイヤー達が語るある噂と、歯車を無理やり捻ってメビウスの輪にした上でその周囲を手のひらサイズのモノリスが五つ浮遊するその長杖の量産品とは思えない輝きを見たことで直感的にとある名を呟いていた。
「実現杖ザ・デザイアー………?」
「あれぇ? トットリ君これのこと知ってるんだぁ……おかしいなぁ、ずぅっとインベントリの中に入れて滅多に使ってないのにねぇ……あ、内緒にしといてね?」
「え、マジでザ・デザイアーなのかこれ!?」
実現杖ザ・デザイアー。
その名はあまりに有名で、そしてその所有者は名も姿も知られていないにもかかわらず「簒奪者」としての悪名をプレイヤー達の間に轟かせている。
ユニークシナリオ「究極魔道に至る極意」、発生条件は最上位職業「賢者」を取得していること。NPCから貰うことができる「究極魔導の断片」というアイテムを集めることで究極の杖、その名も「実現杖ザ・デザイアー」が手に入る………そんな触れ込みで発生したユニークシナリオに、多くの魔法職プレイヤーが白熱した時期があった。
そしてそれは魔法職のプレイヤーのみで構成されたクラン「魔女の教会」のクランリーダーがプレイヤーに向けて多額の懸賞金を出したことからも伺える。
だが、その白熱はある時期を境にぱったりと消えることになる。
最終的に「賢者」プレイヤーの過半数から「究極魔導の断片」を受け取り、究極の杖がある座標を突き止めた「魔女の教会」のクランリーダーがその場所で見たものは……
既に何者かによって杖を持って行かれた後のがらんどうの祠であった。
「魔女の教会」はクランメンバーに「聖杖」の所有者を抱える魔法職プレイヤーの総本山と言うべき盛り上がりを見せているが、それでも「実現杖ザ・デザイアーの所有者は出禁」という規約がクラン運営に組み込まれているほどにその遺恨は根深い。
「ディプスロさんが持ってたのか!?」
「そうだよぉ……あの魔女お姉さんがしこしこお金をばらまいてる間に、ちょいちょいとねぇ……」
「え゛、あの人女性じゃ……」
「ネカマだよあの人、このボクが言うんだから間違いないね」
今何か凄まじく衝撃的な事実が暴露された気がする、とトットリが汗を流すのを他所にディープスローターはザ・デザイアーを構えると魔法の発動準備を始める。
「と、とりあえずそれは置いておこう……なぁディプスロさん、えーと、なんだっけ……エ……エウ……」
「ん? 【東風より来たれ滅びの大王】のこと?」
「そう、その魔法って隕石を落とす魔法なんだよな……どれくらいの範囲にダメージ判定が出るんだ?」
少なくとも実現杖ザ・デザイアーを出してまで発動する魔法だ、単なる範囲魔法で片付けていい威力ではないのだろう。最初は「サンラクも巻き込まれるのではないだろうか」と考えていたトットリであったが、あの規格外の速度を目撃してからはそんな心配もどこかへと吹き飛んでしまった。
であればトットリがすべきは、森人族が巻き込まれないようにあらかじめ避難を……
「あんなの嘘に決まってるじゃないかぁ、なんだよ隕石を転移って……うふふ、無理無理」
「…………は?」
魔法を創り出すMMOを滅ぼした悪魔が嗤う。
ディプスロさんはスペクリ出身者、つまりそういうこと。
「魔女教会」のクランリーダーはバ美肉お兄さん。性別バレした時の反応を楽しんでいるので隠してはいるがバレても割と無敵、オカマキャラは強いって相場が決まってる……が、それはそれとして十億かけて空振りフルスイングさせられた恨みは忘れない
なお余談ですが新大陸側に「実現杖」の対となる「具現杖」があるので頑張れバ美肉お兄さん! (バ美肉って言葉が使いたいだけ)