竜よ、竜よ! 其の七
覚醒の祭壇は現状この森人族の里にあるもの以外確認されていない、もしも……もしも貪る大赤依の赤溜まりの範囲が覚醒の祭壇にまで届いてしまったな的としたら。
「ディープスローター、覚醒の祭壇が破壊不可オブジェクトの可能性ってあるか?」
「多分壊れるねぇ……このゲーム、重要なフラグだったりは代用を新規で作って補うからねぇ……」
オイオイオイオイ、森人族を守る為に残った筈が、全プレイヤーのレベルキャップ開放を守る為の最終防衛ラインに強制ジョブチェンジかよ。
「……ヘイト源が覚醒の祭壇方面から遠ざかれば時間稼ぎにはなるか?」
「結局のところは侵食範囲の限界次第だけどぉ……全部の頭やら鰭やらが逆方向を向いていれば破壊される可能性は減るだろうねぇ」
言うだけなら簡単だが、この前提を満たすためにするべき行動がどれだけ危険かは俺もディープスローターも分かっている。
即ち敵陣ど真ん中でノーミス時間稼ぎ……それも、制限時間は分からず回復すら困難な状況で、だ。
「腹括るしかないか……」
「亀甲縛りで?」
「何なの? 亀好きなの?」
「亀って凄いよね、甲羅も頭もエロパーツなんだぜ? アイデンティティの八割がエロスで構成された生物とか完全生命体じゃないかぁ……」
「亀が今の話を聞いたら産卵じゃなくても涙を流すだろうよ」
こいつに気を引き締めるよう要求した俺がアホだった、だが時間がないので理性ガバガバの変態も投下するしかない。
「選り取り見取りに撫で斬りだぁぁぁ!!」
「ハーレムもののAVかなーっ!?」
斬る、避ける、斬る、斬る、避ける、避ける、避ける、避ける、避ける…………
「物量!!!!」
魂の叫びであった。自覚できるほど魂のこもったシャウトであった。
とりあえず十本くらい首を斬り落としている筈なのだが、目測でその倍の数は首が増えている。
少なくとも竜骸のパーツとして形を持った「赤」は触れても大丈夫そうなので遠慮なく踏みつけて回避の助けとしているが、それにしたって量が多すぎる。
「生きてるか変態!」
「戦闘中に悦ばすのやめてほしいんだけどぉー!?」
「生きてるのか、残念」
口から赤い吐瀉を撒き散らしながら首を突っ込んで来た竜骸の鼻頭を踏みつけて跳躍、さらに空中にいる俺を噛み捉えんとした首共を足場にして上へと駆け昇る。
流石に数十メートル跳躍、とはいかないが五メートルも跳べばこの地獄絵図の全体図が見えるというものだ。
「侵食範囲は……ギリギリ踏みとどまってるってところか」
大赤依の赤色と、草の緑色の境界線はギリギリ居住区で踏みとどまっている。やはり覚醒の祭壇から離れた場所で俺とディープスローターが暴れているのは無駄ではなかったようだ。
おっ、増殖した尻尾にホームランされたディープスローターが目の前を通過した。死んだ? 死んだ?
「やぁ、貴方の心にシューティングスタァァアァアァアァアァア……」
チッ、元気そうだな……というかしぶと過ぎるだろあいつ。かれこれ八回くらい致命傷食らってないか?
「おっ、着地狩りご苦労」
滑り台の如く、鱗の形が魚鱗に近いが故に突起の少ない竜骸の首を滑り降りつつ周囲に視線を向けて次の行動を算出する。
正面には台風で吹っ飛ばされた看板みたいに巨大な鰭前脚、左右からはゲロビ、後ろには滑り降りるのに使った首……うん、回避一択。
「くっそがぁ……袋叩きにされてたまるかぁっ!!」
逃走経路は空しかない、だがスキルのリキャストが終わっていない。リキャストタイムが半分だからと言って、ノータイムというわけではないのだ。
(主に変態がうるさくなる的な理由で)使いたくなかったがインベントリア・エスケープを使うしかない、か。
タイミングを見計らって……ここだっ
「【転送:格納空間】!!」
『周囲五メートル以内に敵対関係のモンスターがいるため使用できません』
「えっ」
えっ
「あぁぁぁまちぃぃぃぃぁぁぁあああ!?」
全身から脂汗が噴き出したかのような焦燥、余裕という名の化けの皮が剥がれて後に残るは死を待つだけの半裸……くっ、あの変態より先に死んでたまるかぁぁぁあ!!
意識がそれを承認するよりも速い須臾の一瞬で思考はこの状況から逃れるための唯一の方法を導き出す。
このゲームを始めてからずっと慣らしてきた高速ウィンドウ操作でインベントリアを……今回のサイレント修正で超ぶっ壊れアクセサリーからぶっ壊れアクセサリーに格下げしたインベントリアからアイテムを引っ張り出す。
視界が赤で埋まっていく、四方が隙間なく増殖体で埋め尽くされ、それでも見上げた先には最上の点を歩み越えた月……
「【瞬間転移】!!」
人の観点からすれば五メートル、神の視点から見れば僅かな座標ズレ
。だがそれでもそんな僅かのズレが俺の命を救った。
防波堤に突撃した白波が飛沫と散るように、四方八方から俺へと殺到した貪る大赤依の増殖体達が互いに互いの運動エネルギーで傷つけ合う。
瑠璃天の星外套を風に揺らしながら拾った命をまた捨てるようなドジを踏まぬよう、それでいてサイレント修正によって死にかけた鬱憤を晴らすべく、上から下へと落ちる過程で両足を揃えた俺は空中で屈伸するかのように膝を曲げて足に力を込める。
「くたばれやぁぁあ!!」
名付けて重力加算八つ当たり飛び蹴り……!
そっかぁ、ダイレクトに発動条件を弄ってきたかぁ……でもなぁ天地 律、範囲制限をつけたとしても戦闘中に使える、って時点でぶっ壊れは確定なんだぞ。五メートル距離を離せばジークヴルムのブレスだって完全回避可能で、それを差し引いても利便性自体は損なわれていない。
「だがそれはそれ……!!」
死にかけた怒りは目の前のサンドバッグで晴らすんだよ!!
両足をインパクトの瞬間に全力で伸ばし、激突の威力を高めると共に跳躍の為の動力とする。
「仕切直しできりゃ、対処できんだよ……!」
グラビティゼロ起動! こちらへ噛み付いてきた増殖首に足裏を接触させ、重力処理方向を変える! さらにライオットアクセルで体力を削ってAGI確保! 首に触れる足裏をステップで制御して重力処理方向を切り替えつつ落ち、進み、登る!
宙返りでグラビティゼロの適用を切って落ちつつ、下から俺を切り裂くように斜め斬りに振るわれた巨大前鰭の上に着地、一歩で跳躍してようやくリキャストが終了したフリットフロートで空中ジャンプ。
「詰めが甘いんだよ!!」
「いやあれは百人が百人詰み状況って言うと思うけどぉ?」
「俺の友達ならあの数倍は鬼畜生な状況を強いてくるぞ」
「性的交渉? 性的交渉を前提とした友人関係なんです!? 私もなりたぁーい!」
はいアラドヴァル
「左頰肉がウェルダァァァン!」
網に焦げ付いた肉になるまで焼いてくれようか。
だがしかし、常日頃から水晶群蠍の球技大会に球として参加している甲斐があったと言うべきか。
最近あいつら、AIが学習進化したのか上方向も塞いでくるからなぁ……他のプレイヤーには申し訳ないけどゆくゆくは同じ結果になってたろうし、インベントリアをゲットしてから出直してきてくれ。
「さて……これは生き延びた、と考えていいのかな?」
「痙攣してるねぇ……絶頂?」
「苦悶とか悶絶寄りの痙攣だろ」
「マゾならご褒美だねぇ……」
「少なくともアレの行動パターン作ったやつは間違いなくサディストだろうけどな」
「何その遠隔SMプレイ、捗るねぇ!」
墓取って死んでろバーベキューミート。
だが、貪る大赤依が何らかの特殊行動を起こしたのは事実だ、例えば限界まで広がっていた赤溜まりの領域が中心に現れた貪る大赤依に集まっている……だなんてあからさま過ぎるモーションだったり、な。
「……よくよく考えると、たった二人で第三形態まで行けたとか快挙じゃないか?」
「いやいや……分かって言ってるだろう? サンラクくぅん……」
「だよなぁ…………」
簡単過ぎる。それが第一、第二形態を経て俺とディープスローターがともに感じた結論であった。
レイドモンスターはプレイヤーが多人数で挑む事を前提としている、それは言い換えれば下手をすれば四十五人を一撃で殲滅してもおかしくはないという事だ。
それをたった二人でこんな簡単にクリアできるはずがない、なんなら通常モンスターの群れと戦う方が死の確率は高いだろう。となれば導き出される結論は簡単だ。
「第三か、さらにその後の形態か……本番がある」
「そしてその瞬間はどうやらこの後すぐのようだねぇえ……!」
床に広げたティッシュペーパーを、ひとかたまりにして球体にしたかのような……それを象より巨大な質量がやったならば。
グジュグジュとえも言われぬ……なんつーか、うがいの音を数千倍にしてそれをネチョっこくしたというか……
「粘液! 粘液の音ですよこれはぁ……!」
「お前ちょっと黙ってろマジで」
さぁ、第三形態……本番はここからか?
第一、第二形態がヌルい? 当たり前じゃないですかオープニングムービーみたいなもんですよ
全編通して耐久ゲーな貪る大赤依ですが本番は第三形態からです