夜影に潜む狼傷
「さて……やるか」
若干黒みを増した灰色の鳥面、くいくいと動かして着心地を整えた俺はひそやかに森へと入っていく騎士達の追跡を開始した。
修羅場を乗り越え、ついでに蠍相手に大立ち回りをした結果、俺で蠍共が野球したりもしたが元気です。
あれから急ぎで用意を整えるために「黄金の天秤」商会に頼ったりしたものの、なんとか準備完了まで漕ぎ着け、ハクスラゲーとは思えないステルス追跡……あれ、俺なんのゲームやってるんだっけ?
「まぁいいや……よし」
クリア条件は前王トルヴァンテと第一王女アリアの救出、及び第三騎士団が明確に王達を害そうとした物的証拠の確保。
ステルスアクション自体は普通にこなせるが、システム補正無しでどこまで通用するやら……達人特有の「その程度で気配を隠せていると思ったのか?」とかされたらどうしようもないぞ。
まぁルティアパイセンから聞いた限りでは第三騎士団の団長とやらはそこまで強者ってわけでもないみたいだが……設定最強のモンスターがハメ技で瞬殺、なんてパターンがありふれているのだからその逆とてありえないとは言えまい。
「………」
木の上を飛び移って追跡する、という手も考えたが思ったよりも音が鳴るので却下。結局奴らと同じく地面を歩いて追いかけているわけだが……遅い、遅いのだこいつら。
ゲームシステム的な暗闇の処理と、プレイヤーの視界補正に差がある事はこれまで何度も実感して来たわけだが、NPCは前者寄りの処理がされているらしく、奴らもまた松明を掲げ恐る恐ると言った様子で進んでいるのだ。
まぁ夜は夜で隠密特化の梟もどきだったり噂のドラゴンが湧いたりするらしいのでその警戒は分からんこともないが……リアルタイム進行なゲームである以上、スキップできないのでさっさと事に及んで欲しい。鎮圧するから。
「……国王父娘は見えんな」
最後尾を追跡しているのだから当然といえば当然だが、恐らく隊列の真ん中にいるのだろう。
つまり奴らが止まって隊列を変えるか、俺がさらに距離を詰めるかしない限り国王父娘の様子を伺う事はできないし、どうみてもモブな下っ端共の会話をかろうじて拾うくらいしか出来ないのだ。
「んー……傍受」
途切れ途切れで聞こえない? だったらウチの盗聴器さんの出番ってわけよ。
首に巻いたマフラーからぴょこん! と普段は折れている耳が動き出す。それはしばらくぴこぴこと動いていたが、どうやら下っ端共の会話を傍受する事に成功したらしく、俺の耳元で会話内容を再生する。
「なんで前王や王女をわざわざ奥地で殺す必要がある……ですわ」
「新王様は新大陸の亜人共が敵対した、という事実が欲しいのさ……ですわ」
「ウチの団長は王認勇士サマを超えるくらいの手柄を欲しがってる、だからこんな仕事も請け負ったのさ……ですわ」
設定ページから語尾オフにできない? だが、なんとなーくだが背景関係が見えて来たな。
新王とやらは父や妹を殺したい、というよりも「殺した奴が誰なのか」を制御したがっているわけだ。そしてその対象は新大陸に住む亜人……なんかエルフとかいるんだっけ?
「要するに大義名分が欲しいってわけか」
ただでさえ突貫工事で即位したんだ、見方によっては王位簒奪にも見えるだろう。まぁ「後継確実な第一王子がわざわざ王位簒奪する必要あるか?」という疑問があるおかげで疑いの目を向けられる事自体少ないだろうが。
まぁそれはともかく今の王は無茶な命令を通すだけの忠誠を獲得しきれていない、だからこそ新大陸に軍を差し向けるにはそれだけの理由が必要になるというわけだ。
だがそれならそれで何故新大陸に住む人種と敵対する必要があるのか、という疑問にぶち当たるのだが……
「サンラクサン、どーするですわ?」
「予定は変わらない、奴らがドヤ顔で自白したのを録音したら半殺しにでもすればいいさ」
「……なんだかヴォーパル魂足りてないですわ」
「俺もそう思う、でも人命救助だからなぁ……」
そう考えると中々面倒だなヴォーパル魂パラメータ、ひたすら格上モンスターと戦わないといけないんだから。いやまぁ、状況でも判定が降りるっぽいから大量の雑魚相手でも上がりはするだろうと睨んでいるが……
「エムル、お前が魔法を使ったとしてバレる可能性は?」
「……アタシ以外に効果が及ぶ魔法は微妙なとこですわ」
「成る程……アクティブソナーは使えるか? 周囲にモンスターがいるか把握しておきたい」
「はいなっ」
しばらくして、周囲にモンスターの姿はないという情報がもたらされる。やっぱイベント進行なのか?
「それと、あと少しで開けた場所に出るですわ」
「ふーん………大体の流れは理解できたが……」
怪しい、あっさり過ぎる。絶対これなんか面倒ごとが発生するぞ……そこらの少年海賊に協力しただけで深海タコ相手によって七日間遭難したんだぞ、こう言ってはあれだが「騎士団」と戦う程度ならそれこそジョゼット達だけで済む問題だろう。
ちょくちょく親衛隊メンバーと会話したりする機会があったが、ジョゼットってレイ氏が持つ「最大火力」と同系統の称号「最大防御」持ちらしい。
つまりこのゲーム内において最も硬いタンクこそがジョゼットであり、こと防衛という点では俺よりもよっぽど適任だろう。
だがこのクエストは外部委託、わざわざ親衛隊……いや輝士団外のプレイヤーに依頼されたものだ。やはり情報が少ない、流石にユニークシナリオではないのだから壮大な設定になるとは思いたくはないが……いや、ユニークを引き当てるのは嬉しいが気疲れするんだよ。
「モンスターの反応はない……いや、イベント進行でスポーンする可能性は高い。となると騎士団と同時対処させるつもりか?」
その場合むしろヌルゲーになりかねないが……うーん、事前予測を立てるのは難しいか。
直感か偶然か、なにか気配がするとこっちへ近づいてきた騎士の一人から隠れるため、グラビティゼロで木の枝に逆さまに「立って」様子を伺いつつも思考はさらに回転させる。
命拾いしたなモブ騎士、これがホラーゲームだったらお前はまず間違いなく犠牲者一号だ。このまま上から奇襲を仕掛けてもいいが、流石に騎士が一人いなくなったら警戒レベルが上がるだろう。
じぃ…………っ、と木の上から蝙蝠の如く上下逆さで騎士を見つめていたが、この魔境で単独行動することがいかに無謀かを思い出したのか、モブ騎士は背筋をブルリと震わせた後、隊列へと戻って行った。
「……サンラクサン……っ、おちっ、落ちる……ですわ……っ」
「ガッツ見せろよ……全く」
グラビティゼロの効果切れと同時に空中で身をひねりつつ着地、おそらくイベントが進行するであろう木々の開けた場所に先回りする。さぁーて、真っ赤な暴君すら暗殺してのけた俺のステルス術、とくとお見せしてやろうじゃないか。
「お前たちは……余を、余達を殺すつもりか」
「えぇ前王陛下、御身には新王アレックス陛下の偉大なる未来のための礎となっていただきます」
肥えている、というわけではないが戦闘に携わっているとは思えない……まぁ言ってしまえばちょっと腹が出始めた壮年のおっさんが弱々しい声音で騎士の中でもわりかし派手な男へと語りかける。あれが噂の………なんだっけ、絶体絶命さん? とかいう奴だろう。二つ名からしてダイ・ハードとは人生大変そうだな、NPCだけど。
「ユリアン……考え直すつもりはないか、この大陸に生きる者達とて命。そこに貴賤も優劣もあるまい」
「なにを仰る、彼らは下賤で劣等な蛮族……我らとは比べるまでもない存在でしょう」
おお、素晴らしい。典型的な差別キャラクターだ、異種族が出てくるならやっぱりこの手のキャラクターがいないとな。夏とセミみたいな関係性だ、いないといないで物足りなさを感じる……英雄譚には誰かの不幸が不可欠だ、うーむ正義のパラドックスというか善悪のカルマというか。
「……とはいえ、私は新王陛下ほど亜人を嫌ってはおりませんよ」
「では……!」
「私が求めるは新たな戦い、王城に磔られた奴をも超える武功を上げるための舞台……ただそれだけなのですよ。そしてそれは新王陛下の望みと合致する……」
「彼らは貴様の武功のための糧ではないのだぞ……!」
おぉ……王様、良いこと言うじゃん。いいね、護衛対象が良い奴なら守る側もモチベーションが湧くというものだ。これがクエスト受注したのがペンシルゴンで王様が嫌な奴だったら半殺しにした上でネットに動画を晒す、くらいされてもおかしくなかったぞ。
気になるのは第一王女だな、怯えているのか疲労しているのか俯いているためにこの位置からでは顔がよく見えない。ダイ・ハードさんや国王様、その他モブの顔は確認できるからこそなんだかモヤモヤ……いや、ザワザワしている? なんだこの妙な感情は……この俺が、恐怖している?
だがまぁ「新王アレックスは亜人を滅ぼしたい、もしくは隷属させたい」「ダイ・ハードさんは例の王認勇士様よりも活躍したい」って背景は確定したな。実際戦闘回数を増やしてレベリング、という発想そのものは俺も異を唱えるつもりはないが……効率悪くないか? 対人技能を鍛えたいなら開拓者に喧嘩売ったほうが技量は上がりそうだし、単純にレベル上げるなら亜人相手にするよりモンスター倒せよ。オススメは水晶巣崖だ、あそこはまじで天国だぞ……レベリングできる、採掘できる、ヴォーパル魂稼げる、と三拍子揃ってる上にプレイヤーで飽和することもほぼないという神スポットだ。
時々無知ゆえか無謀ゆえか、俺以外にも水晶巣崖に突撃するプレイヤーは結構な頻度で見かけるが、まっすぐ進んでいるうちは二流だぞ、一流は一定距離は崖際をロッククライムして進むのがベターだと知っているからな。あと壁タンクは完全にゴミと化すのでお引取り願ったほうが良いと思う。ほっといても奴らがお引取りさせるんだけどね。
「ユリアン……せめて、せめてアーフィリアだけでも助けてはくれぬか」
「お父様!」
「申し訳ありません先王陛下、第一王女も共に葬ったほうが「悲劇」の質が上がるのですよ。我らも騎士、下劣な乱暴はせず一刀のもと後を追っていただくことは保証しましょう」
「ぐ………」
なんだ、心のざわめきが止まらない。あらかた録音は済んだのだから後は颯爽登場して助け出すだけなのに……踏み出す一歩が、まるで道の途切れた崖の先に足を伸ばしているかのような……何故だ、何故こうも……っ!?
「エムル……心を強く持て、ここより先を死地と心得よ……」
「…………えっ? は、はいな?」
録音アイテムをしまい、「武器」を取り出して……息を吸い込む。
あくまでも仕事であると割り切っているのか、王という存在を殺すに際しゲスな笑顔を浮かべるでもなく淡々と剣を抜くダイ・ハードさんが剣を振り上げるよりも先に……告げる。
「待てぇい!!」
「っ!? ………何者だ!!」
え、これカッコつけたほうが良い奴かな? 二秒待て、なんか考える……はい、思いついた。
「未踏の地に広まらんとする悪意、夜闇に紛れ天道欺けど我が目より逃れることは出来ず! 故にこそ人それを「正義」と呼ぶ!!」
「姿を見せよ!」
「よかろう! とうっ!!」
前王トルヴァンテと第一王女……会話の流れからしてアーフィリアの背後に聳えていた他の木と比べても一回りは太い幹を持つ大樹、その上より跳躍した影が松明の明かりに揺れる。身をひねり、両手で持っていた「大剣」を地面へと投擲し、垂直に突き刺さった大剣の柄尻に着地する。
「亜人……いや、覆面ですか。フン、その眼差しは正義を見ているとでも?」
「この目は悪しき心を見抜き、悪人の悪しき心を暴く……」
凝視の鳥面時代のフレーバーテキストをそのまま台詞に流用しつつ、登場が完璧に決まったことに覆面の下で笑みを浮かべる。完璧だ……成功率は半々、と言ったところだったが今回は賭けに勝ったようだな。なおこの登場、失敗すると股間を強打する諸刃の剣だ。
練習中に三敗してるし、痛みが麻痺するシャンフロのダメージシステムであっても精神的な損傷が酷いので難易度の高いテクニックと言えるだろう。
「名を聞きましょうか」
えーと五秒待て、なんか考える……はい思いついた。
「我こそは彷徨える剣、聖女の願いに応え王と王女を守るべく振るわれる剣なり!」
「焔将軍の斬首剣」と「黒天無塵鎌」、背景ストーリーで繋がりを持つ二つの武器。
ユニークシナリオ「愛故に哀、故にこそ死を」をクリアしたことで報酬として入手したアイテム「二度と別離たれず」……その正体はモンスターから直接ドロップする二本の武器を素材として合体させる為のアイテムであった。
そうして二本の「剣」を繋ぎ、死の化身に成り果てた女が流した涙を組み合わせて完成した武器こそがこの大剣「別離れなく死を憶ふ」なのだ───! 黒死の天霊関連の武器はどうにも背筋をゾワッとさせる魅力があるぜ、うーむブラックヒストリー。
「彷徨える剣……お主は、もしや……」
「ご安心を国王陛下、彷徨う剣及び三神教……聖女イリステラは御身らの保護を目的として動いております」
正眼の鳥面を装備した今の俺が笑みを浮かべたところでそれが他の者に気付かれることはない。だがそれでも笑みを浮かべて振り返り………その笑みは凍りつく。
「………?」
「嘘だろオイ…………」
な、何故、バカな、これはシャンフロで……
涙を浮かべ、それでもつい先ほどまで絶望に曇っていただろう目に光を取り戻した第一王女アーフィリア。グラフィックの違いか若干印象が違うように感じられるが見間違えるはずがない、だって…………俺はかつてその顔を、
飛び蹴りしたいほど見つめ続けていたのだから。
漂流してきた蟲人族「新大陸にはいろんなフレンズがいるんだよ!」
王様「へー、理性的だし交流できるかもしれんな」
第一王女「わぁ、会ってみたいな」
第一王子「こんなキモいのが他にもおるんか、キモっ」
四行で説明出来る王家側のゴタゴタまとめ