愛を謳へ
今振り返れば、あの日あの場所で毒のスリップダメージで死なずに生き残ったことは大きな意味を持っていた。
もしあの時リュカオーンと遭遇しなかったら、もしあの時採掘した時のアイテムがズレていたら、きっと今の俺は形成されていなかった。
だからこそあの日俺に宿屋の場所を教えてくれたプレイヤー「レイジ」と、その隣にいた「ミーア」の名と顔は覚えている。
まさかこんな場所で会えるとは思ってなかったので思わず疑問形で問いかけてしまったが、ミーア氏は栗毛の犬を抱え上げると目にも留まらぬ速度で走り去ってしまった。
「なんだなんだ、お化けでも見たような……」
いや、上から過剰伝達状態の喪服が落ちてきたら普通ビビるか、ってかホラーだわ。
うわ、申し訳ないことをしてしまったなぁ……レイジ氏の事とか聞きたかったんだが。とはいえ今の俺は作業中、ゴリゴリとヴォーパル魂が削れていく音を幻聴しつつも着々と条件達成へと近づいている。
「評価を改める必要があるな、まさか条件に合致したらここまで有能になるとは」
命を奪う程に己を回復し、強化する。ソロでスローターやるなら必須クラスの性能をしてやがる。スローターの果てに現れるお仕置きモンスターの防具がよりにもよってスローターと相性がいいとはな。
さて、そろそろ出てきてもいい頃だと思うが……ここら一帯の雑魚モンスターはあらかた刈り尽くした。カウントは二百体を超えてから回していないが、相当数のモンスターを狩ったし、このエリアにいる他プレイヤーの貢献も考えればそろそろ出ても……いや待て、他にもプレイヤーがいるなら俺の前に現れるとは限らない?
「チッ……発生者そっちのけでイベ発生とか勘弁してくれよ……!!」
見つけたぁ! 首チョンパされたプレイヤーに関しては若干の申し訳なさを感じないわけでもないが許してくれ、まぁそういう乱数もあるさ。
「ハロー、早速で悪いがお前の夫に心当たりはないか……?」
おっとそのモーションは即死技かな? ふざけんなこの野郎。
「チッ……【マジック・トーチ】!」
もはや確信レベルだが、この魔法……超重要だ。ゲームシステムに騙されがちだが、このゲームには「暗闇」の概念がある。影に潜めばその隠密ごと明るくなる、一見無駄なように見えて灯りで照らすというアクションは十のバフを掛けるよりも有用になり得る。今とかな!!
使い捨て魔術媒体で魔力の灯火を発動、照らし出された俺と黒死の天霊の影を見れば、今まさに俺の影を掴まんとする奴の影が。
だがその性質は逆に利用することもできる、頭の上に生じた光は俺の頭部の動きとリンクしている。即ちやりようによっては影を動かすことも可能!
「生憎お前の動きに関しては最適化済みだ、生かさず殺さずだ……呼びな、お前の夫をな……!」
殺気!
いや正確には不自然な身体の揺れにマジック・トーチが連動して揺れたので後ろからくるそれに気づけたわけだが……よう、久しぶりじゃねーか喪失骸将!
お膳立てはしてやったぞ、さてここからどうなるんだ?
やはりと言うか、こいつらの対面こそがイベントを進行させるフラグであったらしい。登場時こそ俺へ明確な敵意を向けていた首なしの騎将と、死を告げる黒衣が静かに対面する。
「…………」
この場において俺はモブだ、お仕置きモンスターとレアモンスターの対峙に、ヘイトを稼がぬよう静かに距離を離しつつ様子を伺う。
先に動いたのは黒死の天霊だ。あの恐るべき鎌を手品のように雲散霧消させ、流れ作業のようにプレイヤーへお仕置きを執行するモンスターとは思えない程弱々しい……まるでか弱い淑女のような動きで喪失骸将へと手を伸ばす。
行け……っ! 行け……っ! お前らのラブロマンスが進まないとこっちのユニークも進まねぇんだ……!
だが、黒死の天霊が伸ばした手を受け止めたのは……剣。
「………!!」
「………!?」
轟、と振り払われたフランベルジュが黒死の天霊が伸ばした手を拒絶するかのように空を裂く。
無論、奴はあらゆる攻撃を無効化する超クソ耐性持ちのお仕置きモンスター。それは対Mobであっても変わりはなく、いくら喪失骸将が全力で攻撃をしたところで黒死の天霊にダメージが通ることはない。
「………、………」
だが、伸ばした手を拒まれたと言う事実はあの恐るべき黒死の天霊をして怯むほどのメンタルダメージを与えたらしい。
ダメージそのものはない、だが黒死の天霊は未練タラタラの動きで幾度となく手を伸ばし……その度にダメージの無い攻撃に手を引っ込める。
喪失骸将もまた、通じぬ攻撃をそれでも止めること無く繰り出し続ける。そこまでして武器を振るう理由とは何なのか、その理由は焔将軍の斬首剣の前身……喪失骸将の斬首剣のフレーバーテキストから何となく伺うことが出来る。
曰く彼の剣は「記憶を、誇りを、愛すらも忘れた骸は己の首すらも失った。故にこそ、取り残された胴体は生者のみならず死者の首すらも狙うのだ」と語る。
要するに、今の喪失骸将は何らかの理由でかつての記憶? を失っている。いや、もっと根本的な人としての諸々を失っているのだろう。
「となると、プレイヤーがすべきは……喪失骸将の記憶を取り戻す?」
少なくとも喪失骸将側から黒死の天霊に対して有効打を与えることは不可能だろう、タイムリミットは存在しないものと………いや、待て。おいコラ黒死の天霊、お前何さっき消した鎌を再度取り出してるんだ。
「くそっ、タイムリミットは黒死の天霊側かよ……!」
どこだ、イベント進行のフラグはどこだ!? 考えろ考えろ……次に進める? 違う、この状況に相応しい単語は「進める」じゃなくて「揃える」だ。
足りないパーツを揃える、だとすれば足りないパーツはただ一つしかないだろう!
「どこだ喪失骸将の首ィ!?」
ベタな展開だ、そぶりだけでも見てれば結末が予想できる。
黒死の天霊が鎌を振るった瞬間、喪失骸将は二度目の死を迎えることになる。二度目の別離を己の手で成した黒死の天霊は嘆き叫び……おぉ、ベッタベタな悲劇だおひねりを投げてやろう。
「あの鬼嫁がキレるまでにDV (ノーダメ)夫の首を見つけろってか……? 事前発見系なら無理ゲーだぞ……」
ええい、兎にも角にも動かないことにはどうにも………ん?
・岩場の陰からニタニタと笑いながらこちらを伺う女幽霊
・女幽霊は何かボールのようなものを抱えている
・見間違えじゃなければ兜っぽいような……
・おや、奇遇ですねデザインが喪失骸将の鎧と似ているね
「見つけた見つけた見つけたぁぁぁぁぁっ!!」
「───!?」
ッテメー! その格好からして黒騎士に横恋慕した亡国の第一王女だろコルァ! 未練タラタラに首抱えてんじゃねーよ!!
「霊体モンスター……攻撃手段……いや、ユニークの発生条件、イベント進行……これかぁ!」
出でよ黒天無塵鎌! 何百年越しかは知らねえがもう一度リベンジマッチの時間だ!!
スキル起動、封雷の撃鉄・災の効果は未だ続いている。死に去らせぇ!
「───!」
瞬間、幽霊女が手を振ると俺の眼前に現れる幽体の兵士。それは肉壁として鎌の軌道に割り込むと、漆黒の鎌に薙がれ消える。
そして次々と現れる兵士、魔法使い、平民、そして……あまり賢そうには見えない肥えた王の幽霊。
はーん、つまりこれはあれだ。ボスラッシュならぬ雑魚ラッシュってわけかぁ……上等だオラァ!
「てめーら全員死に直して来やがれ!!」
鬼嫁の堪忍袋が切れそうなんだよ! アメフト選手みたいなダッシュしてんじゃねーぞクソ姫ァ!!
・亡国の悪姫霊
既婚者の黒騎士にアピール色仕掛けを試みたものの、素気無くあしらわれた恨みから黒騎士……焔将軍と称えられた猛将を謀殺した。
八つ当たりじみた恨みから黒騎士の婚約者も処刑しようとしたものの「婚約者を奪ったのだから当然自分も恨まれる側」という単純な事実に気づかず、なおかつヴェノムやパニッシャーもビックリなハリウッド・ダーク・アクションヒロインだった女の逆襲により全身を「開き」にされて無残な死体を晒すことになってしまった。
死後、恨みから亡者と化しデュラハンに成り果てた黒騎士の首を奪い今現在も奪った首を抱えながら自分を殺した女の末路を嘲笑っていた……のだが志村後ろ! やべーの来てる!!
余談だがこの「亡国の悪姫霊」は同時出現する「亡国の亡霊群」を含めて一体のモンスターであり、言うなれば「型」として固定された状態である。
故に同じく「型」として固定された喪失骸将と黒死の天霊がラブロマンスする度に首を抱えて出現する、言うなれば宿命の咬ませ犬である(無情秘伝LOVE×HATE)