今夜は眠れそうもない
みのはる、しずあいがそれぞれ付き合ってる前提で、モモジャンお泊まり話。
それぞれがダブルベッドの二人部屋に放り込まれて、ドキドキするお話です。R-15くらいはいってるのかな……わからん……
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突然ですが、わたし・花里みのりの所属する『MORE MORE JUMP!』のお仕事募集用メールアドレスには、地方でのイベント出演……つまりは『遠征』のお仕事依頼が届くことがあります。
キッカケは活動初期に引き受けた、廃校となる小学校での卒業式イベントのお手伝い配信。我らが愛莉ちゃんのソロライブも含めて大好評だったあのイベント以来、わたし達と一緒に思い出を残したい! というメールが日本中から届くようになったのでした。
フリーで活動しているわたし達にとってお仕事の依頼はとても大切なものなので、土日や連休を使ってできる限り出演させてもらっている。
東京で育ったわたしにとっては日本中を飛び回れるのが楽しいし、その土地の方々と触れ合ってファンになってもらえた時はこの上なく嬉しい。……っていうのは勿論あるんだけど、わたしは遠征のお仕事でもう一つ楽しみがあった。
遠方の依頼で先方がお金を出してくれた時にある、ホテルでのお泊まりです!
やっぱりお泊まりだとみんなとの距離が近くなるし、普段しないようなお話もするので楽しい。オフショットの遥ちゃん達の気の抜けた姿は初めて見た時ドキドキしたものでした……。
先方も気を遣ってか基本的には四人部屋を取ってくれるんだけど、時々二人部屋が2つになることも。そういう時はグッパーで部屋割りを決めているのでした。
【PM08:26 花里みのり/慣れる日は一生来ないけど】
「――じゃ、今日はわたしと雫、遥とみのりってことで」
「はーい」
ロビーで受付を済ませた愛莉ちゃんが、お土産を見比べていたわたし達の下へ鍵を二本持って戻ってくる。今日の部屋割りは学年組で分かれました。ファンの間で暖色寒色組、しっかりおっとり組、なんて分類をされるわたし達だけど学年がやっぱり馴染み深い。
「それじゃあ行こうか、みのり」
「うんっ」
「また明日ね~」
「明日は午後に出発だから、チェックアウトだけ気を付けてゆっくり休むのよー」
ちょっとソファで休んでから行く、という雫ちゃんと愛莉ちゃんに見送られて荷物を抱えて部屋へ向かう。402号室なのでエレベーターに乗り込むと、遥ちゃんのサファイア色の瞳がこちらを見ていた。
「みのりと一緒の部屋なの久しぶりだね」
「そうだっけ? えっと、前回は四人部屋で、その前が雫ちゃんと一緒。そのさらに前が愛莉ちゃんと一緒で、もう一回前は四人部屋で――」
「よく覚えてるね」
「えへへ、遠征のお仕事楽しいから」
「そっか。今日も頑張ってたもんね、みのり」
なんて優しく微笑む遥ちゃんにドキリとする。今日は大学のオープンキャンパスのお手伝いで、わたし達が体験授業を動画配信するという面白い企画だった。大学の授業はちょっと難しかったけど……アンケート機能を使った心理学の実験は楽しかったなぁ。
「でも疲れてると思うから、部屋についたらちゃんと休もうね」
「はいっ」
返事をしながら、遥ちゃんの方からそういう提案をしてくれることを嬉しく思う。出会った頃の遥ちゃんはストイックで身を休めることをあまり知らなかった。それを一切苦だと思わないからこその国民的アイドル、というのが愛莉ちゃん評。
それも雫ちゃんの気遣いがキッカケで定期的にお休みをとるようになって、今日はわたしを気遣ってかもしれないけど、それでもお休みしようと自分から言い出してくれるのはいい傾向だと思うんだ。
そうして部屋に入ると――
「…………えっと?」
「…………あ、あれ?」
わたしと遥ちゃんは顔を見合わせた。
それもそのはず――部屋にはベッドが一つしかなかったのです。サイズは大きいから二人で寝るのも全然問題なさそうなんだけど、どういうことだろう。というか、え? もしかしてわたし、今日遥ちゃんと一緒のベッドで寝るの!?
「と、とりあえず愛莉と雫に確認しよっか。もう部屋に行ったかな?」
「そうだね! そうしよう!」
グループチャットでメッセージを送ってみると、程なくして愛莉ちゃんと雫ちゃんからもメッセージと写真が届いた。大きなサイズのベッドで寝転がる雫ちゃんと、呆れ顔でスマホを構える愛莉ちゃんの写真が一枚ずつ。
もう一度遥ちゃんと顔を見合わせる……余裕は残念ながらわたしには無くて。こちらを窺う遥ちゃんの視線を感じながら、ドキドキと高鳴っていく心臓音が部屋に響いていないことを祈った。
同じ部屋で寝るのは大丈夫っていうか、お泊まり会も遠征もしてるから耐えられると思うんだけど、同じベッドは流石に心臓が爆発しちゃうよ……!
……なんてことをわたしが考えているのも、きっと聡い遥ちゃんは察してくれている。耐えがたい沈黙から救ってくれたのは、ポーン、という遥ちゃんのスマホの簡素な電子音だった。
「あ、愛莉から連絡きたね。ホテル側の予約は間違ってないと確認出来て、おそらく今日のお仕事の大学側がツインとダブルの部屋を間違えて予約しちゃったんじゃないか――ってことみたい」
そこを確認するのは先方を責めているようだし気が引けるわ。二人さえよければこのまま泊まろうと思うんだけど、どうかしら?
愛莉ちゃんのメッセージはそう続いた。
「だ、だだだ、誰にでも失敗はあるもんね! わ、わたしは、だいびょうぶひゃよ!」
……説得力の無い噛みっぷりに頬が一気に熱くなる。
ああ、もう。
遥ちゃんのことを意識しているのがバレバレで耐えられない。
すると遥ちゃんは『しょうがないなぁ』という風に息をついて、
「愛莉か雫に部屋割り変えてもらおっか? 自分で聞くのはすっごく自意識過剰っぽくて恥ずかしいんだけど、みのり、私と一緒のベッドで寝れないよね?」
こんなセリフを遥ちゃん本人に言わせてしまった罪悪感が胸の奥で募る。
それでも言葉を紡げないでいるわたしの手を、遥ちゃんがキュッと握った。
「大丈夫だよ。私はこれくらいの事でみのりをどうこう思ったりしないから。それに」と遥ちゃんは不意に口元を緩めて、「みのりがそれだけ私のことを好きだって証明だもの。いつもいっぱい『好き』を貰っちゃって、照れくさいけど嬉しいくらいだよ」
「遥ちゃん……!!」
そのはにかんだ表情は反則だよ! と心の中で絶叫する。
瞳が合う。視線がぱちりと噛み合う。すると遥ちゃんが、おずおずと両手を広げて。そこに思い切って、飛び込む。遥ちゃんはわたしの背中に手を回して、よしよしと撫でてくれた。無言でお互いの気持ちを察し合う――いつの間にかできるようになっていたやり取りに心臓の鼓動が違う意味で高鳴る。涼し気な制汗剤の香り。肩に額を押し当てると、モモジャンのシャツ越しに遥ちゃんの肌も熱を発していることに気付いた。
そっか。
遥ちゃんも、本当は戸惑ってるんだよね。
二人部屋で、ダブルベッド。こんな状況に放り込まれて戸惑わないはずがない。だって――
「……わたし達、恋人だもんね」
「みのり……」
思わず口から零れた言葉に、遥ちゃんが鈴音のような声を落とす。
腕の中で少し顔をあげると、遥ちゃんは伏し目がちの瞳でわたしを見つめていた。こんな至近距離で視線が交差するだけで全身がバラバラになりそうで、わたしはいつまでも遥ちゃんに慣れることができない。
でも、でもね。
触れることは、できるようになったんだ。
「……はるか、ちゃん」
少し踵を上げると、遥ちゃんはそっとわたしの頬に手を添えて――静かに唇が重なった。
瞼を空けている余裕なんて勿論ない。自分から押し当てることはできてもその後を考慮する余裕も、ない。この世のものとは思えない柔らかな感触。遥ちゃんが頬を撫でながらわたしの名前を囁いて、もう一度重ねてくるのに身を委ねるので精一杯で。
こんな恋人でごめんなさい、と思う。
こんな恋人を宝物のように触れてくれる遥ちゃんの指先が、何より愛おしく思う。
「……んっ」
そうして唇が離れると、遥ちゃんはふわっと微笑んだ。
「ごめんね。実は私も、緊張してるんだ。でも一緒に慣れていこうね」
「う、うん! ……今夜は挙動不審かもしれなくて、そうだったら、ごめんね?」
「ふふ、今夜ばっかりは私の方が挙動不審かもしれないよ?」
「ええっ!? そ、それはそれで見てみたいけど遺言をしたためるので二時間ほど待っていただけると嬉しいというか……!」
「愛莉のツッコミがほしいな、ええと、一緒に長生きしようね?」
「は、はいっ」
いたずらっ子に微笑む遥ちゃんに顔がこれでもかと熱くなる。果たしてわたしは今夜を無事に乗り越えられるのでしょうか……。