アシカにペンギン…親代わりの日々 流動食の吐き散らしは「過保護が良くない」と知る

話の肖像画 鴨川シーワールドの獣医師・勝俣悦子<17>

アシカの人工哺乳(鴨川シーワールド提供)
アシカの人工哺乳(鴨川シーワールド提供)

《「わたしは海獣のお医者さん」(岩崎書店)によると昭和61年6月、鴨川シーワールドに双子の赤ちゃんの片方で瘦せてきたアシカが運び込まれた。「ダン吉」と名付けられたその赤ちゃんの親代わりを務めた》

早速、ダン吉くんの胃にカテーテルでミルクを流し込みました。人を怖がることなく、膝の上に乗ってきます。前に人工哺育した(カリフォルニアアシカの)「プン」ちゃんより早く、3日目には自分で哺乳瓶から飲めるようになりました。アシカの親子は鳴き声で互いの存在を確認するので、ダン吉くんが「メェー」と鳴いたら、私は「ハーイ!」。

ダン吉くんは好奇心旺盛で、作業中の長靴を軽くくわえるので「いけません」と叱るといじけたような顔をします。翌日も同じようにくわえようとしては思い出したようにすぐに口を放し、いじけた様子に。「前日の出来事」をちゃんと学習していたようです。

すっかり慣れてかわいくて、もう少し一緒に生活したかったのですが、哺乳瓶でミルクを飲めるようになり体重も順調に増え始めたので、2週間でお預かりした動物園に帰っていきました。

《このころは、ペンギンの「お母さん」にもチャレンジ》

ペンギンの人工孵化(ふか)に挑戦しました。何らかの理由でペンギンの親が世話をできなくなったときに役立つと思ったのです。

フンボルトペンギンは1回に2つ産卵します。ペアの巣から1つを借用して孵化器に入れました。1日2回、温度を測り、温まりすぎないよう調整し、成長中の胚が卵の内側の膜にくっつくのを防ぐため「転卵」します。

暗くした部屋で卵の中を光に透かせて見る「検卵」をすると、まず血管が見え「発生」が進んでいることが分かりました。数日すると心臓が動く影が見えるように。すごい、卵の中で成長している!と感動。ヒナが卵の中いっぱいに大きくなると、卵の中は透けて見えなくなります。そして、卵がわずかにククッと揺れるのが見られ(中でヒナが動いている!)、中から小さな鳴き声が聞こえると、孵化はまもなくです。「はしうち」(ヒナがくちばしで内側から殻をつつく)が始まり、37日目についに卵に小さな穴が開いてくちばしの先が見え隠れします。

なかなか卵のひび割れが進まないので、一時休戦。夕飯を食べに外出し、再び観察するも進展なし。睡魔と闘いながら迎えた明け方、ようやく小さな翼が見えました。そして夕方、はい出しました。なんと長かったことか。

ヒナは「ピヨ」と名付けられました。人工育雛(いくすう)で一番大切なことは、餌を消化でき、ちゃんと成長できるかです。上野動物園(東京都台東区)の報告を参考に、魚肉にペット用ミルクを混ぜて流動食をつくりました。

《「わたしはイルカのお医者さん」(岩波書店)によると、3週間後、ピヨちゃんの様子がおかしくなった》

いつもと違ったピヨちゃんにびっくりしました。首を振りながら与えたばかりの流動食を吐いたようで、育雛箱のあちこちに餌が飛び散っていました。これはただごとではない!と、上野動物園のベテラン飼育係に相談しました。すると、ピヨちゃんはもう魚を丸のみできるのに「過保護」に離乳食を与え続けていたのが良くない、と言います。

そこで餌を流動食から丸ごとの小魚に変えたら、なんと吐き戻しがぴたっと止まったのです。確かに親ペンギンに育てられたピヨちゃんのきょうだいは、もう魚を丸のみしていました。

フンボルトペンギンは約70日で独り立ちします。ピヨちゃんもお見合いを経てペンギン社会に戻したところ、すっかり群れになじんでくれました。3年目にはペアのオスと過ごすようになりました。(聞き手 金谷かおり)

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