信長の研究者が『信長の野望』を30年ぶりにプレイしてみたら?
史料編纂所中世史料部門に所属し、信長に関する一般向けの読み物も書いてきた金子拓先生は、学生時代に歴史シミュレーションゲーム『信長の野望』で遊んでいた……と聞きつけた編集部は、登場を打診。
久々にプレイしてみて感じたこと、史料編纂との関わりについて語ってもらいました。
合戦自体より下準備が重要に
史料編纂所教授
KANEKO Hiraku
もう30年以上前ですが、『信長の野望』をプレイしていました。日本史を専攻しようと考えていた学生時代です。今回、『信長の野望・新生』を入手し、久方ぶりにプレイしました。20代の頃にこれがあったら、確実にハマっていたでしょう。ゲームでこれほど歴史を知ることができるのなら、研究の道に進まずこれで十分と考えたかもしれません。
登場する武将の目的は全国統一です。周辺の諸国を奪って版図を広げる。実際には統一を志した武将ばかりではありませんが、ゲームにはゴールが必要です。大きな出来事や人の生死などは基本的に史実を踏まえますが、史実から離れる展開も可能。ゲームならではの魅力を感じます。
合戦もありますが、闇雲に戦うのではありません。よからぬ噂を煽動して不安定な状況にしてから攻めたり、敵方の家臣を引き抜いてから仕掛けたり。昔のバージョンはもっと戦を重視していたと記憶していますが、内政や人事、調略などの活動がよりきめ細かくなり、重要になっています。
たとえば、所領が戦で奪われた際、主君の支援が不十分なせいだと恨んで忠誠心が下がったという家臣のコメントが出てきました。また、有能な人材を探させると候補者が挙がりましたが、後に活躍する有名な人のほか、専門家でないと知らない人の名もあって驚きました。あるときは、清須城内の治安が低下中との情報を受けて攻撃を命令したところ、見事に陥落。織田家が清須城を手に入れて後に本拠地とした史実を疑似体験できました。
ゲームを通して歴史に興味を持った若者を学問の世界にどう導くべきか考えさせられます。研究成果がいかにゲームに活かされているのか。ある武将の関連史料を示して、そこから窺える武将の能力とゲームのパラメータを比べ、学問による裏付けが反映されていることを理解してもらえばいいのか。いずれにせよ、戦国時代でも軍事と同程度に内政や外交も重要だったという研究の成果が反映されたゲームに進化していることを知りました。
『信長の野望・新生』
『信長の野望・新生』 ©コーエーテクモゲームス All rights reserved.
ゲームにもつながる史料編纂
史料編纂所の事業のひとつに『大日本史料』の編纂刊行があります。1901年に刊行が開始された編年史料集です。第1編は887~986年が対象。江戸時代初期を扱う第12編まで刊行されています。第13編以降の計画もありましたが、江戸時代以降は史料が多くなるため、着手されていません。
私は信長上洛から本能寺の変までを扱う第10編の担当です。先輩方が戦前に刊行を始め、いま折り返し点くらい。1998年の着任後、27年間でやっと天正2年6月から天正3年7月まで進みました。3年に1冊のペースで出していますが、1冊で約2ヶ月分しか進みません。現在、既刊は31冊。全部で何冊になるかまだ不明で、私の在職中は当然ながら、存命中にも終わらない大事業です。
『大日本史料』は日本史研究の基盤をなす史料集です。桶狭間の戦いや関ヶ原の戦いももちろん含まれます。誤解を恐れずにいえば、歴史ゲームも『大日本史料』あってのものかもしれません(願望も含め)。東大は帝国大学時代の1888年に国から事業を引き継ぎ、それは今、1950年に附置研究所となった史料編纂所において着実に進められています。ゲームの背後にある百数十年の地道な編纂作業に思いを馳せてもらえたら嬉しいです。
| 第1編(887~986) | 本編24冊 完結 |
| 第2編(986~1086) | 既刊32冊(986~1032) |
| 第3編(1086~1185) | 既刊30冊(1086~1122) |
| 第4編(1185~1221) | 本編16冊 完結 |
| 第5編(1221~1333) | 既刊37冊(1221~1251) |
| 第6編(1333~1392) | 既刊51冊(1333~1377) |
| 第7編(1392~1466) | 既刊35冊(1392~1419) |
| 第8編(1467~1508) | 既刊45冊(1467~1490) |
| 第9編(1508~1568) | 既刊30冊(1508~1524) |
| 第10編(1568~1582) | 既刊31冊(1568~1575) |
| 第11編(1582~1603) | 既刊30冊(1582~1586) |
| 第12編(1603~1651) | 既刊63冊(1603~1623) |
- 金子先生の推しゲー
- 『マリオカート8デラックス
』(任天堂)
「TVにつないでよく家族4人で遊びました。子どもが大きくなったのでもう付き合ってくれませんが…」
- 『裏切られ信長 不器用すぎた天人
』(金子拓著、河出文庫、2022年)
- 2017年刊の単行本を改題。浅井長政から明智光秀まで、「裏切られ」の視点から見える信長像を提示。