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2025年12月17日

【ニュースで振り返る2025②】東大襲う不祥事の波 藤井船長の舵取りはいかに 後編

 

 新学部UTokyo College of Design(CoD)の設立準備、20年ぶりの授業料改定の実施工学系学部新設の検討─2027年に創立150周年を間近に控える東大にとって、25年は次なる150年に向けた航海の始まりを告げる1年だった。東大の藤井輝夫総長は海洋工学の研究者であり、その海への情熱は任期1年目に策定した東大の基本方針の名称、UTokyo Compassにも表れている。藤井総長率いる1隻の巨船は、コンパスを頼りに「東京大学ならではの創造的な挑戦の航路」を進む。船はようやく総長独自の航路に乗ったところだ。昨年の学費問題での紛糾の嵐も過ぎ去り、総長にとっては順風満帆と言いたいところだが、その船に不祥事の荒波が襲いかかる。さらに吹きつけるのは社会からの逆風だ。東大で一体何が起こっているのか。数々の注目ニュースがあった激動の1年を振り返る。後編では、東大の舳先はどこへ向いているのか、考えたい。(執筆・溝口慶、森木将慧、岡拓杜)

 

前編では、東大の現状を分析しました。

 

※文中のリンクをクリックすると、当時の東大新聞の記事がご覧いただけます。

 

上層部だけの改革 置いていかれる船員たち

 

 大波にさらされる「東大丸」はそもそもどこへ向かって航海しているのか。今年は東大の将来ビジョンが次々と具体的に示された。

 

 4月には、27年度から設置予定のCoDを学部として開設する構想が発表された。学部の新設自体が1958年の薬学部以来約70年ぶりだが、前期教養課程から完全に自立した学士・修士5年間の新たな教育課程は、これまでの学部とは一線を画している。秋入学や全面英語授業などが特徴で、スタジオを中心に据えた授業を展開する。「地球と人類社会の未来を構想する際に不可欠な戦略」として「デザイン」を再定義したうえで、デザインを軸とした教育を通じた「現代と未来の社会変革を推進する次世代のリーダーやクリエイターの育成と輩出」を目指す。

 

theProspective Dean Pennington
CoDの学部長に予定されているマイルス・ペニントン教授(大学院情報学環)

 

 10月には、ディープテック学部とコンピューティング学部(ともに仮称)の新設が検討されていることも分かった。こちらは工学部から分離独立する形だが、起業人材の育成を重視するという。大学院の工学系に経営学修士(MBA)の課程の新設も検討され、社会の変化に即して、学部教育も今後大きく変化していく。

 

 「世界の公共性に奉仕する大学」を標榜した東大憲章をはじめ、社会課題への貢献を東大はかねて掲げてきた。藤井総長は就任直後の21年の学部入学式式辞で、工学研究を社会と結び付けるためには「『デザイン』からのアプローチが必要不可欠」だとしていた。また任期の半分の3年が経過した昨年、基本理念UTokyo Compassを増補したUTokyo Compass2.0では「世界の公共を担う法人として活躍するためには、創造的に自らの実践をデザインする力が必要」とデザインを軸に据えた。CoDのオリジナリティは「デザイン」を活用した社会問題の創造的な解決を志向する姿勢にあり、藤井総長の描く新しい大学モデル像が現れている。いずれの新学部も全面英語授業の予定で、さらに今年度より大学院工学系研究科で、来年度からは大学院情報理工学系研究科でも授業の英語化が本格化する。「多様性の海」に合わせたカスタマイズは続く。

 

 操舵室の航海士が改革に熱心な一方で、学部教育の未来像に関わる議論が全学的に開かれているようには見えない。新学部における従来とは異なる教育実践は、その是非はさておき帆船から蒸気船への移行に例えられるような大きな変革だろう。工学系の新学部では、柔軟な学科・研究室間の移動を可能にする制度設計を目指すという。目立たない船の底に蒸気機関を設置するだけかもしれないが、それは従来のマストの存在価値にも関わってくる。動力源が次第にマストから蒸気機関へと置き換わっていったように、部分的な新学部の設置が既存学部の教育体制全体にとって他人事とは言えない状況がある。執行部や関係教員のみが新学部での実験的試みの舵を握る現状を見れば、既存学部が「旧態依然」との烙印を押されて切り捨てられる未来もそう遠くはないだろう。

 

男だらけの乗組員 「多様性の海」を進むための「場」作り

 

 デザインの実践はCoDに限らない。東大は2027年に学部の女子学生比率30%を目標に掲げているが、実際には長い間20%前後で横ばいだ。そもそも東大の出願者に占める女子の割合が23%と、出願前に障壁が存在している。東大が単独で努力して変革できるものではなく、問題は日本全体の教育制度やジェンダーによる習慣に根差したものだ。まさに社会全体のバイアスをデザインし直すことでしか解決されない。

 

 3月の運営方針会議でも女子率の低迷が話題となった。もっとも、一部の学外委員からは東大が持つ教育社会学の知見には触れることもなく、自分の経験から語るだけの意見も目立つ。学内委員は丁寧に説明を繰り返してはいたが、おおむねこれまで通り入試改革や広報活動の拡大、家賃補助の見直し等の議論を重ねることが確認されただけだ。日本の高等教育制度や社会の認識に根差しているという高校生ですら新書を1冊読めばできそうな「意見交換」が行われた程度で、特別新しい施策が会議で決められることもなく、時間切れで「議論」は予算の話題に移った。

 

 無論、現場は本気だ。9月にはIncluDE(多様性包摂共創センター)のキックオフシンポジウムが行われた。「当事者と研究者の共同創造」をうたい、DEI(多様性・公平性・包摂性)の研究部門を備える。驚いたことに、このシンポジウムを通じて得られたイベント運営における情報保障(翻訳、手話、音声読み上げなど、受け手にあった形で情報を多様な手段で提供すること)などに関する知見はIncluDEの公式サイトで公開されていて、その本気度がうかがえる。

 

 CoDの企画準備室でも北海道から沖縄まで、全国の高校生との交流を続けている。企画準備室には過去に東大で英語での授業を受けて英語授業の欠点を学生の側から理解している若い卒業生の教職員もいる。工学系の新学部についても高校生を対象に意見募集が実施された。これらの知見が授業計画に生かされることを願う。

 

 23年4月の学部入学式で藤井総長は「大学が力を注ぐべきなのは、こうした学習の『場』をつくること」だと話した。「場」は次々と供給されている。6月にはハイパーカミオカンデの空洞で掘削完了記念式典が開かれた。10月には高輪ゲートウェイに新キャンパスが開所し、12月にはD&I棟(B棟)も着工する。

 

 しかし東大を特徴づける「場」はやはり前期教養課程ではないか。学部生全員が駒場の教養学部で2年間学ぶ仕組みは特異だ。初代教養学部長の矢内原忠雄が「よい教養学部が出来なければ、よい東京大学は出来ない。新制大学としての東京大学の死命を制するものは教養学部だ」との意気込みで整備した「場」である。1991年の大学設置基準の大綱化を受けた全国的な教養組織の廃止の流れにも逆らい、今でも教養学部は東大の教育の基盤にある。CoDは前期教養課程から完全に独立して設置される。駒場を離れ、浅野に新たな場を創り出す方向にあえて舳先を向けた。しかし、藤井総長はCoDの発足を見ずして任期満了を迎え、実際にCoDの1期生を入学式で迎えるのは来年選ばれる次の総長だ。次の総長には学部教育に関してどのようなビジョンを持っているか、CoDもまた東大の使命を制することができるか注目だ。

 

 また4月に入学した1年生から授業料が値上げされた。何らかの学部教育への還元も期待したいところであるが、複雑な学務システムの全てをつなげた新システムUTONEの実装が今年度中に予定されている。1月の東大の広報誌『学内広報』では「ゆくゆくはポートフォリオを進学選択でも活用するという可能性もあり得ます」という記述もあり、UTONEを通じたミクロなデータの集積から教育体系そのものの見直しにも期待したい。

 

工事中の赤門はすでに足場で覆われた。次に赤門が開かれるのは27年となる(11月30日撮影)

 

東大という巨船はどこへ向かっていくのか

 

 濱田純一・元総長は総長引退後の著書で、厳しい財源の下では、大学が存在すること、拡大すること、そして予算を増やすこと、それ自体が大学を自己目的化し、本来的な存在理由を見失わないよう気を付けねばならないと警鐘を鳴らしている。

 

 医学部の一部の教員は、残念ながら大きな理念を見失ってしまったようだ。学内ガバナンスの強化という以前に、東大教員は、もう一度教育・研究という原点に立ち返って大事なものは何かを考え直す必要があるだろう。小宮山宏・元総長は東京大学新聞社の取材に対し次のように語っている。「対話はやりますし、資金ももらいますが、最後の決定は自分たちがするんです。それが大学の自治だと思います。つまり、社会との連携で大学の自律性が保てないというのは大学の問題で、それができないなら、大学の意義はもうないと思います」。

 

 司馬遼太郎は『この国のかたち』で、東大から輩出した人間が近代文明を日本中に普及させるのにあらゆる分野で貢献した様子を「文明の配電盤」と例えた。これまでに東大は16人の首相と13人のノーベル賞受賞者、7人の宇宙飛行士を輩出している。東大が舳先をどこに向けるかは、時に日本全体をも左右するが、東大が道を誤っては日本の未来そのものが危ぶまれることとなる。来年、新しい総長が決まる。教育・研究に関して、一体どんな羅針盤を持つ総長が誕生するか。藤井総長が任期の最終年に大嵐をどう乗り越え、そして次の総長はどんな航海方針を示すか。期待を込めて25年末の振り返りとしたい。

 

 

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