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【検証 安倍元首相殺害事件】メディアが報じていないファクト 山上被告、自身の報道で「不正確なものも」

弁護士ジャーナリスト
奈良地方裁判所の前で、初公判の間、報道陣をにらむように仁王立ちしていた鹿(10月28日午後、筆者撮影)

安倍晋三元首相を殺害したとして殺人などの罪が問われている山上徹也被告の裁判員裁判が終盤を迎えている。10月28日から奈良地方裁判所で始まり、14回の公判を経て被告人質問まで終わった。

筆者はそのうち12回の公判を傍聴できたが、この裁判に関する主要メディアの報道には不正確なものがいくつもある。2022年7月の事件発生後、この裁判が始まるまでになされてきた報道にも多くの誤報が見つかっている。

裁判では証人尋問や被告人質問が長時間行われたため、全てを報道できないのはやむを得ない。だが、事件の重大性の割に裁判報道の量は十分でなく、いくつもの重要なファクトが抜け落ちている。

この記事では、裁判で明らかになった事実や発言のうち、特に重要と考えられるものを中心に簡潔に紹介する。メディアが大きく報じている事実については割愛している(主要紙の特集ページリンクは記事末尾を参照)。

(以下、本記事では山上徹也被告を「山上」と略し、その親族を「祖父」「母」「兄」「妹」「伯父」と記す。旧称「世界基督教統一神霊協会」、現在「世界平和統一家庭連合」については便宜上「統一教会」と記す)

生い立ち関係

① 中学2年まで「非常に順調」

山上は、幼少期に父を亡くしているが、父親代わりになっていた祖父が母の入信に怒りを表すようになった1994年(中学2年)まで「非常に順調だった」と言った(11月20日被告人質問)。

祖父の家で生活し、母は遺族年金のほか、祖父の会社からの収入もあった。祖父の死後(1998年、山上が高校3年の時)も1年くらいは「困ることはなかった」という(11月13日母証言)。

山上が子供時代に、母から食事を与えられないとか、信仰の強制といった「母による虐待」の事実は出てこなかった。

ただ、祖父が包丁を持ち出したり、子供達に出て行けと言ったことはあった(11月19日妹証言、11月20日被告人質問)。こうした祖父の行為が虐待に当たる可能性はある。

② 3人とも進学校に通った

山上は奈良県立郡山高(奈良「御三家」と呼ばれる県立高の一つ)に進学。1歳年上の兄は大阪の私立高に入学。4歳年下の妹も中学時代に塾に通い、私立高に入学していた。妹は塾に通って私立大に入学した(11月19日妹証言)。

山上も予備校に通い、高校卒業後、私立大学に合格したものの「偏差値が低い大学」だったため行かなかった(12月4日公判、精神鑑定をした和田医師が山上から聴取)。母は進学に反対していないが、山上は「先のことを考えず、行こうと思わなかった」(11月25日被告人質問)という。

山上は消防士を目指し公務員試験の予備校に通ったが、失敗。その後、海上自衛隊に入った。兄も予備校に通ったが、大学受験に失敗した。

結局、山上が経済的困窮や母の反対が原因で大学に進めなかった、というような話は出てこなかった。

③ 母の長期渡航は子供が成人になった後のこと

母が韓国に長期滞在したのは2005年(山上が25歳ごろ)が初めてだった。

子供が未成年の間は行っても2泊程度で、祖父が面倒を見ており、食事は作り置きしていたという(11月18日・母証言。渡航歴の裏付けあり)。

山上の口から、子供時代に母の韓国渡航で困ったという話は出てこなかった。

山上家と統一教会の金銭関係

④ 統一教会が5000万円完済し、「解決」と認識

母が統一教会に献金した額は総額1億円以上とみられるが、山上が自殺未遂を起こした2005年から、伯父の介入もあり、月30〜40万円の返金(支援)が始まった(母証言、妹証言、被告人質問)。

合意に基づき、2014年までに計5000万円が完済。合意書には母と3人兄弟がサインしており、山上自身は統一教会との金銭問題は「解決」していたとの認識を示し、弁護士に相談する考えもなかった(12月2日被告人質問)。

家族関係

⑤ 兄は母に暴力を振るっていた

兄が大学受験に失敗した後、母に強く当たり、暴力沙汰で母を骨折させたこともあった(母証言、妹証言)。兄は精神疾患を抱えていた(母証言など)。妹は兄の暴力に怯えていた(妹証言)。山上も兄を遠ざけていた。兄は自殺前に妹に謝罪した(母証言)。

⑥ 月13万円をもらい一人暮らし。弁護士を目指すも興味を失う

山上は2010年(30歳ごろ)から実家を離れ、月13万円をもらいながら一人暮らしを始め、2014年まで4年間もらっていた。

2012年ごろ、統一教会の被害者救済のため弁護士を目指したいと願書に書き、母が保証人になり、中央大学法学部(通信制)に入学。だが、「だんだん興味を失って」1年ほどで除籍となった(12月4日被告人質問)。経済的理由で諦めたわけではなかった。

⑦ 兄の死後、家族と疎遠に

2015年に兄が自殺した後、山上は親族と関わりを避けるようになった。妹が最後に会ったのは2016年ごろで、事件発生まで5年以上会っていなかった(妹証言)。母も何年も会えない状態だった(母証言)。

その他、犯行動機関連

⑧ 安倍元首相と統一教会に関する情報源

山上は、ジャーナリスト・鈴木エイト氏が投稿していたウェブサイト「やや日刊カルト新聞」の統一教会に関する記事をほとんど読んで、安倍元首相と統一教会の関係に関する情報を得ていた(11月25日被告人質問)。

⑨ 安倍元首相を支持していた

山上は安倍元首相を、特に韓国への政策面で支持していた。そのため、統一教会の関係性について「目を向けたくなかった」と語った(12月4日被告人質問)。安倍氏への「怒り」の感情は何度も否定した。

犯行直前の期日前投票で、安倍氏が支持を訴えた佐藤啓参議院議員に投票したことを明らかにした(12月2日被告人質問)。

⑩ 安倍氏の情報を調べたのは犯行5日前

山上は韓鶴子総裁ら韓国人幹部を襲撃しようと考えていたが、韓国人幹部の来日予定がないため、7月3日(事件の5日前)に初めてネットで演説情報を調べ、安倍氏への襲撃を決めた。6月28日に安倍元首相が奈良に応援演説に来た時点では、まだ襲撃の考えはなかった(12月3日被告人質問)。

⑪ 事件直前は多額の借金で追い詰められていた

手製銃の自作などのため金を注ぎ込み、借金は200万円以上に膨らんでいた。6月初めに仕事を辞め、経済的な見通しが立たなくなったため「何らか事件を起こさないと追い詰められていた」と語った(12月3日被告人質問)。

⑫ 報道で統一教会にダメージを与える狙い

山上は本来の狙いが知られるよう、事前に統一教会の建物に撃っていた。

事件後の統一教会への解散請求などの動きを「ありがたい」「あるべき姿」と語った。事件が報道されることで動機が広く知られ、統一教会への打撃となるとの考えがあったことも認めた(12月4日被告人質問)。

⑬ 不正確な報道があり、支援金は返金の意向

山上のもとには多額の支援金が差し入れられた。だが、山上は、自分に関する報道に不正確なものがあり、裁判が終わればイメージとかなりと違った人間とわかるはずなので、返すべきだと思っていると語った(12月3日、4日被告人氏質問)。

〈参考〉主要紙の裁判報道の記事リンク(有料記事あり)
読売新聞
朝日新聞
毎日新聞
産経新聞
NHK

(追記)タイトルを当初の「山上被告『不正確な報道あった』」から変更しました。(2025.12.16 11:30)

(追記2)小見出しの数字が一つ飛んでいたため、修正しました。参考情報として主要紙の裁判報道のページリンクを追加しました。(2025.12.16 13:05)

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ありがとうございます。
弁護士ジャーナリスト

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(〜19年)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事(〜23年)。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。報道検証メディア・HODOKUの名で解説記事(theLetter)、動画コンテンツ(YouTube)も発信中。現在、日本公共利益研究所主任研究員、ベリーベスト法律事務所弁護士。

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