パワハラと指導の境界線|弁護士監修の判断基準7つ
近年、職場環境の改善が叫ばれる中で「パワハラ」という言葉をよく耳にします。しかし、上司による「指導」と「パワハラ」の境界線がどこにあるのか、悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
「ちょっと厳しく指導しただけなのに、パワハラと言われた」という上司の声も少なくありません。一方で「指導の名を借りた理不尽な叱責」に悩む部下も存在します。
この記事では、弁護士監修の判断基準をもとに、パワハラと適切な指導の境界線について明確にしていきます。管理職の方はもちろん、部下の立場の方にとっても、健全な職場環境を構築するための重要な知識となるでしょう。
パワハラの定義と法的根拠
まずは、パワハラ(パワーハラスメント)の定義を確認しておきましょう。厚生労働省は職場におけるパワハラを次のように定義しています。
「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」
この定義には3つの要素が含まれています。
優位性を背景にした言動であること
業務上必要かつ相当な範囲を超えていること
労働者の就業環境が害されること
これら3つの要素がすべて揃った場合に、法的にパワハラと認定される可能性が高まります。
2020年6月には「改正労働施策総合推進法」(通称:パワハラ防止法)が施行され、企業にパワハラ防止対策が義務付けられました。中小企業は2022年4月から適用されています。
つまり、単に「厳しい」というだけではパワハラにはならず、「業務上必要な範囲を超えているか」という点が重要な判断基準となります。
パワハラの6つの類型
厚生労働省はパワハラを6つの類型に分類しています。それぞれの具体例を見ていきましょう。
1. 身体的な攻撃
殴る、蹴る、物を投げつけるなどの暴力行為です。これは明らかにパワハラに該当します。指導の一環として物理的な暴力を振るうことは、どのような状況でも正当化されません。
2. 精神的な攻撃
人格を否定するような言動、必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の前での大声での威圧的な叱責などが該当します。
「お前はダメだ」「使えない」といった人格否定や、必要以上に長時間叱り続けることは、指導の範囲を超えたパワハラとなる可能性が高いです。
3. 人間関係からの切り離し
特定の労働者を仕事から外し、長時間別室に隔離したり、集団で無視をして職場で孤立させたりする行為です。
4. 過大な要求
新入社員に必要な教育を行わないまま、対応できないレベルの業務目標を課し、達成できなかったことを厳しく叱責するなどの行為が該当します。
5. 過小な要求
能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや、仕事を与えないことです。例えば、管理職の労働者を退職させるために、誰でも遂行可能な単純作業ばかりをさせるような行為が該当します。
6. 個の侵害
労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりするなど、プライバシーを侵害する行為です。
これらの類型を理解することで、自分の行動や周囲の状況がパワハラに該当するかどうかの判断材料になります。
パワハラと指導の境界線|7つの判断基準
では、実際にパワハラと適切な指導はどのように区別すればよいのでしょうか?弁護士監修の7つの判断基準を紹介します。
1. 目的の正当性
その指導が「業務上の必要性」に基づいているかどうかが重要です。単なる感情的な叱責や、個人的な感情によるものであれば、パワハラに該当する可能性が高まります。
例えば、遅刻を繰り返す社員に対して注意することは正当な目的があります。一方、単に気に入らないという理由で特定の社員を叱責することは正当性がありません。
2. 手段・方法の相当性
目的が正当でも、その手段や方法が適切でなければパワハラになります。大声で怒鳴る、長時間にわたって叱責する、人格を否定するような言葉を使うなどは、手段として相当ではありません。
3. 場所と状況への配慮
他の社員の前で叱責することは、恥をかかせる目的と受け取られかねません。指導は原則として個室や人目につかない場所で行うべきです。
裁判例でも、「他の従業員の前で行われた叱責」がパワハラと認定されるケースが多く見られます。
4. 頻度と継続性
一度や二度の厳しい指導は、状況によっては許容される場合もあります。しかし、同じ内容の叱責を繰り返し行うことは、パワハラと判断される可能性が高まります。
5. 相手の受け止め方と反応
相手がどのように受け止めているかも重要な判断材料です。ただし、これは主観的な要素が強いため、単独の判断基準にはなりません。
裁判所は「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断する傾向があります。極端に感受性が高い場合や、逆に耐性が強い場合は、一般的な基準とは異なる場合があります。
6. 改善の機会提供
単に叱責するだけでなく、どうすれば改善できるかの具体的な指導や機会を提供しているかどうかも重要です。改善の方向性を示さない叱責は、パワハラと判断される可能性が高まります。
7. 組織的な対応と一貫性
特定の個人だけを厳しく指導し、他の社員には甘い対応をしている場合、それはパワハラと判断される可能性があります。組織として一貫した対応をしているかどうかも判断基準となります。
これら7つの基準をもとに、自分の行動を振り返ってみることで、パワハラと指導の境界線をより明確に理解することができるでしょう。
パワハラにならない指導方法
では、実際にパワハラと指摘されないためには、どのような指導方法を心がければよいのでしょうか?
1. 行動を指摘し、人格を否定しない
「あなたはダメな人間だ」ではなく「この報告書の書き方が不十分だ」というように、具体的な行動や成果物に対して指摘します。人格や能力全般を否定するような表現は避けましょう。
2. 具体的な改善方法を示す
単に問題点を指摘するだけでなく、「次回はこうしてほしい」という具体的な改善方法や期待を伝えることが重要です。建設的な指導を心がけましょう。
3. 適切な場所と時間を選ぶ
他の社員の前ではなく、個室や人目につかない場所で指導を行います。また、長時間にわたる指導は避け、要点を絞って伝えましょう。
「今度の指導は何時間続くのだろう」という不安を与えないことも重要です。
4. 感情的にならない
怒りや苛立ちなど、感情的になって指導すると、相手に恐怖や不安を与えるだけでなく、伝えたいことも正確に伝わりません。冷静さを保つことを心がけましょう。
5. 記録を残す
どのような指導をいつ行ったか、記録を残しておくことも重要です。後々「パワハラだ」と指摘された場合の証拠にもなります。
指導の内容、日時、場所、参加者などを記録しておきましょう。可能であれば、指導を受けた側にも内容を確認してもらうとよいでしょう。
これらの方法を実践することで、効果的な指導を行いながらも、パワハラと指摘されるリスクを減らすことができます。
パワハラと認定されなかった指導の事例
実際の裁判例から、パワハラではなく「適切な指導」と認められたケースを見てみましょう。
1. 社会的ルールを欠いた行動への指導
遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して、一定程度強く注意をすることは、パワハラには該当しないとされています。
2. 重大な問題行動への対応
その企業の業務内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすることも、パワハラには該当しないとされています。
3. 研修目的の一時的隔離
懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に一時的に別室で必要な研修を受けさせることは、「人間関係からの切り離し」には該当しないとされています。
4. 成長を促す業務割り当て
労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せることは、「過大な要求」には該当しないとされています。
また、業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せることも同様です。
5. 能力に応じた業務調整
労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減することは、「過小な要求」には該当しないとされています。
パワハラと指導の境界線|まとめ
パワハラと指導の境界線は、「業務上必要かつ相当な範囲を超えているかどうか」が最も重要な判断基準となります。
適切な指導とは、業務上の必要性に基づき、相手の人格を尊重しながら、具体的な改善方法を示すものです。一方、感情的な叱責や人格否定、過度に厳しい叱責は、パワハラに該当する可能性が高まります。
管理職の方は、本記事で紹介した7つの判断基準や効果的な指導方法を参考に、パワハラと指摘されないよう注意しながら、部下の成長を促す指導を心がけましょう。
また、部下の立場の方も、上司からの指導がパワハラに該当するかどうかを客観的に判断する材料として、本記事の内容を活用していただければ幸いです。
健全な職場環境づくりは、管理職と部下の双方の理解と協力があってこそ実現します。お互いを尊重し合いながら、より良い職場づくりを目指していきましょう。
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