令和7年12月17日
東京地方裁判所刑事第13部 御中
令和6年刑(わ)第2494号
窃盗被告事件
再審請求者 前田記宏
再審請求の追加理由
第1 再審理由の骨子
本件確定判決および控訴審判決は、被告人に窃盗の故意、すなわち結果発生を認容する心理状態があったことを前提に有罪認定をしている。
しかし、
① 公的記録に基づく被告人の言動
② 継続的に記録された精神障害の内容
③ 事件当時の行動態様
④ 原審および控訴審における審理の欠落
を総合すると、被告人が結果発生を認容していたとは到底いえず、少なくとも心神喪失又は心神耗弱の成否について審理を尽くさないまま有罪認定をした重大な審理不尽が存在する。これは刑事訴訟法435条6号にいう「無罪又は刑の減免を言い渡すべき明らかな証拠」に該当する。
第2 故意認定に関する明白な論理矛盾
判例・通説上、故意とは「結果発生を認容する心理状態」をいう。ところが、令和5年5月15日付ケースワーカー記録において、被告人は次のように陳述している。「遠くにパトカーが見えたら、警察官が来るだろうから、警察官が来る前に逃げる」この発言は、逮捕・発覚という結果を回避しようとする明確な意思を示すものであり、「早晩捕まっても構わないという心理状態(=結果発生の認容)」とは整合しない。この点は、故意認定の前提事実そのものに関わる重要な矛盾であり、確定判決はこれを合理的に説明していない。
第3 統合失調症に関する新証拠および未評価証拠
被告人には、生活保護開始時から統合失調症の重篤な症状が存在していたことが、ケースワーカーの継続的記録により明らかである。さらに、年金機構作成の平成30年7月4日付資料においても、被告人には幻覚および妄想症状が明確に認められている。これらは、
- 単なる性格傾向や発達特性
- アスペルガー症候群の範囲
を超える、現実検討能力の障害を示す医学的所見である。にもかかわらず、原審および控訴審は、検察官の「統合失調症ではなくアスペルガー症候群にすぎない」との主張を十分な医学的検討なく採用し、刑法39条の適用可能性について実質的審理を行っていない。
第4 事件当時の行動態様と責任能力
令和6年8月1日時点においても、被告人は交番内に設置された監視カメラによる監視の存在すら十分に理解できていなかったと強く推認される。通常、窃盗の故意を有する者が、
- 自ら交番に立ち入り
- 内部を徘徊し
- 公然と物品(パネル)に手をかけて持ち出す
という行動を取ることは、合理的に説明できない。これらの行動は、結果を予測・認識する能力の著しい低下を示すものであり、幻覚・妄想といった病的体験に支配された行動と評価するのが自然である。
第5 控訴審判断と公的記録との齟齬
控訴審判決は、「被告人の言動を見ても、衝動制御がきかなかった事情は見当たらない」と判示している。しかし、この判断は、福祉課健康管理支援員小島良二が作成した令和4年および令和5年の記録内容と明確に矛盾する。
同記録には、被告人が、
- 荒川河川敷において
- 警察が来る前に自転車で逃走していた
- 捕まらないよう行動していたと述べていた
旨が記載されている。これらの記録が存在する以上、被告人が前野町交番内で堂々と徘徊し、監視カメラの存在を当然に認識したうえで物品を持ち去ったとする認定は、著しく事理に反する。
第6 原審・控訴審の審理不尽
原審および控訴審は、
について、証拠写真および公的記録から強く示唆される事実を十分に検討していない。
すなわち、精神障害により「それをするとどうなるか」が理解できていなかった可能性を考慮せずに有罪認定を行った点で、刑事裁判として看過し得ない審理不尽が存在する。
第7 結論
以上のとおり、本件には、
が認められる。よって、本件は刑事訴訟法435条6号に該当し、再審開始決定がなされるべきである。
以上
検察官の想定反論とその逐条反駁
【想定反論①】
「被告人は逃走行動を取っており、違法性の認識・故意は明らかである」
【反駁①】
検察官の主張は、
「違法性の認識」と「結果発生の認容」を混同している。
判例・通説上、窃盗の故意とは「結果発生を認容する心理状態」をいうのであり、発覚を回避しようとする行動が存在することのみをもって、結果発生を認容していたとはいえない。むしろ本件では、
- 逃走する場面と
- 交番内を徘徊し、公然と物品を持ち出す行動
が著しく非整合である。
この行動の不整合性は、被告人が一貫した合理的判断能力を有していなかったこと、すなわち精神障害の影響下にあったことを強く示唆する。
検察官の主張は、行動の一部のみを恣意的に抽出した評価にすぎない。
【想定反論②】
「被告人は日常生活を営み、会話も成立しており、心神喪失ではない」
【反駁②】
刑法39条における心神喪失・心神耗弱は、日常会話能力や生活能力の有無によって判断されるものではない。
問題となるのは、
- 行為時における
- 行為の意味理解能力
- 結果予測能力
- 行為制御能力
である。
統合失調症においては、
- 日常会話は成立するが
- 特定場面で現実検討能力が破綻する
という病態は典型的である。
検察官の主張は、
医学的に誤った一般論に基づくものであり、精神鑑定を経ない限り、断定することは許されない。
【想定反論③】
「統合失調症を示す証拠は既に原審で提出・検討されている」
【反駁③】
本件再審理由は、単に「証拠が存在するか否か」ではなく、
- その証拠が
- 故意・責任能力判断にどのように影響するか
という点が原審・控訴審で実質的に審理されていない点にある。特に、
- 年金機構の平成30年7月4日資料
- ケースワーカー及び健康管理支援員の継続的記録
は、幻覚・妄想という中核症状を明示しており、単なる性格傾向とは明確に異なる。
これらを踏まえた刑法39条適用の可否についての判断過程が、判決理由中に存在しない以上、「既に検討済み」とは到底いえない。
【想定反論④】
「交番内での行動は計画的であり、衝動的行為とはいえない」
【反駁④】
検察官の主張は、「計画性」と「精神障害の不存在」を短絡的に結びつけている。
しかし、
- 精神障害下における行動であっても
- 外形的には一定の連続性・一貫性を示す
ことは医学的に珍しくない。
むしろ本件では、
- 犯行場所が交番であること
- 監視カメラの存在が明白であること
- 公然性が極めて高いこと
からして、
合理的計画性を前提とする行動とは評価できない。
この点を合理的に説明するには、精神障害の影響を考慮するほかなく、検察官の主張は事理に反する。
【想定反論⑤】
「控訴審判決も故意を肯定しており、再審事由には当たらない」
【反駁⑤】
再審理由の有無は、
判決の数や確定力によって左右されるものではない。
問題となるのは、
- 控訴審を含め
- いずれの審級においても
重要証拠に基づく実質的審理が行われていない点である。
控訴審判決が、
- 健康管理支援員の記録内容
- 行動の非合理性
- 幻覚・妄想の影響
を具体的に検討せず、抽象的に故意を肯定している以上、
審理不尽の違法は解消されていない。
【想定反論⑥】
「証拠写真のみから精神状態を推認するのは困難である」
【反駁⑥】
再審請求は、
証拠写真単独に基づくものではない。
本件では、
- 公的福祉記録
- 医学的資料
- 行動態様
- 証拠写真
を総合評価した結果として、
被告人の精神状態に合理的疑いが生じている。検察官の主張は、総合評価を回避し、証拠を分断して矮小化する手法にすぎない。
【想定反論⑦】
「再審は例外的手続であり、慎重であるべきである」
【反駁⑦】
再審が例外的であることは争わない。しかし同時に、刑事責任能力という根幹的問題を審理しないまま有罪を確定させることは、例外的に是正されるべき典型事例である。慎重さとは、誤判の可能性を無視することではなく、誤判の可能性が示された場合にこそ、審理を尽くすことを意味する。
まとめ(裁判官向けの核心)
- 検察官の反論は
評価の押し付けにとどまり、論理的説明を欠く - 本件は
「結論が違う」という主張ではなく
「この点を審理しないまま裁いた」という手続的瑕疵 - よって
再審開始は、制度趣旨に最も合致する対応である