ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた 作:ラトソル
『別に、攻撃なんて避けりゃ良いだけなんだから要らないんだよなぁ、オート回復』
思い出す、彼の言葉。
夕陽が消える直前の輝きが世界を照らし、ほのかに暖かい春の兆しを肌で感じ取って、シロコと廻はアビドス高校の屋上に座り込んでいた。
黙って廻を見つめるシロコを他所に、彼は「どうせなら丈夫にして欲しかったわ」などと言いながら、空を見上げる。
『それよか、お前らの傷を治せるような能力の方が有意義だったろうな』
無い物ねだりだけどな、と。
他人を治癒することは出来ず、この世界で見れば脆弱すぎる自身の肉体損傷の修復のみが可能である本人もよくわかっていない固有能力のようなもの。いわゆる、『神秘』というやつだろうか。
分からない。けれど、まあいいかと適当に廻は考える。
『……私が、メグル先輩を守るよ』
なぜ、そんな言葉が口から出たのか、シロコには分からなかった。
自分よりも圧倒的に強い廻の身を案じるような発言。自分が守る、なんて傲慢な考え。
思わぬセリフに目を丸くしてシロコを見る廻。冗談めかした会話だったはずなのに、いつもとは少しだけ違う真剣な瞳に射抜かれて、静寂な空間が数秒ばかり広がる。
『お前は兄さんを守ってやれよ』
『ん、二人同時に守れる。もしもの時はホシノ先輩に先生を任せる』
『砂狼が行かないのかよ』
軽快に笑う廻の姿を目に焼き付ける。
気の許した相手であっても、滅多に見せることのない彼の年相応の姿。
未知しか存在しない世界に放り込まれ、全てを脅威に感じながら気を張って生きてきた日々。彼のたった一人の先輩に救われてもなお、深層心理にこべり着いた疑心暗鬼。
『ま、そんな事態になることなんて無いだろうよ』
廻に救われた彼女は彼の心理を理解する。
孤独な狼は帰る場所の暖かさを教わり、群れる喜びを知った。
『ん』
二人の先輩から譲り受けたマフラーと制服の上着。もう消えたはずの二人の香りと温度を感じながら、シロコは日常を生きていく。
そうして、幸せを噛み締める狼は、全てを失い孤狼へと堕ちていくのだろう。
「もう────全てがどうでもいい」
だからこそ、死の神は銃を掲げるのだ。
腰に携えた刀が揺れる。
世界を破壊する覚悟は、既に整っていた。
◈◈◈◈
「なんであんな如何にもな悪役ロールしたんですかぁぁぁぁあああ」
「てへぺろ」
久しぶりだね狂信者。どうも■■廻です。
ベアトリーチェさんから受けた仕事も終わりを告げて暇になった今日この頃。兄さんにボッコボコにされたベアトリーチェさんを黒服さんたちと一緒にバーカバーカと煽りに煽って謹慎処分を受けたベアトリーチェさんが入っていった部屋の引き戸を突っ張り棒で固定してから数日。
「私がどんな思いであの場にいたのか知らないでしょ!?」
「ハッピーエンドしか認めないとか言ってたな」
「その数分後にはハッピーエンドが崩れ去ったんですけどね!!」
ぷりぷりと怒る目の前の少女。まあなんの捻りもなくヒフミなわけだが、こうして対面して話すのは久しぶりだねやっほーって言ったら普通に怒られた。ごめんやん。
「先生もホシノさんも、周りの皆さん、みんなみんなメグルさんに銃向けて……心臓が何個あっても足りませんよ」
「当たらなかったらどうってことないんだよ」
「真面目に聞いてください」
めっちゃ怒ってるじゃん。過ぎたことをそんなに掘り返さないでよ。
「殴りますよ?」
瞳孔がガン開きしてる。ほんとすみません。
この子も容赦無くなってきたねぇ。最初からか。
ヒフミには頭が上がらない。あの場で即興で合わせてくれたし、妥協もしてくれた。いい友達を持ったものですよ、はい。
「どうしても、正体を知られたくはないんですか?」
「知らない方がいいこともあるってだけだよ」
今更出たところでだし。殺したと思ってたら実は生きてましたイエーイなんていうカスみたいなドッキリ作戦は必要ない。兄さんとイチャイチャしといてくれ。後輩もいるだろ。名前すら知らんけど。
よく分からないといったヒフミの顔。俺も自分で言っててよく分からないから安心しな。
けれど、納得よりも俺を優先してくれるこの子は本当に優しい子だ。この子の信念すら一時的に曲げさしてしまったし。
「なんかして欲しいことあったら言えよ」
可能な限りでね、と。さすがに人を辞めた訳ではない俺は、ヒフミの優しさに対する正当な報酬を与えなければならないから。
ヒフミに俺に対する絶対命令権を与えてしまった。えっちなのはダメですよ。絵面が酷くなるから。
俺の言葉を受けて、すぐに思いつかない様子のヒフミはその報酬については保留とする。
「ホシノさんと、ゲヘナの風紀委員長さんを相手にしてあんなに圧倒するなんてどうなってるんですかメグルさん」
説教モードの次はドン引きモード。目を細くして体を仰け反らせ、分かりやすく引いていた。ほんと遠慮がないなこの子。ペロロ捨ててやろうか。
というか、あの子風紀委員長だったんだ。横乳が委員長とか言ってたような言ってなかったような。なんか短期間で何回か会ったけど全部暴れてるイメージだなあの子。面識無いから別にどうでもいいけど。
風紀委員といえば、件の風紀委員長ちゃんぐらい小さい子がいたな。二年くらい前に数回会った気がする。名前は知らん。顔も朧気。名前言ってないしな向こう。別に長い時間一緒にいた訳じゃないからどうでもいいけど。
「ホシノは癖が変わってないからやりやすいってのはあるな。まああれぐらいの実力帯なら数人同時程度は完封出来るだろ」
「バケモノ〜」
「目が引きつってるぞ」
相場は口だろ。いや顔か? なんかわからんようになったわ。まあいいや、どっちでも。
オレンジジュースに刺さったストローを咥えてジュースを飲むヒフミ。対して、俺は黒服さんとの茶会で培ったスキルで作った紅茶をちびちびと飲んでいた。
さてさて、今更ながらに俺とヒフミがどこで話しているのかということだが、いつものようにブラマだったりそこら辺の路地で散歩という訳には行かなくなった。
『カイ』という存在が明るみになり、なんかめちゃくちゃ恨まれてるためである。恨まれてるっていうよりかは、敵対心むき出しって感じか。まあ目撃情報とか流出したら一緒にいるヒフミに被害が加わるし、ヒフミからしたら俺が狙われるのは大変宜しくないとの事なので、とりあえず俺が寝泊まりしてる部屋に来ました。
はい、俺の部屋です。
提供はもちろん黒服さん。黒服さんが腕組んでクックックしてるビルから割と近め……まあ離れてるっちゃ離れてるが、そんなところに俺の住んでる場所がある。もっとも、寝泊まりぐらいでしか使ってないし、なんなら黒服さんのビルで寝ることも多いからあんまり使ってないけど。
人を入れたのは何気に初めてだなぁ、と机を挟んで座っているヒフミを見ながら思った。
「このマカロン美味しいですね〜」
机の上に置かれたカラフルなお菓子を口に運びながらヒフミの顔が綻ぶ。歪な形はひとつたりともなく、色々なテイストで飽きがこないマカロンには毒物は入っていない。ベアトリーチェさん謹慎中だからね。あの人の手が加わるわけがないか。
「貰い物だけど美味いよな」
「ですね〜」
もちろん製作者はミカである。
あの子なぁ……つい先日、というかあの一件の次の日には道端でばったり会ったんだけど、何故か大量のマカロンやら手作りお菓子を抱えて俺に渡してきたんだよな。俺がそこにいるの知ってたとしか思えない手荷物だった。
『ま、まずは胃袋から……!!!』
目がぐるぐるしてたね。まるで大好きな人を前にしてテンパってる女の子みたいな反応でした。実際そんなんだろうけど。好意を隠す気ないから分かりやすいんよ。絶妙に気まずかったけど、なんかその域を突破したわもはや。
返事? してないしてない。というかあれ以降告白されてないし。
なんか「す、す……またねッ!?」って自爆して帰ってる。勢いが凄すぎてキュンとする余裕すらなかった。無だね。
友達だからって、そんなことをいちいちヒフミに言うつもりは無いけど。
美味しい美味しいと手が止まらないヒフミを見て、俺は聞きたかったことを思い出したためにその質問をヒフミに投げかける。
「あの仮面着けてる状態で、よく俺って分かったな」
「? はい。見るからにメグルさんだったので」
なんて事ないように言ったヒフミ。ということは認識阻害とやらはそこまでの効果だったのだろう。ホシノも兄さんも俺って気付かなかったけど、まあ二年前とかそれ以上前の俺しか知らないし、成長期ってことだろうね。今の俺を知るヒフミだから見抜けたのか? 黒服さんに改良してもらおかな。認識阻害雑魚いですよーっと。
「めっちゃキレてたなあの人ら。最後狼の耳みたいなの付けた子が突貫してきたし」
「アビドスの方ですね。砂狼シロコさん」
「名前すごっ」
なんの捻りもなくそのまま読むタイプなんだ。というかスナオオカミって。どこに存在してるんだよそんな名前。苗字に六文字も使うな。
しかも、どうやらつけ耳ではなくガチなやつ。つくづくこの世界の住人は身体構造バグってるね。思えば、ホシノの隣にいた子も翼生えてなかった? 突っ込むのはやめておこう。毎回の恒例行事になりそうだ。
アビドスの生徒。ホシノの後輩。銀行強盗で仲良くなったとかいうクソみたいな話をされた時はアイアンクロー待ったなしだったが、あの学校にあれだけの生徒がいるのは普通に嬉しいなと思う。
ヒフミから聞いた名前。
砂狼シロコ、十六夜ノノミ、奥空アヤネ、黒見セリカ。
今のところ名前と顔が一致してるのがさっき聞いたインパクト抜群すぎる砂狼シロコだけだが。顔どんなんだっけ? 一致してるとか嘘ついたかも。まあ見たら思い出すだろ。
ここにホシノが加わるのだから、今のアビドスは五人の生徒がいると。んで、OGでユメ先輩か。あの人何やってんだろうな今。就職してんのか? 一回も見てないから分からん。
ともかく、五人もあの学校にいるのだ。もはやマンモス校だぜ。首チョンパされてホシノとユメ先輩だけになったところから二倍以上の生徒数増加。革命である。俺も死んだかいがあったってもんよ。
「……メグルさんって、ホシノさんとお知り合いだったりします?」
「ん? 同級生だよ。元、だけど」
「アビドス高校の生徒だったんですか……」
へぇ〜、と頷くヒフミ。あれ、言ってなかったっけ? 記憶を辿り、ヒフミとの会話を思い出す。分からん、多分言ってないかも。
「先生がお兄さん、ということは聞いてたんですけど」
ああ、それだけしか言ってないのか。説明が面倒だし自分からは言わないけど。聞かれたら答えるかな。
けど、ここで追及してこないのがヒフミという女の子だ。色々と複雑な事情があるんだなと察して、話題を変えるなりしてくる。マジでいい子。ペロロ関連じゃなかったらこんなにも優等生なのにな。
「今ペロロ様のこと侮辱しました?」
「もう寝てろ」
一瞬で瞳孔開くのやめて。というかナチュラルに心を読むな。
B級ホラーよりも数百倍怖い顔を向けてきた彼女から目を逸らし、マカロンをひとつまみ。美味。そしてちょうど空になったティーカップに追加の紅茶を注ぐ。保温効果は抜群なのか、湯気が立ち上り良い香りが鼻腔を擽る。
「……メグルさんがホシノさんの同級生で、先生の弟さんなのに、どうして二人はメグルさんのことに気が付かなかったんでしょうね」
「俺がアビドスに通ってたのは一年の時の話だし、兄さんとも三年近く会ってないからな。成長期ってことだろ」
「そう……なんですかね?」
「知らんけど」
「適当……」
紅茶のじんわりとした熱が舌や頬に溶け込んでいく。なかなかの出来だ。後味もスッキリしてるし、ストレートで十分なんだよな紅茶は。
無駄に広いこの部屋。あのビルとは違って窓を閉め切ってる訳もなく、光が差し込んで来てはいるけれどこの空間に二人だけというのは少し寂しいものだ。まあ普段は俺一人だから全然二人でも違うんだけどね。
「ところで、『カイ』ってなんなんですか?」
「偽名」
「それは分かりますけど……アリウスの方達がそう呼んでましたよね?」
どういう繋がり? と尋ねてくる。それは単なる疑問なんだろうな。ヒフミはアリウスのことを恨んでる訳でもないし、俺がアリウスと繋がっててもへぇそうなんですねで済ませるんだろう。
「俺の保護者……みたいな人が居るんだけど。その人の持ってるビルの窓全部壊して損害凄かったからその人から仕事貰ってアリウスに行ってたんだよ」
「ビルの窓全部割るって、何したんですかメグルさん……よく働くだけで許されましたね」
「どっかのアホがSOS叫んで急行した結果なんだよ」
「…………えへっ」
「可愛い顔で乗り切れると思うな」
俺のてへぺろといい勝負しそうなあざとさだぜ。やるなぁヒフミ。
別にその件に対して俺が怒ってるとかは無いから全然良いんだけどね。
「んで、アリウスで過ごすにあたって、偽名使えって言われたから『カイ』って名乗ってたの」
「めぐるんるんじゃないんですか」
「それを名乗り出したら終わりだよ俺は」
めぐるんるんってお前が言い出したやつじゃねぇか。我ながら怪しさ満点な人物ムーヴで行ったのに名前が『めぐるんるん』とか力抜けるだろ。
そして、巫山戯た感じで聞いてきたんじゃなくて、まじの選択肢に入ってると思ってる顔で聞いてきてるのが怖い。あるわけないない。
「じゃあ、私も『カイさん』って呼んだ方が良いんですかね?」
「まあ周りに誰かいたらそう呼んでくれて良いけど、こういう時は名前で呼んでくれよ」
俺の名前がどっちか分からなくなってくる現象起こりそうだし。
分かりましたっ、と笑顔で敬礼してくるヒフミを見つつ、背もたれに身体を預けて息を吐く。中々に濃い日だったし、身体的な疲れは無いけどなんか疲れたわ。ベアトリーチェさんの負け犬姿見れてお釣り来てるぐらいだけど。
「……ん。時間大丈夫か?」
「ふぇ?」
ぽかんとした顔を浮かべているために俺も首を傾げる。
「友達と遊びに行くんですー、って言ってなかったっけ?」
「あ、はい。でもでも、約束の時間はまだまだ先…………もうこんな時間!?」
「口でかっ」
デジタルタイプの掛け時計を視界に収め、その時間に驚愕したヒフミはギョエーッ、と口やら目やらを大きく開いて絶叫絶叫阿鼻叫喚。手に持ったジュースも零れる勢いで震えていたためにグラスを取り上げようとしたら素早く口元へと運び一気に飲み干す。ついでにマカロンを二個放り込む。
「……ぷはぁ! い、行かないとッ!! ごめんなさいメグルさんっ、行ってきます!!」
「いってらー」
「ジュースとマカロン美味しかったです!! お邪魔させていただいてありがとうございました!! また来てもいいですか!!」
「いつでもどうぞー」
「やった! それでは!!!」
完全に目がイってるぬいぐるみがついたカバンを素早く背負い、室内は走らないスタイルなのか早歩きで玄関まで行く。
完全防音だから心配はないけど、普通の家ならご近所トラブル待ったなしな声で挨拶をしてから光の速さで出ていった。マジで嵐みたいなやつだわアイツ。
「……はぁ」
電気もそのまま、何も変わらない。
けれど、一人減っただけでもガラッと孤独感が増すこの部屋の広さは犯罪だと思います。もうなんか暗いもんね。めっちゃ豪華な部屋なんだけど。
あの子はここでの会話が楽しくて時間の流れが早かったみたいだ。それは俺も同感。予定なんか無い俺の日常、ぼーっとしてるだけの1日なんか長くて仕方がない。
だからヒフミが居てくれる時間は貴重で早い。
交友関係狭すぎて笑えねぇな。いやまぁ、関わるヤツらだいたい兄さんの関係者だから下手なことできないってのもあるけど。それ以前に俺が動いて無さすぎるのか。
「アビドスねぇ……」
ホシノも兄さんも、俺なんかが居なくても何とか出来る人達だ。だから接触するとかは考えてない。これは何度も思ってきたこと。
後輩も出来たのなら、先輩としても頼りがいがあるのだろう。ユメ先輩もサポートに入ってくれているのだろうか。
借金は返せてるのだろうか。踏み倒せばいいだろうに。黒服さんに協力して借金を半分近くまでに減らした俺が言うことでもないか。
「ま、楽しんでたらそれでいいだろ」
それに俺が介入することはないのだから。
紅く染まった空の下。
空を貫く巨大な塔。キヴォトスに住む全ての存在が、この異常を察知する。
全て想定通り。全て順調。故に、かの狼は己が銃を掲げるのだ。
「────よぉ」
世界を破壊する。ゲマトリアを真っ先に襲撃した彼女の判断は正しかった。
故に、それは最大の過ちとなる。
そんなはずはない、と湧き出る答えを否定し続ける。
有り得ない、と希望を破り捨てる。
腰に携えた刀が揺れる。その重みを感じてなお、いやだからこそ反転した女神は肯定することはないのだ。
敵に向ける銃口が震える。引き金に添えられた指が動かない。呼吸が上手く機能しない。
瞬きを許さず、思考は消え去り、後悔の雫が世界に霧散する。
「まだ強盗でもしてんのか────砂狼」
「────」
それでも、砂狼シロコは。
「ごめんなさい────倒すよ」
「ハッ……一回でも勝ってから言えや、砂狼!!」
彼の刀を抜くのだろう。