戦う土俵を変えました?
(本noteは、iGEM Japan アドベントカレンダー掲載を目的として執筆したものです。)
はじめに
初めまして。九州大学理学部3年の西村と申します。2年前の iGEM 2023 に九州大学チームとして出場しました。テーマは、遺伝子組換え大腸菌によるナイロン66の生分解でした。
あれからおよそ2年。OBの一人として、当時の経験から現在につながる活動を、少し振り返って書いてみようと思います。iGEMが終わって燃え尽きた人、ちょっと時間ができた人、そんな誰かの心に何かが残れば幸いです。
iGEMでの挫折と学び
当時の詳細はここでは割愛しますが、振り返ると散々でした。稚拙だった戦略、機能しなかったチーム内コミュニケーション、そして私だけがフランスに渡航することになった経緯など、精神的にも消耗する数か月でした。
それでも、高校時代に生物オリンピックなどの競技科学に触れていたわけでもなく、研究部やSSHで本格的な研究経験があったわけでもない自分にとって、短期間で課題設定を行い、先行研究を調査し、実験計画を立て、実験と並行してスポンサー営業や対外活動を行うという経験は、非常に新鮮でした。結果として数えきれない失敗を重ねましたが、それ自体が大きな財産になっていると今振り返った実感します。
2023年の大会においてやはり最も印象的だったのは、初出場の高校生チーム Japan United が部門1位を獲得したことでした。正直に言って、あれは衝撃でした。高校生とは到底思えない生物学への理解の深さ、知識の幅、そして何よりも実行力。嫉妬という感情を超えて、「ただただ応援したい存在」になったのを覚えています。
一方で、私の自己効力感はどん底でした。研究者として正面から勝負して、彼らに勝てる未来はまったく想像できませんでした。
地雷探知バイオセンサーというテーマ
Jamboree終了後も、消化しきれなかった実験を翌年1〜2月頃まで続けていましたが、2024年3月頃から、以前から個人的に関心のあった「地雷を検出できるバイオセンサー」の研究を本格的に検討し始めました。
過去の iGEM でも、地雷や不発弾の検出をテーマにしたチームは複数存在します。その多くは、遺伝子組換え植物や大腸菌を用い、地雷から地中に漏出した爆薬に含まれる トリニトロトルエン(TNT) もしくはその不純物ジニトロトルエン(DNT)に応答する転写因子を改変し、GFP発現や葉色変化として検出するアプローチでした。学術論文でも同様の戦略は数多く報告されています。
しかし文献を読み進める中で、そもそも地雷から環境中に漏出する TNT は極めて微量であり、細胞内タンパク質を改変して作るレセプターの解離定数(Kd)の観点から、実用的な検出はかなり厳しいのではないかという疑念が浮かびました。細胞外タンパク質をレセプターとして扱うとしても、複雑な細胞内のシグナル伝達を制御できる自信はなかった上に、
遺伝子組換え生物を野外に放出する規制の厳しさ
組換え生物ではなく、無細胞系を使った場合はコスト問題
近年は土中ではなく、地表設置型の地雷も多く使われていること
こうした点を総合的に考え、この路線のバイオセンサーは一度断念することになりました。
J-StarX への参加と視点の転換
迷走期間が続く中、2024年7月頃に、経済産業省とJETROが共催する起業家育成プログラム「J-StarX(ゼロイチ2期)」※1への採択が決まりました。このプログラムに沿って、地雷問題を「研究」ではなく「ビジネスで解決する」という視点で考えるフェーズに入ります。
(言うまでも無いですが、自分を研究者とは思っていません。その点明確にしておきます。)
J-StarX は、起業家を海外に派遣し、現地での実地調査やメンタリングを行うプログラムです。渡航費などはJETROが負担してくれるため、個人的にも非常におすすめです。私はこのプログラムで、インドのデリーとバンガロールを訪れました。
国内外問わず関係者に、地雷の何が本質的な問題なのか、現行の除去プロセスはどうなっているのか、どこにビジネスとして成立しうるポイントがあるのか、話を聞かせていただき、仮説を立てては潰す日々が始まりました。
プログラム期間中の大きな出来事として、2024年12月にカンボジアで開催された対人地雷禁止条約(オタワ条約)の国際会議に、日本企業の方々と参加できたことがあります。現地の地雷除去作業員やキーパーソンとつながり、初めて実際の地雷除去現場を見学できた経験は、非常に大きな転機でした。
(補足:2024年10月〜2025年3月の半年間は大学を休学し、同時期に独立系VCの F Ventures と、認定NPO法人 テラ・ルネッサンスでもインターンをしていました。)
地雷探知技術の現実
地雷除去の最大のボトルネックは、探知工程にあります。多くの現場では金属探知機が用いられていますが、これは地雷以外の金属片にも反応するため、偽陽性が非常に多い。一般に、およそ1000回反応して1回が地雷だと言われています。
作業員は反応があるたびに穴を掘り、それが金属くずか地雷かを確認しなければ前進できません。金属探知機は「取りこぼしがない」という意味では優れていますが、
金属量の少ない地雷の検出が難しい
判別工程に膨大な時間がかかる
という問題があります。
現在も地球上には約1億個の地雷・不発弾が残存しており、現在のペースでは完全除去に1000年以上かかるという試算もあります。※2-※3
次のセンサー像
この課題を解決するために開発された代表例が、東北大学・佐藤先生らが開発した ALIS(Advanced Landmine Imaging System)です。金属探知機と地中レーダー(GPR)を統合したデュアルセンサーで、3〜4kg程度と携行可能なサイズまで小型化され、すでにカンボジアをはじめ世界各地の地雷原で実運用されています。
このようなセンサーが将来的なスタンダードになることは間違いないと思います。一方で、私が理想とするのは、
遠距離からのスタンドオフ(非接触)
無人
既存手法より100倍高速
同等以下のコスト
を実現する、まったく新しいタイプの地雷探知センサーです。(これが実現可能かどうかはさておき、、、)
しかし、既存の地雷探知機をそのままドローンに載せても、電磁波強度の距離減衰(おおよそ距離の3〜4乗)の問題により、実用化は非常に困難な現実がありました。
そんな中で見つけたのが、信州大学・照月先生らの研究チームによる、昆虫触角を用いたバイオハイブリッド嗅覚センサーのプレスリリースでした。※4昆虫の触角を搭載したドローンが、匂いを検出するだけでなく、探索アルゴリズムによって匂い源に到達するという、非常に画期的な研究です。
原理は、脳波計や筋電計と同じで、生体内に流れる微弱な電気信号を取得、解析することで、この体はどういう刺激を受けて、どういうシグナルが出しているのかデコードすることができます。
ここから、ミツバチを訓練して爆薬臭を検出させる研究の存在を以前から知っており、ミツバチを使って地雷探知のセンサーとして汎用的に普及できるのではないかとと考えました。
センサーとしての生物の可能性を大いに信じており、特に生物の嗅覚、犬や昆虫の嗅覚は、ppb〜pptレベルの極低濃度物質を検出し、しかも識別までミリ秒オーダーでこなします。この性能を人工センサーで完全に再現した例は、いまだ存在しないと認識しています。
現在地
詳細は省きますが、このアイデアを起点に事業計画を組み立て、研究成果がほとんどない状態ながら、いくつかのコンテストやプログラムで評価を受けました。2025年7月に京都で開催されたスタートアップイベント内のビジネスコンテストで全国優勝し、ノンエクイティ(株式を発行して外部から資金を調達しないの意)で1000万円の獲得もできました。
その後、2025年7月頃に株式会社を設立し、大学近くにラボを借り、学生エンジニアや60歳を超える経験豊富なエンジニアの方々とともに研究開発を進めています。大学の正式な研究シーズを使っているわけでもなく、ハードウェア開発を伴う点も含め、客観的にはかなり珍しい選択だと思います。
最後に
この1年を通して強く思うようになったのは、「自分がどの立ち位置で戦っているのかを自覚すること」の重要性です。
研究論文を精読した経験があり、特定の技術的背景や限界を理解したうえで、社会課題に対して事業としての解を設計できる若い人は、実はそれほど多くないのではないかと認識しています。
いくつかの「平均より少しだけできること」を組み合わせるだけで、戦う相手が一気に減ることがある。ここ1年の経験から、それはかなり確かな感覚になりました。
特に何かを成したわけではない身ですが、iGEMを経験した一人の現在地として、ここに記しておきます。何かの参考になれば幸いです。
支離滅裂な文になってしまい恐縮です🙇♂️
iGEMを通してお世話になった九州大学のメンバー、先生方、スポンサー企業の皆さま、そして Japan Community の運営を支えてくださった多くの方々に感謝するとともに、今後の日本チームの健闘を心から祈っています。
参考リンク
※1:日本貿易振興機構. 「ゼロイチ(学生社会起業家創出)コース」. J-StarX — 海外における起業家等の育成プログラム. 取得元
※2:科学技術振興機構.
「人道的対人地雷探知・除去技術の研究推進について」.
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/17htm/1726z.html
※3:Landmines Free.
“Facts About Landmines”.
https://landminefree.org/facts-about-landmines/
※4:
Fukui, C. et al.
“Advanced bio-hybrid drone for superior odor-source localization: high-precision and extended-range detection capabilities”, npj Robotics, Vol. 3, Article 4, 2025,


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