「幸福度世界一」の国の差別 差異は差別の理由にならない

■朴沙羅さんの欧州季評

 昨年4月に行われた総選挙の結果、フィンランドでは社会民主党のサンナ・マリンを首相とした中道左派連立政権から、国民連合を中心とした中道右派連立政権へと政権が交代した。フィンランドではこれまでも、中央党や国民連合といった中道あるいは中道右派政党と、社民党に代表される中道左派政党が連立政権を組んできた。

 新型コロナの世界的流行とロシアによるウクライナ侵略に直面したマリン政権は、それ以前の政権と比較すると高い支持率を維持した。しかし総選挙で社民党の得票率は、国民連合と、反移民政策で知られる真のフィンランド人党(フィン人党)に次いで第3位となった。選挙後は、異例に長い連立交渉を経て、国民連合にフィン人党などが加わった連立政権が6月に発足した。

 しかし、新政権が発足してわずか1カ月の間に、フィン人党を中心に、閣僚による人種差別の扇動が明らかになった。経済大臣ヴィルヘルム・ユンニラは、学歴・職歴を詐称していたことに加え、選挙集会などで「ハイル・ヒトラー」を意味する「88」という選挙番号を使った「冗談」を繰り返し、またネオナチ全体主義国家の設立を目指す北欧抵抗運動と同じ集会に参加していたことが明らかになって辞任した。次に、財務大臣にしてフィン人党党首リーッカ・プッラが、15年前に同党議員のブログへの投稿で、非常に強い差別用語を使って中東・アフリカ系の移民を罵倒したことが発覚した。

 ユンニラは騒動が起こるや自ら辞職したが、プッラは「私は間違いを犯したこともある」と述べただけで職にとどまった。これに対して、彼女の辞職と人種差別の明確な禁止を内閣に求めるデモが複数回にわたり行われ、7月には約5千人、9月には約1万1千人(人数はともに警察発表)がデモを行った。

 フィンランドは、EU加盟国の中でも人種差別を体験している人が多いと報告されている。2016年と17年に行われた調査によれば、就職活動中にフィンランド人女性の名前で応募した場合、ソマリア人男性の名前で応募した場合と比べて、7倍近く多くの企業から前向きな応答があった。昨年10月に公開された人種差別調査「EUで黒人であること(Being Black in the EU)」では、フィンランドに住む回答者の半数以上が過去1年間に人種差別を受けたと回答した。ウクライナ侵攻以降は、ロシア語話者への差別も再燃している。

 しかし、フィンランド国営放送YLEの報道によれば、支持政党や年代によって人種差別を問題視するかどうかはかなり異なっている。「いかなる人種差別も認めないことが重要だ」と回答した人は、社民党支持者で80%、社民党と連立を組んでいた緑の党と左派連合の支持者では95%と92%に達するのに対して、フィン人党の支持者では13%にとどまった。結局、この季評を執筆している現在でも、ユンニラ以外の主要な閣僚は職に留(とど)まり、内閣が大きく変わる様子は見えない。

 社会学者の江原由美子は、「『差異』は『差別』の根拠ではない」(「女性解放という思想」)と言った。それを私なりに敷衍(ふえん)するなら、人種差別とは目や肌や髪の毛の色の差異を理由とする差別ではないし、人種差別が行われるとき、その差別の根拠を問うてはならない。差異があるのかないのか、あるとしたらどれくらいあるのか、その差異は差別するに十分なのか、そういうふうに問うてはならない。そうではなく、差異を見いだすその行為のほうを問題にしなければならない。

 私たちは常に「移民」や「アジア人」であるわけではない。「乗客」「血液型がA型」「スギ花粉症」等々、人間は無限に多様に描写できる。だから、差別者はどの差異を選ぶのか、なぜその差異なら差別の口実にしていいと判断するのか、その差異についての知識はいつ、どのように生み出されてきたのか、等々、差別される側ではなく、差別者を、いや差別こそを問うべきだ。

 ユンニラの発言は、フィンランドが第2次世界大戦の時にナチス・ドイツと同盟関係にあったことと地続きだ。プッラの発言が、その発言がなされたときには問題にならず2023年に問題になったことは、フィンランドにおいてこの15年間で移民の数が増え、人種差別がより問題にされるようになったことを意味する。そして、ユンニラは辞めたがプッラは辞めなかったことから、フィンランドではナチス賛美の方が中東・アフリカ系移民への人種差別より問題視されていると考えることもできる。

 ところで、フィンランドは日本と同様に少子化が非常に問題となっており、すでに移民を受け入れなければ労働力不足と人口減少に歯止めがかからない状態だ。その中で、フィン人党はしばしば日本を理想像として挙げる。たとえばフィン人党の前党首ユッシ・ハッラ=アホは「日本人は日本が日本らしくあることを望んでおり、人口が減少しようとも、移民によって問題を解決しようとしていない」と言う。移民を受け入れることでより問題となるだろう人種差別の解消に取り組むくらいなら人口が減る方を選ぶ場合、日本はフィンランドにとって模範となり得る。「幸福度世界一」の国の首班たちに参考にされるだなんて、名誉なことではあるまいか。

              ◇

 ぱく・さら 1984年生まれ。社会学者。2020年からフィンランドのヘルシンキ大講師。著書に「ヘルシンキ 生活の練習」など。

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    本田由紀
    (東京大学大学院教育学研究科教授)
    2024年1月11日7時30分 投稿
    【視点】

    フィンランドで人種差別を煽動しヒトラーに賛同するフィン人党にとって、日本(具体的には自民党政権による政府の方向性を意味すると考えられる)は理想とされていると記事内で指摘されている。 差別の解消ではなく人口減による衰退を選ぶモデルとされている「名誉」。強烈な皮肉である。 日本語という特殊な言語を使って島国の中だけで生きていると、この国がいかにグロテスクな形に特化してしまっているかは気づかれにくい。外からの視線を報告してくれるこのような記事は、日本の人々が自国の姿を知るための鏡としてきわめて重要である。

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    武田緑
    (学校DE&Iコンサルタント)
    2024年1月11日20時13分 投稿
    【視点】

    ちょうどお正月にデンマークに行ってきました。デンマークでもこの10年ほどで移民排斥的な発言が選挙の度に聞かれ「言ってもいいこと」になってきてしまっているという話、コペンハーゲンの図書館から外国語書籍(しかも非西欧のもののみ)が撤去されたという話など、桃源郷はないということを実感したところです。 一方で、パレスチナへの爆撃・虐殺をやめろという大規模デモにも遭遇しました。もちろん反戦デモではあるのですが、デンマーク人と思しき若者と、アラブ系移民と思しき若者がギュッと手を繋いで歩いていたりして、国内における連帯を示す行進でもあるのだなと感じました。 アメリカでも、そして日本でも、そうですが、世界が2つに分断してきていることを感じます。「共に生きよう」と訴え続けたいですし、「共に生きる感度」を教育やまちづくりによって育んでいく必要があると強く感じます。 フィン人党が日本を理想像として挙げているというのは、頭を抱えたくなる重たい事実ですね...。朴沙羅さんの書き振りがまた、切れ味鋭く、日本のあり方を突きつけられます。

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