壁打ち! 東急式人的資本経営の確立をめざす旅【第2回】本間浩輔さん(前編)
人的資本経営は「制度」と「企業風土」の両輪で
東急の人的資本経営の特徴は、仕組みも文化も一緒に育てていること。とはいえ、今はまだそのスタイルを確立する旅の途中です。この連載では、人材戦略室長・高橋真樹子が社外のさまざまな方と語りあい、この先の道を照らす手がかりをみつけていきます。
第2回の壁になってくれたひと:本間浩輔さん
本間さん(写真左):本間浩輔
1968年神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後、野村総合研究所に入社。2000年スポーツナビの創業に参画。同社がヤフーに傘下入りしたあと、人事担当執行役員、取締役常務執行役員(コーポレート管掌)、Zホールディングス執行役員、Zホールディングスシニアアドバイザーを経て、2024年4月に独立。企業の人材育成や1on1の導入指導に携わる。
著書に『1on1ミーティング「対話の質」が組織の強さを決める』(吉澤幸太氏との共著、ダイヤモンド社)、『会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング』(中原淳・立教大学教授との共著、光文社新書)、『残業の9割はいらない ヤフーが実践する幸せな働き方』(光文社新書)がある。
マキコさん(写真右):高橋真樹子 東急株式会社 人材戦略室長
1968年東京都生まれ。津田塾大学卒業後、1991年東京急行電鉄株式会社入社。リゾート事業部、経営企画室のほか、東急セキュリティの立上げや東急ストアへの出向を経て、2024年より現職。モットーは「おいしく、楽しく」
本間さんとマキコさんは、これまで何度か杯を交わしながら話してきた間柄。今回は、いつもの延長線上のテンポで語っています。
1on1ってなんのためにやるかというと、自分を越えていく部下を育てるため。リトルマキコを量産しても仕方ない
本間さん:はじめて来たけど素敵なオフィスだね。渋谷の喧騒を抜けて、こんな住宅街に本社があるなんて。すごくいい。
マキコさん:ありがとうございます。駅からは遠いですけど(笑)。オフィスは本当につい最近、改修したばかりなんです。
本間さん:それにさ、この「壁打ち!」ってタイトルもめっちゃいいじゃん。1on1ってそもそも壁打ちだからね。
マキコさん:そうなんだ!
本間さん:そう。壁打ちの重要なところって、壁は答えないことね。
マキコさん:うんうん。
本間さん:ヤフーにいた当時、社長だった宮坂に「本間さん、人事のこと考えたいから壁打ちつきあって」と言われて社長室に行くじゃない? こんなことやりたい、あんなことやりたいっていろいろ言うから、こっちも「それはこうしたほうがよくないですか?」と返す。そうしたら「本間さんの意見は聞いてない」って。
マキコさん:(笑)。
本間さん:人は話しながら自分の頭の中を整理していくんだよね。1人で喋っててもつまらないけど、相槌を打ってくれる相手がいると話せるじゃない。「そうなんですか」「いいですね」なんて言われながら。
マキコさん:ほんとにそう。
本間さん:だからさ、マキコさんより知識のない人を相手に話したほうが、自分の頭の中を整理できるんだよ。
マキコさん:なるほど。じゃあ今日は・・・なんかすみません(笑)。でも、いまの話を聞いたらこのチームでは日ごろから壁打ちしているなと思いました。逆に、当社がやってる1on1は壁打ちとは程遠い・・・。
本間さん:1on1ってなんのためにやるかというと、自分を越えていく部下を育てるためなんだよ。1on1を学びに来る多くの人たちは「教えちゃダメですか?」「アドバイスしてもいいんですか?」ってよく聞いてくる。やってもいいけど、そしたらさ、部下はあなた以上にはなれないですよ、と。
マキコさん:たしかに!
本間さん:それやってたら、部下は自分の劣化コピーにしかならないわけ。リトルマキコは量産されるかもしれないけど、そこに東急の未来はある? って話だよ。
マキコさん:それは違う。
本間さん:でしょ。やらないといけないのは、自分のことなんか楽々と越えていく、未来の東急をつくっていく人を育成すること。1on1をやるにあたって、それがまずいちばん重要なところなんですよ。
1on1にはキャリア自律の面も。うまく使えば異動もポジティブになる
マキコさん:当社がやってる1on1は、2人が向き合って座って、事前に部下が記載したカルテみたいなのに沿って「最近体調どう?」みたいな。「これ、やってる意味あるんだろうか?」って、たぶん上司も部下もお互いに思ってる・・・。今、これを変えようとは思っているんですが・・・。
本間さん:ヤフーは「社員の才能と情熱を解き放つことによって、会社が楽々と最高益を更新する」っていう人事ビジョンでやってたのね。
マキコさん:うん。うちでいう「個の最大化=企業価値の最大化」ですね。
本間さん:そう。どっちかだけじゃダメ。社員が才能と情熱を解き放ってても会社が儲かってなきゃ意味ないし、会社が儲かってても社員がいきいきと働けてなかったらこれはこれでダメなんだよね。
マキコさん:はい。
本間さん:そのためにやっていたことは二つ。一つは「人材開発会議」っていうんだけど、「この人はこれが得意で弱いのはここ。将来的には本部長クラスまでいく人材」みたいに全社で棚卸しする。
マキコさん:社員全員分?
本間さん:そう。上司が集まって自分の部下についてみんなに説明する会議。そこで、「そういう人材なら、次はこういう経験をさせるのがいいね」と異動が決まったりする。
マキコさん:すごい!
本間さん:これは東急グループの中にもやりはじめた会社があるよ。僕はアドバイザーとして入ってるんだけど、これをやるとすごい会社が変わる。ちょっと時間はかかるけど、確実に変わってきてると思う。
マキコさん:絶対そうだと思う。それ、うちでもやりたいな。
本間さん:もう一つが1on1。上司は部下のことを知っておくと、人材開発会議で部下のことを詳しく語れるよね。
マキコさん:うんうん。
本間さん:それに、部下は1on1で自分のことを話していくうちに、自分で気がつくんだよね。最初は自分に何が向いてるかとか、何をやりたいかとかはっきりしていなくても、上司を壁打ちに使いながら話すうちに気づいていく。1on1にはそういうキャリア自律の役割もあるんだよ。
マキコさん:なるほど。
本間さん:そういったことを経て決まった異動だったら、「あなた自身も、僕たちもそう思ってたし、この経験はきっといいものになるから」って伝えられる。そうすると、異動のハードルもすごく下がる。
マキコさん:ああ、ほんとにそう。そのためには壁側のスキルが必要ですね。
本間さん:そう。だけど、上司にだけ教育してもダメで、部下側も「こんなこと言ったら異動させられるかな」とか思っても勇気をもって言ってみる、みたいなことが必要。東急なんてこんなにいろんな事業をやっているし、異動も多いわけじゃない? 変化も経験できることもすごく多い会社だから、いろんなことが学べる。だから、社員は1on1を大いに使ってキャリア自律したらいいよね。
マキコさん:わかります。だけど、みんななかなか本音なんて言わないじゃないですか。本音を言う、一歩踏み出す、ってどうしたらいいんだろう。
本間さん:まずは、1on1の最後を「行動」で終わること。
マキコさん:あ、本に書いてあった!
本間さん:うん。たとえば、部下が「まちづくりに興味あるんです」と話をしたら、「なんで?」と掘り下げていって、で、最後に「いいじゃん、それでどうする?」って促すの。
マキコさん:うんうん。
本間さん:「その部署の人に話を聞いてみようと思います」と部下が言ったら、「いいね、なにか自分に手伝えることある?」って聞いてみる。「行動で終わる」というのはそういうことね。
マキコさん:なるほど~。
本間さん:変な話、というか僕は変な話しかしないけど(笑)、最初の15分は適当に相槌打って聞いてればいいんだよ。残りの15分で壁打ちして、部下が自分の頭の中を整理して「これをやろう」ってものがみつかれば1on1は成功。社内の人に聞きに行くでもいいし、家に帰って子供に聞いてみるとか、新しい本を読んでみるとか、「何をやるか」はなんでもいいの。
マキコさん:それは確実に行動が変わりますね。
本間さん:うん。考えて行動することが大事で、失敗してもいいんだよ。「まちづくりの部署の人に話を聞きに行こうと思っていたけど、行けませんでした」、それでもいいんです。じゃあどうする? ってまた壁打ちすればいい。そこで「おまえ、なんで行かなかったんだよ」と言っちゃうとおかしくなっちゃう。
雑談は、雑談じゃない
マキコさん:1on1って「余白をつくること」なんだな、と話を聞いていて思いました。目の前のことだけが仕事じゃなくって、その余白で次のことを考えたりすることも大事な仕事だと思ってるんだけど、いま本当にみんな余白がない。だから、最近は雑談をしようよとかよく言ってるんだけど。マキコレランチとかマキコレツアーもそのための取り組みでもあります。余白があるから、自分の思考を整理できる。
本間さん:これは難しい議論ではあるんだけど、それは「雑談」ではないんですよ。
マキコさん:というと?
本間さん:みんなまじめだからさ、きっと昨日みたテレビの話を延々するわけじゃないでしょう? でも、この会社ってひとの生活を支えているから、こういうことに興味があるとか、こんな展覧会にいったみたいな話は今後の東急のイノベーションをつくるためにすごい重要なこと。だから「雑談」じゃないんだよ。
マキコさん:あ~。ほんとは雑談じゃないのに「雑談っぽい」からみんな遠慮しちゃうのか。1on1みたいな場ならなおさら。
本間さん:そう。だから1on1は1カ月に30分やるよりも、週に1回5分でも10分でもやるほうが絶対にいい。
マキコさん:そうですよね。当社は半年に1回だから・・・。1on1というより「面談」。
本間さん:頻度が高くないと、部下も準備しちゃうんですよ。上長と部下のオフィシャルなコミュニケーションの場だし。
マキコさん:ヤフーは毎週やってたんですよね。
本間さん:うん。LINEと一緒になってからは、1on1は制度ではなくなったんだけど、ヤフー側の人たちは「1on1がなくなったら暴動が起こる」って言ってるくらい、なくては回らないものになってるんですよ。だから、相変わらずやってる。
マキコさん:すごい。完全に習慣化してるんですね。暴動が起きるって、1on1は「ごはんが食べないと死んじゃう」というポジションにあるってことだ。
本間さん:要は、優先順位なんですよ。部下の人数が多すぎるからできない、と言う人もいるんだけど、管理職の役割って何? という話ですよね。自分が成果を上げるために部下をこき使うのが管理職だというなら話はちがってくるけど、自分を越えていくような部下を作るのが管理職の仕事なわけだから。
マキコさん:おっしゃるとおりですね。
本間さん:僕は、自分の部下とその下の部下の1on1をやってました。多くの企業で起こることは、たとえば部長が課長を評価するときに、部長はその課長が自分にとってどのくらい快適かってことで評価してしまう。だけど、本来評価しなくちゃいけないのは、課長がどういう風にチームを作っているのか。それは、課長の下のメンバーの話も聞かないとわからないよね。
マキコさん:そうですね。
本間さん:そうじゃないと、課長は部長のオーダーを聞くために部下をこき使うという構図にもなり得る。だから、頻度は違うけど僕は部下の部下まで1on1してました。
役割が大きく変わるときにも1on1は有用
本間さん:あとは、マキコさんは新任役員の1on1をしたほうがいいと思う。
マキコさん:新任役員?
本間さん:係長から課長になるのはそんなに変わらないけど、役員になるってけっこうなトランジションなんですよ。僕はよくわかんないけど、妻から母親になるみたいなさ。
マキコさん:ああ! 役割が大きく変わる。
本間さん:そう。空中ブランコに例えられるんだけど、好きな夫と仲良くしてればよかっただけの「妻」という役割を手放して、「母親」という次の役割をばちっと掴む。この、手放してから掴むまでの不安定な間をできるだけ短くする、そしてスムーズに次の役割をはじめるために1on1は有効なんだよね。
マキコさん:たしかに、だれかに話を聞いてほしいかも。
本間さん:そうなんです。最初は「僕に期待されてることは何ですか」とか聞いてくるんだけど、半年とか1年壁打ちをやってると「僕は自分にやれることをしっかりやるので、それで成果を上げられなかったらいつクビを切ってもらってもいいです」と言えるようになる。
マキコさん:それ、当社ぜんぜんできてない・・・。わたしが人材戦略室長になったときも、明確な役割すらなにも言われなく。自分で考えてました。
本間さん:そういうときは別の相手が必要なんですよ。壁打ちしてくれる相手が。伴走してもらってるあいだに信頼関係も生まれるし。それこそ人材開発会議みたいな場がよりよくなるということもあります。
マキコさん:なるほどなあ。



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