この連載では、北欧・デンマークが、いかに幸福度も競争力も高いという社会を作り上げてきたのかについて、さまざまな角度から取り上げている。これまでの記事の中で、読者の関心の高さを感じたのが、午後4時台(金曜日になると午後3時台)がラッシュアワーという、デンマークでの働き方についてだった。
デンマークの一般的な組織で、いかに効率よく仕事を終わらせているのかについては、デンマーク企業で働き始めた日本人がいかに働き方を変えたかや、デジタル庁局長というバリバリの官僚が午後4時前に職場を出る働き方などを取り上げてきた。
ただ、私が驚くのは、日本では激務でも仕方がないとされるような職種の人でも、基本的には残業なしで、フルタイムの週37時間労働という範囲内で仕事を終わらせていることだ。その一つが、病院勤務の医師である。
日本の病院勤務の医師といえば、週に100時間以上働くのも当たり前のような世界。26歳の医師の過労死という痛ましいケースも起きたが、そんな過酷な労働環境もあいまって、日本では深刻な医師不足に陥り、医師の働き方改革も始まったばかりだ。そんな日本的な常識から考えると、デンマークでは病院勤務の医師でも残業ゼロって、いったいどういう働き方をしているんだろう、と気になっていた。
それを解説してくれたのが、2022年から2年間コペンハーゲン大学病院に臨床留学し、デンマークの医師の働き方を間近で見てきた長崎大病院外科医の濵田隆志さん。実は、デンマークで働き方を取材する時には、デンマーク人よりも、日本人に聞く方がわかりやすかったりする。デンマーク人にとっては当たり前すぎて、見過ごしてしまうような大事なポイントや、短時間労働が何を引き起こすのかついても、日本と比較しながら語ってもらえるからだ。
というわけで今回は、日本人医師が語るデンマークでの医師の効率的な働き方について、その背景にある日本との医療システムの違いも含めて、お伝えしてみたい。
医師も「シフト制」でさっさと帰宅
肝臓移植を専門とする外科医の濵田さんは、日本の大学病院で典型的な長時間労働を経験してきた一人だ。外来診療や手術など日中の通常勤務が終わった後も、病棟での勤務があり、急患への対応があり、会議があり、学会の準備や論文執筆もある。夜通しの当直勤務は時間外労働の扱いとなるため、当直の翌日は通常通り、外来や手術といった仕事をこなしてきた。
そんな濱田さんが臨床留学先として選んだのが、デンマーク王立病院である。濱田さんが驚いたのは、外科医でも午後3時の終業時間を過ぎると、さっさと帰宅することだ。それを支えるのが、シフト制の考え方である。
「今日、あなたは手術だけ、あなたは外来だけ、あなたは当直だけ、といった役割分担があり、その役割を100%こなすことが評価されます。日本ではその役割がなく、時間外だろうが学会の準備中であろうが、患者さんの命がかかっているんだから、と犠牲心や善意でこなしているところがあります」 (濵田さん)
もちろんデンマークでも、手術が長引いたりして、予定の勤務時間を過ぎることもある。デンマーク医師会によると、そういう場合は、翌週以降の勤務時間を減らすなどして、週37時間労働におさまるように調整するそうだ。また夜間の当直勤務も部分的にしか時間内勤務に含まれない日本とは違い、デンマークでは全て「時間内勤務」の扱いとなる点も大きい。たとえば月曜日に当直勤務に入って24時間働いた場合、翌日の火曜日は休みとなり、37時間のうちの残りの13時間を、水、木、金のうちの2日間に分けて働く、というイメージだ。
日本でこの4月から始まった医師の働き方改革では、病院などに勤務する医師の時間外労働を、年間960時間に制限することになった。それですら実現が難しい医療現場の実態があるわけだが、そもそもデンマークでは、時間外労働が基本的に「ゼロ」という世界なのである。
残業なしで仕事を収めるためには、シフト制の考え方のほかにも、業務の効率化が欠かせない。明確なタスク分けはその一つで、手術前の準備や術後のケアは看護師や麻酔科医が行い、外科医は手術だけに集中できるような環境を整えている。カンファレンスと呼ばれる患者の治療方針を決める会議も、当番の2人以外は自由参加。日本では、カンファレンスは教育の場と捉えられていることもあり、若手を含めて数十人が参加することもあるそうだが、会議が何時間も続き、疲弊した医師の中には寝落ちする人もいるのだとか。