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デリバリーバッグを背負って見えた、日本の正義と不寛容の正体

飲食店の仕事を始めてから、キッチンで仕込んだ料理を自転車でお店まで運ぶようになった。業務用のデリバリーバッグは思いのほか大きく、後ろから見るとまるで配達員そのものだ。もちろん中身はUber Eatsではなく、自家製のラタトゥイユや鱈のムニエルだったりするわけだけど、街の人の目はそんな事情を知らない。ただの「邪魔な自転車」「怪しい荷物」「マナーの悪い何か」になる。

こっちは交通ルールを守っているし、料理も丁寧に固定しているし、むしろ命がけで走っている。けれど、歩行者に舌打ちされ、自動車にはギリギリで幅寄せされ、信号待ちでは知らない中年男性に突然説教される。「歩道は降りろ!」「車で運べよ!」「そもそもそれ違法じゃないのか?」僕は一体、何に違反したというんだろう。

現代の日本社会は、ルールを守っても怒られる。そして日々、その勢いは苛烈になってきている。

ルール至上主義の国で生きるということ

日本は「ルールを守る」ことにおいては世界トップクラスの国かもしれない。でも最近の傾向はちょっと違う。「ルールを守る人が偉い」ではなく、「ルールを守らない人を叩いていい」という空気が蔓延している。

電車で足をほんの少し広げただけで舌打ちされる。マスクを外して歩いているだけで睨まれる。犬の散歩をしているだけでイチャモンをつけられて絡まれる。

これらは全部、ルールを楯にした「私刑」だ。制度や法律ではなく、「周囲の視線と圧力」によって処罰される。つまり、人々は法律ではなく「お気持ち」で動いている。それが、異様にギスギスしたこの社会の正体だと思う。

自転車に乗ると「この国のメンタル」が見える

自転車は、それを最も可視化する移動手段だと思っている。歩行者でもなく、車でもなく、その中間に位置する存在。つまり制度的にはどちらでもないグレーな存在として、常に「ジャッジ」の対象になりやすい。

  • 車道を走っていれば「邪魔だ!」と怒鳴られる

  • 歩道を走れば「危ない!」と罵られる

  • 信号を守っても、タイミングが悪ければクラクションを鳴らされる

つまり、ルールを守っていても、誰かの正義には常に反してしまう構造になっている。この構造は、まさに今の社会全体とまったく同じだ。SNSで何かを発言すれば、必ず「違う立場」から攻撃される。発言しなくても「黙っているのは加担だ」と言われる。

自転車に乗るという行為は、言ってみれば「Xのタイムライン」のようなものなのかもしれない。大人しくしていても、何をしても、誰かの文脈の中では「悪者」になってしまう。

マスク警察・声量警察・エコバッグ警察

コロナ禍で急増した「〇〇警察」は、まさにこの不寛容さを象徴していた。駅のホームでマスクをつけていない人に怒鳴る人。スーパーで他人のエコバッグの中身を盗み見して、「万引きかと思った」と言いがかりをつけてくる人。電車内で子供が笑い声をあげただけで舌打ちする中年男性。

これらは、誰かの「正義感」によって生まれている。でもその正義感は本当に「公共のため」なのだろうか。

実際には:

  • 自分が不快になったから叩きたい

  • 自分のルールで秩序を支配したい

  • 自分の道徳が通用しないことへの怒りを他人にぶつけたい

という、情動的な動機でしかないことが多い。その感情を「ルール」という言い訳で正当化しているだけだ。

政治もメディアも「敵を作る商売」になった

この社会のギスギスした居心地の悪さを加速させているのが、メディアと政治の分断構造だ。最近の政治手法は、対立構造をわざと作り出すことで票や支持を得るスタイルが主流になっている。AとBに分断し、「あなたは正しい。あいつらが悪い」と言い続けることで、人々は安心する。そこにメディアが便乗し、「敵を叩くニュース」が日々生まれる。

  • 「〇〇のせいで社会が壊れている」

  • 「常識のない若者」「わがままな高齢者」「迷惑な外国人」

  • 「ルールを守らない配達員」「子供の声がうるさい保護者」

すべての論点が「敵を作る言説」になっている。その方が数字が取れるし、話が簡単だからだ。

正義が暴力に変わるとき

この社会の一番の問題は、「正義が暴力に転化している」ということだ。誰もが「自分は加害者ではない」と思っているけれど、「ルールだから」「常識だから」「社会のためだから」と言って他人を傷つけている。

たとえば、僕が店に料理を運ぶ途中、歩道で少し足を止めただけで、高齢の男性に「お前みたいなやつが事故起こすんだよ!」と怒鳴られたことがある。こっちは鍋の汁が漏れないように、一時停止しただけだ。それでも彼にとっては、「歩道に自転車がいる=悪」だった。状況も意図も一切関係なく、独善的に人を裁く。それが今の「正義」のリアルだ。

想像力と余白がない社会

この社会は今、「想像力の欠如」「余白のなさ」によってどんどん窮屈になっている。

  • 他人の背景や事情を想像しない

  • わからないことはグレーのままにせず、白黒つけたがる

  • 融通や例外より、「一貫性」「公平性」が重視される

もちろん、制度としての一貫性は必要だ。でも、生活には「例外」や「事情」がつきものだ。すべてをルールで判断しようとすれば、必ず誰かが押し潰される。それが「この社会の窮屈さ」の本質だ。

最近、怒られないように振る舞うのが上手くなった気がする

最近、自分でもちょっと嫌になるくらい、「怒られないようにする動き」が上手くなった気がする。信号の変わり際にはわざと足をついて、「ほら、ちゃんと止まってますよ」とアピールするような動き。歩行者がいるときは、かなり距離を取って減速して、できればアイコンタクトも入れる。後ろから車が来てる気配がしたら、道幅があっても一瞬だけ歩道に避けておく。そうするとクラクションを鳴らされにくい。

別に怒られるのが怖いわけじゃない。ただ、無駄にトラブルに巻き込まれたくないだけだ。正論で怒られるのも、理不尽に怒鳴られるのも、どっちもしんどい。だから、先回りして「問題を起こさない動き」を自然に選ぶようになった。自転車に限らない。電車に乗るときも、スーパーのレジでも、SNSでも、最近はどこかで「怒られないモード」で動いてる自分がいる。

でもこれ、けっこう息苦しい。気づかれないようにやってるつもりでも、たぶん身体には確実にストレスが溜まってる。「怒られないために気を配る」って、結局ずっとまわりの目に合わせて自分を調整してるってことだから。

いつからこんなに、人の視線に敏感になったんだろう。それが「大人になること」だと言われればそうかもしれないけど、なんかもうちょっと、呼吸のしやすい社会にならないものかなと思う。

正しさより、やさしさを

この国にはやさしさが足りないーーそう言う人もいるけど、僕はちょっと違うと思っている。むしろやさしさは、そこらかしこにある。ただ、表に出づらくなっているだけだ。やさしさを押し込めてしまっているのが、「正しさ」という名の圧力だ。

誰かが困っていても、下手に声をかけたら「不審者」扱いされるかもしれない。ちょっとした手助けも、「余計なお世話だ」と返されるかもしれない。だから人々はやさしさを出す前に、「損得」と「リスク」を計算する社会になってしまった。これは個人の冷たさではなく、社会がそうさせているんだと思う。

そしてその構造の中核にあるのが、「ルール」と「正義感」の過剰だ。ルールを盾にすれば、迷わず行動できる。正義を振りかざせば、自分の恐れや不安をごまかせる。でもその安心感の裏側で、「考えること」「迷うこと」「待つこと」ーーつまり「人間らしさ」がごっそり削られていく。

たとえば自転車で走っていると、道を譲ってくれる人がたまにいる。目が合って、軽く会釈してくれるだけで、心が温まる。でもそれはルールでも義務でもない。マニュアルにも書いてないし、誰からも評価されない行為だ。そういう「明文化されていないやさしさ」が、この社会から急速に減っているのが僕は怖い。

ルールを守ることが、人を守らなくなる瞬間がある。正義感が、想像力を殺してしまうときがある。だからこそ、僕たちは意識的に「順番」を逆転させないといけない。

正しさの前に、やさしさ。
ルールの前に、人間。
正義の前に、想像力。

それはときに不完全で、面倒くさくて、効率が悪いかもしれない。でも、それこそが「人間が人間であること」の根拠なんじゃないかと思う。

自転車を漕ぐたびに、僕は思い出す。車の隙間をすり抜けるとき、歩行者と一瞬目が合うとき、そして何より、デリバリーバッグ越しに料理の温もりを感じるとき。正しさばかりが幅をきかせる世界では、やさしさが居場所を失ってしまう。だから僕は、やさしさの感覚だけは、何があっても手放したくない。

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