アシカの「お母さん」を務める 哺乳瓶で人工ミルクが飲めるまで2週間かかりました

話の肖像画 鴨川シーワールドの獣医師・勝俣悦子<16>

タックの全身骨格標本と
タックの全身骨格標本と

《平成15年の冬、セイウチの「ムック」は第4子の「ロック」を出産後、体調を崩していた。病気を示す数値は改善するも、食欲が戻らない》

手を尽くしましたが、この年の12月19日、ムックは世を去りました。昭和58年12月に搬入してから、ちょうど20年後のことでした。少し餌を食べ始めたロックを、「ごめんね」と心の中で言いながらムックから引き離すと、ロックは驚いて「ワンワン!」と鳴き、母親を呼びました。けれどムックはもう応えてはくれません。ムックと私とは種を超えて通じ合うことができたと思っていたので、彼女の死は大きな喪失でした。

私を救ってくれたのは家族でした。自宅に帰れば、中学生の娘と小学生の息子が「おかん、おなかすいた」などと、怒濤(どとう)の日常に容赦なく巻き込んでくれます。そうした日常が、本当にありがたかったです。

第2子「キック」は現在、南知多ビーチランド(愛知県美浜町)で、国内繁殖個体としての飼育日数記録を日々更新しながら暮らしています。繁殖期には他の水族館からお嫁さんを迎え、繁殖も期待されています。

「ブリ坊」こと「タック」(ムックと一緒にソ連=ロシア=から搬入)は令和元年10月、当時最長の飼育日数記録を残してこの世を去りました。彼は完璧な全身骨格標本となり、館内で展示されています。水族館の飼育動物は、海の動物とお客さまをつなぐ大切な役割を持っています。全身の骨がそろい、再現できた標本は貴重だとのことです。さすがタックです。来館の際は、ぜひタックの雄姿を見てほしいです。

《勝俣さんが初めて「お母さん」代わりを務めた動物はアシカだった》

昭和58年、カリフォルニアアシカの「ジュリー」がメスの赤ちゃんを産みました。アシカの繁殖は年に1度、1頭を産みます。赤ちゃんは便秘気味だったのを由来に「プン」と名付けられました。ジュリーは熱心に子育てをしましたが、母乳の量が足りていないのか、赤ちゃんの体重が増えません。親子だけの個室を用意したり、1日に1回だけ人工ミルクを与えてみたりしましたが、生後3日目に7500グラムあった体重は11日目に6700グラムに減ってしまった。そこでやむを得ず、人工哺育することにしたのです。

ミルクのレシピは、シーワールド・サンディエゴの館長で獣医師でもあるコーネル氏からもらった資料をアレンジしました。ペット用ミルク、魚のすり身、食用油、ビタミン剤をミキサーにかけて、ガーゼでこします。お乳を求めて「メェー」と鳴いたら、カテーテルで与えます。哺乳瓶で自分で飲めるようになるまで2週間かかりました。膝に乗せてミルクを飲ませると、おなかがいっぱいになったら、そのまま寝てしまいます。

その後は順調に育っていったので、2カ月くらいで私の手を離れることになりました。ちょっと残念でしたが、その後も飼育係に大事に育てられたプンちゃんは、大人になって子供を産むまでになりました。

《この実績から、「育児放棄」されたアシカが勝俣さんのもとへ運び込まれる》

カリフォルニアアシカの双子のうち1頭が、近くの動物園からやってきました。お母さんは別の1頭にしかお乳を与えなかったそうです。61年6月のことです。段ボールから私におとなしく抱き上げられたアシカの赤ちゃんは、痩せていておなかがすいている様子です。「ダン吉」と名付けました。(聞き手 金谷かおり)

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