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さすがに性被害にあった側がかろうじてもぎとった民事裁判の勝利の内容を逐一「守れ」という前提で批判しちゃうの、民事の意味が違うのではとしか思えない。 性被害者は被害者であり目撃者でもあり、別に正確な状況を述べられるわけではない。またその義務も本来なら無いんですよね。だとしたら映画に描かれた「事実」と、裁判で「事実」とされたことの関係そのものからまず議論すべきではなかろうか。
10:45 PM · Dec 16, 2025
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「事実」を明確にするのは本来なら警察と検察なんだけど、それができないのが日本であるのは明瞭でしょ。伊藤さんが事件後に病院に駆け込んだのはまだマシなわけで、それでもこの国は性被害者を救わないよ。
そもそもレイプドラッグだろうと泥酔だろうと、同意取れない相手をホテルに連れ込んだ人が刑事で裁けない時点でこの国のシステムが性被害にいかに弱いかという話で、そのシステムを支えているわれわれが伊藤さん個人を非難するのは無惨だし、自分で自分の首を絞めているとしか思えない。
映画のなかの表現については、映画のなかの表現の批判にとどめるのもすじってものだと思う。なぜ伊藤詩織さんの人格まで攻撃するのかも理解できない。