「……というわけでだ、毎年の如く子犬どもには各学年で計3本の映画を撮ってもらう。テーマは自由だ。今日中にテーマを、シナリオは今月中には完成させろ。決まったら俺のところまで持ってこい。期限を守れなければ…そうだな、全員人の言葉を話せなくしてやる」
一学年全員が集められた水曜日の午後。チャイムと共に飛び込んできた生徒達をジロリと睨んだ後、スっと目を逸らしてホワイトボードを指示棒でコンコンと叩いた。すると1人でマジックが動き出し、ホワイトボードにでかでかと『映画祭』とだけ書く。
その文字の傍にバンっと手を付いたクルーウェルが言ったのが先ほどの言葉である。これは何事か。ユウは「え、それだけ?」とポカンとホワイトボードを見つめるが追加説明はない。
最後に「全員参加しろ。サボりは許さん。完成できなければ、本物の子犬にして可愛がってやろう」とピシャリと指示棒を鳴らして言い放った。
そんなクルーウェルに、生徒達が嫌そうな顔をしてブーイングする。
「クル先まじ頭おかしいんじゃねぇの」
「性癖歪みまくってんじゃん」
「コイツ教師にしてて大丈夫か?」
「先生、人間はね?犬じゃないんだよ?」
全力で煽り散らす彼らを涼しい顔で眺めていたクルーウェルは『ほう?』と口元に笑みを浮かべた。気の弱いものなら逃げ出すような凶悪顔で再度掌に指示棒を打ちつける。その姿は教師というより悪党。
そんな顔をするから、生徒達にお前の裏の顔は人身売買のディーラーやら、違法ストリップショーをやってる店のオーナーやらと言われるのだ。
鋭い指示棒の音にある者は首をすくませ、ある者は口をひん曲げて友達とヒソヒソ話をする。渋々と従いながらも、完全に静まらないのがNRCクオリティである。反発の精神を掲げる寮が有れば全員がそこに寮分けされると思う。
不満たらたらな生徒達を一瞥した彼は「では始めろ。話し合うなり殴り合って決めるなり、自由にしていいが教室からは出るなよ。出たら首輪を付けて四つん這いで散歩させるからな」と言い放つ。
そして仕事は終わったと言わんばかりに、教室の隅にふかふかの1人がけソファーを召喚して優雅に腰掛けた。ポムフィオーレの談話室にありそうな豪奢な装飾の椅子だが、教室には絶妙に合ってない。
案の定、そのアンバランスさにポム生が顔を顰めた。それでもクルーウェルは素知らぬ顔である。
ユウがキョロキョロと辺りを見渡すと、他の一年クラスの担当先生方も同じように壁際に椅子を召喚して何かの資料を読んだり、提出物の採点を行ったりしている。
生徒達は生徒達でバラバラに固まって駄弁っている。ちらほら映画やら、撮影やらの単語が聞こえて来るから、成る程これは毎年の恒例行事らしい。それも大した説明を受けていないのにも関わらず、全員が何をするか理解しているくらいには。
映画祭がわかっていないのはきっと自分だけである。先生に聞きに行こうかと思ったが、膝上にはグリムがいる。むにゃむにゃ寝言を言うグリムに膝掛けを掛けてやりながら、隣でパンをモソモソと食べていたエースの袖を引いた。
袖を引いたせいで頬杖をついて支えていた手がズレて、頭が勢いよくガクンと下がる。「うぉ!?」と小さく悲鳴を挙げた彼に「あ、ごめん」と謝罪した。
心底びっくりしたのだろう。恨めしそうな顔で見つめてるから「そんな見ないで。照れちゃう」と敢えて真顔で言って、その口にキャッチしたクリームパンを捩じ込む。これは私が悪い。机から転がり落ちそうになったクロワッサン達は袋の中に戻してやった。
今更だが、授業中なのに食べて良いんだろうか。まぁ、先生方は我関せずって感じだし、他の生徒もジュースを飲んだり、お菓子を摘んだりしているから大丈夫なんだろうが。
口一杯にパンを頬張ってジト目を向ける彼に、鞄から出したパックのいちごオレを渡してやる。さよなら私のいちごオレ。
口の中の物を全て飲み込み、文句を言おうとした彼にすかさず質問を投げかけた。
「エース、映画祭って何?映画撮るの?」
「へ?あぁ、お前知らねぇのな。ほんとに映画撮んの。110分から130分までで。RSAとウチの2校だけでその出来栄えを競うんだけど、作ったやつはこの島の映画館で実際に放映される。投票とかもあって、1番票を集めた映画が優勝ってわけ」
「結構有名なイベントだぞ。わざわざ島の外からも見に来るし、人気が高いのは他の国の映画館でも放映されるんだ。テレビの取材とかも沢山来るし、優勝したら主演なんかは一躍有名人だ。そのレベルになると密着取材も来るし、DVDとかも販売される。VDCと映画祭は、将来的に芸能関係とかに進みたい生徒達が本気で参加するって訳だ」
エースと肩越しにひょこっと顔を出したデュースが、エースのクロワッサンを勝手に食べながら説明を捕捉する。が、口の中の水分が奪われたのだろう。途中で説明をやめて、いちごオレを勝手に開けて飲み出した。そして口に入れた瞬間、「甘っ」と眉を顰める。いや自由か。
「あー!オレのいちごオレ!」と叫んだエースに、デュースの鞄の中から勝手に出したコーラを渡す。「あ!ユウ待て!それ僕のコーラd…ああああああ!!!!」と叫んだデュースに、封を開けて口を付けたエースが勝ち誇った顔をする。
実に低レベルな争いである。まぁ、今回は勝手に飲んだデュースが悪い。元私のいちごオレをありがたく飲め。
あと、喧嘩するのはいいけど、映画祭の話は続けてほしい。そう思いながら、エースの鞄の中を覗く。チラリと紙パックが見えて、気付かれないようにそれを取り出した。チェリージュースと飲むヨーグルトとバナナオレである。いや、可愛いもん飲んでるな?
チェリージュースを飲んだら流石に凹むだろうから、バナナオレを貰う。今日は苺の気分だったがまぁいいだろう。
ちなみにエースのジュースを勝手に飲む事に対する罪悪感はこれっぽっちもない。二人もうちの寮のお菓子とかジュースとかを勝手に飲んで行くから。ちゃんと補充もするから気にしてないのだが。
それにエースは、私に餌付けする為にジュースとかパンとかを常に持ち歩いている節がある。だから勝手に食べても怒らないし、寧ろ食事量が減ったら本気で叱ってくる。
これに関しては以前色々あって心配掛けた私が100パーセント悪いから何も言えないのだが。
先輩達も私を見ると『ちゃんと食べてるか?』と顔色を確認してくるし、ハーツの先輩方に至ってはなんでもない日のパーティーでこれでもかと言わんばかりにケーキを食べさせてくる。
用事があって参加できないと言った日には、真っ青な顔で寮まで押しかけてくるから、なるべく参加するようにしているが。多分、ハーツの先輩方は私の事を三歳児くらいだと思っている。
エースは素直じゃないから絶対に本当の事を言わないが、多分このジュースも私用に買ったものだろう。だって普段絶対にバナナオレなんて飲まない。
エースのクロワッサンをチミチミと食べながらワイワイ騒ぐ二人を眺めていると、後ろの方から「騒がしいな」と呆れたような声がした。「ん?」と振り返ると呆れ顔のジャックと苦笑いのエペル、そして仏頂面のセベクが少し離れた所に立っている。
いつの間にか後ろの席に座っていたA組の生徒が移動したらしい。クラス別に別れていた筈の席順も、いつの間にかやらごちゃ混ぜになっていた。
鞄を持って移動して来た彼らにヒラリと手を振って、膝掛けごとグリムを抱き上げる。そしてそのまま後ろ向きに座り直した。
眠りの邪魔をされて「ぶなぁ」と顔を顰めるグリムを、エースとは逆側の席に下ろして撫でてやる。直ぐにスピスピと寝息を立て出したグリムは起きる様子がない。完全にネコちゃんだ。
グリムを再度寝かしつけると、後ろの机を掌でトントンと叩いて3人を呼ぶ。いつの間にかエースとデュースは教室の前の開けた場所で叩いて被ってじゃんけんぽんをしていた。ヘルメットの代わりに筆箱。ピコピコハンマーの代わりは丸めたノートだ。いやそれ、ちゃんと防御できるのか?
叩いて被ってじゃんけんぽんは、前に二人が本気で喧嘩した際に、水をバケツでぶっ掛けて物理的に頭を冷やさせた後「喧嘩するならコレで勝敗をつけろ」と私が教えたものである。
「女って怖ぇ」「スンマセンデシタ」と正座する彼らに、ニッコリ笑ってやると黙り込んだのはいい思い出である。クルーウェル先生曰く「子犬の躾は上下関係が大事」らしいから、その言葉通りにしただけなのだが。
たまたま私の手作りオヤツを催促しにきていた学園長が、庭でびしょ濡れのまま正座する二人とバケツ片手に仁王立ちする私を二度見した後、ソッと静かに帰っていった。帰り際にクッキーを持って行ったとこは、ほんとちゃっかりしてると思う。
あれ以来、エーデュースの二人はこれを気に入ったらしく、よく勝負しては最終的には何が理由で喧嘩したのかなんて忘れて楽しんでいる。お馬鹿な奴ほど可愛いとはよく言うけど、二人を見れば成る程と頷ける。
喧嘩しないならヨシ。とりあえずあっちは放っておこう。
手招きで近付いてきたジャック達の前に、エースのクロワッサンと私がおやつに持ってきたお手製蒸しパンを置く。その瞬間、年中腹ペコ共の顔がパッと輝いた。
いそいそと席に座った彼らは、各自チョコやらクッキー、飲み物を取り出してティータイムを始める。エペルからはリンゴと洋梨の入ったタッパーを貰った。一口大にカットされたそれを爪楊枝でチミチミと食べる。
一応授業中なのに、この学園の生徒は本当に自由だなぁ。
先生の方を向けばコーヒー片手にファッション雑誌を読んでいた。いつの間にやら目の前にレーズンバターサンドが乗った小さなテーブルも設置されている。この教師にして生徒ありと感心する。もちろん褒めてない。
「今日は蒸しパンか。チョコのやつ貰っていいか。そういや、コレこの間も作ってなかったか?」
「ん。学園長がコレ好きでさ。ちょくちょく催促に来るんだよね」
「何だそりゃ」
「まぁ、作ったらグリムも喜ぶし、材料費と手間賃多めにくれるから良いんだけどさ」
「ユウサンの蒸しパン凄く美味しいから学園長サンの気持ち分かるよ。僕はどうしよう。コレは何味?」
「これはチーズ。こっちは新作のラズベリージャムとキウイジャム。お勧めはラズベリーかな」
「え、新作どっちも美味しそう。なら僕はラズベリーにするね」
「……」
「セベクそんなに悩まなくても、まだ寮にあるから放課後食べにおいでよ」
「む、そうか!なら僕はキウイの方を貰うぞ!!!」
「ん。召し上がれ」
「っ美味しい!」
「キウイも良い!」
「ユウ、俺ももう一個貰っていいか…?」
「いいよ。いっぱいお食べ」
そこそこ大きめに作った筈だが、直ぐに口の中へと消えていく。食べ盛りな上に全員運動部だから消費も激しいのだろう。がっついている訳じゃないのにスルスルと消えて行った。
良い食べっぷりと反応ににこっちも嬉しくなる。今の気分は、たまにしか会えない孫に、山ほど菓子と飯を振る舞う田舎のおばあちゃんである。
そんな四人の様子に気付いたエースとデュースが相撲を切り上げてガバリと立ち上がった。いやなんで相撲。さっきまで楽しそうに叩いて被ってじゃんけんぽんしてたじゃん。何があってそうなった???
「あ、ずるい!僕も蒸しパン欲しい!」
「ほい」
「ちょっと!オレのクロワッサン食べたの誰!?」
「私」
「スマン、俺も貰った」
「僕も食べたな!!!」
「お前らーーー!」
「ごめんて。エース蒸しパンいらないのね?」
「ユウ様、何卒!蒸しパンをお恵みください」
「いいよ。あとバナナオレありがと」
「は???え、それオレの!?」
「ウッッッマ!!!コレ苺か?」
「ラズベリーだって」
「あー…まぁ、いいわ。オレにもラズベリーの蒸しパンちょうだい」
「ラズベリーはデュースので最後だよ。キウイあげる。デュース半分分けてあげて」
「いいぞ。あ、エースのキウイも半分ほしい」
「ん」
さっきまで喧嘩してたのに、まぁ仲の良い事である。ワイワイと盛り上がりながら、こっちの方が美味い、俺はこっちの方が好きだ、と言い合っている。
ユウもセベクから貰ったチョコを摘みつつ何か忘れてる気がするな?と首を傾げた。あ、映画祭。
「ねぇ、食べながらでいいから映画祭のこと教えて欲しいんだけど」
「知らないのか?」
「さっき二人にちょっとだけ教えてもらったけど、VDC並みに大きなイベントだってくらいしか知らない」
「なるほどね。僕もそこまで詳しい訳じゃないんだけど、元々は複数の学園の映画研究部が、作ったものを発表するイベントだったらしいよ」
「でもNRCとRSAのクオリティが高すぎて、他の学校が辞退したらしいぞ。それで2校だけじゃ2作品しかないし全然盛り上がらないからって作品の数を増やしたり、一つの作品を長くしたりしてたら徐々に映画みたいになって、十年くらい前から今の形に落ち着いたってヴィルさんから聞いた」
「お互いにレベル高いのを撮って競うから、ここ数年はめっちゃ有名になったし、世界中で放映できるレベルを作るようになっちゃったってわけ」
「去年二年生が作った映画も輝石の国で放映されたりしてたし、毎年優勝争いする作品はすごく面白いよ」
「去年のは俺も観に行ったな。RSAのも面白かったが、俺はヴィルさん主演のNRCの作品の方が好きだった」
「僕もリリア様に観せて頂いたぞ!!」
「あーオレ去年の2年の観てねーわ。タイトルなんだっけ?」
「NRCは『FREE』。コメディ映画だな。RSAは『キミに靴をあげる』でラブファンタジー」
「確か、RSAの方の脚本を書いた人は、まだ四年生だけど有名出版社と契約して売れっ子小説家になってるよ」
「そんなレベルのをわざわざ各学年で作るの!?」
「そーそー。映画研究部だけだと何個も作るの負担が大きいし、他の部の生徒が協力しないから各学年で作ることにしたらしいぜ」
「ふーん。そうなんだ」と頷き、そしてふと周囲を見渡す。アイマスクして寝てる生徒や、自分達みたいにお茶会している生徒、趣味に没頭している生徒もいて、誰一人として映画祭に出す作品を考えてるようには見えない。普段はRSAの生徒に親でも殺されたんかと思うくらい敵対心を燃やしている癖に、今回ばかりはやる気のない様子だ。
「皆やる気なさそうだけど」
「そりゃあね。だって三年にシェーンハイト先輩いるじゃん」
「ヴィルサン去年RSAに負けたから今回は物凄く気合入ってるんだ。それだって、輝石の国で放映されるくらい凄い映画だったから、三年には勝てないって誰もやる気にならないんだよね」
「なるほど」
確かに負けると分かっていたらやる気も出ないだろう。ただでさえ今の三年生には演劇関連で有名な生徒が数人いる。ヴィルが一際目立っているだけで、彼以外にもモデルや俳優として活躍する生徒がいるのだ。映画研究部はそんな者達が集まっている。
他にも王族などの有名どころがゴロゴロいる。RSAにはネージュもいるし、他の学年はネームバリューからして負けているのだ。
そりゃあこんなやる気の無い雰囲気にもなるし、先生方も彼らの反応にとやかく言わない筈だ。
一年にも映画研究部は数人いるし、イグニハイドに映像系に特化した生徒がいる。そんな生徒達が中心に動けば、可もなく不可もなく、なそこそこな映画が撮れるだろう。とにかく提出すれば良いのだ。どうせ誰も期待してない。なんだかなぁ。
「でも、今日中にテーマ決めないといけないんでしょう?このままで大丈b…」
「お邪魔しますよ!」
「うわ来た」
一番前の窓がバンと音を立てて一人でに開き、そこから黒い影が飛び込んでくる。ユウの言葉を遮った原因は学園長だ。
普段からああやって飛び込んでくるが、心臓に悪いからやめて欲しい。いくら慣れたと言えど、トレイン先生の時みたいに静かな授業で突然来られると本気でびっくりする。
あと、錬金術の授業でもやめて欲しい。驚いて薬品の過剰投与や温度管理ミスをするせいで爆発が起こるのだ。
その度にクルーウェルが殺意MAXな顔で『学園長…扉から入って来てください』と指示棒を学園長の首に突きつけるのだが、全くもって懲りない。
一度、3時間くらいかけて作った薬品の提出段階で学園長が入って来た事があり、驚いた生徒が転んだ拍子に入れ物ごと割って全ておじゃんとなった事件があった。
その瞬間、クルーウェルも含めクラスの全生徒から攻撃魔法を喰らったが『何事です!?』と叫んでピンピンしていたから、多分あの人にはツノ太郎レベルじゃないと物理攻撃は効かない。
今回は講堂内がガヤガヤと騒がしかったため、そこまで驚いた生徒はいない。強いて言うなら、その窓の横の机で眠っていた生徒が飛び起きたくらいか。
その後、生徒は元凶の姿を視認するやいな、隣の席の生徒の教科書を投げ付けてたがあっさりと防がれていた。
音を聞いて振り返った他の生徒達も、原因が彼だと気付いた瞬間すぐに興味を無くして会話に戻る。ここまで慕われない学園長なんてそういないと思う。
「皆さん!話し合いは進んでますか?」
「なぁ、今度合コンしねぇ?白薔薇学園の一年呼ぶからさ」
「はー!?おっ前!そこ女子校じゃん!何で知り合いいんの!?」
「おいコイツまさか彼女持ちの裏切り者か!?」
「は?殺せ」
「吊し上げろ」
「オレの実家来る?深海だけど。水中呼吸薬なんていらねぇよな」
「誰かコイツの鼻からコーンフレーク詰めろ」
「は?妹だし。せっかく誘ってやったのに。萎えた。他のやつら誘うわ」
「ナマ言ってサーセン!あ、肩とか揉みましょうか?」
「冗談じゃーん!俺ら生まれた時から親友だろ?な?」
「さて、と。オレの培った合コンスキルが火を吹きますよっと」
「全員鼻からコーンフレーク食ったら連れてってやるよ」
「死んでも食うわ」
「ちょっと!聞いてます!?」
誰一人として注目しない生徒達に学園長が大声で喚く。それでも誰も反応しないと悟ると、やれやれ、と呆れポーズをしてパチンと指を鳴らした。その瞬間、生徒全員が強制的に学園長の方を向かされる。
途端に『帰れ!』『死ね!』『このイカレ野郎!』『ひとり仮面舞踏会が喋んな!』と、あちこちから怒号が上がったが言われた本人は涼しい顔。『はいはい。注目しましたね?ではもう一度質問します』と勝手に話し始める。
ユウも同じように顔を動かされ、強制的に学園長の方を振り向かされた。後ろ向きに座っていたせいで首を捻る。慌てて体を前向きに戻したがグキリと鳴った首が物凄く痛い。
横目で確認すればエースとデュースも涙目で首を摩っていた。後で保険医に告げ口しよう。
うちの保険医は学園内で唯一、学園長の事を小僧呼ばわりする男だ。きっちり締めてくれるに違いない。
「全く!ちゃんと話し合いなさい!ああ、監督生さん。貴女を学年代表に任命します。リーダーですよ。責任持ってテーマを決めてください」
「は?」
「貴女が指示すれば全員言うこと聞くでしょう?では頼みますよ」
「は?」
それだけ言うと入ってきた窓とは別のを開けて飛び出していく。その瞬間に顔を固定していた魔法が解け、生徒達が投げたペットボトルや本などが彼に向かって飛ぶ。
しかし無常にもパタンと音を立てて窓を閉められ、勢いのついたそれらは窓や壁にぶつかって床に落ちた。教室内が怒りで静まり返る。
誰もが無言で、しかし徐々に名指しで指名されたユウに視線が集まっていく。下を向いて微動だにしなかった彼女が、デュースの『ユ、ユウ?』という控えめな呼び声にやっと反応した。
彼女はそのままゆらりと立ち上がり、そして徐に携帯を取り出して呟いた。
「……Mira.Mira。教えて、生きたカラスの捌き方」
『はい。《生きたカラスの捌き方》……検索結果を表示します。153件ヒットしました』
「ありがとう。…クルーウェル先生、後でサ部の先輩方をお借りします」
「……子犬。バレないように処理しろ」
座った目で『はい』と答えたユウが携帯をポケットに戻し、そろりそろりと離れようとしていたエースの肩をガシッと掴む。ついでに後ろに座っていたセベクの肩も掴んだ。
『うぇ!?』『ッ!!??』と肩を揺らした2人に、ニッコリ笑顔を向けると『今日のサブリーダーよろしくマブども』と死刑宣告を告げた。
『マジかよ』と肩を落とすエースに、デュースがケタケタと指差して笑う。その指をそっと掴んだユウは『マブどもって言ったでしょ?勿論デュースもジャックもエペルも入ってるからね』
その言葉に選ばれなかったとホッとしていた3人が固まった。いや、逃すわけないでしょ。死なば諸共、全員道連れよ。
「名指しされちゃったし程々に頑張ろうね……」
「あぁ……」
デュースは握られた指を眺めて死んだ目で沈黙する。
遠い目でエペルが呟き、ジャックが天を仰いだ。
現実逃避しても始まらないね、と映画のテーマを決める為に教壇の前に立つ。どんよりと影を背負うマブ達も引っ張り出した。エースとジャックの2人はホワイトボードに書き込む係。セベクとエペルは記録係。
デュースは…とりあえず立ってて。
私が教壇に立った事で、他の生徒達がいそいそと椅子に座ってこちらを見る。さっきまでブーイングしてたのが嘘のように大人しい。ジュースやパン片手にだが、それでも聞く姿勢を整えてくれるのなら十分だ。
「では、不本意ながら映画祭の学年代表に選ばれたユウです。リーダーとして頑張ります。皆さんご協力よろしくお願いします」
その言葉に男どもの野太い歓声が上がった。
『よ!待ってました!』
『監督生ちゃん、可愛い!』
『オレら何でもするから言って!手始めに学園長室燃やしてこうか?』
『おい!俺らの女神が話してんだぞ!全員黙れ!』
彼らの言葉に『ありがとう、頑張ろうね』とにっこり微笑む。さらに歓声があがった。
なんというか、ここまで女子に対してあからさまな贔屓を見ると逆に清々しい。寮付きの男子校だと、女子に求めるレベルがマイナスに振り切るらしい。性別が女というだけでちやほやしてくれる。男装時代とはえらい違いだ。
学園長が『絶対に性別を隠し通すように!男子校に女生徒なんて大変な目に遭いますよ!』などと脅すもんだから、従って馬鹿正直に隠していたら、まー絡まれること。怯えや怒りを通り越して、お前ら暇なのかと呆れるくらいには絡まれた。
特に弱者を甚振るのが大好きなサバナクローと、姑みたいにネチネチした嫌がらせを得意とするポムフィオーレ。性別バレしてからはどの寮よりも紳士的に振る舞おうとしているが今更である。
『君みたいなのが、我がポムフィオーレの寮長に目を掛けられている事が実に不愉快だ。家柄も成績も何もかも僕より下の癖に!』と水を掛けて罵倒してきたポム生が、性別バレ後に『君はとても魅力的だ!君の笑顔には敵わない!』と言い出した時には、手のひらクルックル過ぎて爆笑した。ドリルかよ。
別に知らん男に罵倒されようが痛くも痒くもない。情緒不安定かよコイツ、で終わる。さすがに水を掛けられた時には、反射的に靴を顔面に叩きつけてしまったが。
他にもあったが、罵倒された時には全力で罵倒して返していた。女に口で勝てると思うなよ?
『えっと、君は誰?僕顔のいい男しか覚えられないんだ。自己紹介から始めてくれる?でも時間が勿体無いから手短にお願いするよ。覚える気は全くないけど。あはは、僕の言ってること理解できるかな。はっきり教えてあげるね?喋るなブス』
『なっ!?』
一息に罵倒すると、相手は面食らった顔でたじろいだ。
ポム生相手には一番これが効く。
そりゃ美少女顔のエペルとは比べ物にならないが、それでもヴィル先輩に『すっぴんでそれなら、ちゃんとメイクをしたらかなり化けるわね』とお褒めの言葉を頂くくらいには私の顔は整っている。
日本人特有の彫り少ない顔のせいで実年齢より幼く見られがちだが、逆にその幼さが加護欲を刺激して魅力的に見えるらしい。百戦錬磨のクルーウェル先生が言うのだから間違いない。
その際に『中身も伴え』と言われた気がするが忘れた。うん、気のせい気のせい。
ともかく、大和撫子はこの世界でもウケるようだ。そのせいか清楚系のワンピ姿で学外に出かけると高確率でナンパされる。
ただふらっと歩いてるだけで『美しいお嬢さん、ぜひお茶でも』と声を掛けられるのだから日本人顔万歳。美人の母似で良かった。
黒髪黒目なら熱砂にいるが、そこに白い肌というのは世界的にも珍しい、とはカリム先輩情報だ。
ジャミル先輩にも『誘拐に気をつけろ。賢者の島は学生の多い場所だが、それ故に良からぬ事を企む大人が近付きやすい』と注意された。それを聞いてからは一応護身のために、必ず誰かと出掛けるようにしている。
自分としてはごく普通のありふれた髪と目なのだが。
まぁ、もし日本にマブ達がいたら髪や目の色的に物凄く目立つだろうから、こっちの人達からすれば私もそんな感じなのかもしれない。
と、まぁ今はそれはどうでもいい。とりあえずテーマだ。
「私こっちの世界で映画見た事ないからジャンルとか分からないんだけど、皆はどんなの撮りたい??」
「男なら黙ってアクション一択」
「ホラー!」
「うーん。ファンタジー系が好き」
「映画といえば恋愛物だろ!」
「コメディ系も面白いけどなぁー」
「ファミリー映画はどう?」
「俺はこれだな。ミステリー!絶対撮りがいあると思うぞ!」
「え、ミュージカルが一番だろ」
「それは熱砂だけ」
口々に上がる意見をエースとジャックが書き込んでいく。なるほど、ジャンル的には元の世界とそれほど変わらないらしい。
「私の世界の映画のジャンルとそこまで大差ないみたいだね」
「そこまでって事は他にもあるのか?」
「SF映画とか。サイエンス・ファンタジーの事ね。宇宙とかタイムスリップとかが題材にされるかな。後は戦争映画とか」
『戦争』の言葉に生徒達が騒めく。マブ達も絶句してユウを見た。なにそのあり得ないものを見る目は。
「マジかよ。ユウの世界ってそんなヤバい映画のあるの」
「あるよ。え、こっちには無いの?」
「ある訳ないじゃんそんなの。戦争とかもう何百年も前の話だぜ?」
「うちの国は戦争が終わってから百年も立ってないよ。戦争経験者も祖父母の代とかでまだ生きているし、二度と戦争を起こさないようにってリアルな話も聞かされて育つ。映画も、大抵は歴史上で本当にあった事をテーマに作られてるかな。知らなかった歴史背景とかも知れるし、見てて涙が止まらないシーンとかも多いけど家族の大切さとか命の重さを再認識できるね。……まぁ、みんなの反応的にこのテーマは辞めておこうか」
「その方がいいデス」
「じゃあ、とりあえず今上がったジャンルの中から選んでいこう。多数決で決めようか。それじゃあ、みんな一つだけ手をあげて。アクション映画がいい人ー………」
「………うん。まさかここまで綺麗に割れるとは思わなかったなぁ」
ミュージカルとミステリー以外のジャンルに、見事に同じ票数が集まった。しかも何故か却下されたはずの戦争映画にも1票入っている。誰だこれ。
アクション映画一択になると思っていたからこれは予想外である。後、恋愛映画にも同じ数の票が入っていたのにも驚いた。NRC生、恋愛物とか見るんだ………。
リア充を見たら凶悪顔で歯軋りして睨みつけるし、彼女持ちは今すぐ殺せ!とか言う癖にそこは良いんだ。
いや、まぁそれは個人の自由だしいいけどさ。これ自分達で撮るんだよ?男同士で恋愛シーン撮るの?恋愛映画ってキスシーンとか絶対あるけど大丈夫???
私は構わないけど、シナリオ書くやつも演じる方も観るやつも地獄を見るやつじゃない?下手すりゃ大嫌いな相手とキスシーンだよ?しかも家族とかにそれを見られるんだよ???
大体のNRC生は顔が良いから、一部のお姉様方には物凄くウケるだろうし、メイクで誤魔化したらちゃんと女に見えるだろうけどさ。
その事をデュースに耳打ちしたらスンッと死んだ目になった。だよね。
「ごめん、ミュージカルとミステリー以外でもう一度多数決取るね。じゃあアクションから………」
…うーーーーーん。本当に困った。僅差でファミリー向けとコメディが消えたが、残りはまたまた同数。
残ったのはアクション、恋愛物、ファンタジー。
二回の多数決で決まらなかったせいで喧嘩が勃発。勿論、NRC生が口論だけで済むはずもなく、手も足も牙も出る喧嘩が至るところで起きている。
先生方がいるから今のところはマジカルペンを抜かずに拳を振るっているが、その内魔法が飛び出すだろう。
エペルに軽く袖を引かれて彼を見る。彼がペンで指し示す先では、クルーウェル先生が指示棒をパシリと軽く手に打ちつけていた。あ、これは早く収めないとバッボーイが飛んでくる。
もういいや。このまま行こう。
「じゃあ、残り三つを掛け合わせた映画を撮ろうか。これなら全員文句ないでしょう?喧嘩しないで。私が学園長に怒られちゃう。みんな座って」
その一声でピタリと乱闘が収まった。
「ユウちゃんがそう言うなら仕方ないなぁ」
「え、学園長を社会的に殺したいって?任せてくれ!」
「やだなぁ、俺ら喧嘩なんてしてないよ?これは肉体言語って言うコミュニケーションだから」
「ユウちゃん賢い!」
「監督生ちゃんサイコー!」
「ありがと。じゃあ誰かシナリオ描いてくれる人いる?」
その瞬間、今までパーティーのように盛り上がっていたのに、急にお通夜のように静まり返った。誰もがユウと目を合わさないように視線を逸らして口を閉ざす。
イデア一推しのイグニハイドの同人誌作家くんに視線を向けると、自分の臍でも見てるんかというくらい俯いていた。ゆっくりと近づいて彼の目の前に立つ。
近づかれてキョどるイグニ生。そんな彼のヘルプ視線を無視して素知らぬ顔をする周囲の同寮生。周りの彼らの思考は一つである。『俺が選ばれなくてよかったー!!!!』だ。
「ア、、オニャノコ、ムリ。コッチミテル、ア、ア、」と目の前の彼から悲鳴が聞こえた。思わず笑ってしまう。私はバケモノか何かか。
同寮生に見捨てられ、ユウの視線と無言の圧力に耐えかねたその生徒は近くにあったノートに何かを書き殴った。その勢いに思わずこっちもたじろぐ。
数秒で描き終わったそれをバッと彼女達に差し出した彼は、もう絶対顔を上げないと言う風に縮こまった。
体が尋常じゃなく震えている。ここだけ震度六くらいの地震でもきてるんか。彼が震源地。しかし、そのプレートを無理矢理はじけさせたのは私である。
そのノートをそっと受け取ると、後ろからエースとデュースも覗き込んできた。そして『うわぁ…』と半笑いする。乱雑な字で『恋愛物は無理でござる!リア充なんて書いたら爆発する!』だ。
あぁ、そう言えば彼はミステリー専門作家だったな…。
「そっか、分かった。急にごめんね。他の人にも聞いてみるよ。撮影とかの機材はきっとイグニハイドの皆の方が詳しいだろうから、宜しくね」
そう言った瞬間、目の前の彼は必死にカクカクと頷く。震度3くらいに震えも減った。
逆に身を固くしたのは周囲のイグニ生である。だって次にロックオンされるのは自分かもしれない。
いやボクは物書きじゃないし
無理無理無理無理無理
イラストしか描けないし
拙者が書いたら主人公はみんな死ぬ…
ボキは工学系専門、
いや素人にシナリオ書けとか無理なわけでして
僕は百合豚なんで…オニャノコのイチャイチャしか書けないんで……
俺は読む専っすわ
ホラー作家でござるぅぅぅ
そわな呻き声のような悲鳴のような小さな声が聞こえた。
「ねぇ、お願い。誰か描いてくれない?」
こてりと首を傾げて渾身のおねだりポーズをしたが、逆に縮こまってしまった。こりゃダメそうだ。
「じゃあ、映画出てくれる?」
「無理無理無理無理無理」
「あ、なら動画編集とか撮影とか音楽とかの裏方をお願いしても良い?」
「それなら任せるでござる!」
「得意分野なり!」
「誠心誠意取り組ませて頂きますので出演だけはどうか!」
「うん、通行人役とかでは出てもらうかもしれないけど、そんなガッツリ出したりしないよ。編集お願いしますね」
その言葉にイグニ生達が『勝訴!!!』と言いながら立ち上がった。そして周囲の視線に気付き固まる。急に早口になったと思ったら『ア、ナンデモナイデス』『インキャガチョウシノッテスイマセン』『コッチミンナ‼︎』とあわあわと部屋の隅のほうへと逃げていった。
実に愉快な生徒達である。
……あ、確か、スカラビアにも1人だけ文字書きが居なかっただろうか。そう思ってスカラビア生が集まる方を見る。その瞬間、スカラビア生達は後ろの方にいた1人の生徒を前に突き飛ばした。いや、そこまでしなくても。
突き飛ばされた彼は、強かにぶつけた膝と肘を庇いながら『この裏切り者ども!!!!!』と背後に向かって涙目で叫んだ。かわいそうに。ほぼ生贄扱いである。
立ち上がった彼は大声で宣言する。
「俺は!ミュージカルの!舞台シナリオしか書けません!後は!YES歴史物!!NOTファンタジー!!!!!」
「分かった、分かったから。無理に書けなんて言わないよ。でも音楽とか歴史とか得意なら、古い衣装とか音響とかの相談にのってもらっても良い?」
それなら、と頷いた彼に『お願いね。頼りにしてる』と言ってニコリと笑う。学園の紅一点に頼られた彼は、頬を真っ赤に染めたままフラフラとスカラビア生達の中へと戻っていった。帰ってきた彼を同寮生達がバシバシと叩く。
は?お前だけ頼られるとかふざけんな?
裏切り者が出た
追放しろ
こいつ今日からスカラビア生じゃねぇから
え、おまえ誰?こんな奴NRCにいた?
知らね。
同寮生に小突かれまくろうと、頼られた音楽担当(仮)はニコニコしている。メンタルが強い。こっちは放って置いても大丈夫だろう。
「映画研究会の皆は?」
「いや、俺は照明」
「ヘアメイク担当っす」
「ボクらは美術」
「小道具とか、衣装作成メインなんで…」
「俺ら一年はほとんど裏方っす」
「あ、僕だけ演技メインです」
ダメか、と教室中をグルリと見渡したが、ユウの行動をガン見していた男どもはまた慌てて顔を伏せる。
みんなシナリオなんて書きたくないのだ。書けないのだ。
マブ達を見てもブンブンと首をふる。うん、あんたらは無理でしょうね。セベクとジャックとも目が合ったが、スッと視線を逸らされた。大丈夫、書かせたりしないから。
「子分がそのシナリオって奴を書けば良いんだゾ」
くわっと大きなあくびをしたグリムがそう言ってノソノソと起き上がる。膝掛けから出てくると机の上で大きく伸びをした。
パチリと大きな目を開いてめんどくさそうにホワイトボードを眺めた。
この寝坊助さんは。やっと起きたと思えばとんでもない事を言う。
だが、まぁ、
「仕方ないね。私が書くよ。だからどんな内容でも文句言わないでね。主演も、他の出演者も私の独断と偏見で決めます。出演したくないとか、この役嫌だとかは聞きません。…あ、イグニの全員殺す君と、百合専門君はシナリオ作成手伝って。私達で本気で書くよ」
「エッ!?全員殺す君って拙者の事!?いや、物騒!!!」
「えぇ……」
「うん、よろしくね。あと、映画研究部のみんなには役職の振り分け手伝って欲しい。皆には後でプリント配布するから希望を書いて欲しい。でも小物作りが得意とか、絵を描けるとか、動画作成が出来るとか。そういう事は申告してください。なるべく希望通りに振り分けるつもりだけど、シナリオ次第で違う役割をしてもらう事もあると思うからそこは宜しくお願いします」
「頑張れよユウ!」
他人事のように笑うマブどもに、こいつらを絶対に主演にしてやろうと決意した。